クリスマスSS 綾とのクリスマス

「さあ! ジングルベール! ジングルベール! 鈴がー鳴るー! 今日はー! 楽しいー! クリスマスー! クリスマスなんだよー、オタクくーん!」


 小鳥遊さんのクリスマスパーティーに招待された。


「あ、ああ……。今日は12月25日だね……」

「そうなんだよー! ジングルベール! ジングルベール! 鈴がー鳴るー!」


 楽しそうに歌う小鳥遊さんは、僕が自宅に来てくれたことが嬉しいのか、スキップをしながら廊下を進んでいく。ウキウキで、ランランラン、みたいなそんな感じ。


 季節は冬となり、雪もちらほらと降り出したころ。冬の定番イベントとして、このクリスマスが挙げられる。赤色を基調とし、白色のラインやモフモフを入れたサンタクロースのコスチュームが、街で大量に発生する日。


 ウジャウジャとな。


 なんか虫のように聞こえるけど、決して僕はそんなことを思っているわけではない。早とちりもいいところだな。あんまり憶測で物事を判断しないで欲しい。


 え? 判断していないって? それに、先に『虫のよう』だと表したのは僕だって? おいおい、それだと僕が本当にそう思っちゃってる感じになるだろ?


 やめてくれ。小鳥遊さんは虫なんかじゃないんだ。彼女は可愛い女の子なんだから。


「それよりも……小鳥遊さんのその格好は……」

「え、これー?」

「うん、それ。そのコスチュームさ……」

「もしかしてオタクくんって、サンタクロースという人間を知らないのー!?」

「知ってるよ!」


 思いっきり突っ込んでしまった。考えれば、ここは小鳥遊さんの家。あんまり大声は出さないようにしよう。普段から出してはいないのだけれど。まあ、注意しておく。


「じゃー、何ー?」

「そのサンタコス……色々と際どいというかさ……」

「際どい……。そうかなぁ……?」


 純粋な疑問を持っている。……ように思えた。しかし彼女は純粋な疑問なんて持っておらず、それよりももっと僕の予想をはるかに超える考えを持っていた。


「んふふー……!」

「あ、あのー、小鳥遊さん……?」

「た、と、え、ばー!」

「へ?」

「例えば、どこが際どいのか教えてー!」


 は?


「ほらー! オタクくんはボクのどこが際どいと思うのかー! 具体的にー! 教えて欲しいなー!」

「え、なんで……」

「んー? 別にボクは際どいとは思わないけどねー! このサンタコス、オタクくんが考えている際どいの基準のどこくらいなのか、ボクは知りたいもん!」

「知ってどうするのさ……。知ったところで……」

「だってねー? オタクくんの基準ではかってくれないとー、この格好のままで外に出るかもしれないでしょー?」


 なるほど。つまり本当に際どいのであれば、外にすら出られない。


 しかし小鳥遊さんは、この格好を際どいとは思っていない、ということだ……。だから僕に、どこがどう際どいのかを聞いている……。


 いや、僕じゃなくても良くね?


「外に出るなら絶対に際どいよ、それ……」

「だからどこがどんなふうに際どいのかをー! 教えてー! オタクくーん! ボクが警察のお世話になってもいいのー? そしてこの格好に興奮した警察が、ボクに色んなことしても、いいって言うのー?」

「それは絶対に嫌だ!」


 あ。やべ、大声出しちゃった。


「ふーん? 嫌なんだねー!」

「ぐっ……」


 ニヤニヤとしている小鳥遊さん。


「嫌ならー……言えるよねー……?」

「う、うん……」


 ごくりと唾を飲み込んだ。小鳥遊さんの囁きに、僕は意外と弱いのだ。


「あ、あの……」

「うんうん!」

「えっと……」

「うん!」


 すごく嬉しそう。僕で楽しんでるな、完全に。でも可愛くて全部許せる。それに、際どいなんて言い始めたのは僕なんだ。彼女に乗ってあげよう。


「ふ、太もも……」

「太ももとー?」

「ぐぅ……」


 気づいてるじゃん。『太ももとー?』と聞いているのは、どこか他の部位に際どいところがあると分かっているからだ。


 なんてイジワル。なんてズボラ。


 でも、可愛い……。ついに僕は言う。


「む、胸……です……」


 恥ずかしい。顔の表面が熱い。体も熱い。なんだ? 風邪か? こんな時期にひく風邪なんて聞いたことないぞ? それに鼓動も早い。一回一回が強くて、速くて、響いてくる。苦しいほどに。


「はい、よく言えましたー!」

「……」

「オタクくんは素直でいい子だねー!」

「……」

「よしよしー!」


 頭を撫でてくる。気持ちいい。


「さてー! そろそろクリスマスパーティーをしよっかー! 二人っきりでねー!」

「……」


 さっきから無言だな、僕。


「じゃあ、行こっかー! 廊下で話しているのもアレだからねー! 奥のにあるボクのお部屋に行こー!」

「うん……」


 やっと返事ができた。


 際どいサンタクロースのコスチュームを着た女の子は、僕の手をしっかりと握って、グイグイと引っ張るようにして道案内をしてくれた。ちなみにその時の手の繋ぎ方は完璧な恋人繋ぎ。やばいまた熱くなる。意識してる証拠だ。


 はぁ……。


 なんだか小鳥遊さんに敗北した気分になった。少し悔しい。


 ところで、そのコスチュームは寒くないのだろうか。それが一番気になるぞ……。



 ****



「……すご」

「でしょー! このケーキとかもおっきくてねー! ちゃんとボクのおうちにいるパティシエさんに作ってもらったんだよー!」

「うん、すごくおっきい。それにすごくキラキラしてて、なんだか眩しいな……」

「お部屋を大量に飾り付けしたからねー! 多分光が反射しちゃってるんだと思うよー?」

「うん……」


 眼鏡を外し、目頭を押さえる。あまりにも眩しいものだから、少しだけ困る。


「あ……」

「ん? どうしたの、小鳥遊さん?」

「もしかして眼、痛い?」

「いいや、別に痛くはないけど……。目が慣れてなかったから、ちょっとキツかっただけだよ……」

「大丈夫だよ、無理しなくていいよ?」

「ああ、うん……」


 僕の反応から、せっせと飾りに手をつけた。せっかくの飾り付けを取ろうとしているのだ。彼女がクリスマスパーティーだからと、準備してくれた飾り付けなのに……。


 なんか、申し訳ないな……。それに、情けないな……。


 すると小鳥遊さんは、何かに気付いたのか『ハッ』という声を漏らした。


「そうだ……!」

「え、何?」

「照明! そっか、ボクがセットした異常な数の照明が原因なんだねー! だからキラキラしすぎてるんだねー!」

「なんでそんなに照明を……」


 そんな疑問を彼女に聞くまでもない。おそらくは、パーティーで張り切っていたからか……。


「これとー、これとー、これ!」

「随分と大きくて、どれも高価そうなものなんだね」

「うん! ボクが『ゴージャスな感じにして!』って執事とメイドさんに頼んだら、こんなに輝く感じになっちゃったのー!」

「それ、どう? 重くない?」

「大丈夫ー!」


 見るからにぐらついている。三台をいっぺんに持とうとする女の子なんてどこにもいないぞ。


 ぐらぐらぐらぐら。絶対に持てないと思う。小鳥遊さんなら尚更だ。


 今にも崩れてしまいそうな照明器具。そして倒れてしまいそうな小鳥遊さんの華奢な体。流石にそれを一人で持っていくのは不可能。僕が助けてあげようかな。


「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ー! ……って、うわぁー!」

「あぶない!」


 ギリギリで倒れそうだった彼女を照明器具の方……前方から、僕は受け止めた。照明器具も壊れたところなさそう。それよりも、彼女の怪我とかは……。


「あぶなかったね。無理しなくていいよ?」

「ん、んぅぅ……」


 彼女の顔が赤い。赤く赤く、染まっている。


 え、僕、何かしました?


「あ、あの……だい、じょうぶ?」

「んぅ……大丈夫……。だけど……」

「だけど?」

「えと……その……。手……」

「手?」


 小鳥遊さんは真っ赤な顔で言う。


「お尻……触ってる……!」


 すぐに手を離した。



 ****



「オタクくんのエッチー」

「偶然だったんです」

「絶対にわざとー」

「わざとじゃないです」

「嘘だー」

「嘘じゃないです」


 さっきからこのやりとりを延々と繰り返している。小鳥遊さんの部屋は畳が敷いてあり、そこに一つの大きな机がある。座布団に正座をしてこの会話をしている。


「むぅー! 潔く、わざとやりました、と言いなさい! 強情な男の子は嫌われちゃうぞー! さっきまでは素直だったのにー!」

「そりゃあね、わざとやった、なんて言えば、僕は完全な性的犯罪者として蝶番さんや金城さんに言うでしょ? それに、そもそもわざとじゃ……」


 ガバッと、僕に覆いかぶさってきた。びっくりした。


「え、小鳥遊、さん……?」

「むぅ……!」

「何か……?」

「ボクとの二人きりのクリスマスパーティーなのにぃー! 今はボクとの時間なのにぃー!」

「……」

「他の女の子のこと考えるなぁー!」


 覆いかぶさった状態で、全体重を預けて、僕を押し潰そうとしてくる。決して重たくはないし、押しつぶされることもないのだけれど、しかしそれでも、なんか嫌だ。


「やめてよ、小鳥遊さん……!」

「うりゃー!」

「ちょっ、やめて……!」

「このこのー!」

「あっ! 眼鏡が!」

「えっ!?」


 眼鏡が外れてしまった。それに気付いた小鳥遊さんは、すぐに攻撃を止める。


「はぁ……もう……」

「ご、ごめん……」


 また顔が赤くなっていた。


「眼鏡眼鏡……」

「待って……!」


 小鳥遊さんはもう一度僕に覆いかぶさろうとしてくる。……と思ったのだが、そうではないらしい。


 覆いかぶさるというよりは、優しく抱きしめようとしてくる感じ。


「ぎゅー……」

「あの、小鳥遊さん……?」

「今日はボクとのクリスマスだよー……? どうせ今年もオタクくんボッチだろうと思ったからねー……。誘えてよかったよー……」

「う、うん……」

「少し……このままで……。いいでしょ……?」


 コクリと頷いたところで、日没となったのだった。25日が終わる。




———————————————————————




 蝶番さんのお話は大晦日に……。しばしお待ちを……。

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