第2話

 先ほど席を離れた小鳥遊さんが戻ってきた。しかし離れた時とは少し違い、小鳥遊さんの背中の方に何かを連れていた。


 げっ……。まさかまた来たのか、あの子たち……。


「いやー、やっぱりクラス替えなんて無い方がよかったよー。二人とも違うクラスになっちゃったわけだしー、わざわざ足を運ばないといけないのは不便だよねー」

「不便だと思ってるのなら、なぜここに戻ってきたのよ……。アタシたちのところでよくない?」

「ダメだよー。だってそしたらオタクくんがクラスでボッチになっちゃうじゃーん。かわいそうだよー」

「かわいそうかなぁ? オタクっちはボッチ経験長そうだから大丈夫だよ! ウチはそう思う!」

「だってボクが見ていないと、勝手に一人で死んでそうなんだもーん」

「そんな兎じゃあるまいし……」


 小鳥遊さんの後ろから女子生徒が二人、教室に入ってきた。小鳥遊さんと親しく話している通り、彼女とは友達で仲がいいのが分かる。この二人も同じく陽キャの雰囲気を醸し出しており、どちらも顔がとてつもなく可愛い。一人は美人系、もう一人は可愛い系である。


 ドカッと、黒髪の女の子は僕の前の席に腰を下ろした。今は短い休憩時間であるため、使用していないのを勝手に拝借しているのだ。


「おいオタク。今日も冴えない顔してるわね、ウケる」

「ちょっと瑠璃奈るりなってばー! 流石にそれは言い過ぎでしょー! まあでも、いつものオタクっちはそんなもんだよね!」

「って、あれ? お? 泣きそうか? 泣きそうなのかぁ、オタク?」

「えー、マジでー? やーいやーい! 泣け泣けー! 盛大に泣けー!」


 近くでそう囃し立てる二人。正直面倒くさいし、イライラしてくる。小鳥遊さんも参加してくるのでは、と推測していたがそんなことは全くなく、むしろ不満そうに囃し立てられている僕を見つめていた。


 なんだろう。


「もうー、あんまりオタクくんをいじめちゃダメだよー。瑠璃奈るりなちゃんが攻撃的すぎるから、オタクくんが喋らなくなっちゃうじゃーん」

「あー……。たしかにやりすぎはよくないかー」


 小鳥遊さんに言われて速攻でやめた、この女の子。瑠璃奈ちゃん……蝶番ちょうつがい瑠璃奈るりなさんは、毎日のように僕のことを攻撃してくる、かなり迷惑な子だ。綺麗で艶やかな黒髪を持ち、とても美人で、小鳥遊さんほどの巨乳ではないがスタイルがよく、さらにとても賢いという謎にポテンシャルが高いギャル。しかしそのプラスな要素とは裏腹に、性格がかなりキツい。その口からはイジワルというイジワルを吐き出して、他者を傷つけるほどである。


 僕が一番苦手とする人物だ。


「今思ったんだけどさ、なんでそんなに綾はオタクっちに優しいの? ウチ、綾とオタクっちの間に何かあると思うんだけど……」

音葉おとはちゃんー、急に何を言い出すんだーい? 別に何もないよー。強いて言えばー、そうだねー、オタクくんはボクのお気に入りだからさー、あんまり傷つけないで欲しいんだよねー」

「綾ってオタクっちのこと好きなの?」


 なんかすごいこと聞こえた。


「はっ! あるわけないだろ、そんなことー! 何言ってんだよ、音葉ー!」

「さてー、どうだろうねー。オタクくんはどう思うー?」


 なんで僕にフってくるんだよ。


 さっきの小鳥遊さんの発言だと、自然と匂わせているようにも聞こえた。それを聞き逃さなかった蝶番さんは、かなり驚いた様子だった。


「何か?」

「だからー、どう思うかー。ボクは君のことが好きなのか、好きじゃないのか、どうかだよー」

「小鳥遊さんが僕を好きになることなんてありえないよ」

「ふーん。ならオタクくんがボクを好きなのは……」

「逆もまた然り」


 即答だったのが気に食わなかったのか、小鳥遊さんは頬を膨らませていた。


 まったく……。誰だよ、こんな変な空気にしたのは。僕は主犯である本人の方を向いてみた。


「んー? 何かな、オタクっちー?」


 この小洒落た女の子。音葉ちゃん……金城きんじょう音葉おとはさんは、ニヤニヤしながら僕のことを見てきた。


 金城さんも二人と同様に、圧倒的な陽キャ感を醸し出している女の子である。爪にはキラキラとしたコーティングがあり、なんなのかよく分からない小洒落た物を身につけている。おまけに金髪と、ギャルというのを形にした人だ。他の二人とはまた違った可愛さがあり、金城さんは美少女という感じである。単純に、純粋に、僕も普通にそう思う。


「……いつまで見つめあってるのさー、オタクくーん!」

「え? ああ、うん」

「もうー……」


 小鳥遊さんは静かにため息をつく。


 この二人、蝶番さんと金城さんは、小鳥遊さんに会いにくる時に、大体この教室に現れる。初めは僕なんて視界に入っていないはずだったのだが、回を重ねるごとになぜか僕のことを認識するようになり、小鳥遊さんの紹介もあって僕は彼女らと話すことはできるようになった。しかし未だに蝶番さんは苦手である。


「あ、もうすぐで休憩終わるじゃん」

「そうだね。でも少し遅れても別に怒られないでしょ! ウチはギリギリまでここにいよーっと!」

「いやーボク達、次は移動教室なんだよねー。だから早く行かないとだからさー、ごめんねー」

「あ、そうなの? じゃあしゃーなしだね。ほら、音葉ー? 行くよー?」

「待ってよ瑠璃奈ー! それじゃ、……オタクっち……」


 二人は教室へ、僕たちは理科室へ。


 しかし、『またね』か……。どうせ、また来るんだろうなぁ……。


 教科書を持って、席を立った。小鳥遊さんも僕に続く。そして彼女は、僕のそばにスススと近づいて、そのまま廊下を歩いた。

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