やるせなき脱力神番外編 熱帯夜

伊達サクット

番外編 熱帯夜

「ファウファーレ、最近退屈してないか?」


 ウィーナは自分の執務室にファウファーレを呼んだ。


「いえ、寧ろ忙しくなっています」


 ファウファーレが答える。


 ウィーナは彼女を秘書官に任命し、日程の管理や他の者への取り次ぎを任せた。


 すると自分の仕事がかなり楽になり、ウィーナ自ら任務へと出かけて悪霊を倒す時間も生み出せた。


 ウィーナにとっては、机に向かっての仕事より、悪霊と戦っている方が遥かに楽だった。ファウファーレは非常に優秀だったので、ウィーナは味をしめていた。


 こんなことならもっと早くから秘書を置けばよかった。ウィーナは本気でそう思っていた。


「そうか……。実はな、この前ユノがヨシギュナルドという者を倒したのだが」


「はい」


「これはその後で分かったことなのだが、ヨシギュナルドは『自由平等平和解放軍』の幹部だったのだ」


「そうだったんですか!?」


 ファウファーレが口の前で指を折り曲げ、以外そうな表情を作る。


「ああ。そして、ユノはその後、他の幹部を二人立て続けに殺した。奴らは魔界と契約していた」


 ウィーナは静かに、力強い口調で続ける。


 ユノはヨシギュナルドを殺し、ヨシギュナルドが制圧していたラクトール地方で英雄扱いされてしまった。


 するとユノは自由平等平和解放軍につけ狙われるようになり、幹部のスキヤードーナツ、スシローゼリヤが刺客として送り込まれた。


 しかしユノはスキヤードーナツを殺し、次いで襲ってきたスシローゼリヤも返り討ちにした。


 ユノが刺客達が自由平等平和解放軍の者だと知ったのはそのスシローゼリヤと戦ったときである。


 ユノの報告では、ヨシギュナルドを含んだ彼ら幹部はいずれも魔界と契約しており、冥界人とはかけ離れた異形の魔物と化したという。


「魔界と……」


 そう返しつつも、ファウファーレは特段驚く様子もなかった。どこかで自分とは関係ないことだと思っているのではないかとウィーナは感じた。


「ユノってば、自由平等平和解放軍の幹部を三タテしたもんだから、ウチらが敵対することになっちゃったわけ」


 ウィーナがこれから説明しようとしたことを、脇に控えるリティカルが言ってしまった。ウィーナは軽く頷く。


 ユノが一人でヨシギュナルド、スキヤードーナツ、スシローゼリヤを殺したおかげで、ワルキュリア・カンパニーは自由平等平和解放軍と敵対関係になったのであった。


「まったく、ユノの奴も余計なことをしてくれたものだ」


 ウィーナが溜め息混じりにこぼす。


「いや、それは理不尽じゃないですか?」


 珍しくリティカルがウィーナにツッコミを入れた。元はウィーナがユノをヨシギュナルドの元へ向かわせたことがきっかけだったからだ。


「いや、あんな気色悪い手紙を寄越してくる者が自由平等平和解放軍の者だとは思わなかった」


 ばつが悪い思いで弁解するウィーナ。話を本題に戻す。


「その自由平等平和解放軍なのだが、実はリーダーが離反したという情報が入った」


「はい」


 神妙な顔で頷くファウファーレ。


「こちらで得た情報によると、魔界との契約のことで幹部達とリーダーが揉め、結果としてリーダーの方が軍を離れたらしい」


 ウィーナは詳細をファウファーレに説明していった。


 自由平等平和解放軍のリーダー、ライオは年若い少年ながらも、そのカリスマ性で冥王の王政に対抗する一大勢力を作り上げていた。


 そのカリスマが、仲間割れで自由平等平和解放軍を放り出して離脱したのである。


 自由平等平和解放軍はライオの下に結束している。彼に抜けられたら士気を保てない。末端から軍は瓦解していくであろう。


 幹部達は血眼になってライオの行方を追っている。幹部達はライオを連れ戻し、無理矢理にでも魔界と契約させ、自分達と共犯関係にして二度と自由平等平和解放軍から抜け出せないようにしようとしている。


 ウィーナはそこまで説明し、本題を切り出した。


「冥王がライオに興味を持っている。自分の小姓として側に置きたいらしい。軍を差し向ければ冥王に楯突いた者だから処刑せねば示しがつかない。そこで、成り行きで敵対することになった我らにライオを確保してほしいと依頼がきた。それをお前に任せたい」


「……しかし、そうすると我々はますます自由平等平和解放軍と敵対することに……」


「今更だ。実はつい先程、ユノが自由平等平和解放軍の幹部・ビックリドンキホーテを殺したと報告が入った。ビックリドンキホーテも魔界との契約で人ならざる異形になり果てていたらしい」


 ファウファーレの懸念をウィーナは一蹴した。そして、脇のリティカルが親指を折り曲げた掌を見せ「四タテ」と言った。


「もう全部ユノ殿でいいのでは……?」


 ファウファーレが言う。


「ユノは誰も殺すつもりがなかった。自由と平等と平和と解放の使者達を自らの手で四人も殺めてしまったことで深い悔恨の念に苛まれている。『もし五タテした暁には首を吊って死ぬです』と騒いでトイレに引きこもってしまった」


 ウィーナがユノの口真似をしながら言った。


「ウィーナ様、ふざけてませんか?」


 ファウファーレが少し目を細めて言う。


「ふざけてない。ふざける理由がない」


 図星を突かれたウィーナは真顔で否定した。そして「お前の腕がなまっているだろうから、たまには楽しめそうな仕事をやらせようと思った」と続けた。


 ファウファーレは「了解しました」と即答した。内心何を思っているかは分からないが。


「頼んだぞ」







 まともな冥界人なら間違っても立ち入らない前人未踏の地・ヘルサハラ。


 暗闇の満天の下、ただただ灰色の砂漠が広がる魔境。周囲は魔物と悪霊の邪気に満ち満ちている。


 そんな不毛の砂漠を、一筋の足跡が延々と糸を引く。足跡を伸ばしているのは、煤けたマントを羽織った独りの人影。


「確かに、小姓向きな顔だ」


 下卑た男の声色。


 こんな砂漠の真っただ中で、人影の前に幾人もの人物が立ちはだかった。


 ウィーナの命を受けてこの地へとやってきたファウファーレ。


 そして彼女直属の部下が四名。何れもワルキュリア・カンパニーでは中核従者の地位にある。


 吟遊詩人風の出で立ちに、腰に長剣と短剣の二本を差した、色白の比較的整った顔立ちの持ち主、アンヴォス。


 肩と胸元までを覆った安物の鎧に、ごくごくありふれた冒険者風の旅装姿の、垂れ耳の犬型の獣人、グルービー。


 十字の傷が生々しい隻眼で、毛もクチバシも黒いカラスの顔、背中の黒い翼は片方がボロボロに引き裂かれていて飛べそうにもない鳥人系の男、パーシブル。


 鎧から長い首が伸び、緑色の肌に両端に広がった細く鋭い目。カマキリの顔。そして鎧の下からは安定感抜群の節足系の四脚が伸びた昆虫系種族、ガブラン。


 先程の声の主、ガブランは「ひっひっひっひ……」と長い首を揺らし、牙を覗かせながら馬鹿にしたような笑いを見せる。


「……失せろ。今僕は誰の顔も見たくないんだ」


 ファウファーレと相対する人影が澄んだ声で言う。フードの中から見える顔。


 鋭い切れ長の目に赤い髪の少年。なるほど、美意識の塊とも言えるファウファーレの目から見ても、大衆から崇められるに相応しい、絶世の美少年だ。


「私達はあなたの味方よ。あなたを安全な場所へ案内するわ」


 ファウファーレがライオに優しい口調で言う。


「そんな話信じると思うか?」


 ライオが冷たい口調で言う。


「俺達はワルキュリア・カンパニーの者だ。禁を破って魔界と契約するような奴を敵としている。アンタと気が合うと思うけど?」


 アンヴォスが腰に提げた名剣『ストテラ7号』に刻まれたワルキュリア・カンパニーの社章を見せながら言う。


「随分と疲れてるでしょ? この砂漠を一人で越える自信があって? もしあなたに危害を加えるつもりなら不意打ちでとっくにやってるわ」


 ファウファーレが理詰めで懐柔にかかる。


「ああ疲れてるね。お前達と話すのもめんどくさい」


 わざとらしく、うんざりしたような様子を見せるライオ。


「喉乾いてると思って、水持ってきたんだけどな」


 パーシブルが小袋から水筒を取り出し、これ見よがしに見せつけた。


「失せろと言ってるんだ。僕は今、自分でも信じられないほどに機嫌が悪い。何するか分からないよ……」


 ライオが再び冷たい口調で言い放つ。


「随分とこじらせた奴だな」


 呆れたようにパーシブルが言う。相変わらず下卑た笑いを崩さないガブラン。背中に携えた二本の鎌が冥界月の赤い光を浴びて妖しげにきらめく。


 一条の風が両者の間を横切り、砂煙を巻き上げる。


 グルービーは腕を組んで、眉間に皺を寄せながら、大きく突き出た鼻を震わせ、大きなくしゃみをした。


 そのくしゃみを皮切りに、剣を抜いたライオが砂煙をかいくぐり突っ込んできた。


 それに反応し回避するグルービー以外の四人。ファウファーレは翼を羽ばたかせ空に舞い、高みの見物を決め込む。


 グルービーは鼻をズズッとすすりながら、左手の盾を突き出してライオの剣を受け止める。至近距離で殺気を込めて睨み合う二人。グルービーはもう片方の手を腰の鞘に伸ばす。


 アンヴォスがストテラ7号を抜いてライオに斬りかかる。瞬間、ライオは地面を蹴ってアンヴォスに砂をかける。袖で砂を受け止めるアンヴォス。


 グルービーが剣を抜いた。するとライオはグルービーを跳ね除けてアンヴォスに突貫。砂を払い除けたアンヴォスがライオの剣を受け止める。砂漠に散る火花。


「死ねえええっ!」


 ガブランが背中に携えた二つの鎌を両手に構え、四本の脚を素早く動かしライオに向かってダッシュ。両刃をもってクロス斬りを放つ。


「ハアッ!」


 ライオが掛け声を上げると、鍔迫り合いをしていたアンヴォスと自身の周囲に青白いオーラが発生し、アンヴォスとガブランを吹き飛ばす。クロス斬りは発動寸前で中断。


「ぐっ!」


「うおっ!」


 たまらず吹き飛ばされ倒れ込むアンヴォスとガブラン。


「だああああーっ!」


 パーシブルが満足に動く片翼のみで地面スレスレを滑空し、高速回転しながら曲刀を突き出し突撃してくる。ライオはジャンプでパーシブルの背中を踏みつけやり過ごす。


 四脚の高速ダッシュで追い付いたガブランが両手の鎌を振りかざして再び襲いかかる。ライオは剣を一閃。ガブランの手から二つの鎌が弾かれ、宙を舞いながら砂に突き刺さった。


 ガブランの喉元の寸前にライオの剣が向けられる。


「ヒッ!」


 怯えて両手を上げ、降参のポーズをするガブラン。


「へえ……」


 空からその様子を見て、一人ファウファーレは妖艶な笑みを浮かべた。


「なめんなテメー!」


 アンヴォスが再び斬りかかる。ライオは刀身に真っ白な光を纏わせ、アンヴォスを迎え討つ。幾重にも剣がぶつかり合い、両者文字通り火花を散らす。


 砂に四つの膝を突き、恨みがましい目でライオを見上げるガブラン。


「でやぁーっ!」


 一進一退の斬り合いを演じるライオの背後めがけてグルービーが剣を突く。


 しかしライオはグルービーの殺気を予見したかのように高くジャンプして回避。向かい合うアンヴォスをも飛び越える。


 着地したライオに向けてパーシブルが左手を突き出す。


「食らえ!」


 すると彼の左手は瞬時に変形し、六連の発射口を持つ金属性のボウガンとなった。


 六連式の発射口が高速回転し、六本の棘のような矢が連続で発射される。


 ライオは瞬時に地面を転がり身をかわす。発射された矢はその奥にいるグルービーに向かって飛んでいく。彼は咄嗟に盾を構える。盾に突き刺さる六本の矢。


「馬鹿野郎ッ!」


 グルービーが盾から顔を覗かせ怒鳴る。パーシブルは忌々しげに舌打ち。


 ファウファーレはタイミングを見極め、急降下して地面に転がったライオを蹄で踏みつけた。


「ぐっ!」


 唸るライオ。抵抗するが、彼を抑えるファウファーレの脚力は強く、立ち上がることもままならない。


 彼の周りを囲むアンヴォス、グルービー、パーシブル、ガブラン。


 パーシブルは曲刀を鞘に収め、ギミックアームのボウガンをライオへ向けた。


「手こずらせやがって……」


 ガブランが長い首をもたげ、触角を揺らしながら、悔しそうに顔を歪めた美少年を覗き込んだ。


「一緒に来てもらうわよ」


 ライオを見下ろしてファウファーレが言う。勝負はついた。







「冥王が、もうライオはいらないとのことだ」


 ライオをウィーナの元へ引き連れてきたファウファーレは、さすがに面食らった様子だった。


 冥王は気が変わったようで、ライオに対する興味を、それどころか自由平等平和解放軍そのものに対する興味を失い始めていた。


「では、この者は……」


 ファウファーレの問いに、ウィーナはしばらく考えた後、こう答えた。


「乗りかかった船だ。自由平等平和解放軍の件が片付くまでウチでかくまう。問題はどこでかくまうかだが……」


 ウィーナはしばし考え込む。屋敷に置いてもいいが、他の者達への説明も面倒だし、自由平等平和解放軍にかぎつけられてここを狙われるのも迷惑だ。


「殺せ」


 ライオがウィーナを刺すように睨みつけた。


「せっかく拾った命だ。大事にしろ」


 ウィーナが言い聞かせるようにそう言ったが、彼に届いているようには思えなかった。


 しばらくして、ファウファーレが切り出した。


「それでしたら、この者、私が預かりましょう」







 ファウファーレの隠れ家。


 かつて自由平等平和解放軍を率いていた少年は上半身を裸にし、ファウファーレにひざまづいていた。


 筋肉の引き締まった鍛え上げられた肉体。しかしその肌は白く蝋のようで、その背中は天井の照明を受けて滑らかに光る。


「ファウファーレ様」


 ライオは全ての重圧から解放されたような恍惚の表情で、ファウファーレの脚にすがりつく。


 ついこの間まで、多くの民衆から尊崇されていた少年の美貌と才覚は、今やファウファーレ一人の占有物となっていた。


 ライオはもはや自由平等平和解放軍のことなどどうでもよくなっていた。自由平等平和解放軍がまだ存続しているかどうかすらも知らなかったし、ファウファーレに尋ねなかった。


 彼はファウファーレの下僕になることで、精神的な救いを得たのだ。


「さあ……」


 ファウファーレは静かに赤い唇を釣り上げ、白馬の下半身の後部をライオに向けた。


「はい……」


 ライオは彼女の三つ編みにされた尻尾を首に巻き、尻に唇を近づけていった。


 次第に、隠れ家はファウファーレの嬌声に満たされてゆく。




 この密室の隠れ家で、ファウファーレと少年の間で一体どのようなことがあったのか。それはこの二人のみが知ることである。







「鍵が壊れたです。出れないです」


 そして、ユノはまだトイレに引きこもっていた――。




<終>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やるせなき脱力神番外編 熱帯夜 伊達サクット @datesakutto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ