第7話
「コーディネートぉ?」
「そう! コーディネート! オタクっちをウチ好みに……ゲフンゲフンッ! 冴えない陰キャを少しでも輝かせるためのコーディネートなの!」
「へぇ。でも音葉ならなんでもイケてる感じに仕上がるのは確定だし、意外とオタクにも似合うかもしれないな。アンタのセンスは神がかってるからね」
「えへへ、ありがとう瑠璃奈……」
「それでオタク? その服たちは買うの?」
急な方向転換をした蝶番さんに、僕は少しびっくりした。
「いや、どれも安価ではないだろうし、それに僕はこういうファッションには疎いから、買ってもどうせ着こなせないよ」
決して簡単に買えるほどの値段ではない。しかし僕が本腰入れて取り組めば、この店で売れている服全てを手に入れることはできる。頑張ればだけど。つまりは財力なのだ。だが僕はあまりお金を使わない。というか使いたくない。
一人で静かにしていると、横から小鳥遊さんが僕の顔を覗き込むようにして見てきた。
「んー」
「な、何?」
「似合ってると思うけどねー。意外とイケてるって感じだよー。なんてったって、音葉ちゃんが選んでくれたものなんだしねー」
「やっぱりいいこと言ってくれるなー、綾は! でしょでしょ? ここの部分とかこの二つは……」
素直に嬉しくて気分が良くなったのか、金城さんは得意げに僕の服装の紹介をしてくれた。小鳥遊さんは興味深そうに聞いて、金城さんは楽しそうに笑顔になった。
「それでここが……」
「随分と本気でコーディネートしてるんだねー。そんなにオタクくんを改造してどうするつもりなのかなー?」
「どうするって、別に何もないよー!」
「ホントかなー? 最近思うんだけどねー、音葉ちゃんってオタクくんに対しては、すごく特別な扱いをしてる感じなんだよねー。さっきだって『自分好み』とか言いそうになってたしー」
「だぁぁぁぁぁ! いや、あれ違うし! 勝手に口が変なこと言っちゃっただけだし!」
必死に否定する金城さん。個人的には、これまでで特別な扱いを受けた覚えはないし、ほとんどそのように優遇されたことはない。はっきり言って他の二人と同じことだ。ちょっかいを出す、去る。ちょっかいを出す、去る。この繰り返しだ。
「とりあえず、音葉ちゃんはこれで一旦オタクくんとは離れようねー。……となると、次の所有者はボクか瑠璃奈ちゃんになるけど……」
「いや、アタシがこいつと一緒にいんのは流石にしんどい」
「だそうだからー、つまりボクになるねー! さあ、デートだよデート! 楽しみだね、オタクくーん!」
「その前にぃ!」
小鳥遊さんの言葉に反応する前に、金城さんが『待った』をかけた。
「綾、ちょっとウチとお話ししようかー! ウチ急に綾と相談したいことあるからさ、その間に瑠璃奈とオタクっちでどこか回りなよ!」
「えぇ……」
そんなに嫌そうにしなくても……。
そして金城さんは小鳥遊さんを連れて、女子トイレに向かった。その時の小鳥遊さんは、予定を変更されて不満そうで頬を膨らましており、どこか僕を恋しそうに見つめていた。
そのため、僕は一番苦手なこの人と一緒にいなければならなくなったのだ。
****
暇だ。
「暇ね」
「そうだね」
「……」
「……」
なんか気まずい。言葉のキャッチボールがたったの一回で終わるほどに、何も喋ることはなくなってしまう。それはただ単純に、僕のコミュニケーション能力の低さが起こす現象なのだけれど。
やはり蝶番さんは困っている。困ることなど一つもないというのに。何も干渉しないというのが一番楽で、彼女に取っての得策だというのに。
「なぁ……」
「はい?」
なんと蝶番さんが話しかけてきた。
「参考書って、どういう感じのがあるのか分かる? アタシ、塾のテキストぐらいしか使ったことないからさ」
「は、はあ」
「だからさ、その……。教えてよ……」
「……」
「何?」
「いや、さっきまですごく嫌そうだったのに、どうしたんだろうって」
「いいから教えて。本屋にあるんでしょうね? 行くよ」
「分かりましたよ」
先程、僕のことを毛嫌いしている様子を見せていたが、一瞬だけそれが嘘のように感じられる時があった。しかしすぐにそれは打ち壊されることになったのだがな。
こうして明らかに、性格も性別も真反対で綺麗で美人な子と、本屋に入ることになった。だが僕はその人の横に並んで歩くわけではない。彼女のイメージが悪くならないようにするためである。
「この辺りじゃないかな? 種類が多いからどこからどこまでとかは分からないよ。僕、ショッピングモールの本屋って行ったことないし」
「オタクのことは聞いてねーよ。アタシは参考書を聞いてんの」
「そうだね」
うーむ。やはり会話が続かない。
「ふーん。この辺りね」
蝶番さんは、手に取った本をパラパラとめくる。一通り目を通したところで、何か気になったことがあるのか、その参考書について聞いてきた。
「難関の大学とか、そういう系のってどこにあるのかアンタ分かる?」
「え、難関? 蝶番さんって難関大学に興味あるの?」
「何よ、別に変なことじゃないでしょ?」
「意外だなー、って思ったから。もしかして狙ってるとか?」
「そ、そういうわけではないけど……」
「蝶番さんなら大丈夫だよ。これから頑張ってね」
自分でも思うが、かなり優しめのトーンで言葉をかけた。
「う、うん……。ありがと……」
静かに、僕も参考書を手に取って、彼女の横に並んだ。
彼女はそれに嫌そうな反応はしなかった。穏やかですごく心地が良かった。
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