第11話 地下の街

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「どこに行っていたの? 」


「ちょっとすぐそこまで」


 フレーリアの声には怒りはない。しかし、何かが胸を押しつけてくるようで、クオトラは一瞬言葉に詰まった。


 兎も角と、重くてしょうがなかったはずの棒をその場に転がして、腰を下ろす。


「それは、何?」


 フレーリアが割れた一本の棒を持ち上げる。予想以上に重いそれに、少し驚いた表情を見せた。


「試してみたんだ。武器として使えるかどうか」


 フレーリアは重さを確かめるように棒を振りつつ、首をかしげた。


「重いわね……でも、使えそう。でも、どうして?」


 クオトラは自分の手を見つめ、恐る恐る答える。


「この爪を使うのが、怖いんだ。使うと……自分が何かに支配されてしまう気がして。もっと強い何かが僕の中に入ってきて、僕を塗り替えようとしてるみたいで……だから、できるだけ正気を保つまでは、使いたくないんだ」


 指先が微かに震え、体全体が緊張していた。内側から何かが叫び出そうとしている――逃げろと。


「クオトラ……」


 フレーリアは何も言えず、彼を見つめる。彼女にも、この恐怖がどれほど深いものなのかは分からないだろう。でも、クオトラにとってはそれを言葉にしなければ、飲み込まれてしまいそうだった。


「これ、僕の背中から生まれたものなんだ。気持ち悪いかもしれないけど、フレーリアも護身用に持っててほしい」


 小さく深呼吸して、視線を下に移す。


 クオトラは短い方の棒を差し出した。フレーリアは受け取ると、軽く振ってみせる。


「……重い。でも、慣れれば何とかなる……のかな」


「きっとすぐ慣れるよ」


 そう言いながらも、フレーリアの顔には不安が滲んでいた。


「ただ、これを裸で持ち歩くのは少し……鍛冶屋で鞘を作ってもらうのがいいかもしれない」


 クオトラは少し考えた後、頷いた。


「分かった。じゃあ、行こう」


「ちょっと待って、準備をさせて」


 クオトラが急いでフレーリアの手を引こうとしたが、彼女は苦笑いしながらそれを制した。


「まだ寝巻きだし、髪もこのままじゃ外に出られないわ」


 フレーリアは大きな布を取り出し、クオトラに手渡した。


「これで包んで。裸で持ち歩くのは物騒だから」


 クオトラは三本の棒を丁寧に包み、刃を内側に向けて縛り上げた。


 準備が整うと、クオトラは外を眺めた。隣の建物の影で景色はほとんど見えない。見えるのは、わずかな陽の光と灰色の壁だけ。


「その景色、面白くないんじゃない?」


 ふと気づくと、フレーリアが声をかけてきた。彼女はいつの間にか準備を終え、整った姿で立っていた。


「確かに。でも、なんか僕らしい気がするんだ」


 クオトラの言葉に、フレーリアは微笑んだ。


「ふふ……そうね。不思議な感想だけど」


 彼女の笑顔に、クオトラは少しホッとした。


「さて、行きましょう」


 フレーリアが扉を開け、クオトラはそれを追った。


「場所は曖昧だけど、地下に鍛冶屋がいるって噂を聞いたことがあるの」


 彼女が前を歩きながら話す。それにクオトラは黙ってついていく。


「でも、本当に必要なのかな? 僕は別に鞘なんてなくても――」


「……うん、そうかもしれない。でも、私はクオトラが急いでどこかに行っちゃいそうで……。普通に歩いてるこの時間が、もしかして最後になるんじゃないかって、怖かったの」


 その言葉に、クオトラは少し驚いた。フレーリアもまた、何かを恐れている。


「ごめんね。でも、ありがとう」


 彼女は微笑み、クオトラの手を取った。その手の震えを感じながら、クオトラは静かに歩き続けた。



 

 やがて、フレーリアはある路地を指さした。


「ここよ。地下に通じる道があるはず」


 狭い路地を進むと、目の前に突然トンネルのような通路が現れた。


「こんなところに……」


 トンネルを抜けると、地下には小さな街のような空間が広がっていた。少しの街灯と、家々から漏れる明かりだけが薄暗い空間を照らしている。


「多分、あそこ」


 フレーリアが指差す先には、石造りの建物があった。外壁には無数の傷や金属片が刺さり、異様な雰囲気を漂わせている。


 扉を開けると、急な階段が目の前に現れ、クオトラはバランスを崩しかけた。


「おおっと……」


 フレーリアが笑っている。


「笑うなよ」


「ごめんね……」


 クオトラは苦笑しながら階段を降りた。


 謝っているが、フレーリアは必死に笑いをこらえてるように見えた。


 階段を降りた先は小さな広場のようになっていた。床材は石、周囲の壁は灰色のよく分からない建材で作られていた。外観の異様な雰囲気とは違い、白色に橙を溶かしたような灯りが照らす室内は、何とも柔らかい印象を与えてくる。


 部屋の最奥には長机があり、フレーリアは迷わずその上の小さな鐘を鳴らした。


「何の用だ、嬢ちゃん達よ?」


 突然、巨漢の男が長机の向こうに現れた。藍色の短髪に、一枚の羽織を纏った男。身長は二メイルを超えていそうだ。


 そしてこちらへは興味が無いとでも言いたそうに、明らかに緊張感のない瞳を向けていた。


「ここって、鍛冶屋よね?」


「ほう、鍛冶屋か。そんな目的で来る客は久しぶりだな」


 欠伸をしながら問いかける巨漢。だが、こちらへ向ける瞳の色が明らかに変わったようだ。


 堂々たる雰囲気には、緊張感の欠片も感じられないが、どこか見透かされてるような、試されているような不思議な重圧を感じられる。


「わたし達は国に認められた剣士じゃないもの。そんな人にも手を貸してくれる物好きがいるって聞いて来たんだけれど」


「なるほどなぁ。まぁいい。目的やら、誰に聞いてきたかなんてくだんねぇこと、どうせ聞いたってすぐ忘れちまうだろうしな」


 男が長机から体を離す。


「そんじゃあよ、今日はなんの依頼でここに来たんで?」


 男が腕を組む。羽織が微かにはだけて、腕や胸の形が浮き彫りになる。羽織の上からでも分かるほどにぎっしりと詰まった重厚な筋肉。それは表面にも滲むほど繊維が細やかでまるで彫り込まれたようである。更には恐ろしく太い、まるで丸太のような腕は敵意がないことは分かっていても、勝手に体が身構えてしまいそうだった。


「別にとって食ったりしねぇからよ」


 男は葛藤をするクオトラを見ると、態とらしく大きな溜息を吐いた。クオトラは一度落ち着こうと、太腿をつねる。鈍くも現実を感じる痛みを味わい、再度男へと向き直す。


「これを、武器にして欲しいんだ。鞘も一緒に」


 担いでいた三本の棒を、カウンターに置く。ゆっくりと置いたというのに、重量のせいか机がミシリと悲鳴をあげたた。


 腰を掛けていた男が、その様子に驚いたようで目の色を変えて布を取り払う。


「こいつを……どこで手に入れた?」


クオトラは一瞬戸惑いながらも、正直に答えた。


「僕の……背中から出てきた」


男は驚いたように目を見開き、次に不敵な笑みを浮かべた。


「面白え……鍛え直してやる。ただし、条件がある。お前の目的を教えてくれ」


男の声には、挑発的な色が混じっていた。


 男はクオトラの顔を覗き込み、そう言い放った。


その言葉に、フレーリアが一瞬口を開こうとしたが、男の鋭い声がそれを遮った。


「嬢ちゃんは少し黙ってろ」


 軽い調子の言葉だったが、その中に感じる圧力がクオトラを飲み込んでくる。男の視線は鋭く、まるで獲物を見据える獰猛な獣のようだ。クオトラは一瞬、彼を睨み返したが、すぐに視線を外した。


「僕たちの目的は……死竜の討伐だ」


 クオトラは短く言葉を紡いだ。正直に話すしかなかった。


「死竜、ねぇ……ほう、それで?」


 男の目が光る。彼は興味津々といった様子で、クオトラに顔を寄せる。


「討伐して、その後どうするつもりなんだ?」


 クオトラは一瞬言葉に詰まる。目的――自分の本当の目的が、言葉として出てこない。だが、彼はその一瞬の迷いを振り払い、答えた。


「竜の秘炎核が欲しいんだ。それを手に入れたら……僕はこの世界に終止符を打つ」


 その言葉を聞いた瞬間、男は目を大きく見開いた。


「はっはっは! 面白ぇ……!」


 笑い声が店内に響き渡る。男は楽しそうに笑いながら、クオトラを見つめた。


「世界に終止符、か。いいぜ、気に入った。その目的、俺が鍛えた武器で叶えてみろよ!」


 男は再び布で包まれた棒に目をやると、鋭く微笑んだ。


「よし、引き受けた。この素材……面白そうだな。どんなもんが出来るか、楽しみだぜ」


 クオトラはホッと胸を撫で下ろす一方で、男の異様な熱気に少し圧倒されていた。自分の言葉が予想外の反応を引き出したことに驚いていたが、同時に武器が手に入るという確信が少しずつ生まれ始めていた。


「そんじゃ、奥で待っててくれや。出来るまで少しかかるからよ」


 男がクオトラたちに手を振って、店の奥へ消えていく。フレーリアが彼をじっと見つめていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。


「すごい人ね……あんなに大きいのに、まるで子どもみたいに楽しそうだった」


 クオトラはその言葉に頷いた。


「確かに……でも、彼が本気で作った武器なら、きっと僕にも使いこなせるはずだ」


「そうね、でもあまり焦らないで。あなたが自分を見失わないようにして欲しいから……」


 フレーリアの言葉には優しさがあった。彼女はいつもクオトラを支え、気遣ってくれる。それがクオトラにとっては心強かった。

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