第33話
勝たないとな……。『勝ち』ということについて、ベッドに入りながら、ずっと考えていた。
勝ちにこだわる人間は数多くいる。自分が勝たなければ終わらない、終わりたくない、勝つまで勝負を挑み続ける、そんな人間がいる。
おそらくそれは遺伝的にも、そして教育によることでも関わってくると思われる。いや、知らない。適当すぎるな。
でも僕の推測が正しいのであれば、本来なら僕もそういう人間性で生まれてくるものであるはずだ。しかし自覚があるように、僕はそこまで他者との勝負にはこだわらない。勝っていようが負けていようが、どっちだっていい。どうでもいいのだ。
だからいつも大人たちに言われてきた。
「勝ちにこだわらなければ、勝つことができなければ、その先のさらなる成長へはつながらない。向上心のない人間なら、なおさらね」
そんなことを言っている大人たちに、僕はいつもこう返していた。
「どうだろうね。成長するかしないか、否、成長したいかしたくないか、最終的にそれは僕が決めることだよ? 結局は向上心によって決定することさ」
そんな僕を、大人たちは口を揃えて『理解できない子』と評価した。決まって一対一の時に、いつもそう評価した。
父は厳格な人間だった。僕は父が苦手だった。母は対照的に温和な性格だった。しかしそれは役員たちの前であれば、というだけであり、実は父と同じくとても厳しい母だった。僕はそのどちらもが苦手だった。
嫌いではない。でも決して好きというわけでもない。苦手、はっきりしているようではっきりしていない、曖昧な表現だ。つまり僕は、両親が苦手だったのだ。
二人ともとにかく厳しい人だった。常に一番を追い求める人たちで、まるで自分のことであるかのように、僕を何でもできる万能なすごい人間にしようとした。
三司高等教育施設は、そういう万能なすごい人間を作るための施設である。
……うん、嫌いだ。これはもう即答できる自信があるぞ。その三司高等教育施設についてどう思うかという質問には、100パーセント『嫌いです』と答えられるな。いつか質問される日が来るのかな? 今のうちに練習でも……。
目を瞑って、さあ寝ようとしているときに、僕は何を無駄なことを考えているんだろう。とっとと寝て明日も頑張れよ。自分による自分への励ましなのに、どうしてこう虚しく感じるんだろうな。ああ、一人だからか。そりゃ虚しいはずだ。
それにしても……。
「小鳥遊さんは、『施設』で教育を受けていたのだろうか……」
疑問を口にしてみた。その疑問の回答が返ってくるわけでもないけれど、とにかく頭の中を整理したくて、口にしてみた。
「僕は小鳥遊さんに会った覚えはない……。だけど彼女は僕に会ったことがある……。それに、僕が『施設』で教育を受けていたことも知っている……」
難しくなってきた。彼女はいつ、一体どこで、僕という存在を確認したのだろう。僕は彼女については何も知らず、彼女はなぜか僕のことについては色々と知っているという、なんだか怖い感じもするけど、別にそんなことを今は気にすることでもない。
重要なのは、なぜ知っているのか。それが一番に重要なことである。
分からない。なぜだ? なんでだ? どうしてだ? 僕についてのあらゆることを知っているのなら、進級したてで初めて会った時に(小鳥遊さんは初めてではない模様)、何か一つくらいは教えてからでもいいのでは、と感じる。
「いつ、どこで、僕に、会ったんだ……」
記憶はない。彼女に似た女の子が、施設内にいたのかなんて、僕が把握しているはずもない。何も覚えてはないし、あの施設でのことは思い出したくない。
思い出したくない……それは、小鳥遊さんについてのことも思い出したくない、ということになるのか? いや、なるわけではないか。そもそも彼女については、記憶のどこかにあるわけでも……。
『あのね……ここ、どこか分からない……』
ん? 今、何か……。
考えすぎて、頭が疲れてしまったのか、僕の思考はそこで強制的にシャットダウンしてしまう。人間は絶対に寝なければならないのだ。睡眠欲には抗えない。
思い出せそうだった記憶を、僕はまた片隅に置いてしまった。
****
いつもの足取りで教室に向かう。重いようで重くない、そんな不思議な感覚がここ数日続いている。なんだろうこの感覚。面倒くさいという意識の現れなのだろうか。しかしそれが本格的に形になると、学校に行きたくないというものに変わってしまうはずだろ。つまり僕は面倒くさいとも思っていないし、学校に行きたくないとも思っていないことが証明されるな。
「おはよー、オタクくーん」
「うん、おはよ」
朝の挨拶から始まる僕の学校生活。一年前は誰とも話すことのなかった学校生活。小鳥遊さんは机から顔を上げて、天井目掛けて腕を目一杯に伸ばす。
「ん〜〜〜!!!」
気持ちよさそうだ。
「あっ! そうだオタクくん! ボクね、昨日のここでの勉強をしてから、家に帰った後にも少しだけ勉強したんだけどね、そしたらなんと、オタクくんがボクの課題として用意していた教科書の範囲を、全部解けちゃいましたー! すごいでしょー?」
小鳥遊さんはノートを開き、僕に見せつけてくる。
「……す、すごいね。まさかこの量を数日でやるなんて……」
「うんうん! オタクくんが解き方を教えてくれたおかげだよー! 感謝なんだよー、感謝ー!」
彼女が見せているノートをヒョイッと取り上げ、確認する。
……うん、文句なし。本当にやっている。途中に書かれている、なぜこの答えになるのかな根拠も完璧に。すごいな。素直に褒める。
「素晴らしいね、小鳥遊さん。これならテストでもいい点取れると思うよ。人は頑張ればできるんだよ?」
「うん! オタクくんのいう通りー! とにかくボクはこの課題を全てやり遂げましたー!」
「うん、やり遂げたね」
「だ、か、らー!」
「だから?」
上目遣いで彼女は言う。
「ご褒美……もっと、欲しいなぁ……」
僕はすぐに頭を撫でてあげた。もちろん長時間で。
「えへへ……! 放課後も頑張るから、もっともっとしてほしいなぁ……!」
「うん……」
可愛すぎてヤバい。表現できないぞ、この気持ち。
小鳥遊さんと僕がいつ会ったことがあるか、なんて疑問については、今この状況では何も思考できなかった。
とにかく僕は彼女を撫で続ける。
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