お正月SS 音葉とのお正月

「お正月にはー、凧揚げてー、こたつに入って……って、あれ?」

「音葉ちゃん! お客さまがご到着なさったみたいよ! こちらへ向かっているとお手伝いさんが言ってたし、そのだらしない姿を整えてはいかが?」

「えっ!? もうオタクっちここに来てるの!? おばあちゃん引き留めておいて! ウチはすぐに着物を着なおすから!」

「分かったわ! じゃあ、おばあちゃんは音葉ちゃんの恋人をどうにかしておくから! その間に着物を……」


 部屋に入る直前。


 金城さんと金城さんのおばあちゃんらしき人(らしき人というか確定で)の、あたふたした様子が伺えるような会話を聞いてしまった僕は、なんだか部屋に入りにくくて、もう帰ろうかと思っていた。


 僕としても『一緒にお餅食べるの!』と突然誘われた身でもある。断ってもよかったのだが、金城さんがどうしてもと言うから、仕方なくやってきたのだ。正月はどこにも行かない予定だし、実家にも帰らないから、別に大して何かに影響するわけでもない。


 そして来ました、『金城ホテル』経営本社……の横にある高級タワーマンション。圧倒されるほどのバカでかい建物。その高級タワーマンションは、今まで僕が見てきた建物の中でも、かなりトップレベルで高いものである。


 これが金城さんのお家……。そしてその横にあるのが金城さんの家族が経営してる会社……。うわぁ、なんだろう。普通にすごいお家じゃん。


 さて、中に入ってすぐに案内されたのは、金城さんがいるという部屋。というか、あれなんだな。もう高級タワーマンション自体が、金城さん一家が持っている一つの家なんだな。


「分かったわ! じゃあ、おばあちゃんは音葉ちゃんの恋人をどうにかしておくから! その間に着物を……」

「あの……僕、金城さんの恋人でもなんでもないんですけれども……」

「あら、あなたは?」

「えっと、あれです。招待されたものです」

「君が音葉ちゃんの恋人さん!? いつも音葉ちゃんから話は聞いてるわよー! ささ、入って入って!」

「いや、でも……」


 さっき着なおすとか話してたからなぁ……。このまま部屋に入って大丈夫なのだろうか……。


「音葉ちゃーん? 愛しの彼が来たそうよー?」

「嘘っ!? 早くない!?」

「もう着なおしたわよねー? 入れるわよー?」

「ちょっ、ちょっと待って! まだダメだってば! 待ってよ、おばあちゃん!」

「ああは言ってるけど、単純に心の準備ができてないだけよ? 入っていたはずよ!」


 無理やり押し込むようにして、僕を部屋に入らせた。金城さん自信が『まだダメ』と言っていたのに、入っていいのかよ。このおばあちゃんは何をそんなに楽しそうにしているんだ。


 しかも、恋人ってなんだよ、恋人って……。誰だよそんなデタラメ流したやつ。


 色々と情報が多くて理解に追いつかないが、そんな情報たちを一瞬でどうでもよくさせる光景が、僕の目の前に広がっていた。


「あ、ああ……」

「あ……ご、ごめん……!」

「見るなぁーーー!!!」


 はだけた姿の金城さんが、そこにいた。


 ほらね、まだダメだったじゃん。



 ****



「オタクっちは、実は変態さんだってことが分かった……」

「だから、金城さんのおばあちゃんが無理やり押し込んで、僕を部屋に入れたからだって!」

「でもウチの裸見てた……。変態……エッチ……スケベ……」

「不可抗力だぁー! 僕は何にもしていないー!」


 まだ着なおしていなかった金城さんに悲鳴を上げられ、その部屋内部に居られなくなった僕は、当然部屋から出て、彼女からの『入ってもいい』合図があるまで待機していた。


 金城さんのおばあちゃんはルンルンで去っていき、僕もその後は知らない。とにかくあの人が、僕と金城さんの友好関係にヒビを入れそうになったということは知っている。


 金城さんは頬を赤くして、体育座りで僕に背を向けていた。そんなに嫌だったのだろうか。でも僕がやったことでもない。だけれど、だけれどなんだか、悪い気がしてしまう。別に僕がやったわけでもないのに……。


「ご、ごめんね金城さん……。僕もあの時、ちゃんと止まっておけばよかったよ……。流されていくだけじゃダメだってのかもしれないよ……」

「……」

「ごめんね……」

「……さない」

「ん?」

「許さないー! メガネを外して、ウチの顔を見て、しっかりと『ごめん』って言わないと許さないー!」

「ええ……」


 急に要求してきたぞ、この子。


「メ、メガネ?」

「そう! メガネを外してー!」

「金城さんの顔を見て?」

「うん! ウチの顔を見てー!」

「しっかりと、言うの?」

「しっかりとー! ごめんって言うのー!」

「はぁ……分かったよ……」


 仕方ない……。ご要望にお応えしよう……。


 メガネを外した。すると金城さんは両手でお椀を作り、いかにもよこせというのを表現していた。彼女にメガネを渡し、しっかりと、真っ直ぐに、目を、顔を、見た。


「ご、ごめん……金城さん……」

「んぅ……許すぅ……」

「よかった……。許してくれてありがとうね……」


 僕がそう言うと、金城さんは抱きついてきた。


「えへへ! 新年初のハグー!」

「うん、たしかに新年初だね」


 数秒間、抱きついていた。



 ****



「うーん……。特殊な感じだね、この家……」

「どうかした、オタクっち?」

「いや、あのね? この家はものすごく洋風で、現代の技術をふんだんに使っているんだろうけど……ところどころで和を取り入れているというか……」

「和洋折衷な感じってこと?」

「そうそれ。見慣れないなぁーって思った」

「どこの家も今はそんな感じじゃない? まあ、ウチの家は極端だからねー。ほら、ソファの上に座布団置いてるし!」

「それ座布団の意味ある?」


 和洋折衷スタイル。今では主流となっているが、金城さんの家は本当に極端である。


「それにしても……」


 それにしても、不思議だなぁ……。ソファに着物を着ている可愛い女の子がちょこんと座っている。


 ソファに、着物、座る。どういう光景なのかは思い浮かべてもらえれば分かると思う。


 不思議だ。


「そうだ! お餅! オタクっちを誘ったのは、一緒におもちを食べるためだよ!」

「そういえばそうだったね……。その肝心なお餅は一体どこに……」

「キッチンにある! オタクっちが来る前に先に焼いておけば良かったなぁ……。あーあ、失敗失敗」

「今から焼けばいいよ。そんなに早く食べたいってわけでもないし……」

「そうだよね、今から焼けばいっか! じゃあキッチンに行って、オタクっちも一緒に焼こ……?」

「う、うん……。行こうか……」

「やったぁー!」


 首を傾げて僕をキッチンに誘う姿、可愛すぎて、なんかもうヤバかった。語彙力終わってるけど、とにかく、こう、破壊力抜群って感じ。


 もう一度見てみたい、とそう思っている自分がいる。あわよくば見せてもらえ……と思ったが、今から火を使うから、安全にしなければならないため、余計なことは考えないようにしたい。


 でも仕方ないだろ? そんなの金城さんが可愛すぎるのがいけないんだから……。僕は何も悪くないだろ。


 お餅を焼いている際、金城さんが確実にわざとで体を寄せてきたが、やはり安全第一のため、あんまり反応はしなかった。



 ****



「おいしー! やっぱりお餅って美味しいね! ね、オタクっちー!」

「うん、美味しい。きな粉、あんこ、砂糖醤油……。どれをつけても美味しいけど、やっぱりお餅本来の味がして美味しいよ」

「ウチは絶対にきな粉ー! 子供の頃からずっと好きなんだー!」

「そうなんだ……。僕は子供の頃に食べたことがほとんどなかったから、特別好きなものはないかな」


 パクパクと食べている金城さん。とても美味しそうで、食べている時の表情が笑顔になっている。可愛い。


 それにずっと見惚れている僕。早く餅食えよ、固くなるぞ。


「んー? オタクっちは食べないの?」

「え? あ、ああ、食べるよ!」

「お餅食べてるとさ、喉乾いてこない? ウチはもう喉がカラカラだよー!」

「そう? ならお茶とか……」

「お茶ねぇ……。お茶お茶……。あれ? これって……」


 冷蔵庫にて何かを発見した様子の金城さん。その後、おぼんに乗せて戻ってきた。


「良いもの発見ー!」

「それって、お酒じゃない? 飲んだりしていいの?」

「いいのいいの! ウチもお正月初めにすこーし飲んだし! なんならお正月なんだから、めでたいってことで飲んでも悪くないんだよー?」

「そういうものなのかな……。ま、まあ、お正月は少しだけ、本当に少しだけ飲むものだし、いいのかな……」

「いいのー! ウチがいいって言ってるんだからさー! 一口だけなら大丈夫ー!」


 おぼんの上の小さなコップに、お酒を少量注ぐ。ほんの少しだけ。高さは一ミリもないくらいに少量だ。


 僕はそれを飲んだ。


「どう?」

「うん、お酒。すごくお酒って感じ」

「じゃあ次はウチー! オタクっち注いでー!」

「はいはい」


 同じくらいに少量を注いであげた。


 金城さんもそれをゴクリと飲んだ。


「よし、じゃあこれでお酒は終わり。片付けてくると同時に、お茶を持ってくるから……」

「オタクっちぃー……!」

「ん? 何?」


 おぼんを置いて対応する。


「うぅー! オタクっちぃ……!」

「だから、何? どうしたの?」

「んぅー……」


 また抱きついていた。様子がおかしい。いつもは、というかさっきまでは、こんなに甘えてくることはなかった。一体どうして……。


 抱きついてくる彼女を引き剥がし、顔を見てみる。


 頬が赤い。これは……まさか……。


「オタクっちぃー! えへへー! ふにゃあー!」

「金城さーん? お酒弱すぎでしょ……」

「弱くなんてないれすぅー……! ウチはぁー……音葉ちゃんはぁー……、お酒めちゃくちゃ強いんれすぅー……! えへへー!」

「もう完全に酔ってるよ……」

「酔ってないぃー……! ゔぅー……!」

「唸っても酔ってることに変わりはないよ?」

「うぅー! ふにゃあー!」

「頭お花畑だね……。少し休憩しよっか……」


 ソファに連れていき、座布団を枕がわりにして横にさせた。ほほう、座布団はこういう時のために使うのか。意味があったな。


「うぅーん……。オタクっちぃー……」

「何、金城さん?」

「おもちかえりぃー……」

「ん?」

「おもちかえりぃー……!」


 お持ち帰り……。そのことを言っているのだろう。僕は分からないふりをする。


「お餅帰り? お餅、持って帰っていいの?」

「んぅー! そうじゃないぃー……! オタクっちの馬鹿ぁー……!」


 数分休憩したら、また元の金城さんに戻っていた。酔っていた時の記憶は一つもなく、自分が僕にめちゃくちゃ甘えていたことも何も覚えていないようだった。いや、酒に弱すぎだな、この子。一生飲ませないほうがいいぞ。そのうち飲み会とかで、色々されるだろうから。金城さんがそういう目に合うの、なんか嫌だなぁ。


「オタクっち! ウチ、変なこと言ってなかった?」

「言ってたよ? でも教えてあげなーい」


 優しくハグをしてあげた。金城さんはまた顔が赤くなっていた。




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 SSは一旦終了。本編のみを書くと思います。ストックを作るために不定期更新になるかもです。すみません。

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