第7話
「視線を合わせてしまった。本当はずっと昔から感じていたけれど、振り切って無視していました。だけど、あなたまでも失った私は自分の闇を律する術を放棄した。そして彼を取り戻せるのなら何と契約をしても構わない、誰を贄に捧げても惜しくない──────そう思った夜もあったかもしれません」
「それに応えたのが、あの方。それで一体何を支払った。俺が代わりに、」
「それでは私が契った意味がないでしょう。あの方から提示されて条件は、『私が星に降り立つ許可』。迷いなく答えました。構わない、幾らでも何も見ても構わない。全てを奪ったとしても気に留めない。だから、私のフィフスを探し出して、とね。全ては夢の中だけの会話だったから、夢は夢として忘却に流してしまおうと考えた矢先、あなたの発信機が点灯した。悪い冗談かと思って探索に赴いた結果が今」
セカンドの私室、その椅子に座った自分の膝へ、遠慮なく腰を落としたセカンドが指を突き出す。指は頬に当たり、そのまま傷でも付ける様に押し付け続ける。僅かな痛みに顔を背けた時、ふっと笑われた。
「間違いなく、あなたはフィフスなのね。『学府』から山脈までの一帯は、もはや私達は立ち入る事が叶わない敵地となった。あなたを迎えに行く事は、もう出来ないと絶望していたのに─────夢の通りに動いた結果、地下洞窟を発見して、その奥深くにはあなたが倒れていた。何もかもが夢のよう」
幼い少女の笑みを浮かべるセカンドは、胸板に頬を擦りつけて目を閉じてしまう。
恐らくセカンドの言葉には嘘偽りなど介入していない。彼女は、彼女から見た契約の全てを話してくれたに違いない。けれど、あの存在は確実にセカンドに全てを言い渡してはいないと察する、降り立った時、真っ先に行うべき捕食をあの存在は飽きたと告げた————ならば、元々別の目的で降臨したのだろうと。しかし、天使の存在については自分にも思い当たる節があった。
「セカンドはどう思った。天使の可否について」
「さぁ?私にもわからない事、あなたにも知り得ない世界の真実は、きっと常にあるの。例えそれはずっと身近に見守ってくれていた存在だとしても。いつだったか、あなたが私達に知らせたのよね、このままだと私達は星の海、星体に返還されると。あくまでも私達はプロトタイプであるから、外界との調和が計れる完全な素体が完成した日が訪れれば私達は溶かされてデータとして保管され、サンプルとして摘出されると。それも、そう遠くない日数だと」
セカンド自身が気付いたのか、それともあの存在に伝えられたのかはわからない。しかし、今の話の内容で自分にも確信が持てた。我々の指揮官であり教官は、遣わされた天使のひとり。
「教官からの特務だったんだ。俺達遺児の寿命と致死量、薬物や汚染に対しての耐性上限が記されたファイルが『塔』に保管されている可能性がある。『委員会』に不満を持っている別勢力が、それを狙い、『遺児』に対してバイオテロを仕掛ける予兆が見受けられるから回収に赴け、だったか。教官の言う通り、上限についてのファイルは回収できた。結果的にサーティーンとも出会えた—————あの人は、余りにも知り過ぎていた気がする。それも、俺達に———」
それ以上は言うべきでない。セカンドが唇に指をつけ、かぶりを振る。
胸に顔を当てながら深呼吸をするセカンドはそのまま寝息でも立ててしまいそうなぐらい、リラックスして見えた。最後の最後で、あの人の正体と思惑の一握が掴めたと安心したのだろう。
「今はとても平和ですね。あなたは私の物になって、何処も行かず私の捌け口となってくれている。少しだけ言い訳させて、シックスが言った通り確かに私は昔に戻って笑えなくなっていた————けれど、シックスも酷い物だったの。誰にも理解出来ない装置を大切な資源とリソースを浪費して造り出して放置する。シックスだけじゃない、この騎士団全体が狂気に囚われて軋み始めていた。殺し合いに発展しなかったのは、ひとえに私達隊長達が酷く狂っていたから」
「狂わなければ瓦解していたか。それが正しい。だから、最後にサードが手を打った」
隊長達の発狂が騎士団を引き締めていた。同時に隊長達の発狂が全体に伝番したから、誰も脱走しなかったのかもしれない。完全に『学府』から逸脱した『遺児』が自分達なのだ、他府にその身を預ければ最上級の持て成しを受けて生活出来る事も想像に難くない。
「少し話し過ぎたな。外に出たい」
「ダメ、と言っても行ってしまうのよね。せめて私の手の届く範囲にいて貰うから」
椅子から立ち上がった自分とセカンドは、部屋の外へと出ながら手を繋いだ。セカンド『聖釘』も、やはり戦艦のイメージとは似ても似つかない内装をしていた。床は鏡のように磨かれた大理石であり、壁も白亜に染まったカルシウムの芸術品。軽く触れれば、その脆さに驚きかねないが、実際は弾丸どころか直近の爆破にも耐えられる鋼を覆う塗装に過ぎない。
「どう?いい趣味でしょう?資料で見た城みたいで」
「‥‥ああ、悪くない。とても良いよ」
女性隊員のみで構成された『聖釘』の中は、少しばかり自分には荘厳過ぎた。常に襟を立たせなければならない緊張感を持たせる純白の石柱などの内装には、目を焼かれるばかりか呼吸ひとつで力んでしまう。
その主たるセカンドは自慢をするように一歩前へ踊り出て、自分の城だとその身で告げる。
ここで軍服ではなくドレスと呼ばれる趣向を凝らした衣に着替えれば、一目で跪くべき相手が誰だか悟れるだろう。女王であり女主人の威光は恐ろしくも美しかった。
廊下を歩くこと数分、セカンドが見出した女性隊員達と数度すれ違いながらも、セカンドは手を離さなかった。ならばと、自分も握り合った手を見せつけると鋭い目を持った隊員のひとりが「ここは秩序ある騎士団の中でも、常に淑女として礼節を持つべき『聖釘』の艦内なんだけど。見せつけたいのなら外でやってくれない?セカンド隊長とフィフス」と正論で叱られる。
「ごめんなさい、サーティス。この人がどうしてもと聞かなくて」
「そうやって常にセカンドにべったりな訳?ひとりで歩ける方法でも教えてあげれば」
最後に鼻で笑ったサーティスが肩をぶつけていく。どうしようもない正論と反省と改善に身を縮こませると、セカンドが堪え切れずに失笑する。サーティスとは出会う度に叱らており、いつも自分の不甲斐なさを嗜められ、言い訳もさせて貰えなかった。
「最近、すれ違う度に叱られてる気がするよ。討伐だけじゃ威厳は保てないみたいだ」
「そもそも威厳など持つ気もないでしょう。あなたのそういう所が大好きなの。自信を持って」
握っている手を更に強く握るセカンドが元気付けてくれた。そうだと自分に言い聞かせる、自分はセカンドという騎士団のトップである女性と伴侶となっている。これ以上セカンドを一人にさせない為、そしてセカンドと比類される男性となるべく、肩を張って一歩踏み出した。
『聖釘』から『聖杯』への連絡通路を渡りながら外を眺め、心に抱いた感想を持ったままサードの元へと突き進んだ。その間、多くの隊員達より「お帰りなさい」と言葉を受ける、何故だと?とセカンドに表情で問い掛けるも「さぁ?」と意味深で妖しい笑みを浮かべられる。
『聖櫃』の中でも最も巨大で最も船員を保有する戦艦は廊下も広く、外界との隔離に巨大な防弾ガラスに守られていた。地下たる環境の最中、光は意外なほど天より降り注ぎ、廊下は煌々としていた。そして最後の隔壁、『聖杯』艦橋へと至る扉を通過しながら艦長席を見つめた。
「サード、今少し————良い訳ないよな。悪い、後で話そう」
「構いませんよ。隊長同士の会合に時間を割けない程、今は差し迫った問題もありませんから」
数段高くなった台座の中央を戴く艦長席から降りたサードは、背後の円卓を視線で差して入口から最も遠い席、からひとつ近い席へと収まった。意外な行動に面食らっていると。
「私はサード。この場で最も序列が上のセカンドがいるのです、上座を譲るのは当然かと。二人共、遠慮なく掛けて下さい。私も話すべき事が多くありましたから、近々寄らせて貰う予定でした」
手で自分の正面と隣を差し出したサードに従い、自分とセカンドは離れ離れに構えた。
自分から見るとサードとセカンドは対岸に座り、面談か説明の開始でも告げている気がした。
「まずは感謝を。あなたのお蔭で『聖櫃』は無事に『学府』の追跡圏内から脱出完了。そして、あなたの示した航路に従って北西へ進めた結果、ジャバウォックとも遭遇せずに済み、この現在は安住な場に到達する事が出来ました。その上、『聖槍』乗組員による歩哨作戦の甲斐あって、襲撃も受けていません。私達だけでは到底成し得ない、造り出せない結果でした。ありがとう」
「これだけの規模を持つ『聖櫃』を滞りなく進められたのは、サードもセカンドも含めた騎士団全員の役割分担の結果だ。誇るなら死人ではなく、隣人にすべきじゃないか。————良かったよ、無事に辿り着けて。俺の哨戒任務、討伐任務の結果が実を結んだのなら誇らしいばかりだ。そろそろ教えてくれ、地下空間とやらは、どうやって見つけ出した」
セカンドより、あの存在が知らせてくれたと知らされたが、まさかセカンドの夢の話を最高指揮官たるサードが鵜呑みに出来る筈もない。彼は常に連続する現実の中で、現状を把握しなければならないのだから。
「————やはり、あなたも知らないのですね。現在の停泊場所は国止山脈の深奥、『教府』から直線距離で言えば最も近づいた位置にあります。正確に言うのならあなたが記した航路の最終地点より僅かに西へ外れた場所に位置します。まことしやかに、フィフス隊長が我々にも秘密にして、最後に託したと噂されていたのですが————どうやら違うようですね」
「期待に応えられなくて悪かった。それにしても偶然見つけ出した洞穴への探索を、よくお前が許可したな。得体のしれない地下空間への探索指南は教本には無かった筈だ。それに中型規模のジャバウォックとは遭遇する場なのに」
「洞穴に入れとは記されていませんでしたが、雨風凌げる拠点なり得る場所の探りはすべきだと教わりました。元から造り出された洞穴ならば、自然をそのまま利用でき建設的です。確かにジャバウォックとは時折遭遇していますが、接近禁忌種は今も発見もされておりません。あなたの事もありましたから」
トドメに俺を理由にした。最近、なりを潜めていたがサードも良い性格をしている。
差し出された茶で口を噤み、しばらく艦橋中央の巨大なモニターを眺めた。
映し出される光景は件の地下空間。そこはまるでひとつの巨大な大地だった。天を支える柱の如く、地上より降り注ぐ砂と光に照らし出された世界は、無秩序ながら無駄な物がひとつとして見出せない。砂塵が晴れた日の地上より澄んだ地下世界の方が、自分には新天地そのものに写った。
「とても美しい光景です。我々とジャバウォック以外誰もいない、閉ざされた世界。許された者しか踏み込めない死の世界————あなたにも教えなければなりません。フォースらの計測器が、この地下には『消去』の余波が今も漂っていると示唆しています。『遺児』達のDNAを持たない人間では決して踏み込む事の出来ない、純粋な無垢なる地獄そのもの。この光景同様、無人な我々にこそ相応しい」
カップを下ろしたサードが微笑を湛えながら、今後の展望を否定する結論を述べた。
自分達『遺児』であろうと、『死の砂塵』の脅威には抗えない。それは砂嵐と共に襲来するジャバウォックに限った話ではなかった。『消去』と呼ばれる広域兵器の真の目的は、その辺り一帯を完全に地図上から消し去る事。それは今後の歴史上からも存在を否定する事に他ならない。
「食料については、しばらくは持つでしょう。しかし、ジャバウォックが闊歩する死の地下世界の空気が我々に、どのような影響を及ぼすかは誰にも予見できない。明日には私達の誰が、更に言えば長らく空気に触れ続けたあなたが変貌したとしてもおかしくありません。冗談のつもりではありません、これはあくまでも予想でしかありませんが確かな可能性でもあります」
「あまり過剰な言葉を使うべきじゃないんじゃないか。お前は参謀なんだ、参謀の言葉は騎士団全体にとって現実そのものになる。—————サード、もう少し自覚すべきだ」
「‥‥申し訳ありません。しかし、やはり長くあの地下に関わるべきではないと言わざるを得ません。既存の知れた世界の中で生きるべき現状、余りにも未知な世界には触れるべきではない。あなたもセカンドも、地下に思いを巡らせている気がしたので、使わせて頂きました」
謝罪の意味として目を瞑り頭を僅かに下げるサードを、自分もセカンドも静かに見つめた。
脱走作戦の最重要段階で俺が消え、隊長の悉くが正気を失った。その中でも当初の計画を忘れず、自らの狂気に抗ってここまで率いたサードを責められる筈もない。ましては、頭を下げさせるなんて。全てを見届けた後、自分は立ち上がり、サードに歩み寄った。
「悪かった。俺が持ち寄った情報だったのに、結局最初から最後までサードに頼って。無責任だし、無自覚だった。参謀たるお前の名前に頼り過ぎてたな」
「多くの団員、セカンドにもフォースにもシックスにも言われましたよ。だけど、戻ってきたあなたにまで気を遣われるなんて。些か、私も焦り過ぎていたようです。あの喫茶店で全てを網羅する戦術も計画もないと知れた筈だったのに————しばし待って頂きたい。私に時間を」
立ち上がったサードに肩を叩かれる。無言ですれ違ったサードは自身の座席へと戻り、マイクを掴み取った。その光景を艦橋にいる全ての者が見ていた、そして全ての者が望んで見えた。
「騎士団参謀サードから全体へ。明日に予定していた山越えは計画通り敢行します。今から数えて5時間後、日付が変わった明朝、『聖櫃』は移動を開始し予定では五日間の走行となりますが、長引く可能性は大いにあります。無論、短縮される場合はあり得ません。それぞれの機関部の担当者は多大な責任を追う事と成ります、そして故障や破損が起きた場合、『聖骸布』の搭乗員はそれ以上の重圧が掛かる。これは決定された未来、避けようのない現実です」
サードの言葉に、誰もが心に抱えた物があった筈だ。それは皆一様に、逃げたいという当然の感覚。『学府』より提供された戦艦が故障するなどあり得ない、ましては『遺児』の最先端に産み落とされた自分達が整備し、計算し改造を施した世界最高峰の戦艦だ。けれど、それで精神を養える筈もない。機関部の全てを知っているからこそ、想定し得る懸念事項は多大にある筈だ。
「言うまでもなく、これより侵入する山脈は魔境と噂される人外達の住処です。一度でも山脈近辺にまで行軍した者なら、それが偽りではないと肌で感じてるかと思います。私も同じです、よって戦闘部隊、討伐部隊たる『聖槍』の団員の両肩には騎士団全員の命が積み重なっています。そして『聖十字架』の通信士達にも同じ重みが圧し掛かっているでしょう。よって我々『聖杯』も同様です。私達の指揮ひとつで、全ては瓦解する。ほんの一瞬だと断言できます」
今更怯える者などいなかった。そんな事、わかりきっていた。『学府』から逃走した瞬間、差し向けられた人形と兵器の数々に諦めた筈だ。我々は、本来ならあの段階で粛清されていたと。
「迷う者、怯える者、錯乱する者、自我を失う者、諦める者。数限りない感情に苛まれる事でしょう。————しかし、我々は世界に対抗した『学府』の手より流れ、ここまで前進し続けた。研ぎ澄ませた星体兵器の矛は何者をも砕き、砲身は常に世界を見つめている。エンジンの熱は途絶える事はない。あらゆる通信は傍受され、我々のあずかり知らぬものは存在しない。強大な装甲は人間であれ人外であれ何人たりとも牙が立たない。兵装は換装され、世界最強と断言できる我らが隊長のひとりも帰還した。何を恐れる事がありましょうか、何も厭う事が在ります。今こそ、新たな旗を掲げる時—————さぁッ!!門出の時間は差し迫ったッ!!明日に微笑むのは、我々だッ!!」
「年表でもあったら、間違いなくさっきのは最後を飾る言葉だよね」
「その場合、騎士団の脱走計画は失敗に終わったと後世に伝わってしまいます。歴史家の方々には申し訳ありませんが、今しばらく私達の日々を追って頂けねばなりません」
先程の宣誓を耳にし、残り二人の隊長格も円卓へと集った。フォース曰く、自分のすべき事は明日を待つのみであり、シックスも予備パーツは完全しているとの事、結果的に全責任者が集合するという『聖杯』乗組員には胃痛の種となる状況が造り上げられた。
「んでよ。『教府』は、そんなにも広いってのは本当か?俺達は降伏も亡命もせず、勝手に土地に住み着くっつうのは図々しい話にならなねぇか?それに、田舎から出来た連中が騎士団とか名乗って土地を占拠するのは、もう50年以上前の習慣なんだろう。『学府』を攻めたのは、間違いなく軍属だった訳だしよ」
「しばらくの間、奇異の目で見られるのは承知の上です。しかし、我々はそこから『政府』は勿論、『教府』からも逃れ国外へと逃亡します————その事については、『教府』の景観を確認した後、決定しようとかと。全員揃っている、丁度いい機会です。『教府』へ侵入した成功時の班分を確認しましょう」
度々、自分達の中で相談が見送られた議題の一つであった。
国止山脈は『消去』の影響を色濃く受けた魔境であるのは間違いないが、同時に『教府』への影響をその身で食い止めた自然の防壁であろうとも、我々には伝わっていた。ならば、全員で直接出向かず山脈の奥に『聖櫃』を置き、『教府』に『街府』、延いては『政府』へも足を伸ばし、50年遅れた世界観を拾い集めようと提案されていた。我々に今必要なものは、一にも二にもまずは知識であった。
「まずはフォース。あなたの団員から幾人か派遣して頂きたい」
「了解。言われると思って、何人か指定させて貰ったよ。詳しくは、これを見てねー」
と、全員に渡されたタブレットには、フォースが見繕った人員の名簿が映し出されていた。その中でも最も目を引いたのは、フォース自身の名前だった。全員が示し合わせた様に溜息を吐いたのを見届けた、フォースが不満そうに口を尖らせる。
「何よー。別に良いじゃん。どうせフィフスは決定事項なんだし、私が出張っても問題ないでしょう」
「なんで俺が決定事項なんだ。しばらくは休ませて貰う予定で『聖釘』の外に出る気もない。だが、確かに一人隊長が引率するのは必要かもしれない。俺は無理だが─────例えば、セカンドなら」
「私も、襲撃時には迎撃を率先して行う役割があるから、しばらくは外には出れません」
「俺も無理だろうよ。ジャバウォックだ人形だけじゃない、軍属と衝突する緊急事態に陥った場合、発進準備が完了してない戦艦を牽引するなり、離散命令をサードと取ることになる」
「更に言えば、『聖櫃』全体の緊急起動には私の声が必要となります。今から仕様を変更しても構いませんが、その場合フォース達には新たな仕事へ当たって貰う事となる。明日、山を越えるタイミングで新たな懸念は防ぐべき、よって許可出来ません。─────フィフス、やはりあなたの出番となりそうです」
ほら、と胸を張って笑みを浮かべるフォースを睨み付け、「怒んないでよ」と座席に縮こませる。自分で言っておいて、自爆した気もするが事実として指揮官が五人もいる中、一人も派遣出来ないのでは指揮権を分けた意味がない。教官から目も当てられないと、嘲笑われる事だろう。
「了解した。あと五日で体調を回復させてみせる。よってしばらくは俺への通信は控えろ、『聖釘』で治療に努める俺はコール一つで不機嫌になるから。セカンドも、あまり俺を置いて艦橋には行くなよ」
呆れた、そんな形容詞が正しい顔を浮かべる面々は無視し、円卓の下で手を握り合って愛を確かめる。セカンドから「ダメな人」と小声で嗜められるが、今の自分は負傷者である。ならば、全力でベットを占領し、セカンドとの時間を堪能させて貰おうと決めた。
「仕方ない人。小さい頃から、ここだけは変わりませんね。だけどあなたという矛を失っては、今後の騎士団運営の障害となり得ます。仕方ないので私の全てを使ってあなたを癒やして差し上げます。フォース、エチケットの補充、お願いね」
何の事だ?と聞くシックスと、咳払いをするサード、そして顔を赤く染めて両手で覆うフォース。
しかし、発言者たるセカンドは涼しい顔をして─────人で遊ぶ普段の表情を覗かせる。
「皆んな、どうかして?私は抗生物質の補充、腕に針を刺す時に用いるアルコールの補充をお願いと言ったのに。私達『遺児』が毒もBもCも効かない究極の肉体を持ち合わせているとは言え、未知の雑菌の可能性は常に考えるべきでしょう?」
「う、うん!!そうだよね!!」
手玉に取られたフォースが、セカンドの意のままに操られるのを横目に自分は改めてサードとシックスに問い掛けた。内容は、失われた時間と装甲について。自分の探索は偶然だと皆言ったが、気になる部位があった。
「装甲車の改装、あれは俺の為か?」
「否定はしませんよ。しかし、付け加えると、ただ必要だったから、も最大の理由です。今後は『聖櫃』が全速力で動く事は少なくなると想像出来た上、医療施設と移送を兼任する足が必要になると私は考えました。確かにパージした資源は少なくはありませんでしたが、必要な消費だったと言えます」
「一応、医療施設はサードの『聖杯』に建設されてるがよ、このデカブツが一々動いてたんじゃ時間と機関部の無駄だ。あの車を鹵獲したのはテメェだ。堂々と使えやいい。面倒な気ぃ回してんじゃねぇよ」
「─────助かったよ。時間が有れば、三人で喫茶店でも行こう」
ええ、と微笑むサード。ハンッ、と鼻で笑うシックスと反応はまちまちだが長い付き合いの成果だった。どちらも否定していない所を鑑みると、まんざらでもないと暗喩しているのが理解出来た。
「むぅー、男同士で何処行くつもりー?言っておくけど、私だって街に行ってみたいんだから。私達とセカンド、女性団員全員で買い物もしたいし、お茶だってしたいし。後、買い物もしたいし」
「その場合、あの車ではなく『聖櫃』で移動しなければなりませんね。なんでも『街府』の支配下では多くの都市が点在し、移動には巨大な連絡艦を用いていたとか。楽しみはまた今度、だけど必ず行きましょう。皆んな、時間を作っておいて下さい」
背後の通信席に座っていた『聖杯』の女性団員達の全員が歓声を上げた。『学府』の資産の三分の一を掌握し、数字だけなら『塔』の年間予算にも匹敵する額を以ってすれば、その気になれば街一つ買い上げる事すら可能であろう。もしもの時は止めろ、とサードとシックスに視線を逸らせば。
「なるほど。何も国外逃亡を企てる必要はありませんでしたね。確かに、『街府』の構成員と偽名を使って名の連ねれば─────」
「俺は、まず腰を落ち着けられる場所が有ればいい。ずっと戦艦の中じゃカビが生えるからよ」
全員が逃げ出せた後の展望を見始めた。まるで、自分ひとり置いて行かれた気になってくる。
「大丈夫です」
隣のセカンドが肩に頭を置きながら呟いた。
「あなたの居場所は私の隣。安心して、常に一緒にいれば道は開けます。今度こそ」
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