第22話 夕方の作戦会議

 その日の夕方、名ばかりの「定時」後にある休憩時間で、俺、六反田、四十物さんの三人はいつもの定食屋で夕食を取りながら、俵積田部長の案件について相談をしていた。

 俺と六反田が揃って研修参加を要請された話をすると、ホッとした表情で四十物さんが口をつけていた味噌汁の椀を下ろす。


「ああ、無事に下唐湊さんと六反田さんが研修に参加となりましたか。よかったです」

「課長が気を回してくれたんだろ。中身は元々俺の親戚だから、状況も理解しやすいだろうしな」


 四十物さんの前で、六反田がトンカツをがぶりと噛んでから言った。鋭い牙で肉を咀嚼し、飲み込みつつ話す。よくよく考えるとなんか違和感を感じる絵面だ。

 ともあれ、心配な表情になりながら俺は小鉢のサラダを手に取る。


「ううん……でも、セクハラ対策の研修だろ? 俵積田部長、素直に参加してくるかなぁ」


 そう、俺や六反田は上司命令で参加することになっているし、四十物さんは運営側だから参加必須。しかし俵積田部長はむしろ、部下に「参加してこい」と命令する側の立場だ。これで自分は参加しないで部下だけに参加させていたら、計画は頓挫とんざする。

 ごまドレッシングのかけられたサラダに箸をつけながら言うと、四十物さんが顔周りの触手をうぞうぞさせながら言ってきた。怖い。


「心配無用ですよ、部長クラスは参加必須ですので」

「うちの部長はセクハラとは無縁だろうから、あの人こそ参加しなくてもよさそうなもんだけどなー。自分がやらなくても部下のセクハラには目を光らせなきゃならねーだろ」


 六反田が箸で掴んでいたトンカツを口の中に放り込み、噛み砕いてから言った。

 確かに彼の言うとおりだ。印出井部長はのんびりした性格で、セクハラなんてやってくるような人ではないけれど、それでも部下の行動を見て「これはセクハラだ」と判断する必要はある。

 そう考えると、部長クラスは参加必須というのは至極当然のことなのだ。だが、セクハラを日常的に行っている俵積田部長が、素直に研修を受けて、さらにその内容を自分に身に着けてくれるとは思えない。

 結局の所、俺たちでという名の異次元存在切除をしなくてはならないのだ。

 と、味噌汁をずっと啜った六反田が、テーブルに肘を付きながら身を乗り出す。


「で、ともかくだ。俺、トソちゃん、四十物ちゃんの三人が研修の場にいて、俵積田部長が研修を受けている、という状況は問題なく作れるだろう。そっから先は、どうする?」


 六反田の言葉に、四十物さんが姿勢を正す。箸を置き、食器も置いた。ここからは真面目な話だ。俺も自然と姿勢を正してサラダの小皿を置く。

 そしてそれを確認した四十物さんが、ゆっくりと話し始めた。


「基本的に皆さん、研修を受講されたらすぐに本来の仕事をなさるでしょう。受講者の皆さんが出ていかれた後に実行するのがよろしいかと思います」

「確かになー。先にやるよりは後にやるほうが、確実に俺らだけの状況を作れる」


 四十物さんの提案に、すぐさま六反田が納得した様子でうなずいた。二人の間ではさっさと合意が取れているが、またしても俺は置いてけぼりである。

 戸惑いながら、そっと手を上げつつ問いかける。


「ちょ、ちょっと待って。それじゃ俵積田部長も研修が終わったらどっか行っちゃうんじゃ」

「あ、そこは心配いらねーよ」


 だが、顔の前でチッチッと指を振りながら六反田は微笑んだ。黒黒と尖った爪の先端が、店の蛍光灯の光を反射してきらめく。

 四十物さんも再び味噌汁に口をつけて、口を潤してから言った。


「俵積田部長の済む話です。いらっしゃって着席した時点で流速を調整すれば、皆さんがいらっしゃらなくなっても俵積田部長だけが席に残るでしょう」

「え、ええ……そんなことも出来るのか、四次元存在……」


 あまりにも奇想天外な解決法に、俺は顎が外れるかと思った。

 時間軸を「ずらす」ことについては分かっているし、四次元存在という以上そこを行き来できなければ話にならないのは知っている。だが、時間の流れについてまで手を加えられるとか、本気で聞いていない。

 六反田が指先をつーっと横に動かしながら説明をしてきた。


「四次元世界の存在ってのは、時間軸を操作することだけじゃなくて、時間の流速にも手を入れられるもんさ。あんまり大幅にいじっちまうとその後の調整が大変になるんで、0.5倍から2倍の間まで、って取り決めがあるけどな」

「流速を遅くしてしまって周りに取り残されてしまったり、早くしすぎて老化が進んでしまったり、となってはその後に影響が大きいですからね。そこは厳密に決められているのですよ」

「はー……」


 四十物さんも丁寧に話しながら、手元の触手で幅を作る。つまり、もっと遅くしたりもっと早くしたりすることも、やろうと思えば出来るわけだ。

 とても分かる。浦島太郎と同じことだ。自分は数日しか過ごしていないのに、世の中は何十年も経っていたなんてこと、実際に起きたら混乱するに決まっている。

 六反田と四十物さんが話して曰く、人間がなにかに熱中しているときに時間の流れがゆっくりに感じることとか、うとうとして意識を失ったら数時間寝ていたとか、そういう事例で四次元存在が時間の流れに手を加え、身の回りの時間の流れを早くしたり遅くしたり、ということは実際にあるんだそうだ。イタズラとしてはメジャーらしい。


「じゃあ、俵積田部長の時間の流れを遅くするとして……どうやって、切除するんだ?」

「そこなんだよなー」


 異次元存在のイタズラのスケールに驚きつつ、俺が恐る恐る四十物さんに視線を向けながら問いかける。すると六反田が、鼻先にシワを寄せながら口を開いた。

 そのまま、四十物さんへと視線を投げて顎をしゃくる。


「四十物ちゃん、俵積田部長にはが憑いていると思う?」

「そうですね……私も断定はしかねますが」


 すると四十物さんも、途端に難しい表情になった。

 少し考えて、言葉を探すようにしたあと、呟くように四十物さんが言う。


「二次元、あるいは四次元の、ではないかと」

「神……?」

「はー」


 彼女の発した言葉に、俺がキョトンとなると同時に、六反田が深くため息をついた。

 神、というと、あれだろうか。神様仏様イエス様、に代表される、人間を上から見守り、導きを与えるという神。いや勿論、そんな優しい神様ばかりなんてことは俺も思っていないが。

 実際わらびも、俺と一次契約を締結する時に四次元世界の神について話してくれた。自分たちは神様の端末で、人々を観察するために自分たちを三次元世界に遣わしていると。

 四次元世界の神にしろ、二次元世界の神にしろ、生易しい相手でないことは容易に想像がつく。だが、隣の六反田の落胆ぶりは並大抵ではない。

 呻くように声を漏らし、頭をバリバリと掻きながら彼は零した。


「こりゃー、厄介だな」

「はい、少々手を焼くことでしょう」

「えっ、何、どういう、えっ」


 四十物さんも四十物さんで、身体の触手がこころなしかしゅんとしている。落胆していることは明らかだ。

 プロである二人がこんなになるなんて、どれほどの難物なんだ。戸惑いながら二人を見る俺は、もう食事をしようなんて気分じゃなかった。

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