第59話
バイトが終わり、帰り道にふと考えた。蝶番さんのことをどうしようと……。
「やっぱり塾に行くべきだよなぁ……。あの子も絶対待ってると思うし……。でもなぁ……」
この間のアレで全部が崩れたような気もする。気まずいなんてレベルじゃない。関係が一発で不仲になってしまった。はぁ……。いい感じにうまくいっていたと思うのだけれど。いかんせん、僕が勝手なことをしてしまったばっかりに。
仕方のないことだった。あの時は塾とか頭に入ってなかったし、彼女があそこまで怒るとは思ってなかったし、何より僕の都合というものもある。しかし、でもなぁ……。
夕方の空はやけに明るく、夏という季節を物語っている気がした。暑いというわけではないが、どういうものか、何かが僕を待っているような感じが真前から襲ってくる。圧なのか、よく分からない。何がそこにあるのかは、よく分からない。
「それにしても……」
それにしても。
「アレは、やっぱりそういう質問だよなぁ……」
金城さんの質問。金城さんが聞いてきたこと。あの内容の、あの手のものは……。僕があの時に瞬時に考えたことと同じだろう。本人は否定していたけど、やっぱりアレは……。
そういうことだろう。
彼女は。金城さんは。
「僕のこと、好きなのかなぁ……」
期待してしまう。意識してしまう。彼女をどんなふうに見ていいのか、どんなふうに接したらいいのか、考えてしまう。分からなくなってしまう。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
立っていられる。喋ることもできる。動くこともできる。彼女を彼女と認識することもできる。正常だ。普通だ。何もおかしなところなんかないんだ。僕は、ただ、普通に……。
「無理だよ。あんなの、期待するに決まってる……」
僕が蝶番さんに色々としたように、期待するに決まってるじゃないか。
****
決意した。塾に行こうと。
「このまま、すっぽかし続けるのも悪いからなぁ……。流石にもうそろそろ顔を出さないと……」
塾の用意はテキストとノートとペンのみで大丈夫。それ以外のものは持っていかなくていい。荷物が嵩張ることもなく、逆にカバンが圧迫されなくて済むから助かっている。
ようやく着いて時間を見てみる。いつも僕が来ている時間にぴったりであった。この時間なら、基本的に他の人はあまりいないし、あの子の姿も確実にこの時点では、この塾にはないはずだ。
静かに、そぉーっと扉を開けると、机には二人の人が座っているのが見えた。隙間からちょっとだけ見えただけであるため、周りには他に誰かがいるのかもしれない。
しかしその二人のうち一人が、僕がいつも座っている定位置の右側にいたのだ。もう一人はその子に勉強を教えているのだろうと思うが、前の席からその後ろの席の子の方に体を向けていた。
「……」
蝶番さんの姿を見て、すぐに足が動かなくなってしまった。何やら前の席の人と話をしている様子である。
「……だからぁ、アタシが言いたいのは、なんでこう上手くいかないのかなぁっていうことなんですよ。口下手ってわけでもないし、自分で言うのもなんですけど、結構コミュ力高いのに、なんか強く当たっちゃうんですよ……」
「うんうん。先生も分かるぞー。学生時代の時にあったなぁ、そういうの」
「で、でも! 先生は、その、伝えたいことと思ってることの逆のことを言っちゃうなんてことは、流石にないと思いますけど……」
「んー? 普通にあるぞー?」
足が動かなくなってしまった上に、扉を閉めてしまった。多分、彼女には気づかれていない模様。もう一人の方も。
「先生もね、瑠璃奈さんみたいな感じだったなぁ……。こう、恥ずかしくなって、つい強く言っちゃう感じ。昔の先生と一緒だよ」
「そうなんですか? こういうのって、なんて言うんでしたっけ?」
「ツンデレ。今は分かる?」
「ツンツンしつつも、時たま見せるデレが可愛い女の子のことですよね? べ、別にアタシ、デレてなんか……!」
「彼がいた時の瑠璃奈さんは、もう別人って感じでデレまくってたけど?」
「え、どこがどういう風に?」
「肩に寄りかかる時」
「く、くぅぅ……!」
なんか微かに聞こえてくるけど、おそらく、もしかするとおそらく僕の話題になってる気がする。ほんの微かな気がするだけだが。
「み、見られてたぁー……! 恥ずかしすぎるぅー……!」
「先生は生徒みんなを見てるからね。不自然な動きをしていたら、すぐに分かっちゃうんだよ?」
「なら、他の生徒にも……」
「それはないと思うよ? だって他の子は前にあるホワイトボードに釘付けだと思うし」
「それなら安心! マジで他に見られてたら、アタシ死んでるところだった!」
「恥ずかしいなら、しなければいいのに」
「ヤダ! アイツの肩はちょうどいいもん!」
おい今、『肩』って聞こえたぞ。これはもう、確実と言っても過言ではないのでは? 自意識過剰だと思われても無理はないが、しかし流石にこれは……。色々と考えてしまうぞ。
「本当に仲がいいんだね」
「仲がいいっていうか、アタシが一方的に気に入ってるだけで……」
「好きなの?」
「……」
答えは聞こえなかった。というか、答えさせてもらえなかったのだろう。
他の生徒が僕の後ろに立っており、それにびっくりした僕が、咄嗟に扉を開けてしまったのだから。
「オ、オタクッ!?」
「久しぶり……」
塾の先生はニヤニヤしていた。
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