第32話

 三司みつかさ高等教育施設。


 先に述べておくが、僕はここが大嫌いだ。嫌いも嫌い。大嫌い。わがままにものを言うクソガキに思えるが、そうなっても当然なくらいに、僕はここが大嫌いなのだ。


 そんな、僕が大嫌いな場所を小鳥遊さんの口から聞けるとはな。この子は一体、僕のどこまでを知っているんだろう。経歴とかもおそらくは知っているはずだ。そうでなければ、僕が施設内で一番の成績であったことなんて、知るよしもないのだから。


 彼女についてはテスト明けで色々と教えてもらおう。今はテスト勉強を頑張らねば。


 しかしなぁ……。三人も受け持つと言うのは流石に僕としても疲れが出る。蝶番さんは教えててスラスラと解いてくれるから、表現が悪いけど、なんというか扱いやすいというか……。他の二人はかなり手こずっているのだ。


 放課後。また行われた勉強会にて、蝶番さんに何かいい案やアドバイスをもらおうと、ひそひそ声で聞いてみた。


「蝶番さん……」

「何よ?」

「何かいい案とかない?」

「は? どういう意味よ?」

「いや、小鳥遊さんと金城さんがもっと頑張ってくれるような案。アドバイスをお願いしたいんだけど……」

「そんなもん自分で探しなさいよ。何でアタシが……」

「思い付かないのです。お願いしたいです」

「えぇ……」


 ジト目で、何やら僕を呆れた様子で見てきた。


「アタシも思い付かないわよ。そんな急に振られても、答えられるかっての……!」

「蝶番さんは実はアドリブに弱いって知れたよ」

「うっせ」


 軽く肩をパンチされる。痛くはない。


「じゃあ、逆に蝶番さんはどう?」

「え、アタシ?」

「うん。蝶番さんが、こういうことしたら勉強頑張れるなー、っていうのとかは?」

「うーん。普通にご褒美、とか?」

「ご褒美ね。分かった、実践してみる」


 つい話しすぎてしまい、完全に二人の方をほったらかしにしちゃった。僕と蝶番さんの会話を、小鳥遊さんも金城さんも、明らかに不満そうに聞いていた。


「二人とも勉強はー?」

「するよ。というかしてるよ」

「今、絶対にしてなかったけどね……」

「あははー……」


 笑って誤魔化せることではない。


「さてと……。小鳥遊さん! 金城さん!」

「「はい!」」


 元気の良い返事。ああそうか。さっきの話の一部始終を聞かれているのだったな。それだったらそうだよな、『ご褒美』という単語が出てきているのだし、そんなにいい返事で反応するのは普通か。


「えー……あのー……まあ、今もものすごく頑張ってると思うんだけどね? そのー……もっと頑張れるように、というか、もっと勉強できるように、というかね……」

「渋ってないで早く言ってよ、オタクっち!」

「そうだよー!」


 囃し立てられたため、その気になった僕は早々と結論を言った。


「もっと頑張るために、何か僕にして欲しいこと、ないの?」


 二人は同時に手を上げて、そして同時に要求を言う。


「頭撫で撫でー!」

「ハグー!」


 何でだよ。何でそうなる。まあ、彼女らがそれでこれから頑張ってもらえるなら、やってもいいか。


 それに……。


 どこか、僕も彼女らと触れ合いたい、と思っているところがあるし……。



 ****



 その後はものすごいスピードだった。今までのペンの速さがもはや過去のものであるかのような、それほどまでにとんでもなく速い。見てるこっちが圧倒されるほどだった。まさかこんなにも効果があるとはな。かなり有効的だ。それに即効性もある。これからもやっていこうと思う。


 スラスラなんてレベルじゃない。もう音に表せないくらいである。それに見たところ字も綺麗だし。なんだこの綺麗なノートは。そしてなんだこの美しい字は。そして何だこの可愛い女の子は。


 あ、それは小鳥遊さんと金城さんか。二人の方を見ながら、そしてノートを立てながら解答を見ていたため、照準がズレて彼女らの顔をガン見してしまった。また気持ち悪がられるな。


「二人ともすご……」

「あれだけのことをしてもらえれば、もうこれからボク、すっごく真面目になってもいいよ!」

「ウチもウチもー! オタクっちに抱いてもらえれば、満点取るくらいに勉強しちゃう!」

「抱くっていう表現はいやらしいのでやめてください」


 コツンとチョップしてやった。


「あうー……」


 金城さん、この子はところどころでアウトな表現をしてくるから怖い。油断していると急なところで、爆弾発言をぶち込んでくるからな。警戒しないと。それを指導するのは僕の役目だ。


 なぜなら他の二人は、そういう下品なものには耐性がないため、突っ込もうかよそうかを躊躇しているからだ。なら必然的に……そう、僕がやる。それに女の子にその役目をさせたくはない。


 僕だって気が利かないわけでもないのだからな。察しは悪くても、ある程度のことは感づく。


「……」


 殺気。そしてすごく視線を感じた。


「何かな、蝶番さん?」


 僕はその人本人の方向に体を向かせ、優しく聞いてみるものの、謎の殺気を放っている以上、やはり返答はなかった。


 なぜ? どうした、なんで分からない。察しは悪くても、ある程度は……とかほざいてただろうが。何で何も分からない? 気付けない?


 僕が……気付こうとしていない、のか? もしかしたら、そういうこともあるのだろうか。そもそも自分のことだって、そんなによく分かってないのに……。


 彼女に睨みつけられている僕は、ようやく彼女の主張に気づく。


「ああ、蝶番さんもご褒美とか、ほしい?」

「ん……!」


 塾の時と同じように、肩に頭を乗せてきた。最近はこれがお気に入りらしい。


 彼女の頭を肩に乗せながら、三人の勉強を見てあげつつ、自分の勉強のことも考えた。かなり呑気にしていて、自分の退学がかかっているテストが、もう来週というのに、大丈夫だろうか。


「まあ、大丈夫だろ……」


 少しくらいは本気を出そうかな。そう思い、彼女らに寄り添った。

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