第34話

 放課後。


 あと数日でテスト本番。もうその辺りまで迫ってきている。その数日間で、僕は小鳥遊さんたちにどれほどの情報を教えることができるのだろうか。テストで出てきそうなところばかりを重点的にやることも一つの策だが、しかしそれは絶対に出るということでもない。


 単なる推測、憶測に過ぎない。どんなに賢くて、頭のいい人間であっても、超能力を使えるような人間でない限り、未来を予知できるなんて事象は存在しないのだ。それは僕も同じで、テスト当日はどんな問題が出てきて、どんな意地悪なひっかけが来るのか分からない。


 なら、絶対にその問題が解けるようにしたいのであれば、ただ重点的にやるのではなく……。


「全てをやってしまえばいい……」


 まさにおバカで要領の悪い理論。いや、暴論というべきか。乱暴に論を述べているからな。でも道理に外れているわけでもない。この場合はどのように表現するのだろうか。


 僕の思考は、それを無駄なことだと断定し、すぐに違うことを考える。


「でもさー、オタクっちは大丈夫なのー?」


 金城さんが聞いてきた。僕は反応する。


「え? 何が?」

「オタクっちの自分の勉強ー! ウチらばっかりにつきっきりで、自分の勉強はどうしてるのかなー、って思ったの!」

「自分の勉強ねぇ……」


 そういえば、僕は勝負を挑まれていたのだった。あれ? 夜中、ベッドの中で勝負についてを考えていたのに、すぐに忘れていることに気づく。ヤバいな、僕。最近、記憶の大幅な一時的消去が多いぞ。全く、この頭は……。


 ゴツン、と拳を当ててみた。


「何してるのオタクっち……」

「今、記憶の整理整頓をしてるのさ。あ、もしかして僕のこと自傷行為の激しいヤバいやつって思ってる?」

「うん……」


 認めないで欲しい。否定はないのか。


「いや誤解だから。そんなに悲しい目で見ないでよ」

「……でもねぇ。元々オタクっちってそういう特殊な癖を持つだって前から思ってたし……」

「思ってたんかい。ひどいな」

「嘘に決まってるじゃん!」


 教えるのは疲れる。そんな疲れている僕の背中を、金城さんは手のひらで優しく叩いてくれた。疲れは背中の衝撃で、少しばかり飛んでいく。


 もう『叩いてくれた』って思ってる時点で、だいぶ特殊な癖を持っていそうだけど、それは表現の一つであって、言葉のあやであって、決して僕自身がありがたいなんて思ってはいない。


「で、自分の勉強はどうなの?

「ああ、うん。ちゃんとできてるよ?」


 嘘をつくな。何もしてないだろ。


「? どうして?」

「ウチらに勉強教えてくれてるじゃん?」

「うん」

「ウチらは勉強できるけどさ、オタクっちはあんまりじゃん?」

「うん」

「それでね……」

「うん」

「なんかさ……オタクっちの大切な時間を奪ってるみたいで、最近はずっと迷惑かけてると思ってたからさ……」

「迷惑だなんて思ってないよ。僕は金城さんたちが頑張ってくれる姿を見るのが好きだから、教えてる僕も、いわば自分から参加しているみたいだし」

「そっか……。ならよかった!」


 思いやり。心配。金城さんは僕のことを考えてくれるから、好感が持てる子だ。別に小鳥遊さんと蝶番さんに好感を持っていないわけでもないが、金城さんに関しては、ずば抜けて僕の心配とかをしてくれる。


 たまに、わがままになることもあるけど、彼女の好感が全てを帳消しにしてくれる。なんだろうな。わがままのギャップがそれをまた大きくしてくれているのだろうか。


 さて……。三人にも、僕のあの暴論を聞いてもらおうかな……。


「ねぇ、三人とも……?」

「何ー?」

「なぁに?」

「何よ?」


 ……。別に、彼女らに強制するべきことでもないか。やっぱりやめておこう。


「いいや、なんでもないよ。ごめんね? なんか急に手を止めさせちゃって……」

「なんでもないならー、みんなを止めちゃダメー」


 小鳥遊さんが、僕の手を持ち上げて、それを自身の頭に乗せた。そしてそれを器用に動かし、自分自身で撫でさせる。そう、これはセルフ撫で撫でというもの。……セルフ撫で撫でってなんだよ。


 というか、なんでそれをするんだよ。


「あー! 綾だけ勝手にやるなー!」


 金城さんは立ち上がり、即座に僕の後方に移動した。


「ウチもご褒美ー!」


 あ、これご褒美なんだ……。


 金城さんは当然ハグをしてきた。はぁ……。蝶番さんの提案してくれた、ご褒美計画。彼女たちはこれのおかげで勉強のスピードが飛躍的に上昇したが、その反面、なぜかご褒美を何度もねだってくるようになった。


 小鳥遊さんは頭撫で撫で。金城さんはハグ。なら蝶番さんは、肩に頭を置くことをなんと言うのか知らないから、そうだな……首の休憩とでも称しておくか。それをしてくる。


 それもだいたい同じ時に、三人からされるため、僕は三人の要求に応えなければならないのだ。少し時間をあけてそれぞれの瞬間というのを作ったほうがいいと思うのだけれど、一人がやり出すと、連鎖的にもう一人がもう一人が、というふうになってしまうのだ。


 小鳥遊さんから始まり。金城さんで繋ぎ。そして蝶番さんで……。


「ん?」

「は? 何?」

「いや……」

「フン……!」


 なぜかそっぽを向かれた。


 あれ? いつもなら三人にも同調して、僕の肩を獲物か何かと勘違いしてるのかと思うくらいに、獣の如く狙って動くのだが、どうしてか今日は何もしてこない。横にいる金城さんが邪魔をしているというのもあると思うが、そこまで邪魔にはなっていないし、それに邪魔だとしても無理矢理やってくるはずだ。


 なんだろう。どうしたんだろう。


 僕は蝶番さんの手元を見てみる。なぜか彼女は拳を握りしめていた。


「我慢……我慢よアタシ……。どうせ塾でいっぱい甘えられるんだから、今ここでやったら二人に気があるってバレるし、今日のご褒美が全部無くなっちゃうし……! だから我慢よ……! ガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマン〜〜〜……!!!」


 彼女の『うぅ〜〜〜……!!!』という唸る声だけは聞こえた。




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 クリスマスSSは『小鳥遊綾』決定いたしました!要望のあった蝶番さんのお話は『大晦日』と『お正月』に書こうと思います!

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