第36話

 全教科において最高点数。二年生において最高点数。それに影響して、二年生内での順位も一位。当然である。


 さて、剣崎くんがこんなにイライラしてる中、僕の後ろの辺りで小鳥遊さんたちがヒソヒソと僕のことについて話しているのが聞こえる。僕の点数、それも全ての教科での、それぞれの点数。剣崎くんの言う、全教科満点。


 つまりは、全てが100点。全ての教科で、100点。


 全ての答えが正解。逆を言えば、全ての答えで不備がないということ。全ての答えに間違いなどなく、全ての答えが完璧であるということ。


 剣崎くんはどうしてこう追求してくるのだろうか。別に僕は嘘をついているわけではないのだけれど。本当のことを、事実を、真実を、ありのままに話しているだけなのだが。


 どこにそんな疑問が生まれるのだろう。


 だって簡単なことだろ。僕が100点を取った。ただそれだけ。別に何もしていない。同じクラスの生徒や、他のクラスの生徒とも同じ条件下で、同じ状態で、僕はテストを受け、そしてその点数が100点というだけ。


 何がおかしい。何もおかしくはないだろ。だって誰でも頑張れば取れてしまう点数だろ。剣崎くん、君にだって取れる可能性はあっただろう。小鳥遊さんでも、蝶番さんでも、金城さんでも、誰にだって取れてしまう可能性はあるだろう。


 僕にだって、その点数を取れてしまう可能性はある。今回はその可能性を見事に引き当てたということだ。


 剣崎くんは僕を睨んでくる。ずっとずっと、睨み続けて、僕を親の仇とでも思っているのかは分からないけれど、殺意を持っているのかは定かではないけれど、とにかく僕を睨み続けている。ああ、殺意ではなく敵意はあるのだろうな。


「はぁ……」

「なんだよ、クソ眼鏡ぇ。こんな点数が地頭で出せるわけがねぇんだよ! 何か仕掛けがあるはずなんだよぉ!」

「ったく、うるせぇなぁ……。だから言ってるだろ? 僕は何もしてないんだ。君が言っている通り、地頭で全教科で満点を取ったのさ」

「んなことがぁ……!」

「いい加減理解しろよ」


 僕は剣崎くんに寄り、しゃがみ込む。これで目線は同じようになった。圧倒的な眼力で圧をかけ、彼を少し黙らせる。


「仕掛け? んなもんねぇよ?」

「ぐっ……!」

「地頭で取った。ただそれだけのこと。ああ、もしかして君、僕がなんの対策もしないとでも思ってた?」


 剣崎くんは黙る。


「でもさぁ、君にだって100点あるじゃん。まあ数学だけの一教科。100点取ってるじゃん。他はどれも高得点のラインだけど、100点ではないけどね」

「ッ……!」

「君からふっかけてきたこの勝負。内容は覚えてるよね? 点数が一番高い教科で比較するという単純で、明快な勝負。もし同じ点数だったらどうなるのかなー?」


 何も言わない剣崎くん。


「同じ点数だった教科以外での比較をするはずだよ?」

「ククク……」

「ん?」

「俺はその場合の話は一切してねぇ! つまり引き分けってことだぁ! ざまぁ!」


 彼の髪を掴んで上に引っ張った。頭が持ち上がる。


「じゃあこの勝負、引き分けでいいよ? なら二回戦に入るだけだ。数学以外の教科で一番高い点数言えよ」

「勝手に始めてんじゃねぇ! さっきので勝負は終わりだぁ!」

「はぁ?」


 もっと強く引っ張って、もっと高く頭を持ち上げた。


「勝手に始めたのは君だろ? 勝手に勝負をふっかけてきたのは君だ。勝手なんだよ、君は。なら自分が勝負をふっかけられても文句は言えないはずだろ? 早く点数言えよ」

「ぐっ……!」

「はぁ……」


 往生際が悪くて腹が立つ。


「絶対に勝てると確信して止まなかった君は、油断してた。なぜなら君はただ覚えるだけだからね。どうせ理事長……君のお父さんにでも頼んで、一教科だけ、数学のテストの答えを事前にもらっていたんだろ? だから100点が取れた。違和感だったんだよ。ただ運が良かっただけなのかも知れなかったけど、今回のテストはかなり難しかった。他の点数は高得点だけど、かなり難しかった数学だけが100点。なんか変だと思ったよ。まあ、そんなことははっきり言ってどうでもいいことなんだけどね? 君がどれくらい頑張って勉強したのかは分からないけど、もし仮に君がそんなズルをしても、結局は同点になっているわけだし、君の頑張りも君の策略も、全ては無駄になったってわけだしね」

「……」

「君も頑張って僕に対抗したんでしょ? でも残念、君は僕には勝てないし、僕は君に絶対に負けないのさ。だって全教科で満点さえ取ってしまえば、負けることなんてないでしょ? だから僕、頑張ったのさ。ああ、君は未だに信じてないのかも知れないけど、本当に地頭でやったからね。テストの答案を事前にもらうことなんてできないし、そういう関係の人は……まあ、いるっちゃいるけど今はあんまり連絡とってないし」

「……」

「とりあえず! この勝負は一旦終わって、二回戦といこうか! 君の点数表からだと、英語かな? 94点! すごいね! 高得点だよ! 僕は100点! どっちが高いのか一目瞭然だ!」

「……」

「はぁ……」


 立ち上がり、見下すようにして言う。


「僕の勝ちだ。約束は守ってもらうぞ」


 ああ……。なんだろう、すごく虚しい。


「オタクくん……!」

「ん? ああ、小鳥遊さん。ごめんね、ほったらかしにして……」

「ううん……。でも、蓮くんが……」


 床に手をついて絶望している剣崎くんを悲しそうな目で見ている。そういえば、小鳥遊さんと彼は幼なじみだったのだっけ。少しは心配くらいはしてあげられるのだから、彼女は苦手と言っていた割には、それなりの仲だったのだろう。


 彼の近くに歩み寄っていく小鳥遊さん。


「蓮くん……。蓮くんがボクのことを好きなのは嬉しいよ? でもね、ボクの初恋の男の子を悪く言う人を好きにはなれないよ……。ごめんね、蓮くん……」

「うぅ……」


 小鳥遊さんの言葉は、かなり小さな声だったため、あんまり聞こえなかった。聞こえたのは『ごめんね』あたり。


 剣崎くんは突然立ち上がり、無言で走り去っていった。どこに向かうのかは分からない。


「さあ! 色々あったけど帰ろっか、オタクくん!」

「ちょっとー? ウチらもいるんですけどー?」

「そうなんですけどー?」

「うん! じゃあ、みんなで帰ろっか!」


 そうして色々あった一日は終わったのだった。


 後日、理事長に呼び出しを食らった。

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