第35話

 さて、何日か寝て起きたら、すぐにテストは当日となった。時間の流れは早いものだと感じる。


「オータークーくーん!」


 後ろからの声に反応した。小鳥遊さんの声。オタクくんという僕の名前(本名ではない)を呼ぶのは、今の所だと小鳥遊さんしかいないため、その名前を呼ばれた時点で、小鳥遊さんが僕に対して言っていると簡単に分かる。


 振り向いて彼女の方を見る。登校中、もうすでに校門を通り、昇降口にまで来ている。距離があったが、彼女は駆け足で僕の隣に来た。


 ニコニコの笑顔。周りにいる生徒たちは随分と憂鬱そうなのに対して、小鳥遊さんはそれが見られない。ここまで笑顔になるということは、彼女はテストというものが好きなのだろうか。


 いいや、そんなことはない。第一テストが嫌だから僕に勉強を教えて欲しいと頼んできたのだろうが。もうそんなことも忘れたのかよ、僕。流石に物覚えが悪すぎる。つい最近のことなのにな。


 ああ……。多分、勉強していたからだろう……。頭にできるだけ詰め込んだからなのだろう……。そうしなければ、テストでいい点など取れないのだからな……。そうしなければ、僕はあの男に勝てないのだからな……。


 まあ、まだテストすら受けていないのだけれど。


「オタクくんー? 今日はいつにも増して暗い感じだねー? 何かあったー?」

「別に……。何も……。暗いのはいつもだから」

「そうー? なんか『ズーン……』って感じだよー! いつものオタクくんじゃないみたいー!」

「そうかなぁ……?」


 朝から元気だな、この子。


「あー! 今日はテストだから、気分が乗らないんだねー? まさかオタクくんがそんなにメンタルの弱い男の子だとは思わなかったなー!」

「気分……気分ね……。乗らないというよりは、乗らせないようにしているんだけど……」

「んー? 乗らせないように?」

「うん。気分が乗ったり、調子に乗ってしまったりするとね、その分だけ油断が生じてしまうのさ。これはどんなことでもあること。今日はそういう油断が生まれないようにしないといけない日だからね」

「ほ、ほほぉー……。ほほぉー?」

「分かってないでしょ」

「んー。つまりオタクくんは、わざとやってるってことだねー?」

「そういうこと」


 うんうん、と何度か頷く小鳥遊さん。……本当に分かってるのだろうか。


 一応彼女にも言い聞かせてみた。


「要するに、油断は禁物だよ? 今日はテストなんだし、小鳥遊さんも気をつけないとね」

「うんー? ボクは大丈夫だよー」

「気をつけないと、いけないよ? 分かった?」

「は、はーい……」


 おっと、言い聞かせるつもりが、なんか指導しているみたいになってしまったな。失敗失敗、彼女の気分を害してしまわないか心配だ。気分が乗らないようにしなければならないが、しかしそれでも、少しはいい気分にした方が良い。


 これがベストパフォーマンスを生み出すのだ。この理論も全て、『施設』で教わった。


 癪だが、納得せざるを得ない理論だ。現に、僕がそれに則って、実践しているのだから。


 教室に上がり、ついにテストが始まる。



 ****



 テストが終わり、何日か経った。当然授業中に答案用紙が返却される。クラスのみんなは歓喜する者もいれば、嘆いている者もいた。それに、点数を競い合っているような会話が聞こえる。


 やめてほしい。そんな者で競い合わないでほしい。どうせそんな点数は、自分の成績に少ししか反映されていないというのに……。最低限の点数を取っていれば、それなりに内申点はいいというのに……。


 今思えば、ほんとうに馬鹿馬鹿しいと思う。どうしてテストの点数なのだろう。


 本当に、馬鹿馬鹿しい……。


 その日の放課後、全ての答案用紙とテストの点数が表示されている表を持って、二年D組の教室に向かった。


 なぜか小鳥遊さんたちが付いてきているが、別に気にはならなかった。



 ****



「嘘、だろ……!?」


 剣崎くんは、僕の点数表を見て驚く。まあ、無理もない。


「は、はぁっ!? おかしいだろぉー! てめぇ、こんな点数があり得るわけねぇだろ!」

「うるさいな、君は……。あんまり大きな声を出さないでくれるかい? 他の教室には、文化系の部活動が使用しているんだからさ」

「んなこと気にしてられるか! 何をしたんだよ、てめぇ! 何をしたらこんな点数になりやがる!」

「いや、だからうるさいって……」


 教室中に響く剣崎くんの声。うん、うるさい。非常に、異常に、過剰に、うるさい……。


 この男は『静かにする』という動詞を知らないのだろう。だからこんなに僕が言っても、何も変わらず、あいも変わらず、うるさいままでいるのだ。


 いい加減ムカついてくるな、コイツ。


「ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ!」

「ありえるんだよね、これが」

「何をしやがった……」

「ん?」

「何をしたって聞いてんだよぉ! とっとと答えろ、クソ眼鏡ぇ!」


 あー、うるさい。マジでうるせぇ。イラつく。ムカつく。


「別に何もしてないけど?」

「あぁ……?」

「だから、何もしてないんだよ。何にもね」

「てめぇ、マジでふざけてんじゃねぇぞ! 何もしてねぇなら、地頭じあたまでこんな点数になるわけねぇだろぉがぁ!」


 うるさいなぁ、コイツ。マジで一回、本気でぶっ飛ばしてやりたい。


 剣崎くんは、未だに大きな声を出し続けている。


「地頭で、とか、あり得るわけねぇだろうがぁ!」


 あんまり個人情報を漏らさないでほしい。


 後ろにいた、というか、教室の出入り口で三人で固まっている小鳥遊さん、蝶番さん、金城さんの方を見た。


 彼女らも驚いた表情をしていた。

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