第28話 竜の息吹
「後天的な器とはとても思えない、素晴らしい動きだね」
賛美の言葉。しかし、トゥルエイトの表情は冷たく見える。どこか悲しげで、まるでクオトラを哀れんでいるかのような瞳だった。
「……」
返す言葉が見つからない。クオトラはただ黙って彼を見据える。先程の攻撃は全力だった。倒せるとまでは思わなくても、少しはダメージを与えたと思った。だが、こうも平然とされては心が折れそうだった。
「そうか……」
トゥルエイトは小さくため息をつくと、再び構えをとった。先程よりも自然な動き。重心は高く、全身から力は感じられない。だが、素人目にも分かる。異様な馴染み具合。そして、それが放つ圧倒的な重圧感。
これが、トゥルエイト本来の姿なのだろう。今までは本気ではなかったのだと嫌でも突きつけられる。
「一突き。これを凌げるなら、褒美をあげよう」
トゥルエイトの声が冷静に響く。胸が締め付けられるような恐怖に、思わず足が引けそうになるが、クオトラはそれをぐっと押し込め、低く構える。逃げ切るためなら、自分に火球を当てることも厭わない。全意識を集中させ、トゥルエイトの動きに備えた。
突然、土煙が舞い上がる。目で追うことすら難しい速さで、トゥルエイトがクオトラに突進してくる。反射的に右肩付近で火球を爆発させ、爆風を利用して体を横に吹き飛ばす。
「……避けた!」
クオトラは安堵したが、その瞬間、トゥルエイトの体が急激に方向転換し、まるで吸い込まれるように再びクオトラに迫る。
「まずい……!」
避けきれない。瞬時に火球を前に生成し、衝撃を和らげる。しかし、トゥルエイトの突き出した剣はそのままでは止まらず、彼の肩がクオトラの腹部を直撃する。
「ガハッ!」
強烈な衝撃がクオトラを襲い、後方に吹き飛ばされた。受け身を取る暇もなく、地面に転がり込む。
だが、不思議なことに、想定していたほどのダメージではなかった。痛みは確かにあったが、致命的ではない。剣を杖代わりにして、何とか立ち上がる。
視界が揺れ、観衆の声が遠くで響いているのが聞こえる。全身が痛み、息を吸うたびに肺が軋む。胸部に激しい痛みが走る。恐らく骨が折れているのだろう。
「確率では勝ったが……悪運が強かったな」
トゥルエイトの声が耳に届く。何を言っているのかはよく分からないが、彼の表情はどこか満足そうに見えた。足に力を込め、もう一度構え直そうとするが、体は限界だった。
「神を屠った一撃だ。耐えきった己を誇ってもいい」
どこかで聞いたことがあるセリフが、頭に浮かんだ。そうだ、あの女も、同じことを言っていた。
その瞬間、クオトラの足から力が抜け、膝を地に着けた。
「降参したらどうだ?」
トゥルエイトの声が響く。近づく足音が聞こえた瞬間、クオトラは残った力を振り絞り、正面に向かって全力の突きを繰り出した。しかし
「もう無駄だ。全て見えている」
トゥルエイトは、その突きを素手で軽々と受け止めていた。圧倒的な実力差だった。
「降参する……」
悔しさはもちろんあった。だが、クオトラは安堵すら感じていた。これが模擬戦でよかった。そう思ってしまうほどに。
観衆からの大歓声が闘技場に響き渡る。その声はほとんどがクオトラへの賞賛だった。それに気づいた瞬間、クオトラは自然と笑みを浮かべていた。
「君に力を貸してやろう」
トゥルエイトは手を差し伸べ、クオトラを立たせた。そして、彼の肩を支えながら闘技場の外へと連れ出していく。
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