大晦日SS 瑠璃奈との大晦日

「いーぬは喜び、にーわ駆け回りー、ねーこはコタツで丸くなるー」


 蝶番さんの家にお呼ばれした。


「あのぉー……蝶番さん? 大晦日というのは家族で一緒に過ごすものだと思うのだけれど……」

「ん……」

「僕が君の家にいるという事象は、本来ならあんまりメジャーな行為ではないのでは……」

「はぁ?」

「え、いや、なんでもないです!」


 あからさまに機嫌を悪くし、睨みつけてくる彼女。僕の言っていることはごもっとものはずなのに、彼女はどうしてか家に招き入れた。招き入れてくれたというのが正しいのだろうか。よく分からないまま、この家に来た。


 普通、大晦日というのは部外者など招待せず、僕の言った通り、大体は家族で過ごすものだ。この家の家族……蝶番さん一家によって過ごすべきもの。なぜか僕がこの場にいる、さらに僕と蝶番さん以外には誰もこの場にいないというのが、もうなんか訳が分からない。


 蝶番さんは知らないのか? 流石に元旦は祖父母の家に行ったり、家族でゆっくりとするはずだろ? その前日である今日、大晦日において家族でもなんでもないよく分からない奴が、居ていいのか? 良くねぇだろ、普通は。


「オタク? なんでそこでずっと正座してんの? コタツ入りなよ、風邪ひいちゃうよ?」

「は、入っていいのかな……僕なんかが……」

「いいに決まってんじゃん。入っていいからここにコタツという道具が置いてあるんですけどー」

「いや、でも……」

「何? もしかして遠慮してんのー? ウケるわー! 遠慮してコタツに入らないとか超ウケるわー!」

「ぐぅ……」

「遠慮しないで早く入りなー? マジで寒すぎて、本気で風邪ひくかもだから」

「じゃ、じゃあ……」


 入ってみた。暖かい。


「どうー? あったかいだろー?」

「う、うん……。いいね、コタツって……」

「だろー? 当然当然、なんせアタシの家のコタツだからね。それにアタシが事前に入ってたからね」

「……」


 蝶番さんが事前に入っていたら、コタツの中は暖かくなるものなのか? 絶対に適当で言ってるだろ、この子。しかも適当で言って、自分で面白くて笑ってるし。意外と笑いのツボが浅いのだろうか。


 コタツの上にあるテレビのリモコンを取って、ポチポチとボタンを押している彼女。バラエティの特別番組やらがほとんどであり、他に面白そうなものもなかった。


 うぅー、と唸る蝶番さん。頬杖をついて退屈そうにしていた。


「これかなー。芸人さんが生放送でいっぱいネタするやつ」

「蝶番さんって、こういうバラエティ番組とか良く見るの?」

「そうだけど? 逆に、バラエティ番組を見ずして何を見るのよ? 今日は大晦日よ? 年越しなのよ?」

「まあ確かに大晦日だから、こういう特別番組が多いよね。しかもバラエティ番組ぐらいしかやってないし」

「でしょ? そういうことよ」


 蝶番さんが、芸人を『芸人さん』とさん付けで呼んでいることは指摘しないであげよう。指摘したら、恥ずかしがって蹴ってきそうで怖いからな。安全第一だ。


 少なからず尊敬の意を表しているということを知れて、なんだか頬が緩む。可愛いところがあるじゃないか。


「何ニヤついてんのよ!」


 蹴ってきた。


「いた……! やめてよ蝶番さん。暴力反対」

「アンタがニヤニヤしてて、ムカつくから悪いのよ。アタシは目の前のムカつく光景を消したくて、仕方なくやったのよ」

「正当化しすぎでしょ……」

「うるさいわね、テレビが聞こえないじゃない! 黙るまで蹴ってもいいのよ?」

「……」

「はい黙った。アンタって怖がりねー!」


 ケラケラと笑うその姿は、悔しいけど可愛かった。



 ****



「みかんって美味しいわねー!」

「いっぱい食べるね、蝶番さん……」


 また蹴られた。


「いってー……!」

「ごめんねー! 遠回しに『太るよ』って言われた気分になったからー! そりゃあ女の子は怒るわよねー!」

「ただ見たまま、思ったことを言っただけなんですけど……。あまりにも強く蹴りすぎなのではありませんか……?」


 彼女はパクパクとみかんを食べながら、テレビを見つつ、そして僕の言葉をガン無視した。酷すぎなのでは? 僕でも悲しくなってくるぞ、おい。


 コタツの上はテレビのリモコンと、彼女が食べたみかんの皮。それとそのみかんを入れていたおぼんがある。蝶番さんはテレビに夢中であり、見ながら食べるという技を僕に見せつけて(多分習慣化してるだけ)くるように披露した。


 さて、彼女が美味しそうに食べているみかん。ようやくおぼんの底が見え始め、あったはずのみかんはもう無くなってしまった。最初は六つほどあったのだけれど、僕が二つ食べたため、蝶番さんが四つを食したことになる。


 四つ……。みかんを、四つ……。しかも数分の間でだ……。さらに、僕が家に上がる前にもあった模様。僕がおぼんを見た時は六つだったが、しかしそのおぼんの横には、すでに二つのみかんの皮があった。


 合計六つ。蝶番さんは六つを食べている。水分だらけでお腹下しそう。しかし彼女はピンピンしていて、楽しそうにテレビを見ている。


「あれ? みかん、もう無くなったわね」

「そうだね」

「アンタいくつ食べた?」

「二つ」

「じゃあアタシが、一、二、三、四……四つ食べたってことね。皮の数がそうだし……」


 僕は無言でおぼんの横に出ている、残骸を指差す。


「……」

「……」

「……六つだよ」

「おりゃ!」

「いて……! だからなんで蹴るのさぁー……!」

「マジでアンタってデリカシーとか無いわけ? 何無言で指差して、『六つだよ』って!」

「数を教えてあげただけじゃん……!」

「フンッ!」


 そっぽを向く彼女。蹴られた箇所が段々と痛むようになってきた。なんと、蹴られている箇所が全て同じだということに驚いている。すごいな、普通に。怖いくらいだぞ。


「お仕置き……」

「へ?」

「アタシをイラつかせた罰として、台所からみかん持ってこい! 早くしろ!」

「自分で行きなよ……」

「また蹴られたいの?」

「行ってきまーす……」


 うわ寒っ! コタツに入っていたから感じなかったけど、部屋の中ってこんなに冷えるものなのか? でも、ヒーターは動いているし、なんなら暖房だってついている。コタツに入りすぎているせいで、逆に外の温度が低く感じているのか。


 せっせと取りに行った。おぼんに数個のせて、また戻っていく。


「はい、サンキュー。じゃあ次はこの皮、ゴミ箱に捨ててきてー」

「それは自分で行ってね。僕はさっきみかんを取りに行ってあげたんだからさ」

「おりゃ!」

「残念、僕はコタツに入ってませーん。効かないよー」

「ぐぬぬ……。だ、だって面倒なんだもん……」

「僕も同じだよ。じゃあこうしよう! ジャンケンで負けた方が捨てに行く、これでいい?」

「……」


 少し考えてから、蝶番さんは『うん』と相槌を打った。


「それは名案ね。どうせアタシが勝つんだし、いいわよ?」


 今フラグ立ったな。


「いくよー? じゃーんけーん……」


 お馴染みの動作、お馴染みの掛け声で、僕は腕を振りながら拳を体の前に突き出した。


「あ、UFO……」


 蝶番さんはテレビの方に指を指して、僕の視線を誘導した。いや気づけよ僕。家の中にUFOなんているわけねぇだろ。


「ポン!」

「あ……」


 気づいた頃には遅かった。時間差で蝶番さんがパーを出し、指を開き損ねた僕の手はグーになっている。


「いってらっしゃーい!」

「ズルくない!?」


 再戦を申し込んだが、断固として拒否された。



 ****



「うまー! みかんうまー!」

「いや食べるの早すぎでしょ……。もう無くなりそうだし……」

「はぁ?」

「なんでもないです……」


 蹴られるのが嫌なため、僕はもうすぐに誤魔化したり謝る方向でいこうと思う。その方がいいはずだ。


「あっ、そうだ!」

「どうしたの?」

「よいしょ、よいしょ……」


 ズボッ、とコタツの中に顔を突っ込んだ。そして中でモゾモゾした後、急に顔を出した。


 どこから? 僕が入っているところから。


「ばぁー!」

「何してるの?」

「アンタのところに行きたかったから、ここに来た」

「コタツから出ればよくない?」

「寒い!」

「そうですか……」

「よいしょ、よいしょ……」


 完全に顔を出して、そして体を出して、僕の隣にやってきた。


「ここでみかん食べる」

「なぜここで……」

「アタシ、いっぱいみかん食べるから、アンタにいくつ食べたのかをカウントしてほしいから」

「さっき数を報告したら蹴られたんですけど……」

「気が変わった」


 なんて勝手な。じゃあ僕、さっきはなんで蹴られたの?


「カウントするって、どうやって?」

「食べさせろ」

「……」

「あーん、ってね。早くしろ!」

「分かったよ……」


 気分が変わりやすい彼女。やけくそでやってあげた。


「あーん……」

「あー……。ん……おいひ……」

「あのー……」

「ん……?」


 僕の指を舐めてきている彼女は、何もなかったかのように不思議そうな顔をしていた。


「指を舐めないでくれるかな……?」

「ひゃだ……」

「や、やめようね」

「らめ……」


 なんかエロく感じるのは僕だけだろうか。


「もう一個……みかん……」

「はいはい……」


 頬が赤くなっている彼女の要望に応え、もう一個みかんを食べさせてあげた。彼女、自分でやってて恥ずかしくなってるだろ。だからそんなに赤くなっているのだ。


「おいひ……」

「……」

「指、ベタベタだね……」

「誰のせいだと思ってるの……? それと蝶番さん、ほっぺたすごく赤いよ……。僕をからかおうとして、無理しなくていいのに……」

「ぐぬぬ……」


 悔しくなったのか、突然僕に寄り、抱きついてきた。悔しくなるのは分かるけど、流石にボディタッチでここまでするとは思わなかった。彼女、あんまりこういうことはしないタイプだから……。なお、暴力は別である。


 そして耳元で、囁いた。


「実はね……両親が、隣の部屋にいるんだ……」


 僕も赤面してしまった。そして汗が止まらなくなった。


「オタクー? 顔赤いよー?」

「僕、帰るよ……!」

「嘘だよー、そんなわけないじゃーん!」

「な、なんだ……よかった……。気まずすぎてどうしようかと思ったよ……」

「まあ、数分後に帰るって、連絡が入ったんだけどねー!」

「帰りまーす!」


 恥ずかしいとかそういうんじゃない。帰らなければならないという使命感と、ご両親に見られてはならないという危機感が、僕の帰る足を早めたのだった。




———————————————————————




 金城さんはお正月SSで書きます。ネタバレですがお酒飲ませて酔わせます。


 それと少しだけ遅れます。すみません。それでは、良いお年を……。

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