第48話
「あれ? 晴は?」
「施設に出向いてます。あの方は未だに施設での教育を受けていますからね。どうです? 曇さまも……」
「断る」
丁重にお断りした。絶対に了承などしない。断るだけだ。黒山の言っている内容に、イエスなんて言うはずもないのだ。施設に戻るとか、教育を受けるだとか、もう色々嫌だし面倒くさいんだよ。一生口に出すな、マジで。
……と、そう言ってしまうと黒山が半べそをかいてしまいそうで不安だった。あまり強くは言わないでおこう。
「施設の管理下に置かれてる子は誰がいる? 僕が知ってる子はまだいるの? ほとんど面識なんてなかったけど……」
「いると思いますが、曇さまの言う通りで、コミュニケーションを取られた子どもは少ないかと。すでに潰れてしまった子もいますしね」
施設の教育についていけないことを、隠語のような感覚で『潰れる』と称している。名前の由来としては、施設内での教育が自身の体に合わず、限界に達したところで気を失ってしまった子がいたからだ。その光景がまるで、『酒によって潰れた姿』のように見えてしまったのだ。眠るように、気を失っている姿である。
その潰れた子たちは、通常の子が教育を受ける研究棟でも、僕のみが存在した隔離棟でもない、別の棟に移されてしまう。『療養棟』はその名の通り、療養を行う場所である。一度だけその棟に入ったことがあるが、まさに病人がいたかのような風景であった。
多くの子どもたちがベッドに横たわっており、目を閉じていたのだ。これも全て、施設での教育がそうさせてしまったのだ。
「現在でも療養中なのかな、その子たちは」
「いえ、今はもう元気ではないかと。あれから施設も少しだけですがブラックさが抜けつつありますからね。曇さまは違いますけど」
「ああ、僕は違う。僕はあのブラックさのそのものだったんだから。あんな教育なら、何人も潰れるに決まってるさ」
「成功例はあなたのみですしね。誇るべきですよ」
「でも……。僕が成功してしまったから、アイツが……」
「晴さまですか? あの方は大丈夫ですよ。しばらくの療養ですぐに回復したじゃないですか」
「そうだけどさ」
僕が隔離されるまでの頃。父さんの企てていたある計画があった。僕の能力を最大限にまで引き出す計画。成功例……というよりは、その計画の課程を全て完了したのが僕であった。しかしそうなってしまったせいで、僕の弟である晴にも期待が集まってしまった。
結果、晴は潰れてしまい、療養棟へ行くことになってしまう。そもそも研究棟で教育を受けていた人間を、すぐに僕と同じ教育を受けさせること自体がおかしいのだ。
なんと一ヶ月の療養で復帰し、僕と同じ教育には参加せず、研究棟でのびのびとやっていたそうだ。
晴以外にも、僕と同じ教育を受けていた子は大勢いた。しかしその全員が潰れ、残ったのは僕だけ。さらにその潰れた子たちは半年は療養棟に入っていたらしい。
「晴はすごいよなぁ。僕と違って弱くないんだもん」
「どういう意味ですか?」
「僕さ、施設が嫌だとか面倒くさいだとか、うんざりだとか、色々言ってるけどさ。結局一番嫌だったのは、人が潰れてるところだったんだと思う」
「そうなんですか」
「ああ。結局、そういうことになってくるんだろうな。すごい罪悪感だよ、これは」
黒山は興味深そうに下を俯いた。
朝食をとっている時間のことであった。
****
施設に出向いているということは、別に施設と実家を行ったり来たりとしているわけではないのだという。僕が実家に帰る、という重要な恒例行事か何かと思っているのか、その度に帰ってくるだけ。そのため、できる限りは施設のベッドで寝ることが薦められているらしい。
でもなぁ。あそこの白色のベッド、不気味なくらいに綺麗で怖いんだよなぁ。不自然で、限りなく完成に近いほどの形で、正直苦手だった。眠れることは眠れるのだけれど……。
「あのベッドで何してんだろうな、一体」
色々してんだろうな。めちゃくちゃにどうでもいいことだけど。
「それより、塾って今どうなってんだろう」
それより。そんなことより。そういえば。塾。
「僕、行ってない気がするんだよなぁ……」
行ってない気がするのではなく、実際に行ってはいないのである。塾に勉強をしに行ってはいないのだ。あの子に勉強を教えるために、あの塾に行ってはいないのだ。
はて? やばくないか? おそらく、じゃなくて、もう完全にやばくないか?
「連絡とってないや……!」
だってそうだろ? だって考えてみろよ。金払って行ってんのに、行かないということになるとそれはもう、学費払ってんのに大学サボってるのと同じだ。
え、もったいな……。それに夏休み始まってからだから、昨日から。それにスケジュールだと今日もある。
あれあれあれ? マズいぞ? しかも昨日に至っては無断での欠席だ。おっとー? これはもしやー?
携帯電話をとった。
「もしもし? 小田です。すみません、昨日は」
「ああ、はい。小田くんね。どうかしたの?」
塾の先生が出てくれた。女性の声。大人っぽくて、色気がある。ちなみにかなり若い先生だ。
「えーっと……しばらくの間、塾を休んでもいいですかね? 少し事情がありまして、遠くに滞在が決定してしまいまして……。今もその滞在先からお電話をおかけしているのですけれども」
「夏休みの間に? だから昨日は来れなかったのね。うん、分かったわ。いつ頃には顔を出せそう?」
「今からざっと二週間ほどだとは思います……。すみません」
「いいのよ。まあ、君がいなくて寂しそうな子が一人いるわけなんだけど……。気にしないでね」
あの子、やっぱり僕に教えてもらいたいのかな。誰が教えようとそんなに変わらない気もするのだけれど、しかし彼女がそう望んでいるのなら、それに応えるべきなのだろうか。
でも今は……ちょっと難しい……。申し訳ないな。
「あの子のためにも、早めに戻ってきてね?」
「は、はい……!」
「本当に寂しそうにしてるのよ、彼女。そうそう! 小田曇くん、昨日の彼女が面白くてね。今も同じように、ずっと席で……って、あれ?」
緊急事態でも起きたのだろうか。突然、塾の先生の声が聞こえなくなってしまった。
ザザッ。そんな音がした。
「もしもしぃ!」
「あ、もしもし……」
「昨日なんで休んだんだよ、このヤロー! アタシずっと不機嫌だったんだからな!」
声の主は蝶番さんに変わった。
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クソどうでもいい話なんですけど、スマホを落としたら液晶が割れて白い線が入ってしまいました。今までで一番死にたくなりました。
あと、星500ありがとうございます!
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