第5話
「やあやあ、おはようオタクくーん。今日も君は面白いねぇー」
「まだ学校に来たばかりですけど……。小鳥遊さんって、いつも僕のことを『面白い』と言ってるよね。具体的にどこがそんなに面白いのか知りたいものだよ」
「んー。全部かなー」
「全部? 小鳥遊さんって僕についての情報を網羅してるのかい? それって色々と怖いんだけど……」
「まぁまぁ、そんなことよりオタクくん。放課後って何か予定とか入ってるー?」
一瞬にして話を逸らし、今日の予定について聞いてきた。学校に来てから数分しか経っておらず、朝でもあるため集中力もあまりない。まだ頭の中はジワーっと温かく、眠っている状態に近かった。
だからこそ頭が回らない。思考することもせず、僕は簡単に放課後のことについて話してしまった。
「別に今日は何もないよ」
「本当にー?」
「うん。う、うん?」
予定がないのであれば、確実に小鳥遊さんを含めた仲良し三人組は僕のことを振り回してくることだろう。なぜ今の時点で気づかないんだ。
「そっかー。なら放課後、デートしようよー」
「へ?」
「デートだよー、デート。楽しみだねー、オタクくーん」
今すぐにでも外せない用事を作ろうかな。まあ小鳥遊さんはそんなことお構いなしに僕を引き回してくるのだろうけど。
****
デートといっても、二人でイチャイチャするだけの甘いものではない。そもそも小鳥遊さんは、僕のような暗くて気味の悪いやつなんかと二人で、ということがあるはずない。結局僕は、小鳥遊さん、蝶番さん、金城さんの三人の付き人兼おもちゃ代わりとして、彼女たちの後ろをただついて歩くのである。というか、今僕はどこへ向かっているんだろう。歩きはじめてかなり時間が経っていると思うのだけれど、一向に目的地に到着する気配がない。
と思っていたが、なるほど、こうしてずっとお目当ての場所に辿り着かないまま、歩き続ける方が僕的には良いのかもしれない。三人は会話に夢中だし、僕に絡んでくる様子もない。あわよくば抜け出すことも可能だと思う。
「オタクくん?」
「はぁ……。何か?」
「いいや、ちゃんと付いてきてるのかなー、って思ってさ。ほら、オタクくんがいないとデートが成り立たなくなるでしょー? 抜け出したらボク泣いちゃうからねー?」
「は、はい……。はい?」
なんてタイムリーな。もしかして心でも読めるのか、この子。
しかし小鳥遊さん。僕がいないと泣いちゃうなんて、そんな嘘はよして欲しい。変な誤解が生まれそうでとても危険だ。君にマイナスなイメージが付いちゃうかもしれないし、僕だって色々とあるかもしれない。それでもクラスで、いや、学年で中心的な彼女と比べて、クラスで浮いてる陰キャの僕なんて圧倒的に失うものが少ないから、あまり被害はないことだろう。これが差というものか。
すると先頭で、というよりは先頭集団なのだが、彼女たち三人の足がいきなり止まった。なんなのだろう。
「ねぇ! 見て見て、二人とも!」
金城さんは、何やら遠くを指差してはしゃいでいる。その方向には大々的に『期間限定』と宣伝されている横断幕的な物が、ベランダらしきところに貼ってあった。おそらく飲食店のものだろう。
「どうしたのよ、音葉……?」
「どーしたのー?」
「これ! ここのショッピングモールのレストランでスペシャルフェアしてるらしいよ! ウチ、このパフェ食べたーい!」
「おいしそうだねー。帰りにみんなで寄ろうかー」
「オタクの奢りでね」
ん? 今ちょっと、聞き捨てならないことが聞こえた気がするけど、まあいいや。
とにかく僕はこのショッピングモールで彼女たち三人と……って、え? 嘘だろ? ここに入るのか?
「まさか今からこの中に入るのかい?」
「そうだよー? そうじゃなきゃ、こんなところまで足を運ぶわけないじゃーん、オタクくんって意外と頭が回らないんだねー」
あっさりとバカにされたが、僕はそれをすんなりと受け流す。
「マジかよ……」
「んー? どーしたのかなー、オタクくーん?」
「いいや、なんでもないよ……」
なんでもないわけないだろ。何を嘘ついてんだ僕。
自分でもかなり物静かである方だと自覚しているため、こういうガヤガヤとしたような大勢いる場所は苦手なのだ。しかも放課後、他の学校の生徒だって遊びにきているはずだろうに。
ため息を吐きながら、僕は前に進んでいく三人に続いた。
****
もう訳が分からない。
「あのー……。どうして僕は金城さんにコーディネートされてるのか知りたいんだけどー……」
「決まってるじゃん! オタクっちの所有権は今、ウチにあるの! 話し合いでそう決まったの!」
「どういう話し合いなんだよ……」
「さっき三人でオタクっちをどうするかを話してたの! そしたら綾がいきなりオタクっちと一緒にいてあげるとか言い出して、不公平だから全員と交代で所有権を回すことになったの!」
「へぇ、それで最初は金城さんと。そういうことね」
しかし所有権というのはなかなかいかがなものかと思う。それにその所有権は僕的には一種の罰ゲームか何かの方に使った方がよいと思うのだけれど。
それよりも、不公平とは? かなり気になっていた僕だったが、金城さんがノリノリで服を選んでいくため、質問する瞬間ができない。
「金城さんは僕なんかと一緒にいていいの?」
「全然いいけど? そういえば、瑠璃奈はすごく嫌そうだったなー」
「だろうね。彼女、僕のこと嫌いみたいだし」
「そうかなぁ……」
金城さんは自分で選んだ男物の服を僕に渡してきた。そして無理やり試着室に押し込んでいく。
「やったやった……! 今だけはウチのオタクっちなんだ……! いっぱい自分好みにアレンジしちゃおーっと……!」
押し込まれると同時に、金城さんは何かを口にしていたが、僕にはその言葉が届かなかった。
要望通り、僕は着替える。
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