第10話

 ふむ。なるほど、僕の頭撫で撫では効果がなかったということだ。


 いや、なんで? あんなこと、大体は彼氏彼女というお付き合いの関係にあたる人間のすることだ。僕と小鳥遊さんは全くそんな関係でもなんでもないし、ましてやあんなことをするほどに仲が良いとも言えない。僕はそう思っている。小鳥遊さんの方は知らん。


 とにかく僕のやったことは失敗という結果になったのだ。僕みたいなクソ陰キャに頭を触られて、怒らないというのは、一体どういうことなのか。それも知らん。


「うぅー……!」

「……」


 唸り声が聞こえる。未だに小鳥遊さんは顔を手で覆っていた。しかもそのままで僕の横にくっついている。それ、前が見えないと思うんですけど……。


「うぅ……! うん……! ん……よし……!」


 と思ったが、ようやく可愛らしい顔が露わになる。少しだけ赤くなっているような気もするが、別に風邪でもなさそうだな。


 ならなんだよって思うけどね。気にすることではないから、追求はしなかった。


「オタクくんっ!」

「はい? なんでしょうか?」

「さっきのー! さっきのアレー!」

「アレ? ああ、頭撫で撫でかい?」

「そうそれー! よくもボクの頭を撫でたなー!」

「嫌だったの?」

「全然嫌じゃないけどさー! 突然されたら、ビックリするものだよー!」

「なーんだ、嫌じゃなかったんだ。結局は意味のない行動だったんだなー……」

「意味のないだとー!? ふざけるなー! ボクの頭を撫でておいて、そんなことを言うなんてー! 許さないぞー! 罰だー! 罰を受けろー!」

「罰って、例えばどんな……」


 すると、僕の手が勝手に動く。というよりは動かされている。小鳥遊さんは巧みなコントロールで、僕の手を自分の胸元に近づけていく。


 しかし咄嗟に力を入れ、それを回避した僕。小鳥遊さんは『しまった!』とでも言いそうな表情だった。


「あっ! ちょっとー!」

「いや、触らないよ? 絶対に」

「罰だよー! ボクの頭を撫でたことを意味のない行動だと言い放った罰だー!」

「罰でも触らないよ」

「どうしてなのー! だって男の子はみんな大きなおっぱいが好きなはずだよー!」

「おっぱいは好きでも、大きさには好みがあるはずだよ」

「じゃあオタクくんはどうなのー?」

「教えませーん」


 ぷくー、と頬を膨らませる小鳥遊さん。なんか色々と表情豊かで可愛いな。


「それより、どうしてそんなに僕に胸を触らせたいんだい? 本当になんでなのか分からないんだけど……」

「教えませーん」

「教えてよ」

「オタクくんの好みのカップ数を教えてくれたら、お返しで教えてあげるよー」


 数ヶ月前にバイト先であったな、この会話。小鳥遊さんのセリフを僕が言ったのだっけ? なら返答は高速で返すのが決まりだ。彼女……金城さんだってそうしてた。


「C以上。はい、教えて?」

「ぐぬぬ……」


 微塵の羞恥心も感じない。周りに人がいるなら、そりゃあ言いにくくはあるが、別に今は違うわけだし。


 というか、小鳥遊さんが悔しそうにしていて可愛いな。


「教えてー」

「せ、赤面させたかったのー!」

「赤面……。赤面?」

「そうだよー! ボクがオタクくんを赤面させて恥ずかしがらせて、からかってやろうと思ったのに、それが、オタクくんに撫で撫でされて、逆にボクが赤面する羽目になるしぃ……」


 ほう。つまり小鳥遊さんが顔を覆っていたのは、ただ恥ずかしくて赤くなった顔を、隠したかっただけだったのか。ふむふむ、納得なっとく……じゃ、ないよぉー!


 つまりなんだ!? 僕に頭を撫でられて、それで恥ずかしくなって赤くなったってことか!? なぁ! そういうことだよなぁ!


 ……ってことは、僕のような野郎にされても、本能的な何かが働くのだろう。


 だが小鳥遊さん。赤面はできなくても、恥ずかしいと思わせることはできているよ。腕に絡め付いてきた時にね。


 頭撫で撫でが効果無しなら、何をすればいいのだろう。しばらくすれば、小鳥遊さんはまた僕の腕に自分の胸をくっつけてくるだろうし。どうすべきが得策なのだろうか。



 ****



 意外とやってこない。それはそれでありがたいことだった。


「わぁー! 可愛いワンちゃんたちだよー!」


 ペットショップにて、ショーケースに入っている子犬たちを見ている小鳥遊さん。とてもはしゃいでいる。


「うん、たしかに可愛いね」

「そうでしょー? オタクくんもそう思うんだねー……って、ちょっ、近いよぉ……」

「ん?」


 身を乗り出しての体勢のため、少々彼女との距離が近すぎたのかも知れない。ボソッと小鳥遊さんが言ったことにより、自然に僕は体を元に戻した。


「……」

「わぁー!」


 少し考えてみた。小鳥遊さんは僕に近づいてこられるのを嫌がるのだろうか。


 やってみた。


「……」


 ズイズイ、と静かにこっそりと。


「ボク、お家でゴールデンレトリバーを飼ってるんだよねー」

「へぇ……」

「あの子も最初はこれくらいの大きさだったんだー。すっごく可愛いんだよー?」

「ふむふむ」


 もはや密着しているくらいだ。ほっぺたとほっぺたがくっつきそうなほどに近づいてみた。


「え、あ、ちょ……」

「……」

「ちょ、ちょっとぉ……」

「……」


 無言で近寄る。なんかストーカーがしそうなことだな。


「ち、近ぁ……。はっ!」

「ん? どうかした?」

「むぅー! わざとやってるなぁー……!」

「へ?」

「ならボクだって近寄ってやるぅー!」

「え?」


 勢い止まらず、遮ることもできず、ただ僕は、小鳥遊さんの唇が迫ってきていることを認識していながら、避ける間もなく、されるがままにされるのを許すように、微動だにしなかった。


 この時は流石に察した僕も顔が赤くなる。完全に彼女にしてやられたと思った。


「はい、ストォォォォォップゥゥゥゥゥ!!!」


 しかし唇は届かない。間に誰かが割り込んで入ってきたのだ。


「二人とも距離近すぎ! というか、二人の時間がウチたちとは圧倒的に違って、鬼長いし!」

「ご、ごめんねー、音葉ちゃん」

「とりあえずもう終わり! ウチの行きたかったレストラン行くよ!」


 またも頬を膨らませる小鳥遊さんがいた。

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