第7.5話 女子トイレでの会話

 女子トイレに綾を連れ込んだ音葉は、あの場から引き上げることに成功し、少しだけ安堵していた。あのままだとすごく気まずくて、もうどうしようもなくなってしまいそうだったからだ。


 大きな鏡の前に、二人はいる。綾は後ろでブレザーのポケットに手を入れながら立ち、もう一人、音葉の方は疲れているのか洗面台に手を突いていた。


 しかしその安堵の時間もすぐに緊張に変わる。綾の質問によって。


「音葉ちゃんはさー、オタクくんのことどう思ってるのー?」


 直球すぎるその問いに、音葉はどう答えるかを考えた。


「別になんとも思ってないよー! 何言ってんのよ綾ー!」

「ふーん」

「なんでそんなこと聞くの?」

「うん、だってさー、音葉ちゃんがあんな感じで熱心にファッションについてボクに話してくるからさー。『オタクくんのためにこうしました!』っていうのが伝わってきてねー」

「そ、そんなわけないじゃーん! ウチはオタクっちのためだけにあそこまでしたわけじゃないよー! イケメンだったら誰でもしちゃうんだからさー!」

「つまりオタクくんはイケメンだということだねー?」


 しまった、とそこで気づくが、もう遅い。


「え、えと……」

「自分好み、とか言ってたしー? イケメンだと思ってるわけだしー?」

「その……」

「本当に何にも思ってないのかなー?」

「……」

「ボク、すっごく気になるなー」


 とうとう音葉は何もできなくなってしまう。しかしそれは違った。


「う……」

「う?」

「ウチは本当に何も思ってないって! でもその……なんというか……そう! 好きな人へのプレゼントとして、誰か男の子に試しで着てもらおうと思ったの!」

「着せ替え人形みたいに思ってるんだねー。つまり『自分好み』っていうのはコーディネートのことで、決してオタクくんに向けたことではなく、実は好きな人に対してのことだねー? 納得納得ー」

「そ、そうだよー! 分かってくれてよかったー!」

「うんうん。ボク、音葉ちゃんがオタクくんに何か特別な感情でも抱いているのかと感じてさー。これは音葉ちゃんの恋バナが聞けるかもー、とか思ったんだよねー。ごめんね、こんなに問い詰めちゃってー」

「もうー、ホントだよー!」


 また音葉は安堵していた。うまく綾に理由づけをできたと思っていた。


 すると綾は突っ込んでいたポケットからスマホを取り出し、画面をすぐに見て反応を示す。


「あ、電話がかかってきたみたいー」

「そ、それじゃ、ウチ先に戻ってるからねー? 瑠璃奈がイライラしてるかもしれないし」

「うん。待っててね、三人で」


 音葉がいなくなったところで、耳に近づけることもなく綾はスマホをまたポケットの中にしまった。電話など、かかってきてなどいなかったのだ。


「うまく誤魔化したみたいだけど、それは自分好み発言のことだけだよ。オタクくんがイケメンだと思っているのは事実なんだね、音葉ちゃん」


 一人で呟く綾。


「まあ、大胆な行動を取っていたわけではなさそうだし、そこまで問題はないかな。取っていても気づかないこともありそうだしなー。オタクくんが鈍感すぎるだけかもしれないけど」


 はぁ……、とため息を吐く。


「とりあえずは双方が牽制状態かなー。機会があればアプローチをかけるとかで、一旦はオッケーだと思うなー」


 うんうん、と腕を組み首を縦に振った。そして……。


「警戒しないとだねー」


 とても重要なことを口にして、綾も音葉に続くようにトイレから出た。

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