第41話
迷子か……。我ながらドジだなぁ……。
方向音痴ではなかったはずなのだけれど、流石は小学生。しかも低学年。知らない場所に来て、そして知らない場所を歩き回るなんて、そりゃあ迷子になるはずだ。ボクはレトと一緒にいて、寂しくはなかったけど、それでもお父さんがいなくなって、だんだんと不安になったことだろう。
レトはボクにずっと寄り添ってくれてたけど、やはりレトだけでは無理だった。困り果てて、最終的にはボクの顔を舐めてくれてた気がする。
犬のおまわりさん、という曲がある。ボクは迷子の子猫さんで、レトはそれを見て困り果てる犬のおまわりさんだ。誰も助けてはくれない。とうとうボクはうずくまって、涙が出てきてしまった。
「うぅ……」
そんな時に、少年の声がした。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ふぇ……」
その少年は本を持って、うずくまっているボクとその横にいるレトを心配そうに見ていた。
「うぅ……」
「だ、大丈夫? どこか怪我でもしたの?」
「あのね……ここ、どこか分からない……」
「迷子になったの?」
「うん……多分……」
多分ではない。確実だ。
「えっと……ここは特殊なところでね、普通だと僕以外は入ってこないんだけどな……。どこから来たの?」
「お家から来た……」
「そ、そうじゃなくて……! どこの入り口から来たの?」
「分からない……ここ、どこか分からないから……」
「うーん……」
説明が少なくて悩む少年。ボクのために一生懸命考えてくれている、とても親切な少年。顔もかなり整っていて、カッコいい。
「何も覚えてないの?」
「うん……」
「どこから来たのかも?」
「うん……」
「そっか。じゃあ、僕が一応案内してあげるよ。君がどこから来たのか分からないから、来た道とは違うかもしれないけれど、とりあえずここから出られるようにね」
「助けて、くれるの……?」
「うん! 助けてあげる。君も、そのワンちゃんも!」
少年はボクの手を引いて、歩き始めた。
「よかったね、レト! 綾たちを助けてくれるんだって! まるでヒーローみたいだねー!」
「ヒーローなんて……、そんなにみんなに尊敬されるようなことはしてないよ。迷子になっている子がいるなら、助けてあげるのが当然だよ」
「助けてあげるからヒーローなのー! 綾たちのヒーロー!」
「綾……っていうのは、君の名前?」
「うん! 綾だよー!」
「そっか。いい名前だね」
「そうでしょー! いい名前なのー!」
「綾っていうと、絹織物から来てるね。綺麗で美しい模様がいっぱいあるんだよ?」
「うーん……? なぁにそれ?」
「いいや、何でもないよ」
その少年は博識だった。何でも知っていて、何でも話してくれた。ここの施設がどんな場所なのか。どういうことをしている場所なのか。なぜ子どもたちが部屋で勉強しているのか、など。色々と教えてくれた。
でも二つ、教えてくれなかったことがあった。
「ねぇねぇー! 今いるここは、どういうところなの?」
「……」
「ねぇー! 教えてー!」
「教えられないよ。君のためだから」
「んー? 綾のため……?」
「うん。君のためだから、教えてあげることはできないよ。ごめんね?」
「むぅー! じゃあ君の名前ー! 教えてー!」
「ごめんね、それも教えてあげられないよ」
「綾のためなの?」
「うん。それも君のため」
後ほど、その意味が分かった。
****
「その本はなぁに?」
「これは小説と言ってね、文章だけで物語を作っているものだよ」
「ふーん……」
このようなやりとりが続いていた。ボクが質問をする。少年が答える。ボクが質問をする。少年が答える。ただひたすらにこれを繰り返していた。好奇心旺盛なボクは、興味を引くものについて聞いては、その結論を出してもらう。当時はお父さんにもいっぱい質問してたはず。
「ところでヒーローの君ー!」
「ヒーロー……。僕はヒーローじゃないよ」
「君が自分の名前を教えてくれないから、とりあえずそう呼んでるのー!」
「そっか。それで、どうしたの?」
「ヒーローの君は他の子たちとは違うのー?」
「他の子たちって……?」
「えっとねー! 白衣を着た子たちがねー、椅子に座ってねー、何かを書いてたのー!」
「ふむ……。ああ、君は研究棟から来たのか……。ならこっちだね」
「あっ、ちょっとー!」
少年は方向転換し、変わらずボクの手を引いて歩いていく。
「ねぇー! 答えてよー!」
「難しい質問だね。どう違うのか、か……。まあ、僕は特別扱いされてるんだよ。彼らとは違ってね」
「どういうところがー?」
「こうやって、一人ぼっちにさせられてる」
「寂しくないのー?」
「ん? 寂しいよ? でも君がたまたま来てくれたから、今日は寂しくないかな」
「綾のおかげだね!」
「うん。君のおかげだよ」
すると少年は、急に扉の前で立ち止まった。
「あれ? 扉が開いてる……。黒山のやつ、さてはサボってるなぁ……?」
「どうしたの?」
「はい。ここからは黒い服の女の人と一緒に歩いて行けば、もといた場所に戻ることができると思うよ」
「もうお別れなの……?」
「ぐぅ……。そんなに悲しい顔しないでよ……!」
「だって、まだ君のこといっぱい知りたいし……。それに名前も教えてもらってないから……」
「……」
少年は、優しい笑顔で言った。
「そのうち分かるよ」
この時だと思う。ボクが彼に心を奪われてしまった瞬間は。
その直後、扉のすぐ横にある部屋に無断で侵入した少年とボクは、机に伏して寝ている女の人を叩き起こしてあげた。女の人は起きて状況を把握した時にものすごい大声で驚いていたけど、少年は事情を説明して、その女性に何かを強く話していた。
「……だから、僕が隔離棟から出たことは伏せておけ。僕とこの女の子が接触したこともな。元はと言えば、お前が警備を怠っていたのが原因だ。バレれば終わるのは誰だろうな?」
「そ、それで……! ほ、他には……!」
「ああ、この子を研究棟の監視室に案内しておけ。それと、この子を見つけたのは自分だとゴリ押ししろ。くれぐれも僕の名前は出すな。出せば終わりだ」
「はい……! 理解しております……!」
「僕と接触したことを知れば、おそらくこの子の家は破産まで追い込まれるだろうな。それを考慮して、僕の名前は教えてない。これらのことをこの子の家族の方に言った方がいい」
「家族の方に、ですか……? それだと後から先生に報告されるのでは……?」
「は? 自分や自分の子どもを守らない親なんているか? そんなことしないだろ」
「た、たしかにそうですね……!」
「そういうことだから……。じゃあね」
そうして少年は去っていった。
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