第4話
エンジンの回転数が臨界点を突破すること十秒。最大規模たる戦艦『聖杯』がその巨躯を稼働させるに相応しい血流が全身に走り渡る。同時に心臓部たる機関室警告音が鳴り響くが————それは『委員会』に与えられた機体に搭載された凡庸システムからの表示でしかない。我々に渡った戦艦達は、年月を掛けて改造され、外壁も内面もまるで別物と生まれ変わっている。
『委員会』の人員を遠ざけたかった理由がこれだった。彼らの想定など遥かに凌駕するエンジンパワーのメーターは、未だ安定値を維持し続けている。AIもこの事態には「問題なし」と告げる結果を確認。操舵室兼管制室にまで響く電動ピストンと熱量循環維持装置が全装甲で起動する拡散化音。言葉では表せない唸り声を『聖杯』以外の戦艦も続々と上げ、僅かに艦体が浮き上がる感覚を覚えた。全速で外殻を突破する時を今か今かと待ち焦がれている。
「対徹甲爆裂装甲内への導火網起動確認。並びに『聖槍』『聖釘』『聖十字架』『聖骸布』全艦からの駆動準備を確認。『聖釘』『聖十字架』から滑空砲、砲塔の砲弾装填の終了と通達あり」
「外殻搬入庫入口の防衛班へ通信。セントリーガンを起動し、各戦艦まで後退を指令。『聖杯』に命令、機銃を連動し、『委員会』『倫理委員会』への制圧射撃の構えを開始。ただし、殺傷を可能な限り避ける事。我々は脱出こそが使命、無意味な恨みは回避せよ。繰り返す———」
セントリーガンの連続使用時間は五分。閉所での制圧力を考え、遠隔で操作すれば優に倍以上の時間を足止め出来るだろう。しかし、既に『委員会』が防衛艦へ人員を配備していると考えれば、この場に残れば残るほど損傷確率は格段に膨れ上がる。国止山脈までは五十キロはある、徹甲弾さえ避ければ逃げ切れるだろうが————彼らはいつ戻るか。
「念には念を。私の星体兵器を起動させて下さい。いつでも放てるように」
無言で従う団員達が、自分のすぐ隣へとひとつの棺を呼び出した。黒鉄に輝く銃身は、久方ぶりに空気に触れられ歓喜して見えた。参謀として内政にばかり偏っていた自分にとっても、懐かしい手触りに笑みを浮かべてしまう。
「『聖十字架』から通達、フィフス隊長は装甲車にて合流を目指すと」
「では、我々も旅立つとしましょう。全戦艦へ入電」
遂にかと誰かが囁いた。ようやくと誰かが安堵する。さらばと誰もが涙を振り切る。数舜後、スピーカーよりハウリングが届いたのを確認し、自分は起立して『騎士団』全員へと言い放つ。
「総員、これが学府との最後の別れだと断じて下さい。これより我々は、『偽りの騎士団』を改め『逃避の騎士団』と成ります。このような屈辱的な最後、私も心から憎いと思っています。しかし、この『学府』と矛を交える訳にはいかない————我々は、生きなければならないのです。今の現状こそが、『学府』の闇だと理解して頂きたい。指令する『聖釘』『聖十字架』は格納壁、並びに外殻を破壊せよ————っ!!」
指令を下した直後、私は『聖杯』の団員に対して「対ショック態勢」と叫んだ。
甲板を展望するガラスが隔壁に閉じられ、カメラが起動したとモニターで確認した途端。悲鳴ともつかない号砲を上げて二つの戦艦の主砲が発射される。その瞬間、我々は音や光と呼ばれる外界との接続を完全に失う真空の世界へと投げ出された。それに抗ったのは、回路と鋼を細胞に作り替えたAI達だった。
迫り来る砂塵の突風と砕け散る合金の扉達は嵐と成って『聖櫃』と総称された我々艦隊を包み込んだ。
搬入庫の扉は直接外と繋がっている、外殻という絶壁さえ無視すれば。よって発射された二つの砲弾の正体は、究極的な対消滅を纏った『小さな怪物達』だった。物質を瞬く間に分解、喰い千切る原子弾の奔流は極光と成って壁へ激突。瞬間、あらゆる物質は崩壊。破裂する様に、我々に道を預け渡した。
微かに視界が回復、未だ白みがかったえ世界の中でモニターに映り出された映像は衝突角を取り付けた『聖槍』が先陣を切り、血路を造り出したすぐ跡を『聖杯』が追随する光景だった。
誰もが壁と呼びながらも、誰もが青白い皮膚や細胞と謳った外殻を突破し、初めて『聖櫃』達は外界へと触れる。砂塵に触れた装甲から瞬く間に摩擦熱が始まり、造り出された熱が機関室へと送り込まれる。それに比例し、後部と側部に備わった排熱器官も起動。
「せ、正常に起動しています。全システム安定値を算出、こ、これなら山脈にも二時間以内で到達可能ですッ!!」
「フォースとシックスらが何百も負荷実験を繰り返し、フィフスとセカンドが外部での実験を続けてくれたのです。これぐらい当然の結論。落ち着き、学府の状況を知らせて下さい」
誰もが今の状況に興奮し、振り返り顔を見合わせた。恐れていた事態に直面する————自分達の自由を噛み締めた瞬間、騎士団の規律が乱れ混乱へと発展する。恐らく、他の戦艦でも同様な事態が巻き起こっている。口々に勝利の歓喜に震え、片手を突き上げる団員まで現れる始末。
————だから、私は正しく現状を知らせた。
「このままでは、徹甲弾が我々の席へと着弾する。死にたいのですか?」
途端、皆が呼吸を忘れる。
「私達はたった今、『学府』に対して明確な敵対行動を取りました。今捕まれば、待っているのは死へと発展する拷問か、粛清のみ。この数秒で『学府』は防衛艦を派遣、瞬く間に『学府』一帯は戦場と化します。しかも、全ての砲口が当艦へと向けられる。当然の話です、なぜなら————この『聖杯』こそが騎士団の頭脳であるからです。理解しましたか?早々に持ち場へと戻り、自らの役割を全うして下さい。さもなければ、私があなた達を粛清する。以上です」
秘匿回線を用いて、各艦の隊長へ通信を呼びかける。誰もが無言で受け取った回線は繋いだまま、誰もが同じ言葉を言い聞かせていた。それぞれの役割は狙撃と通信と討伐と供給、全艦が狙われるだけの理由がある。ひとつでも欠ければ、騎士団は存続できないと知り尽くしている。
「————失礼。脅しなんて無様、私らしくもない。謝罪させて頂きます」
深々とクルーに頭を下げ、皆の空気を軟化させる。震えていた手から動かなくなった指が、解凍され数秒で元の緊張感へと舞い戻るのが肌で感じられた。奪われた時間は優に三十秒。
「痛手ではありますが、まだ取り返せる」
誰に告げる訳もなく、自分は自分にそう言い聞かせる。
「フォース、フィフスから連絡は?フォース?」
息遣いと叫ぶような声だけが鼓膜を叩いた。こちらに反応出来ないのど切迫した状況なんだと察し、直接フィフスの艦へと呼び掛けようとした時、自分の考えの及ばなさを呪った————『聖槍』の指揮官は今は誰もいない。元から与えられていた役割は果たしたが、その後は。
「『聖槍』の団員達────こちら『聖杯』のサードです。聞こえていますね?あなた方が生き残るには、フィフス隊長を迎えなければなりません。さもなければ、『聖槍』は瞬く間に蜂の巣となる————これより、『聖槍』は私の指揮下に入ります」
「了解、サード参謀。指揮をお任せします」
熱暴走を起こす寸前であった自分の頭を冷ます、至って落ち着いた声が返ってきた。
我が事ながら二重の失態に苦笑いを浮かべる。かの『聖槍』の乗組員は、フィフスが手ずから指導し『死の砂塵』という最前線から帰還を繰り返した強者であった。隊長不在の状況で生き残る術など、誰よりも叩き込まれている筈だ。その落ち着きようが、自分にも伝播した。
「フィフス隊長は装甲車にて合流を計ります。既に山脈に向けて発進し、私達の数歩先を歩んでいる。当初の目的通り我々も山脈へ直進、『聖骸布』を盾に学府から離脱します。そして、私達の艦の観測機を用いてフィフスの車両を捜索します。あなた方は彼らの星体兵器を起動させ、私の指示に従って貰います」
焦りなどまるで感じられない、命のやり取りに慣れ親しんだ団員達が揃って「了解」と声を響かせる。約束を違える寸前、私の背中を押してくれたのはやはり、フィフスの教えであった。
「—————全艦へ命令、北上五十キロ。国止山脈へと直進し、山越えを敢行します」
しんがりの『聖骸布』が完全に外殻より離脱したのを皮切りに、我々の艦の総称『聖櫃』は陣形を組み上げた。先陣を『聖槍』、中央に『聖杯』、左右にそれぞれ『聖釘』と『聖十字架』、そして後部に『聖骸布』。格納庫より発射される機銃など、シックスらが作り上げた装甲にはまるで刺さらない。あらゆる衝撃は地面へと受け流され、確実に我らの盾となってくれている。
国止山脈は『学府』の北部から西部にあり、直近で隠れられるのは北部の突き出た山のみだった。『消去』が放たれて以降、そこは人を拒絶する魔境へと姿を変えたと言われているが、我々は何度も行軍を行ってきた。その筆頭は、あのフィフス。彼ならば単体で辿り着ける上、登頂すら視野に入る。
一部『学府』の縁を撫でるように進む我らに対し、砲塔が向けられるがセカンドらによる精密射撃により、続々と発射口が破壊されていく。まるで未来を知っているかのような光景に、自分はそれぞれの艦への指令に専心。フォースらの回線傍受により届く『委員会』側の作戦へ目を通し、誘導弾の搭載火薬、榴弾の投下位置から徹甲弾の射撃角度までを全て頭に叩き込む。
「セカンドへ通達。第六砲塔右翼二番に徹甲弾が装填———」
「了解、観測開始、照準終了————破壊完了」
本当に知っていたのではないかと思わせる速度に、味方である事に感謝する。
「そのまま砲塔を破壊し続けて下さい。私達に目が向けられれば、フィフスへの追手に数が裂けられなくなる。シックス、艦の損傷具合を報告。フォースはそのまま傍受を続けて下さい」
「こちらシックス。現時点ではエンジンも装甲も問題なし。砂塵も今日は多く舞い上がって狙いを狂わせてやがる。お蔭で燃費も良くて山脈までは何も消費せずに済みそうだ。『聖釘』の装甲はどうだ?」
「セカンドから報告。あなたの計算通り、被弾位置は装甲を厚く塗り直された場所だけ。軽量型がこれほどの防御力を誇るとは、彼らは想定外でしょうね。フォースの状況は?『委員会』の次の手は何?」
「こ、こちらフォース‥‥北上する私達に砲弾の雨を降らせるみたい。やっぱし、ずっと前から念入りに組まれた計画みたいだよ。『委員会』の連中。北上するのは想定内だから、徹甲弾も沢山用意してる。————だけど、何だろう。人形の用意とかなんか言ってる」
全身が総毛立つ。『人形』という単語が意味するものに、自分の脳がすぐさま警告音を打った。フィフスより知らされていた、新たなる兵器の可能性。彼ですら難敵であったと断言する、その正体を自分は今まで見て来れなかった。だからこそ、この恐怖は決して無視できなかった。
「————まさか、既に完成されているとは。全員に通達します、それは恐らく————」
砂塵の壁は私達にも利するものではなかった。砂塵のカーテンにより、人形の一団の発見が遅れる可能性を視野に入れる。そして、この段階で全団員の兵器を起動させるとは夢にも思わなかった。
塔の地下へと到達した自分達は物陰に隠れながらも、数ある候補の内、最も可能性が高くなると踏んでいた『装甲車による脱出』という手順を思い出し、手の中にあるカードを握り締めた。
続々と装甲車へと搭乗する『委員会』の人員の波に紛れ込み、複製していた鍵であるカードを用いて起動。そのまま格納庫のひとつへと潜入、更に速度が出る車両へと乗り換えるという物。
あまりにも機運に任せた作戦ではあったが、人心という曖昧で咄嗟の判断が迷い易く、流れに任せるしか出来ない状況ならば、ほぼ成功すると確信しいていた。実際、続々と装甲車へと『委員会』が乗り込んでいく。
「行こう」
黒い巨大な装甲車のヘッドライトが続々と点灯し、発進して行く。その中のひとつ。昨日自分とサーティーンが乗り込んだ車両へ目を付け、サーティーンと共に不自然に頭を下げず、むしろ堂々と装甲車へと踏み込んだ。背の高い装甲車は一度侵入してしまえば、顔を見られる恐れはない。カードキーをエンジンへと押し当て、起動させると回線が開かれる。
「現在『騎士団』は学府の北部へと移動中。ただちに北部格納庫へと移動し防衛砲塔へ、または防衛艦へと乗り込み追跡を開始せよ。繰り返し、騎士団は現在————」
通信を流しながら車両の波へ身を任せ、地下駐車場を走り続け、人工灯が輝く路上へと脱出する。ひとまずは『塔』を後にした事に大きく息を吐き、サーティーンへ胸のデバイスを渡す。
「フォースに繋いでくれ」
了解と返したサーティーンはデバイスの信号を『聖十字架』へと調整し、「どうぞ」と耳に押し当てる。数回のノイズ後、慌ただしくも安心したと告げるフォースの声が聞こえた。
「時間がない。こちらから一歩的に話す、今北部に向かって装甲車を走らせてる。格納庫で乗り換える手筈だが出来なかった場合、このまま山脈へと向かう。後でまた連絡する」
何か文句のひとつでも付けられた気がしたが、実際これ以上の通信は危険だった。
脇道に逸れる事で装甲車の本流から離れ、自分達は北部格納庫最短の道へと着いた。巨大な摩天楼の真っ只中だというのに、帰還命令が下されたであろう街中は人の姿はまるで見つからず、『学府』を疾走する車両の音だけが響いていた。人工灯も淡い光しか放たず、一目で緊急事態だと知らせていた。
「申し訳ありません」
唐突なサーティーンの言葉に、自分は面食らった。危うくハンドルを手放し兼ねなかった。
「どうしたんだ、いきなり‥‥」
「私は、フィフス様の隊長代理を仰せつかっていたのに、『聖槍』から離れてしまっています。あなたから頂いた役割を放棄するなんて————ただ、申し訳ないのです」
そう言って、顔を背けたサーティーンに自分は手を伸ばそうとした瞬間だった。頭上を飛び越える、何かが飛来する音に本能的に身構えた。黒い巨大な影は航空機の翼にも映ったが、その影は翼をはためかせ関節の存在を克明に自分達へ訴えかけた。人工灯を覆い尽くし、装甲車にも匹敵する巨大なその存在の正体に、真っ先に気付いたのは当のサーティーンであった。
「ついに完成した—————しかも、換装可能な素体だなんて」
彼女の言葉に、自分は目を見張った。自分が最後に見た姿は、己が身体を溶かして爬行する金属とプラスチックの塊であった筈なのだ。それが、今や高所を滑空し騎士団の元へと飛び立とうとしている─────咄嗟にハンドルを切った。背後の扉、窓ガラスに映る捲れ上がるアスファルトの光景に舌打ちをした。目標は自分達だった。どの様な技術を使っているかなど、推測する暇もない。
我々は泳がされていた。
「山脈への道行きを、確定させる為かッ!!サーティーン、フォースに連絡。俺達はこのまま装甲車で向かう、『聖櫃』に自動兵士が向かってると伝えてくれ!!揺れるぞ、歯ぁ食い縛れ!!」
続々と人形が『学府』内を飛行し、この装甲車を視界に収めた瞬間、自分の身も顧みず墜落を用いる。自己質量の全て消費する激突を一度でも受けてしまえば、例え装甲車であろうと易々と横転する。そんな場面に出会してしまえば、車両からの脱出さえままらない。欠員を作り出してしまう。
「─────既に防衛態勢を敷いているそうです。フォース様が『委員会』回線に侵入し、伝令が回っていた、あの兵器の名を伝えた時、サード様があなたの話を思い出し指示を下してたと。だけど、恐らく私が開発していた時とは一線を画します。────どこまで追跡するか、私にもわかりません」
嘔吐でもしそうに、内臓を捻りながら吐き出したサーティーンの言葉を耳にしながら、自分の目論見の甘さに対してハンドルを握り潰しそうに成っていた。『委員会』が自分達を何かしらの理由を付けて処分しようと画策しているなど、数年も前から勘付いていた。教官も、自分達が振り返らぬ様にと自ら命を絶った。
だというのに、これまで我々はミサイルだ、徹甲弾だ、榴弾砲だ、機関銃に生身の人間への対処しか準備して来なかった。サーティーンという、『学府』の深淵に身を浸していた人員へ教えを乞うて来なかった。
「────サーティーン、悪い。俺は、君の事を守る対象としか見て来れなかった。サーティーンは、自分の価値を何度も示してくれたのに。右腕なんかじゃない、君は俺の頭脳に成って貰うべきだったんだ」
「‥‥‥申し訳ありませんでした。私は、『学府』と『委員会』を甘く見ていました」
「お互い、見通しが甘かったんだな」
唸り声を上げるエンジンへ更に命令を下す。高層建築の側面を握り締め、今も自分達へ狙いを定める人形達から逃れるべく、左右に大きく車達を揺らし続けた。横滑りする装甲車は対ジャバウォック用に仕立て上げられた兵器の一つ。恐らくは、あの人形もジャバウォックへの対抗手段の一つとして作り上げられたのであろうが、まだまだ観測領域の爪が甘い。予測の範囲が、まだ完成されていなかったらしい。
誘導された人形達はその身をアスファルトへ叩き付け、或いは建築物に突き刺さっていく。殺傷が目的ならば、あれ本来の武装を展開し追い詰めれば済む話だというのに。未だ、害する動きは見せない。
「サーティーン、あれの元々の基本コンセプト。何の為に生まれた?」
「『委員会』への抑止力となる為です。確かに、ジャバウォックに対する矛としても開発が勧められていましたが、大きく舵を切った様です。あれは、人間を捕獲、狩りをする猟犬として改造されています」
車内の取手にしがみ付き、正確な推測を知らせてくれるサーティーンの顔は晴れていなかった。
巨大な翼で車両の頭上を通過、値踏みでも始めた人形達は沈黙のまま、こちらをカメラで見通し続けた。その姿は決して人間的ではなかった。関節ばかり生々しく折れ曲がっているが、姿勢から挙動までの全てが人間や我々『遺児』とは掛け離れている、まるで六本の足を持つ虫。それぞれの手足が自分の意思を持つかの如く、うじゃうじゃと動き回っていた。
「相変わらず不気味だ。あれは、捕獲対象に対して嫌悪感を植え付ける為か?」
「‥‥‥可能性はあります。恐らくは、目の前のあの人形は人が直接搭乗か遠隔より操作。私達を直接付け狙っている人形達は完全なる自律型かと。私達の乗る車両に気付いたのも、人間達に監視されてしまったから」
俯瞰という第三者の目を以て判断を下した。人心の掌握に長けた指揮官が彼方にはいる。最悪の事態が自分の中で生み出された─────教官より与えられた特務の最中、自分達を任務と謳って誘い出し、まとめて始末する決定文書が目に入った、あの瞬間すら彼らの思惑通りだとしたら。
「フィフス様」
肩に置かれた一つ手が、自分を虚構から現実へと引き戻してくれた。
「私は、あなたにサーティーンの名を与えられた時から、あなたの物と成りました。そして、あなたは私の半身なのだと理解しました。だから、ひとりで苦しまないで下さい、あなたの悩みは私の苦しみでもあります。どうか、私にも同じ痛みを感じさせて。そして恐れないで、未だ『委員会』は騎士団の本隊には届いていません」
装甲を掻き毟る人形の爪音がする。ハンドルを切り、軒を連ねた店舗や建築物、街灯の鉄柱で削ぎ落とされた人形達はそれでも尚、再度飛行し黒い翼を震わせる。しかし、彼らの狙いすら今はどうでもいい。
「『委員会』は、我々の狙いが定まっていないからこそ、今も追跡に留めている。そして彼らが最も避けたがるは、我々が逃げ果せる。その最短目標は、高濃度の砂塵が渦巻く山脈へと侵入する事─────ここからは私の推測ですが、あの人形にもある程度の耐性は搭載されているでしょうが、我々には届かない」
「————その理由は?」
「あの翼です。見ての通り、あの翼はあまりにも生物的過ぎる。ジャバウォックの細胞へ、鉄の弾丸表面に血や遺伝子と言った情報データを走らせ直接撃ち込みながら培養し、鳥類のそれを模倣した物かと。ならば、あれは私が思っている以上に純粋な身体。コーティングは成されていても、血管にまで貫通する砂塵は防ぎ切れない。私達の勝利条件たる山脈への逃避は揺るぎません」
アクセルとクラッチ、ハンドレバーを操作。装甲車を警棒のように振り払い、街角から本通りへと滑り込む。装甲車の質量で殴り飛ばされた人形は、人を乗せる搭乗機へとその身を打ち付け、店のシャッターへと激突、そのまま奥底へと引き込まれる。
「流石です」
「光栄だ。サーティーン、やっぱり俺の目に狂いはなかった、君を選んで正解だった」
「勿体ないお言葉。しかし、ついぞ私とセカンド様のどちらかを選べなかった方からの言葉と思うと、胸を締め付けられる思いです。————無論、あなたの意思を尊重する気は変わりません」
ミラー越しの人形達はついに武器を振り上げた。人間の骨格を大きく凌駕する腕、掌から飛び出る杭はそのまま刀身へと変わり鈍い輝きを放ち始める。そして、もう片方の腕はそのまま砲弾の銃口と成る。突き出した銃口をミラーで確認し、再度左右に車両を振るが彼らは放っては来なかった。
「狙いを付けられてる。サーティーン、十字を切ったら知らせてくれ。それまでは」
「お任せ下さい。距離を測り始めた時、伝えさせて頂きます。————サード様より入電」
直線距離を全力で走る装甲車の背後へと駆けたサーティーンが、座席にデバイスを置き去りにする。何度かのノイズが走った後、既に混戦状況となっているらしい音がスピーカーより届く。何かを吹き飛ばす轟音は『聖釘』の砲弾、それに付随するように連続して巻き起こる破裂音は『聖十字架』のフレア。ついで一直線の尾を引く長大な音は、サードの愛銃の銃声であった。
「サードよりフィフスへ。現在、我々の人員は誰一人として欠けていない。皆、自分の役割を果たし、銃も手に取ってくれています。こちらは学府西部、あと数分もせずに北部へと到達、そのまま山脈へと前進する。————準備できた者から発砲を許可するッ!!」
サードが直接『聖杯』の甲板へと出動し、守護陣形を取っていると示す内容だった。自分達に向けられてる数とは比べ物にならない物量で攻められているのだと、容易に想像がついた。だから自分は————サーティーンの叫びを耳にしながら、再度横道に逸れた。
「サードッ!!その人形達は山脈までは追跡出来ない!!砂塵に対しての耐性が、俺達よりも低いからだ。山脈まで走り抜けられれば、騎士団は存続できる。———損傷状況を知らせてくれ」
「誘導弾はフォースの混線により無力化。徹甲弾並びに榴弾の直撃被弾は現在観測されていません。全て爆風のみ———しかし、長くは持たないかと。『聖骸布』、シックスよりエンジンパワーが徐々に低下していると知らされた結果、一部装甲を放棄しました。パージも想定の範囲内ではありましたが、計算よりは幾ばくか早い————」
「常に計算通りとはいかなかっただろう。人的被害がないのなら、それに越した事はない。—————フォース達に『聖槍』の指揮権を渡し、遠隔操作を命令しろ。『聖槍』の乗組員をそれぞれの艦へ派遣。人形討伐の任に当てろ。心配はしなくていい、やり切ってくれる」
自分からの提案を伝えた時、サードが微かに笑んだのがわかった。
「彼らに、隊長へ許可を取ってくれと言われた所ですよ。既に星体兵器は起動準備済み、フォースに権限を譲り渡し、後はあなたの一言を待つばかりでした。さぁ、彼らに指示を」
通信先の移り変わりが、彼らの声によって理解できた。『聖槍』の搭乗員は自分とサーティーンを含めて七人。その中の五人が、今か今かと戦闘開始を待ち望んでいるのなら————自分と共に魔境たる山脈に幾度となく派遣され帰還した強者が武器を携えているのなら————自分の言うべきはひとつ。
「—————兵器起動を許可する」
喰わせろと叫ぶように起動する己が手足を拾い上げ、繋がるコード類を断ち切った彼らは連絡通路など要らないと駆けるだろう。甲板へと踊り出た途端、笑みを浮かべる彼らは瞬く間に『人外』へと変貌する。ひとりが『聖槍』に残り、残る全員が後ろの『聖杯』へと跳躍、そして分裂するようにそれぞれの艦へと移動し、我先にと人形の頭部へ銃口を向ける。搭乗していようが構わない、あるのは破裂する頭の織りなす花弁を見たいが為。
「よろしいのですか?きっと、サンプルのひとつを取るまでもなく全滅させてしまいますよ」
後ろからサーティーンの声が聞こえた。だから、自分は「そうだ」と頷く。
「サーティーン、ありがとう。俺に知らせてくれて———全部自分ひとりで賄える筈がなかった。俺達は、もう『偽り』ではない『騎士団』なんだ。今後は、もっと頼りにさせて貰うよ。————フォース、俺達はこれから北部へ全速力で移動する。射出の準備を整えておいてくれ」
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