第3話
あの後も、とことん僕は彼女達に絡まれた。彼女たちと言うよりは、主に隣の席である小鳥遊さんに絡まれたのだけれど、他の二人も休憩時間になればその度に僕のところに乱入して来たことだし、迷惑だということに変わりはないのだ。はて、どうしてあの二人にまで僕は絡まれているのだろうか。小鳥遊さんは僕のことを気に入っているとかなんとか言ってたけど、他の二人とはあまり関わりがない。前まではそう思っていた。
しかしそれは、これまで関わることがなかっただけであり、実は意外とどこかで接点があったり共通点があったりしたのだ。
そうだな……。例えば蝶番さんの場合だと……。
「おいオタクっ! 何ボーッとしてんのよ、ったく……。早くここの問題教えろ!」
同じ『塾』である。
「ん? あ、ああ、はい……」
「モタモタすんな。アタシの学力下がったら責任取ってくれるわけぇ? ねぇ? ねぇ?」
「今すぐに教えてあげるからちょっと待って。それで、どこのページのどれなの?」
「このページのここと、ここ。ああ、あとここもかな」
「これか。まあ、一問目と二問目は割と簡単だけど、三問目が難しいかな。そうだね、僕は分かるけど蝶番さんは……」
「はぁ?」
「いえ、なんでもないです……」
余計なことを口走ってはいけない、と何度も自分に言い聞かせて来たはずなのだが、気が抜けているとたまに出てしまうことがある。流石に塾でブチ切れられるのはごめんだな。
というわけで、こんなふうに塾の空き時間で蝶番さんに勉強を教えているのだが、毎度のように僕は彼女の攻撃に耐えながらも頑張っている。本当は静かにしていたい。しかし彼女は、他の生徒よりも僕の説明が分かりやすいと言い、無理矢理にでも教えさせようとしてくるのだ。そのため、教えやすいようにと席が隣り合っている。
「……ここは、こうなって、つまりさっきやった問題と似てる感じになるのさ」
「ふ、ふーん……。ちょっと自分でやってみるから、横から口出しは無しで」
「うん。終わったら言ってね」
二分ほどだろうか。スマホで時間を見ている僕を、蝶番さんは殴って来た。背中を。
「おい、終わった」
「いたた……。あ、終わった?」
「ん」
「見せて」
僕は隣に座る彼女に近づいた。そうしなければノートが見れないからだ。
「えっと、ここがこうで……」
「ちょっ、オタクー?」
「それでここが……」
「オタクー? 近いんだけどー?」
「うん。うんうん。そしてここがこうなるから、うん……。よしっ、全部合ってるかな」
「いい加減にしろよオタクっ!」
バチン。そんな音が、僕の耳に聞こえて来た。そして頬が痛かった。
「え……痛……」
「おいコラ、クソオタクっ! お前、何アタシの顔に自分の顔近づけてんのよっ!」
「いや、痛い……。何で……」
「お前がいちいちキモいことするからだっ! もうアタシに近寄んな、気持ち悪いっ!」
「そんな、僕は決して狙ってやっていたわけではないんだけど……。蝶番さんが解いてた問題の確認をしていただけなんだけど……」
「うっさい。キモい。近づくな」
ひど。女の子怖い。やはり僕はこの子が苦手だ。
周りの視線は僕に集中していた。それも当然、あんだけうるさくしていたら、自然と首はその方向に動くはずだからな。徐々に僕の好感度が下がっていく。本当に嫌だ。
「それでー? この問題はどうだったわけー?」
「いや、今のやり取りで確実に険悪なムードになったはずなんだけど……。そんなに蝶番さんは僕のアドバイスが欲しいんだね……。あんなことされたら、僕だってやる気が削がれるだろうなー、とか思わないの……?」
「思わない。まあ、アドバイスも何もしたくないのであればそれでいいけどねー? そのかわり、アタシにベタベタ寄ってきたってクラスのグループチャットで晒してあげるからね!」
そんなことをニコニコ笑顔で言わないでくれ。せっかくの可愛らしいお顔が、今の一言で台無しになってしまう。特に僕の印象は最悪の最低になってしまうぞ。本人は僕の彼女に対する印象が悪くなろうが、別に気にしてなどいないだろうけど。
しかし、意外にも非道な手を使ってくる。いや、全く意外じゃないな。むしろそういうことを平気でする人だと僕が一番分かっているはずだ。なんで友達でもないのに、分かるんだろう。毎日絡まれると、人の性格を知ることができるのか。
「はいはい、分かりましたよ……」
「うわ、めっちゃ嫌そうな顔じゃーん! ウケるわー! マジでウケるー! 女の子にぶたれてー? そのあとに女の子にめちゃくちゃ言われてー? そしてイヤイヤながらも従っちゃうとかー? オタク的にはどうなのよー! ムカついてんじゃねーのー?」
そりゃあムカついてますけどー? もう全然最高点ですけどー? 生意気なメスガキを、もうめちゃくちゃに分からせてやりたいですけどー?
……と、言ってやりたいが、しかし僕はこれ以上好感度を下げたくないのでやめておいた。
「はっ! なんも言えねーのかい! マジでオタクって度胸ないよね!」
無いわけではない。ちゃんとある。
「でもなんでこんなヤツを綾は気に入ってんだろうな。オタク自身はどう思ってるわけ?」
「僕に聞かれても困る。本人に聞いたらどうですか?」
「言うねー。自分でも気になってるわけ?」
「まあね」
「ならちゃんと自分から聞かないとね。アタシ経由だったら、当てにならないはずだから」
自分で言うか?
しかしたしかに。蝶番さんは、面白がって小鳥遊さんが『オタクくんのことを好きだから』とか伝えてきそうだな。小鳥遊さんが僕のことを好きだなんて、そんなことはあるはずがないし、それだと本当の理由が気になって、結局自分で聞かないといけなくなるからな。
「それでここはー?」
「ああ、はいはい……」
もう本当に、僕は蝶番さんが苦手である。
早く塾の時間終わってくれ。なら塾の時間ずらせよ、と思うかもしれないが、しかしそれはできないのだ。色々とこちらにも用事があるからな。
とりあえず、僕はこの超絶面倒くさい時間を罵倒に耐えながらもなんとか凌いだのだった。
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