第51話

 他の部屋に来た。


「で? ゲームって?」


 部屋に入った瞬間に僕は質問した。気になっていた質問、気にしなければならない質問。ものすごく短く、ものすごく簡単。誰でも即答できるレベルの質問だ。


 灰原雛は部屋にある椅子に座る。スッと手を動かして、僕も座るように催促する。


 灰原雛……。彼女も自分で言っていたように、名前で呼んであげるとしようかな。雛……雛ちゃんだな。


「ふむ……」

「それで? ゲームって何をするんだよ? 君が言っていたことじゃないか。早く教えてくれ」

「せっかちだなぁ、お前は。初対面の相手との会話を楽しもうとか思わないのか? まあ、確かにお前は私のことなどどうでも良くて、興味など持つこともないのだろうが、私は違う」

「つまり何が言いたいんだ?」

「私はお前に興味がある。会話を楽しみたいんだ」

「僕は楽しみたくない。父さんから何を言われているのか知らないけれど、とにかく僕は君の策略や父さんの策略には、絶対に引っかからないよ」


 雛ちゃんの目が泳いだ。


 ……なんか小っ恥ずかしい。


「さ、策略〜……? な、なんのことなのかなぁ……? さっぱりわからないなぁ〜……。あ、あはは……」

「……」


 嘘下手すぎだろ。もしかしてこの子、嘘をつけないんじゃないのか? 口調からも見てとれるように、完全な真面目キャラだし、明らかにこれまでの施設の意向に忠実に従っていたような雰囲気がある。これだと僕の施設嫌いに共感はしてからないだろうな。


 だが嘘をつけないということ……つまり、嘘が下手であることを演技で騙そうとしているのかもしれない。そうとなればかなりの策士。施設内で成績優秀であることも疑いはない。


 マズいぞ。混乱してきた。色々な可能性や余計なことを考えるからこうなってしまうんだ。あくまで可能性の世界、確証がないのであれば相手をうかがうのみだ。


 しばらくは観察だな。


「はいはい。分かったよ。君がそんなに僕と会話をしたいのであればすればいい。質問に対しては答えられる範囲で答えるけどね」

「ほ、本当か! よかった〜! お前には聞きたいことが山ほどあるんだ!」

「そうかい」

「まずは作戦成功だ! えーっと、次はたしか……」


 え、今なんて? 作戦成功? 今、作戦成功って言ったか?


「情報を聞き出す……。お、お前は好きな子とかいるのか?」

「ちょ、ちょっと待って! 質問の前に少しだけ言わせてほしいことがある!」

「な、なんだよぉ……」

「絶対お前父さんから命令受けてるだろ!」


 また雛ちゃんの目が泳いだ。


「う、受けてなど、ご、ございませんがぁ……?」


 完全にクロだな、これ。


「な、なんだその目は! 全てを見透かしているかのような目をやめろ! 私は何も隠し事などしていないからな! 言っておくが、先生からは何も言われていない!」

「あっそ……」

「だからその目をやめろと言ってるんだ! こっちの調子が狂うんだ!」


 知らねえよ。それは君の都合だろ。


 調子が狂おうが僕としてはどうでもいいこと。そうなると基本的にどんなことでもどうでもいいということになるのだが。


「とにかくだな! 私は何も言われてない! 何も先生からの命令など受けてはいないのだ! 憶測で物事を判断するとろくな目に合わないぞ! 覚えておけ!」

「……」

「全く……。とりあえず質問だ。お前は好きな子とかはいるのか?」

「好きな子……か」

「いないという答えでもいいぞ。いるならフルネームで答えてくれ」


 答えられる範囲では答えると言ったけれど、しかし好きな子とはな……。確かに答えられなくはないものの、やはり個人的な情報ではあるし、それに女の子を前にして真顔で答えられるような問いではない。


 羞恥というよりは個人情報保護の方が出し惜しみをしている理由としては大きいが、全く羞恥を感じていないわけでもない。


 そもそも好きな子っているのか? 僕にはいるのか? 好きな子というのは好意的な印象を持っている異性の子のことだ。僕の周りだと三人いるが、他に思い当たるのは……いないな。


 いや、だけど待てよ。僕の好きな子の基準がそれだ。なら、雛ちゃんの場合の基準はどうなんだ? もしや好きな子というのも異性など関係なく、よく言われる友人としての好きでもいいのか? それなら僕には……。


 いないー! 友達いないー!


 なんでこんな時に悲しい現実を見せつけられなければならないんだよ……。僕何もしてないのに……。


「何をそんなに悲しくなることがあるんだ? お前、どこか具合でも悪いのか?」

「ああ、いや。ごめん」

「ふん。いるのか? いないのか?」

「いるっちゃいるけど……」

「いるけど?」

「答えられる範囲じゃないから答えない。残念だったね」

「なっ!?」


 そもそも僕には最終奥義、『答えない』を持っていたじゃないか。もうなんか頭の中がこんがらがった時のために『答えない』。面倒な時に『答えない』。色々な時に使用できる便利な技だ。


「ふ、ふん! いることはいるんだな? ならこちらでやるだけだ……」

「へ? 何をするの? もしかして調べ上げるとか?」

「なんでもない!」


 雛ちゃんは立ち上がり、僕の方に顔を近づけた。


「好きな子というのは女性か?」

「う、うん……」


 真っ白な髪色。柔らかそうで触ってみたい。サラサラで滑らかだ。


「ふん。そうか……。お前の恋愛対象は女性か……」

「やっぱりの話だったんだね」

「そっち? ああ、だからあんなに考えて、警戒していたのか。どうせ友人同士の好きと混同していたのだろう?」


 え? なんで分かるんだ? あの時だけで、僕の内側を読み取ってきやがった。ポンコツのふりして意外とすごいぞ、この子。


「ふん。それなら……」

「なんだよ?」


 雛ちゃんは聞いてきた。


「お前は私を好きになれるか?」


 次はかなり難しい質問だった。というか早くゲームとかしないのかよ。

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