第4話

 塾にて蝶番さんの猛攻を凌いだ後のことだけど、その前に僕から話をさせて欲しい。


 それは数ヶ月前のこと。僕はバイトを始めた。


 そのバイト先のお店は、全国区で展開している有名なカフェだった。主に力を入れて売り出しているメニューはコーヒー系であり、それなりにお客さんも多くいた。僕はそこの注文の受付、及び接客を担当させてもらっている。


 初めてするバイトは緊張した。それは誰でも感じることだと思う。しかしどういうことなのか、複数あるはずのレジ打ちカウンターで、僕の方にどんどんと注文が入ってくるのだ。特に女性が多い印象である。まさか新人である僕を常連さん達は試しているのだろうか。


 そんなことを考えていると、ある一人の女の子が僕に注文をしようと寄ってきた。


「はじめまして! 新人くん!」


 ニッコニコの笑顔で挨拶をしてくれた少女の顔を、僕は一度だけどこかで見たことがあるような気がした。


「は、はじめまして……! ご注文はどうなさいますか?」

「注文? いやいや、ウチは新人くんと話をしにきただけだよ! 初めて見る顔だし、それにかなりのイケメンだしね!」

「僕がイケメン……ですか? そんなことあるわけないじゃないですかっ……!」


 簡単に僕は否定する。自分の顔を評価するのは気が引けるが、少なくともイケメンではないと自分では思っている。


 その見るからに小洒落た女の子は、僕の顔をまじまじと見てくる。注文がないのであれば、他のお客様のご迷惑にならないよう、どこかの席にでも座っておいて欲しいのだが。彼女の上目遣いと甘ったるい声を相手にしながら、しばらくは会話をしてみた。


「新人くんって高校生だよね! ウチと一緒だね!ねえねえ! どこの高校なの? ウチ知りたいなー!」

「あのー、注文がないならテーブルに座っておいて欲しいんですけど……。ほら、後ろの方もおられますし……」

「一、二、三……。この三人が終わればここにいていいの?」

「他のお客様のご迷惑にならない程度なのであれば、よろしいかと思いますが……」

「へぇー。じゃあどうぞー。すみませんね、ちょっと知り合いぽかったので、つい長話しちゃいましたー」


 虚偽の情報を流すな。何をでっちあげてんだ、この小娘は。別に知り合いでもなんでもないだろ。ったく……。


 僕は他のお客様に対応する。


「おっ? 終わったのかな、新人くん?」

「え、あ、はい。一応は終わりましたけど……」

「並んでいる人もいないし、もうウチとおしゃべりしても良いんだよね!」

「は、はあ」

「とりあえず質問! 新人くんってどこの高校なの? 年は? どこに住んでるの?」

「いきなり質問の数が多いんですけど……。それにお客様と僕は初対面ですよね? あんまり知らない人に色々なことをベラベラと喋るわけにはいかないと思いますが……」

「初対面なんて当たり前だよ! だって君は新人くんなんだからさ! 良いじゃん! ウチしか聞いてないんだし、教えてよー!」

「……」


 理由になってないじゃん。


「でも流石にあれなんで、お客様も同様の質問に答えてください。僕はその後に答えます」

「泉が丘高校! 16歳! 駅の近く!」

「え……?」


 嘘だろ。まさかの同級生。しかも学校も同じだ。


「答えたよ? はいどうぞ! 新人くんの番!」

「え、えーっと……。泉が丘高校、16歳、ここの近く……」

「えっ? 嘘でしょ!? マジっ!? ウチと同じ学校で同じ学年じゃーん! ちょっと待って、名前は名前は?」

「もう終わりです。お客様がおられますので、接客の邪魔にならないようにしてくださいねー」

「あ、ちょっとぉー!」


 半ば強引に話を逸らし、名前は言わないようにした。同じ学校、同じ学年ということを知ったため、色々と面倒ごとになると思ったからだ。


 何度もその子は名前を聞きにきたが、僕はそれを全力で阻止。さらに必殺技、『出入りを制限しかねます』を発動し、流石に降参した彼女はとぼとぼとその店を後にした。やはり安定した人気を誇る店で出禁にはされたくないか。よほどここのドリンクが好きなんだな。


 こうしてかなりの労力を使用し、初めてのバイトは終わったのだった。



 ****



「いやぁー、まさかあの時の新人くんがオタクっちだったとはねー。全くの別人だったからウチ驚いちゃったんだよねー」

「どうして僕ってバレたんでしたっけ?」

「んー? 普通に雰囲気とかでかな。なんかこう、全ての力を使ってめんどくささを表してる感じがしたの。それでかな」

「そういうのって分かるもんなんですか?」

「分かるよー? 特にウチはイケメン相手だとメチャクチャ分析するタイプだからね」

「……。イケメンって、僕のことを言ってるんですか……?」

「そうだよ? オタクっち以外に誰がいるの?」

「もし僕だとしたら、それは完全に見る目がないですよ。僕なんて別にイケてる面子じゃないですって」

「謙遜してるの? それか卑下かな?」

「どちらでもないです。ただの事実です」

「ふーん。ならその事実は間違ってるよ。ウチはオタクっちの顔メチャクチャイケてると思うし、それに超絶タイプなんだよねー。ど真ん中のどストレート」

「からかってます?」

「ただの事実ですー!」


 そんな会話をしながら、僕は時計を見てみる。もうすぐでバイトも終わりそうな頃になってきた。


 蝶番さんの猛攻を凌いだ塾の後、僕はこうしていつものバイトをしている。そしてそこにいつも現れるのが、この金城きんじょうさんだ。あの時の迷惑客は、実は金城さんだったのだ。


 あのバイトを終えた次の日のことは良く覚えている。確か金城さんが同学年のクラスで、ある男子を探しまくってたはずだ。僕はバイト中と学校内での姿は完全に変えており、見つかることはなかった。その一番の理由が眼鏡である。黒色の眼鏡を常日頃から使用しているが、バイトではそれを外しているのだ。決してすごく目が悪い訳ではないため、多少外していても視界がぼやけて見えにくくなることはない。バイトを始める前の面接で、店長に『外した方が印象がいい』と言われてやっている。しかしどこがどう印象がいいのか、その理由は不明である。いつか教えて欲しいものだ。


「それで、注文は何になさいますか?」

「はぁ……。オタクっちさぁ……」

「はい」

「いい加減、敬語やめない?」

「お客様に対しては、敬意を払ってのことですのでそれはできません。すみませんね」

「真面目だねー。いつものカフェラテとドーナツで」

「かしこまりました」


 静かにメニューを言う彼女。しかしテーブルへは向かわない。


「ねぇ……」

「はい?」


 ズイッと、金城さんは身を乗り出して、僕を自身の方に引き寄せる。


 彼女の唇が、僕の耳元で動く。


「ウチってバカだけど、意外といろんなこと知ってるんだよ? オタクっちが実はイケメンってこととかね……」


 心臓が、強く、速くなっていた。


「学校では眼鏡をかけるんだよ? イケメンなオタクっちはここだけの姿、しかもそれを知っているのはウチだけだからね……」

「は、はい……」

「それじゃ、頼んだ品ができたら呼んでねー」


 マジでからかってんじゃねーのか?


 金城さんは長居はせず、満足したらすぐに帰るのがお決まりだ。


 ……今日は疲れた。幸いなことに明日は何も予定はないし、ゆっくりできそうだな。

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