第50話

 仲良くするとは、具体的にはどういうことなのだろうか。仲良く、する。誰と? この子と? 誰が? 僕が? なんで?


 施設にいた時の癖で人の考えていることを読み取ろうとしてしまう。何をするためにそんなことをするんだ? 父さんは何を考えているんだ? もしそうなってコントロールされてしまったときはどうするんだ?


 仲良くするってそもそもどういう意味だよ!


「ふん。どうやら意味不明なようだな」

「そ、そりゃあね……。なんかよく知らないけれど、とりあえず嫌だと言っておくよ。君のことも良く知らないし、何をもってそんなことをするのかも良く知らないからね」

「なんだよその保険みたいな感じで嫌がるのは」

「保身だよ」

「どちらでもいいが、とにかく……三司曇、私と仲良くできる権利が与えられたのだぞ! お前は嬉しく思わないのか!」


 灰原雛は上から目線でものを言うタイプらしい。なんか謎の既視感。どっかの誰かさんとおんなじだなぁ。


「思わないよ。微塵も思わない」

「ははーん……。つまりはあれだろう? 思春期というやつだろう? 人間、皆、歳をとるからな。それに伴い、心身共に変化していくものだ。女性との関係を持つことは少しばかり恥ずかしいのだろう? どうだ? 三司曇?」


 半分正解で半分不正解。恥ずかしいというのは少なからず存在している。しかし僕だって普通の学校の生徒なのだから、施設と違って未特定多数でのコミュニケーションを取ることができるのだ。それは男性のみならず女性までもがな。


 特にクラスの中だと小鳥遊さん。他だと蝶番さんと金城さん。彼女らあたりが多いな。


 三人の顔が浮かぶ。笑顔、怒った顔、悲しそうな顔、寂しそうな顔、不満そうな顔、そして赤くなって恥ずかしがる様子の顔。


 表情豊かな三人を思い浮かべて、やっと分かった。


 僕は……彼女たちが好きなのだな。きっと、それは友達的な意味合いでもあるし、何より女性的なところにおいても、好意的に思うことがある。ドキドキさせられるのがそれだ。


 厄介だと思っていた頃の自分が恥ずかしい。ぶん殴りたい。別に厄介でも何でもないし、決して嫌いというわけではないのだ。


「めんどくさ……」

「なっ!? めんどくさいだと!?」

「だってめんどくさいじゃん。君と仲良くするのは面倒だ。こんなに面倒なことに時間を割くなら、僕は自発的に勉強するよ。時間は有限だからね」

「勉強……か……。なるほどな」


 灰原雛は何かに納得した。両手を広げてアピールをしているが、そのアピールがどういう意味を持っているのか分からない。


「お前はどんな勉強をしているんだ?」

「どんな勉強? 普通に覚えるだけのことだけど……? それが何?」

「覚えるだけか。ふん。今なら私の方がお前よりも賢いようだな」

「は?」

「うん? 少し対抗意識を持っているようだな、三司曇。まさかこんな挑発に乗るような軽い男ではあるまい」

「ぐ、うん……」

「ははは! お前は一年ほど前から施設にはいなかったからな、どのくらい腕が落ちているのか、私が確かめてやろう」


 自信満々に、意気揚々と、嘲笑うかのような表情で、彼女は言った。


 確かめる、とは、一体全体どんなことなのだろう。何かゲームでもするのだろうか。


「ふーん。確かめるっていうのは、具体的にどんなことをするの? まさか試験とかじゃないよな? それなら即刻拒否するぞ」

「試験ではない。ちょっとした頭を使うゲームをするんだ。仮に試験だったとしても、そう問題数があるわけでもない。まあ、施設で学んでいる私からすれば、いくら問題があったところで全て解答してやるがな」


 ゲームをするのは合っていたらしい。そしてしっかりとハードルを上げていくスタイル。それほど自分の力に自信を持っていることなのだ。問題数がどうだろうと、どんな問題が出ようと関係ない。全て解答するまで、か。その解答が正解なのかは別として。


 とにかく彼女……灰原雛は異常なまでの自信過剰気味だ。もう本当にやばいぞこの子。色々と面倒だし、とりあえずイライラしてくる。別にこっちは相手の自慢話を聞いて嬉しくなったり、楽しくなったりする人間性は持ち合わせてねぇんだよ。


 お口チャックしとけ、マジで。なんでこんなにキレ気味なんだろう。ああ、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ気に障ったんだろうな、さっきの彼女の一言。


 灰原雛は静かに手を伸ばしてくる。


「こっちだ」

「……」


 黙って僕もそれに着いて行った。


「えっと……なぁ……」

「なんだ?」

「なんだろうな……。君って姉妹なんだろ? つまりは二人、灰原がいるってことだ」

「そうなるな」

「えーっと、だから……」

「灰原という名字が被るという現象が起こってしまうな」

「そうだな」

「お前は姉さんのことをなんと呼んでいるんだ?」

「名字で、灰原」

「ふん」


 口に手を当て考えている灰原雛。……フルネームというのも、なんだか長そうで長くなさそうな感じで中途半端で嫌だな。あだ名とか、そういうのってないんだろうか。


 他には施設の登録番号……いや、ダメだな。囚人みたいでなんか嫌だ。


「他に名前もないからな。そのまま名前で呼んでくれて構わないぞ?」

「そ、そうかい……」

「なんだ? 早速呼ばないのか?」

「義務っていうわけでもないし」

「とか言って、本当は恥ずかしくて呼ばないのだろう? ははは! なんて子どもらしいんだ、お前は!」


 イラッ。


 後でゲームでボコしてやろう。たとえ不利なルールであっても、どうにかしてボコしてやる。ただ勝つのではない。ボコすのだ。

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