〜短い夢〜

◆ ◆ ◆


 魔法を女神からの「試練」として、国内での使用を禁ずるレガリア王国。

 魔法を女神からの「恵み」として、奨励し発展させるアルカディール王国。

 そんな対象的な二つの国の王女と王子であったわたくしたちが出会ったのは、わたくしの5歳のお誕生日でした。


 レガリアの王族は、5歳になった時から社交界に顔見せをします。わたくしは三つ上の兄に続いてのお披露目で、初めての王女ということで周囲からたくさんの期待を受けていたように思います。

 けれど当時のわたくしは内気で人見知り、いつも優しい世話係のばあやの後ろに隠れていました。背の高い男の人が怖くて、お父様のこともまた苦手にしていました。叱られたらどうしようと不安で、両親に近寄れないことも。

 対照的に一つ下の妹、ヘレナは明るくて無邪気で可愛らしかった。わたくしはそれがずっとうらやましかった。


 だから、パーティーの日もずっと気がふさいでいました。

 知らない人に会いたくなかった。お友達なんていなくてもよかった。いつものように、おへやで絵本をながめていたかった。

 パーティーが不安で泣きたくなってきた頃、お兄様が隣国のお友達を連れていらっしゃったのです。


 それが、バーミリオン様でした。

 少し伸びた美しい金の髪をなびかせ、背筋を伸ばして入室してくるお姿は、絵本に描かれていた王子様そのものでした。この世のものとは思えない美しさに思わず見入ってしまっていましたが、彼がこちらを見たとき、ばあやの後ろに隠れました。恥ずかしくて、とても正面からお会いすることなんてできませんでした。

 バーミリオン様は、初対面のわたくしに優しく笑いかけてくださいました。その時の笑顔は、一生忘れられません。こんなに美しいバーミリオン様の瞳にわたくしが映っていたというのは、信じられないくらい奇跡的なことに思えました。

 お顔を見て、名前を名乗るのが精一杯で、まともにご挨拶することが叶わなかったことが心残りです。





 バーミリオン様は早くにお母様を亡くされて、大変な苦労をなさいました。日に日にやつれていく姿はとても痛々しく、おいたわしく思いながら、わたくしはそんなお姿を遠くから見つめることしかできませんでした。

 ずっと、気になっていたのに。

 

 次に浮かぶ思い出は……あれはわたくしが10歳ごろ。

 バーミリオン様が留学でレガリアにいらっしゃっていた時、図書館で偶然お会いすることがありました。

 わたくしの身長で届かないところの本を、背伸びして取って下さったのです。

 この時期のバーミリオン様は、あまり笑うこともなくなっていた頃でした。そんな時にお気遣いいただいたことがうれしくてうれしくて、本を抱きしめてしまいました。あの時の本『宝石と季節の神話物語』は図書館から買い取りました。いつか遭遇した時に本の内容について語れるかもしれないと思って、丸暗記するくらいに読み尽くしましたが、そのような機会が訪れることはありませんでした。ただただ偶然を待っていても、何も起こりません。今となっては当たり前のことだとわかりますが、当時のわたくしは幼い頃に読んだ物語によくある「運命」というものが、わたくしとバーミリオン様の間に起こらないか、無為に期待していたのです。





 「運命」なんていうものは、そう簡単に味方になってはくれません。

 間もなく、バーミリオン様には婚約者が決まりました。隣国の公爵令嬢でした。

 もともと、魔法に対する考え方が異なる国同士です。そう都合よくわたくしがその枠に収まるはずもなく。わかっていたことなのに、苦しくて苦しくて、「運命」を呪いました。

 何もしなかったのは、「運命」ではなく、わたくしなのに。

 このとき、幼い日の初恋が、勝手に、自分でもどうしようもないくらいに、育っていたことに気がつきました。失ってから気がつくとはよく言ったものですね。


 こんな恋心は誰にも話せません。気がついたときには、今更で。終わらせることもできませんでした。ただ、ずっと想っていたかった。

 幸い、レガリアにいらっしゃる時期が長かったので、バーミリオン様のお顔を拝見する機会も多く、その優秀さや自他共に厳しくある毅然とした振る舞いなどのお噂が得られる機会もまた多くありました。

 レガリアにありながら、アルカディールで起こった問題にも対処なさっていたというお話も聞いたことがあります。国から離れていても、あの方は自分で自分の居場所を守っていました。いつも真っ直ぐに視線の先を射抜くような鋭い目をしていらっしゃって、あの方の目に何が映っているのかが気になって仕方ありませんでした。

 一度、バーミリオン様の弟、ライム様がレガリアに遊びに来られたことがありました。その時のバーミリオン様は、信じられないくらい優しいお顔でライム様を出迎えられて……初めて会ったときのあの笑顔を彷彿とさせました。

 わたくしは、妹のヘレナに引け目を感じて、素直に可愛がることができなかった頃だったので、弟に真っ直ぐな愛を向けるバーミリオン様を尊敬し、その意外な一面にまた思いがつのったのでした。


 わたくしが、国民の模範であらなければならないという重圧の中、何事にも完璧な姫となるために必死だったあの頃を乗り越えられたのは、バーミリオン様の存在のおかげです。苦しくてもつらくても、バーミリオン様のことを考えるだけで明日への気力が湧きました。


 だんだん、何かの奇跡が起こってこの恋が叶うなんて恐れ多い想像もしないようになりました。

 もうこの世にバーミリオン様がいてくださるだけで、幸せでした。

 あの方のことを思うこと、それ自体がわたくしの喜びになっていきました。



 ◆



 バーミリオン様が王立学院を卒業なさる日、お兄様を見に行くという名目で、わたくしはずっとバーミリオン様を見ていました。

 アルカディール王家の正装で卒業の挨拶をなさるお姿は凛々しくて、美しくて、涙ぐんでしまいました。

 よくよく考えれば、こんなに素敵な王子様とわたくしの人生が数回重なっただけでも本当に奇跡だったのです。それがわかったこのときほど、レガリア王家に生まれたことに感謝したことはありませんでした。

 この先バーミリオン様以上に人を好きになることなんて、あり得ないと思いました。

 だから、知らない人や望まぬ人と婚姻が決まっても、きっと受け入れようと想ったのです。

 この気持ちさえあれば、生きていけるから。

 わたくしの人生がどうあっても、それがもし、めぐりめぐってバーミリオン様の幸せにつながれば、そんなに嬉しいことは無いから。

 この恋心だけずっとずっと大切に持って生きていこうと……。


 そう、思っていたのに。



 神様、どうして――バーミリオン様は、幸せになれないのですか。



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