第3話
双眼鏡越しに眺め、二足歩行で進む巨体の頭部までの距離を計測。既に瓦礫を盾とし全貌を見渡せる距離へ歩みを進めていた自分達に対し、スコープから通達される正確な数字は24•95メートル。一息で襲撃するには若干ながら離れていた。しかし、見渡す限り砂塵と粉塵の山しかない近辺での更なる接近は不可能。今現在の位置こそが限界であった。隣にて周囲を警戒していたサーティーンに目配せをする。
「仕留めるのですね。私は援護に回ります、それとも狙撃を繰り出しますか?」
「今の所、サードからも声が届かない以上、他のジャバウォックはいない。だけど、出来る限り音は対象近辺、仕留める時のみに抑えたい。サーティーン、もし仕留め損なった場合、背後を撃ってくれ」
「了解、心臓を貫きます。ご武運を」
自分が選んだ武装は、指一本にも及び鉄片を数十も吐き出す散弾銃であった。
近距離で用いれば、例え鋼の如き甲板に覆われていようが、確実に内臓まで届き破壊する。一撃で仕留める為に作り出した凶器の全景は長さ1メートル以上にも及ぶ鉄塊と酷似していた。しかし、同時にこれは被弾時対象の構成物を浸食する細胞兵器でもあった。
星が作り出すべき新たな生命を武器の形にした脈打つ兵器。それが自分の手足の様に言う事を利く。
「───────ッ!!」
駆けた。そして賭けた。一撃で仕留められると確信して。背後から身体を踏み台にし、後頭部へと銃口を押し付け完全なる零距離から射撃を敢行すると。手足は着実に前へ前へと自分を誘った、舞い上がる土埃すらも置き去りにし、星体兵器は槍の矛先の如く一直線に巨体へと差し向けた。
筋肉と毛皮に覆われた背筋を軍靴で踏み渡り、同じ惑星の生物とは思えない咆哮を響かせる。背にいる自分へと伸ばされる巨木にも匹敵する腕を掻い潜り、或いは更に踏み付け、首元、肩にまで踵をめり込ませる──────取った、そう確信した時には星体兵器は号砲を上げる。引き金の重みに指が熱せられた時、銃口の先である頭部に該当する部位は跡形もなく弾け飛んでいた。ゆっくりと横たわる巨体から離れ、舞い上がる砂塵へ背を向ける。
「サード」
「言われなくても。一つ巨大な反応がそちらに高速で接近しています。あなたから見て右手側、迎え撃つのならそのままサーティーン氏は待機を。あなたが囮となり、同時に主軸となって仕留めて下さい」
地響きが靴底を通して伝わる。それに反して自分の心臓は至って冷静であった。この様な環境下での討伐、既に幾度となく経験している。瓦礫の奥で身を屈めているサーティーンには動くなと姿勢で伝え、星体兵器を構える。砂塵のベールに覆われた敵愾者は勢いはそのままに突進を放ち────更なる巨体を持ったそれを、自分は見据えた。
「二匹目————」
左側へと全力の回避行動を取り、砂塵の中へ紛れ込む。通過する鋼の巨体とすれ違い、倒れ込む事で重心が安定した銃口を地面に押し当てたまま引金に指を伸ばす。瞬時に赤熱化した薬莢を吐き出す銃身の振動は微々たるもの。翻って後面に全弾を受けたジャバウォックは後ろ脚の大半を失う————傾く巨体の中央、紛れもなく心臓や重要臓器の集合を一直線に貫く赤熱の弾丸は流星のように眩かった。
「装填、発射————」
続け様に放たれた狙撃弾も巨体へと吸い込まれ、貫通した弾の跡を引く血肉が砂塵へと扇状に広がる。無色な世界の中、一色の赤が彩る光景は討伐の終了を意味した。巨体の倒壊に相応しい轟音を立てる肉体から逃れるべく、即座に立ち上がった自分は大きく後ろへと飛び退く。
「近辺の熱源、音の発生源も無し。任務終了、お疲れ様です」
「了解、これより帰還する」
耳元のマイクへ返答をしながら、星体兵器を肩で背負う。若干ながら熱を帯びている相棒と共に自分の右腕であるサーティーンへと歩み寄る。安全装置を掛け直したサーティーンは、僅かに口角を上げて待ち構えてくれた。
「お見事。流石だな」
「光栄です。肩を痛めました?」
気付かれぬようにと心を砕いていたが、酷使した肩の角度は誤魔化せなかったらしい。
「帰りは私が運転させて頂きます。フィフス様はお休み下さい」
やはり、サーティーンの顔には有無を言わさぬ圧がある。反抗した所で彼女は絶対に折れないと知っている自分は大人しく装甲車の鍵を預け渡した後、警戒をしながら駐車位置を目指す。その間も「自分が前に」と言って譲らないサーティーンに先導を任せ、自分は警戒任務に務めた。
「肩を痛めたと聞いたのだけど————」
自分の私室にて、サーティーンに手当てを受けている最中にセカンドが入室した。既に鍵を渡しているのだから当然入れるのだが、せめて一言貰えないだろうかと心の中で思ってしまう。
「ああ、今治療をして貰ってる。大丈夫、痛めたって言っても少し疲れが出ただけだから。明日の就任式には参加できる。セカンドの方はどうだった?何か手違いとかは」
「————ふふふ、いいえ。何も。そう、自分の部下の女の子に世話をさせているなんて。そうね、させるとすればあなたよね。他の三人は無自覚に率先してされるでしょうけど、あなたはだけは別よね。サーティーンさん、代わりましょうか?この人は意外と手が掛かるでしょう?」
「いいえ、お構いなく。私にはフィフス様の容態を整える義務があります。選んで頂けた隊員として当然の役割です。セカンド様こそ、私の事は気にせずフィフス様と時間を過ごして頂ければ————そのまま腕を持ち上げて下さい。はい、結構です。包帯がきつければ何時でも申し付け下さい」
言われるままに腕を預け、されるがままに包帯を巻かれる。上半身を覆い尽くす量となった包帯は、当初は「包帯を巻くほどじゃないから」と訴えたが、すぐさま却下された代物であった。
「助かったよ、サーティーン。ありがとう。セカンド、サードは何か言っていたか?」
「察していると思うけど、サードも私達の戦力測定だと結論。報告を終えた後、事細かにサードへ使用兵装と人員を質問していました。サードには悪いけど、私達が静止出来る状況ではなかったの。明日の式まで休ませて貰うと、そのまま就寝。部屋に閉じこもってしまって」
「良い判断だよ、俺は怪我で治療中。サードも休息を取っているんだ、下手に邪魔しに来れば就任式に悪影響を及ぼすと反論出来る。セカンド、フォースとシックスには今日は外に出るなと伝えておいてくれ」
特に問題のない膝を揉み始めたサーティーンに視線を向けたセカンドは「既に言い渡しています」と、何処となく冷たさを覚える声色と言葉を返される。何故だ?と首を捻っていると、サーティーンは仕事は終わったと「では、失礼します」と部屋から辞してしまう。
「仲が良いのね。一緒に討伐任務へ向かったなんて。それも二人きりで」
「今回の任務は少しだけ気になってな。サーティーンは良い狙撃手なんだ。安心して後方を任せられる仲間がいるのは悪くない。それに、この通り治療も通信も可能な隊員」
「そう、それは今後も重宝しそうね。どうやって知り合ったの?私達の館にはいなかった筈なのに————」
それに対し、自分は「追々話すよ」と告げるしか出来なかった。それで察してくれたセカンドも「そう」とだけ言い渡して、横になっているベットの枕元に腰を掛ける。少しだけ熱がある額を優しく手で撫でてくれるセカンドに、両手を伸ばすと微かに鼻で笑った後に被さってくれた。
「サーティーン、あの子にも鍵を渡しているの?」
「必要な措置だと強制的に。ああ、だけど直接渡したのは俺の判断。彼女は、きっと今後もっと頼もしくなる。———今はセカンドといるんだ、俺か自分の事を話してくれ。もう服の詰め込みは終わったのか?」
何処か興味を掻き立てる部位でもあったらしく、クスクスとセカンドが微笑む。
「うん、もう終わりました———きっと長く帰って来れないから、沢山詰め込んでしまった。でも、良いの。他の街へ侵入出来れば服はまた購入できるから。ふふふ、委員会の方々は最後まで気付かなかったようね。私達に並みを圧倒する資金があるなんて。しばらく豪遊できそう」
フォース、サード、セカンドが手を携えた資金転がしの結果だった。恐らく、この洋館は学府中の金銭のおおよそ4分の1にも匹敵する資金が隠れている。長らく黄金に変えられていたが、既に名義を変えて換金————教官より与えられた資料によれば、外の世界でもまだ同じ貨幣を使えるとの事であった。本当に、自分達だけで生きて行ける程の巨万の富を持っていた。
「————ここから出たらどうする」
「さぁ?みんな同じ事を考えていると思いますよ。私達は生まれた時からずっと学府に保護されていたのだから、それ以外の生き方なんて知らない。だけど、意味も解らず———」
それ以上を話させる訳にはいかなかった。身体の上で横たわるセカンドの顎へ指を合わせ、口を口で閉ざす。長い静寂の中、息が苦しくなって所で手放すと唾液が跡を引くのがわかる。
「ずっと皆一緒なんて無理だ。それぞれがそれぞれ、やりたい事がある。だけど、俺はセカンドと一緒に暮らしたい。一緒に起きて、一緒に食事をして。そんな時間を過ごしたい」
「私も同じ。一緒にお風呂に入って、一緒に眠って。あなたの寝顔に悪戯して。ふふ、だけど、きっと私とあなただけじゃなくて、もうひとり来てしまいそうね。気付いているから」
そうセカンドが扉へと発した時、慌てた足音が廊下から響き渡る。そして、諦めたように扉が開かれサーティーンが踏み込んできた。急いで起き上がろうと腹筋に力を入れるが、セカンドによって止められ、冷ややかな視線を受け続ける。
「そこで見ていて。誰がフィフスの物で、フィフスは誰の物かを————教えてあげます」
途端、馬乗りになったセカンドが髪をかき上げて、不敵な笑みを浮かべた。
「あー、肩凝ったー。暇過ぎて眠くなっちまった」
「そういう事言わないッ。私だって我慢してたのに、ますます眠くなるじゃん。それに引き換えセカンドもサードもすごいね、一切ウトウトもしてなかったし。私なんてあと一分でも長ければ眠ってたかも」
とは言われたものの。隣のセカンドも自分も、まさかあそこまで式が長引くとは思ってもみなかった。精々が白紙委任状の手渡しと委員会最高指揮者のお言葉を賜る程度だと踏んでいたが、実際は聞いた事はあっても形ばかりの組織、倫理委員会、軍部の上層などなど。総勢10人からの叱咤激励は、なかなかに堪えた。昨夜は早々に就寝して正解だったかもしれない。
「んで、フィフスはどうした?なんか、昨日の特務の恩赦だが報酬だかを与えるとか言われて連れて行かれたけどよ。もう一時間は経ってっぞ。付き添いとかで、もうひとり女も連れて行かれたし————そろそろ帰って寝てぇんだけどよ」
シックスがまたも肘掛けで頬杖を突きながらの言葉だった。
彼の言う通り、自分もあまりにも長過ぎるとは思い始めた矢先の言葉に全員が頷き沈黙の時間が流れる。この控室に通された自分達を待っていたのは、にこやかな昨夜の男性と女性達。討伐をしたフィフスとサーティーン氏を労いたいと案内し、何処かへと連れ去ってしまっていた。
「フォース、二人の居場所は?」
「間違いなく、この塔にいるよ。流石に服を脱がされていない限りは」
自分専用にチューニングを施したデバイス片手に断言するフォースも、そろそろ不安になって来たらしく信号を送り始める。しかし、手応えがなくデバイスを机の上へと滑らせた。
「セカンド、彼から何か言われていたようですが。この件に関係ある———セカンド?」
彼女らしからぬ光景だった。周りが目に入らない程に思考し始めていたセカンドの肩を揺さぶり、正気に戻した所で再度質問をする。しかし、彼女は再度物思いに耽り、口を閉ざした。
「何か心配事でもあるの?フィフスなら大丈夫だよ、なんたって彼は私の」
「始まったのかもしれない—————」
それがまるで合図に思えた。瞬時に立ち上がった我々の頭上より館内放送が流れる。
切り出しはこうだ。「騎士団の方々にお伝えします。直ちに外殻出入り口へと集合して下さい。繰り返します────」と無感情な女性の声で呼び掛ける。決定的だった。これから勃発する、とある事変を想像した自分は胸元のデバイスへと手を伸ばし、皆に伝えていた緊急コードを発令した。
「予定より早ぇじゃねぇか。なりふり構わず来る気かよ────いちいち面倒な事聞くな。俺達は何時でもやれる」
「あなたの自信が今は何より頼もしい。シックス、後方への配置タイミングはあなたに任せます。セカンドは緊急時の隔壁、外殻の一時破壊。フォースは回線侵入への対処を。私はフィフス隊との連携を────さぁ、始めましょう。私達はこれより『偽りの騎士団』と名乗る事になる」
誰も飛び出す真似はしなかった。シックスが斬り込みを主導し、扉を開け放つ。無防備な無人の廊下のその実、必要が有れば廊下と言った一部区間を爆破可能だという覚悟を孕んで見えた。そして私達は誰一人として、この機会とは二度と巡り合わせられないと知っている。
だから、誰もが胸を張り、この出征を凱旋とした。教官が生命に代えて伝えてくれた情報を携えて。
心臓を抑え、学府より直々に言い渡された特務を頭の中で復唱した。学府とは言え、一枚岩ではない。ならば、今の暫定的な委員会による指揮権を快く思わない学徒も少なくはない。それが50年も続いているのだ、彼らの内に累積した恨みと蓄積した反抗の手段は、到底言葉では言い表せまい。
「反乱分子。政府であれ学府であれ、やる事は同じじゃないか。決めつけて消去しろなんて」
委員会が保持する『塔』とは別の建物。こちらは幾ばくか時代の先を行くドーム型の施設だった。事実上、学府全体の指揮を取る『塔』は今や公人達の家となっているが、侵入したドームは今も研究機関の一つとして数えられていた。外より持ち込んだ資源や星より摘出した星体を加工、研究する場として。
そしてもう一つ。
「ジャバウォックの解剖施設─────」
だから、自分の右腕には兵器が握られていた。換装された兵器は散弾銃よりも幾分も小さく、けれど、確実に人間であれジャバウォックであれ、仕留められる強力な弾丸が仕込まれた銃身を持っていた。
ドームの内訳は、全て階層によって決まっていた。しかも、下へ降りるたびに研究室は増えていく。警備も分厚く、何より人の目が数倍にも膨れ上がる未来に、自分は廊下の角で呼吸を整えた。
「ようやく地下三階。目的地は五階。まだまだ帰れそうにないか」
ベットで寝息を立てているセカンドを置き去りにし、潜入を開始した自分は静かに笑った。
既に夜間警備へと移行していた研究施設を腰を低くし疾走する。悠長に確認するのは走りながらでも可能だった。それよりも夜が終わり、それぞれの研究室へ学徒達が訪れてしまえば自分は一日この場から動けなくなる。一日の空白は、そのまま疑いの矛先となり得る。自分の許された時間は三時間も無かった。
「あと一階」
階段へと滑り込み、手すりを握り締め落下を防止しながら下へ下へと歩みを進める。こんな状況で足を滑らせ骨折など笑い話にもならない。堅実に着実に、次の階層へと誘う階段を降り進めた時、続けて地下五階へと踏み込める階段に足を延ばす。施設最深にしてジャバウォックの解剖施設は白一色だった。
「禍々しさなんて無いな。都市伝説なんて当てにならない」
過去にフォースより得意げに話された内容がそれだった。ジャバウォックは周囲を自分にとって有利な環境へと作り替える力がある。それは死体になろうとも宿り続け、死体を持ち込まれた施設は異界化が進んでいるとのホラー話。安直だとは思いながらも、心の何処かで期待していたのに裏切られてしまった。
「─────あの部屋」
ジャバウォックの兵器化と共に、星体兵器の研鑽を求める研究室の扉は廊下の果てに位置していた。数度、『委員会』の人間が視察に訪れたが、ついぞ中を見る事が叶わなかった禁断にして暗黙の部屋。与えられたマスターキーの感触を手の内で感じ取り、兵器と共に一息で肉薄する。そして、瞬時にパネルへと押し付け開口させた。
「なんだ─────」
開かれた部屋の内側は奇怪としか言いようがなかった。
取り出したカメラのシャッターを切り、フィルターへと全貌を焼き付ける。それは自分が仕留めた試しのない姿だった。手術台の上で横たわる人間に似た身体の生物は、本能的に違和感、嫌悪感にもカテゴライズ出来る感情を覚えさせた。肌に直接黒い装甲を貼り付けた様な、そして腕は膝辺りにまで届く長さ。
人間を真似たのに、人間とは似ても似つかない姿を持つそれを写真で収め続け、息を呑む。
「もしかして、兵士なのか」
人の代わりに戦う自動人形。昨今、自律型AIロボットが開発、採用されている学府内において驚くべき光景ではないのかもしれない。寧ろ、この存在を認知していた『委員会』は、確信を持つ為に俺を送った可能性すらも─────。
「誰?」
即座に銃身を向ける。
「誰なの?」
引き金を指の腹で捉えた時、自分の銃口は揺らいでしまった。声の持ち主は自分と同じ『遺児』だと察したから。学徒のジャケット代わりに白衣へ袖を通した少女が一人、暗い部屋の中でも浮き上がる様に白い顔を覗かせていた。その顔は銃口を向けられているというのに、状況を飲み込めないのか呆けていた。
「────俺と共に来てもらう。拒否はさせない」
まさか研究員が残っているとは思わなかった。顔には出さず舌打ちをし、顎へと突き付けた銃口で少女を制圧する。しかし、「両手を前へ」と命令するも特段恐る事も驚く事もせず、無言のままだった。
「聞こえなかったのか。早く両手を────」
視界が上下に入れ替わった。そこでようやく、自分は少女に足を掛けられ、胴を投げられたのだと理解する。頑丈な床へ投げ出される寸前、受け身を取り壁際へと引き下がる。自身の逃げ場を失わせる愚行ではあったが、背を向けずに姿を一方的に射撃体勢を取れる陣でもあった。
だが、その時にはあの少女は自分の視覚から逃れ─────何処からか声だけを響かせる。
「あなたは何処の所属ですか。3秒で答えて下さい」
真っ当な訓練を受けた軍属だと理解する。圧倒的に有利な立場であった自分のアドバンテージ、銃口から逃げ仰せ、声だけで所属を問い質す。こうなる事を想定しての行動だった。どうやら自分は、まんまと罠に落とされてしまったようだ。『委員会』が特務と銘打って命令した理由が彼女なのだろう。
「察しているだろう、俺は『委員会』の」
「『委員会』ならば、直接物量と権威で乗り込む筈です。けれど、あなたは潜入という手段を用いる影の手口に従している。『委員会』の人間から命令された、『委員会』に手が伸びぬ様に設計された計画の歯車でしかない。続けて問います、あなたの目的は一体?」
視線を走らせ、部屋中を確認する。自分の視界の大部分は人形が横たわった手術台が収めている。隠れられる場所は限られていた、高い確率で手術台の裏だと視線で狙いを定める。
「恐らくは、その自動兵士の確認だった。当初はジャバウォックの兵器化と星体兵器の進化経過を観察しに来た。いいように使われたらしい。君は、ここの所属か。それとも囚われているのか?」
出来る限り友好に。可能な限り悟られぬ様に。アキレス腱と足首、膝に力を込め対岸の壁へと滑り込む準備を整える。手術台の裏にいる少女へ、再度銃口を突き付けなければならない。そして誘拐しなければ。
「─────その通りです。私は、生まれた時からこの視線に幽閉されています。あなたは、」
隙を見せた————瞬時に床を滑り、腹這いの射撃体勢に移行しながら手術台の裏側へと銃口を向けた時。少女は待ち構える様に、サイドアームの拳銃を抜いてというのに。
「この人形の構造に興味を持っているのですね」
こちら側へ拳銃を滑らせて投げ渡し、両手の指を床へと広げていた。降伏の構えと共に、この研究室の深奥を預けるとでも言いたげな様子だった。膝立ちから立ち上がり、拳銃を蹴り飛ばしながら近づくが、少女は目線を一切泳がさずに淡々と告げ続ける。
「この身体は未だ試作段階。強化外骨格と化学繊維筋肉の干渉に不備があり、数歩の歩行で関節が瓦解します。内臓代わりのモーター、排熱板も熱が過剰に加わると負荷に耐えられず融解する。今はまだ、これは自力では動けません。しかし、あと数か月。次のジャバウォックのサンプルさえ入手できれば、『遺児』にも匹敵する身体性能を以って『塔』へと侵攻が可能です」
「それを俺に伝えてどうする。ここを爆破しろとでも言う気か。君に、なんのメリットがある」
「私は、この施設に生まれた時から囚われていました—————私を連れ去って下さい」
冗談を言っている声色ではなかった。筋道を立てて論理的に発した言葉の数々。何よりも、自分が彼女の立場ならば同じ行動を取るだろうと漠然と想像してしまう。彼女の身上すら嘘はない、言葉には嘘偽りは感じられない。その上————彼女から同じ志さえ覚えてしまった。
「————俺は、ここのデータさえ採取出来れば構わない。何か物理的な媒体はないか?」
銃口を降ろし、ひとつの提案をする。それに対して、少女は小さく頷いた。
「私をここから連れ出してくれるのなら、預けましょう」
そして自分は少女と共に上階を目指した。やはり彼女も『遺児』であり、自分達と同じ世代の高性能素体でもあった。深夜の施設を駆け上がり、起動したプロトタイプ自動人形の追随をかいくぐり、『塔』へと帰還できた自分は彼女に名前を与えた。
「サーティーン」
「はい、ご命令でしょうか」
通された応接間のソファーは、自分とサーティーンを優しく支えていた。硬過ぎず、柔ら過ぎない革張りの椅子は、使用者の体調さえ慮る職人技が光る逸品だった。サーティーンも気に入ったらしく、肘掛けの感触を楽しんでいるのが見受けられる。指の数だけ皺を造っていた。
「俺達が『塔』に逃げ込んだ日を覚えているか」
「勿論です。勝手に仕込まれていた起動プロセスに従った人形が這いずって追跡するのです。私が作り上げた身体ではありましたが、自己崩壊も厭わず行われる追撃には悪寒が走りました。あなたも恐れていました、あのまま這いずって襲撃した方が人の心にトラウマを刻めると言って」
「懐かしい。あれから俺がサーティーンの保護監督者に成ったんだったな。教官にも許可を得て————サーティーン、後悔していないか。俺達に従って。このまま俺達の後ろを歩く事になっても」
与えられた紅茶を啜り、サーティーンは溜息を吐いた。
「何も。何も後悔などしていません。フォース様とも友人と成れ、時折サード様も気に掛けて下さりました。乗組員、同じ部隊の皆さまも私に適切な仕事を割り振って下さる。私が『聖槍』の隊長代行と成れたのは、皆々様のお蔭です。セカンド様とも、いえ、あの方はもう少し様子を」
答えを全て聞き届ける前に扉が叩かれた。瞬時に目配せをし、立ち上がって待ち受けると扉が開かれ黒ずくめの男性達が入室する。その顔はこちらに柔和な笑みなど浮かべてやいなかった。
————そして、その中のひとりが一歩前へ踊り出た瞬間。
「『騎士団』所属のフィフス隊長、並びに構成団員サーティーン氏でお間違いないですね?」
この顔は知っている。彼を知っているのではない、この男性の言動は、ある組織にのみ許された権限を振り下ろす前兆を思い起こさせた。その男の両手には白い紙が携えられていた。
「あなた方の教官であり指揮官でもあった御仁の捜査状況について、お伝えに参りました。これ当たる特務にも関係する事である為、申し訳ございませんが耳を傾けて頂きたいのです」
数人男性が自分達を取り囲む。まだだ、まだ動くな。サーティーンの手を掴み取り腰に伸ばした拳銃を手放させる。しかし、自分は出入口からは視線を外さなかった。
「これから就任式を迎えます。外殻出口でお話を訊きたいのですが」
「まかりなりません。それとも、何か不都合が?あなた方の教官殿の真実を知りたくはないですか?」
「————あの人を一番知っているのは俺達『騎士団』だ。俺達が自殺の原因を知らない以上、あなた達に知らされる事などない。つまらない駆け引きは終わりにしてくれ。俺は仲間の元へ行く、俺には導くべき団員達がいるんだ。話は————」
突き出された拳銃と迫る純白の紙。拳銃もさることながら、最も自分達に歯を食いしばらせたのは紙に躍る文章だった。『委員会』と『倫理委員会』の名の元に発行された公文書のひとつ。その中でもとりわけ強制力が強められた逮捕状の下部には自分とサーティーンの名が彫られていた。
「上官殺しは重罪です。件の教官殿はあなた達の指揮官でも任命される筈だった逸材。フィフス隊長、あなたは指揮官の名を欲するあまり教官を殺害するという大罪を犯し、あまつさえ学府に対しても背いた。貴重な人員を己が都合で殺害したのです、事の重大性はご理解頂けますね?」
「そんな話。誰が言い出した」
「あなたには関係のない、あなたには必要のない情報だ。『騎士団』フィフス、並びにサーティーン。お前達を上官殺しの罪で逮捕する。話は我々『倫理委員会』で聞かせて貰う―――」
止まる理由は無くなった。教官の真実、その名は自分を縫い止めるに相応しい言葉ではあった。しかし、結局は嘘であった。自分とサーティーンを動揺させるだけの言い訳止まり。
「ジャバウォックを散々狩って来た俺達に対人兵器?」
自分の肩を飛び越え、出入口近くの男性の鼻を膝でへし折ったサーティーンを分厚い軍服の背で守る。乱射される弾丸もシックスが造り出した装甲服にはまるで届かなかった。それどころか軽く腕を薙ぎ払っただけで成人男性が身体を『く』の字に曲げていく。同時に紙は引き裂かれ、外界との接触を邪魔したがる人間達の武器は早々に失われた。
「知らないようだから知らせてやる。お前達の飼い主は、近々お前達の処分を開始する。身の振り方を考えろ」
扉を破ったサーティーンと共に廊下へと飛び出る。自分達を待ち構えていた『倫理委員会』の男女は、まさか手錠どころか確保対象が逃げ出すとは露程にも考えていなかったらしく、しばし呆けていた。その隙を縫い、自分とサーティーンは廊下を全力で疾走。ジャバウォックとの徒競走すらも可能な脚力を、人間達は成す術無く見送ってくれる。
「サードッ!!聞こえるかッ!?」
「手筈通りにお願いしますッ!!私達は既に到着、発進準備も終えました。後はあなた達だけですッ!!」
数十度も訓練した緊急発進の警報の最中だとしてもサードの声は確実に耳に届いた。また、最大の規模を誇る『聖杯』艦のエンジン音が鼓膜を叩き、本当にこの時が訪れたのだと理解する。隣のサーティーンへ視線を向け、目と目で信号を即座に、作戦の確認を終える。
「車両は俺が運転する。狙撃は任せる————」
「了解しました。私も————騎士団の一員と成ります」
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