第39話
「ああー! ちょっと待ってくださいよー!」
無視して早歩きで帰ろうとした。黒山は話を聞いてもらわないといけない立場であるにも関わらず、僕の機嫌を損ねるような言動を取ってしまい、すぐに追いついて僕を引き止めようとした。
あはは……、みたいな感じで愛想笑いをしてくるが、すまないが僕の機嫌は損ねたままであり、その損ねた機嫌が治ることはない、のだと思う。いや、自分でも知らない。
「じょ、冗談に決まってるじゃないですか〜、曇さま〜! あ、あはは……」
「……」
無言で睨みつけてやった。施設に戻る、僕がそれを承諾するわけがないだろ。そんな条件を提示するのなら、黒山が持ってきた話なんて聞かないし、たとえどんなに偉い人間に何かを命令されたとしても、絶対に言うことは聞かない。冗談でも言ってほしくないことだった。
睨みつけると、途端に黒山は小さくなっていった。怖気付いたようであり、僕に気圧されたようでもあり、そして弱々しい小動物のようになっている。
こんなに小さくて弱そうな動物、僕をからかおうとしているのか、馬鹿にでもしようとしているのか、どちらなのかは定かではないが、僕を不機嫌にするという芸当はできるらしい。
握り潰せそうなほどに、ビクビクしてやがる。怖がりすぎて僕の目をまともに見れていないし、僕よりも背が高いのに、縮こまって俯いているし、そこには本当の小動物が目の前にいた。
「あ、あの……本当に申し訳ございません……。本当に、本当に……。お許しください……」
「二度と言うな」
「はい……。心に誓います……」
本当に弱弱しい。僕の眼力ってそんなに強いものなのだろうか。たしかに小鳥遊さんは、これに怯えた様子を見せていたが……。
小鳥遊さん……か。彼女には色々と聞かないといけないな……。
「冗談でも、人の機嫌を取ることのできる冗談と、人の機嫌を損ねる冗談があるということを今日学べたな。よかったな」
「はい……申し訳ございませんでした……」
「それで? 先生から話があるとか言ってたけど、父さんが何か言ってたのか? というか、そもそもお前は父さんにどんな命令をされたんだ?」
「先生……三司先生が、曇さまに『夏休みの間は実家に帰れ』と伝えることと、曇さまのテストの結果を回収することが、ご命令として下されました」
「たったそれだけのことで、ここに来たのか?」
僕は睨むのをやめた。
「はい!」
元気の良い返事。僕はため息をついた。たった、それだけのことで。僕の前に、久しぶりに現れた。
「分かったよ。夏休みの間は帰るし、指定された時間まで実家にいてやる。そのことも伝えておいてくれ。ただし過剰に干渉するな、ということもな」
「かしこまりました」
「なぁ、黒山……」
「はい?」
「なんでお前が来ることになったんだ?」
「え? 私が指名されたから、ですけど……?」
「でもお前は……いや、なんでもない。指名されたのであれば、そうだな……」
「な、なんでしょうか?」
「いいや、本当になんでもないんだ。気にしなくていい」
首を傾げて、その後に姿勢を良くしたのを確認できた。
そして、コホンッ、と気を取り直すように咳をした。
「と、とりあえず、私は曇さまのテストの結果、それとその他の成績等を回収しなければなりませんので、これで失礼いたします……」
「ああ、うん。おつかれ」
「それでは」
黒山は振り向いて、美しい足取りで去っていった。
僕も廊下を歩いていく。
****
「あー! オタクくーん!」
小鳥遊さんが昇降口で待ち伏せていた。そうか、確か僕が終礼後、話があるからと先に帰らせておいたのだった。
先に帰らせたはずなのだが、しかし何故だか帰っていないという事実。待ち伏せているという行為。頬を膨らませて、明らかなご機嫌斜めな表情。待たせてごめん、とは言わない僕。いや、言わなくていいだろ、この場合は……。小鳥遊さんが勝手に待ってたんだから……。
でも、都合がいい。小鳥遊さんからは色々と聞きたいことがあるのだからな。テストが終わったら話を聞こうと、言っていたのだ。テスト前の時期のこととはいえ、彼女は覚えていないのかもしれないけれど……。
強引にすればいいか。なんか最近、自分の性格が悪くなっている気がする。
「むぅー! おーそーいー!」
「勝手に待ってたのは小鳥遊さんでしょ……。別に僕、待たせてたわけじゃないからね? ご理解してますでしょうか?」
「知らなーい! そんなこと一つも知らなーい! オタクくんがボクを待たせたー、ただそれだけで罪なんですー!」
「話聞いてた?」
ご機嫌斜めの割には、僕がようやく来たことに、喜びを隠しきれていないのが分かる。……喜ぶことか? 僕が来ただけで……。
「はぁ……。ま、まあ、僕は帰ろうと思うけど……小鳥遊さんは、どうするの?」
「一緒に帰るー!」
「いいけどさ……でも、僕とは道、全く違うよね?」
「それでもいいのー! ボクはオタクくんと二人っきりで、途中まででいいから帰りたいー!」
「そういえば、二人は?」
「二人ー?」
「うん、蝶番さんと金城さん。もう先に帰ったの?」
「そうだよー? ボクが先に帰らせたのー」
「なんで?」
「言ったでしょー? 二人っきりで帰りたいのー!」
「ああ、そうか……」
僕と二人きりで途中まで帰りたいから。だから他の二人を先に……。なんだ? 僕は、何を期待してるんだ? 僕は、何を……。
小鳥遊さんは僕と一緒に帰りたい様子。というかずっとそればかり言っている。何度も何度も、二人きりで、というフレーズを強調して。
しかし都合がいい。僕としては好都合だ。
「じゃあ、帰る?」
「うん!」
可愛い笑顔、可愛い声、可愛い仕草。
こんなに可愛い子が、僕の秘密を色々と知っていると思うと、なんだか信じられなくなってきた。テスト前に口走っていたことが、今になってデタラメなのではないかと感じる瞬間もある。
なら聞けばいいのだ。聞いて、確かめればいいのだ。
昇降口を出て、校門を出て、少し歩いていく。
「ねえ、小鳥遊さん?」
「んー?」
「テスト前に言ってた、アレ。テストが終わったら、そういうことについて、色々と聞かせてもらうやつ。今、いいかな?」
「あ……」
覚えている。そんな風に思える。
「小鳥遊さんは、僕のどこまで知ってるの?」
単刀直入に、聞いた。
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