第40話

「小鳥遊さんは、僕のどこまで知ってるの?」


 単刀直入に、聞いた。


「……」


 先程まで、能天気だった彼女とは違う。真剣な眼差しが僕を射抜いている。しとめられるような、全てを見透かしているような、そんな眼差し。


 でもどこか、悲しそうで寂しそうだ。


「うん、じゃあ……話すね……」


 小鳥遊さんは自分の過去を語ってくれた。



 ****



 生まれながらにして富豪の名を持っていたボク……小鳥遊綾は、お父さんとお母さんに大事にされて育てられた。……と、思う。個人的にだけど。


 富豪の娘というレッテルを貼られることもしばしばあり、綺麗なお洋服や綺麗な靴、そのほかにも色々な物を買い与えられた。甘やかされていると言われればそうなのかもしれない。今思えば、自分でも流石にねだりすぎたと感じてしまうこともある。


 それでもお父さんやお母さんに、何かを言われた覚えはない。怒られることも、注意されたこともない。甘やかされすぎて、逆に怖い。ボクって、こんなにダメな子だったかな……。


 とりあえず、子供の頃のボクは完全に自分をお姫様か何かと勘違いしていたのだと思う。富豪だからボクはなんでもできる、お父さんとお母さんがなんでもしてくれる。自分の力でもなんでもないのに、ボクはそのようなことを思っていたのだ。


 ボクが小学三年生の頃……だから、九歳あるいは十歳の頃。ある日、お父さんがいつもとは少し違うスーツを着て、何やら準備をしていた。


「お父さんー! どこへお出かけー?」

「今日は会議があるんだよ。『先生』にも顔を合わせないといけないから、今から『施設』に行くんだ」

「施設ー? なぁにそれー?」

「三司高等教育……って、言っても綾には何のことか分からないか……!」

「むぅー! はそんなにおバカじゃないー! この前だって、学校のテストで50点も取ったんだからー!」

「それって何点満点のテスト?」

「たしかねー、ゼロが二つ付いてたー!」

「じゃあ100点だね、それ。つまり半分の点数が取れたってことだよ」


 ああ……。そうか、当時はボクの一人称が『綾』って、自分の名前だったんだ。たしか『ボク』という一人称に変わるのは、この会話をした同じ日だったかな。


 ボク……か。印象的で、ずっと大好きな一人称。忘れるわけのない、思い出の一人称。


「お父さんが今から行く『施設』というのはね、綾と同じ歳の子がいっぱいいるんだよ。それにその子たちは勉強ができて、いつもテストで100点が取れる子たちなんだ」

「へぇー……? 面白そうー!」

「そうだ! 綾も行ってみるかい?」

「いいの? じゃあ綾も行くー!」


 そう言って、確かボクもお洋服を着て準備をしてたっけ……。未知の場所に行くような感じがして、テンションが上がりまくってた記憶がある。


「でもお父さん?」

「ん? なんだい、綾?」

「レトも連れて行っていい? 一人でいると可愛そうだから……お願いー!」


 レトというのはボクが今でも飼っている犬の名前である。ゴールデンレトリバーだから、『レト』である。


「綾は優しい子だね。いいよ、連れてっても。でも絶対にはぐれちゃいけないよ?」

「うん!」

「いい返事だね。よし! じゃあ出発しよっか! おいそこのメイド、車の用意はできているのか?」

「はい。当然でございます、ご主人様」

「それでは今から『三司高等教育施設』に向かう! 帰りは……えーっと、何時だったかな、爺や覚えてる?」

「おそらく6時あたりになるかと……」

「6時か……。今は11時だから、まあ、それくらいで帰るから、夕飯よろしくぅー!」

「よろしくぅー!」


 当時はお父さんの合いの手を入れるのが好きだった。


「じゃあ、行こうか綾」

「うん!」


 そうして車に乗って、向かったのだ。『キミ』がいる場所にね。



 ****



 マジックミラーの向こう側に、彼らはいた。彼らというだけであって、キミはいなかったけど。


「この子たちはー?」

「お父さんの言っていた、100点が取れる子たちだよ。こうやってマジックミラー越しに、偉い人が見にくるのさ。どんなふうに天才を生み出しているのかを知るために、自分達の子どもを見守るためにね」

「ふーん……。みんな白衣を着てるね?」

「うん? ああ、大体の子はそうだよ。でも、例外の場合にだけ、白衣を着ていない子が『一人だけ』いるのさ」

「一人だけ?」

「そうだよ。確か、綾と同い年の子」

「ふーん……」


 鼻を鳴らすと、ある一人の子が大声で怒鳴った。


「おいおっさんたち! どうせそこで見てんだろ? 兄貴はどこだよ!」

「……ったく、あのバカ! 他に干渉すんなって言っただろうが!」

「兄貴はどこに行ったんだよ! 隔離して何がしてぇんだよ!」

「どうします、先生?」

「厳重注意だ。あとで単独部屋にぶち込んどけ。全く……。曇とはえらい違いだな……」


 怒りをあらわにした少年に対して、そう言い渡す人がいた。


「お久しぶりですね、三司先生」

「おお、小鳥遊か……。で、その後ろで隠れてる子は……」

「ああ、はい。娘の綾です。ほら、挨拶しなさい」

「小鳥遊綾です、三年生です……」

「三年生。となると、うちの息子と同い年だな」

「そうなんですよ。先生の息子さんとは仲良くなれるとは思っているんですけどね……」

「ああ、隔離している件か。仕方のないことなんだよ、息子は天才だからな」

「さようですか。ところで先生、今後の事業展開についてなんですけど、先生のお力添えがあれば必ずや……」

「すまんが、経営の話は後にしてくれ。今は他を見ていたいんだ」

「も、申し訳ございません!」


 お父さんが謝っているところを初めて見た気がする。深くて、早くて、それでいてきちんと礼儀として成り立っている。


 すると、レトが外に出たがってボクの手を引いてきた。


「レト、どうしたの?」


 レトの表情は、自分よりも大きくて怖いものに対する、警戒心と恐怖心が出ている。視線はお父さんが謝っている人に向かっている。


「あの人が怖いの? 綾と同じだね!」

「くぅ〜ん……」

「外に出よっか。ここにいても、あんまり面白そうじゃないし……」


 ボクはレトに付いている紐をしっかりと握って、大人の人たちが多くいる場所から出た。


 そして……。




 迷子になった。

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