53 少女と最強
ドゴォォォォンッッッ
リューグル正門前に轟音が響き渡る。
大通りは、土砂が堆く積み上がり、もはや整備された美しい通りの面影など、欠片も残していなかった。
ククネロの16本に増えた鞭が四方からセシリアを襲い、躱しても躱してもまた次の攻撃が迫りくる。
それはまるで無限の牢獄。
「イヒヒヒヒッ、絶零の魔女も、魔法さえ使えなければただの虫さぁ。」
蛇の様にうねる漆黒の鞭は、何度凍らせようが一瞬の間に復活してし、セシリアへ休む間を与えない。
そして僅かでも触れてしまえば、その瞬間にククネロの勝利が確定してしまう。
それが何よりもセシリアの打ち手を狭めていた。
(魔力切れを狙っても、またリューグルの学生が犠牲になるだけ。彼女達をククネロの射程範囲外に避難させる余裕は無い。)
セシリアは身を翻す様にして宙へ飛び上がると、ククネロ目掛けて片手を翳す。
「グレース・ピア!!!」
セシリアの前に広がった青い魔法陣から、無数の鋭い氷の刃が高速で放たれる。
ズガガガガッ
だが放たれた氷の刃は、ククネロを守る様にして覆う鞭に突き刺さり、一瞬の間に粉々に破壊されていく。
「ヒヒヒヒッ、セシリア=セントリンゼルトも所詮は人間。ククネロ様には指一本触れられないのさぁぁぁぁぁ」
そして球体となっていた16本の鞭が、空を切り裂く様にして再び襲いかかった。
視界を覆う様に迫るククネロの攻撃。
だが、セシリアはレイピアを下ろして微笑を浮かべる。
「それなら、神の力を借りるまでね。」
その瞬間、セシリアの周囲が瞬く間に白銀に凍りつき、ククネロの鞭の動きを僅かに停止させた。
そしてその間に凍りついた16本の鞭が、激しい落雷によってズタズタに焼き切られる。
ドドドドドドドドドドッ
「まだこんな力がっ・・・、だが人間の魔力は有限。この私の、ゲーラス様の力に及ぶ事はないっ!!!」
「人間ならそうね。」
セシリアの背後に、一人の人物が空から降り立つ。
流れる様に美しい金髪と、精悍な青い瞳。
「すみませんセシリアさん。遅くなってしまいました。」
そしてアリスは腕に抱えた少女をそっと下ろす。
「セシリア様っ!」
そこには、セシリアの元へと駆け出す傷だらけのハルがいた。
そしてセシリアはハルの手を握ると、冷たい瞳をククネロに向けて言い放つ。
「決着をつけましょう、ククネロ。神の力と悪魔の力。どちらが本物なのか。」
駆け寄るハルの姿を見たククネロは、忌々しそうに口を開いた。
「ああ、本当にお前達は目障りさ。その様子だと私の可愛い可愛い子達は奪われたか。」
ククネロの言葉に、ハルは怒りに肩を震わせながら言う。
「可愛い・・・?あんな扱いをして、よくもそんな事を!!!」
怒るハルをククネロがせせら笑った。
「ヒヒヒヒッ。あの子達は器。ハル=リースリングの血肉から、その強大な魔力を得るために咎人となった器なのさぁ・・・ああ、あの日、お前を攫う事が出来ていれば、お前は今頃四六時中あの部屋で血肉を生きたまま貪られ、私は永遠の若さを手に入れていたものを・・・ああ忌々しい、忌々しいぞ裏切り者共がッッッ」
ククネロの激昂に応える様に、再生した16本の鞭が3人へと襲いかかる。
「アリス、あの鞭に決して触れてはダメよ。」
「ここに辿り着くまでの間に、多くの学生が酷い状態で倒れていました。あの女の仕業ですね。」
セシリアはハルを抱き寄せると、防御魔法を展開した。
いくつもの鞭が結界の様に張り巡らされた防御魔法を叩き割ろうと、至る所から強襲する。
だがその間にも絶えずハルからの魔力がセシリアの体内へと流れ込み、セシリアの全身には力が漲っていた。
「アリス。貴方は残っているリューグルの生徒を避難させて。ハルがいれば、ここは私だけで十分。」
「わかりました。」
ーーーセシリアがそう言うのだ。勝ち筋はすでに見えているのだろう。
アリスは頷くと、鞭を掻い潜って空へと飛び去っていく。
変わらずククネロの鞭が残された二人へと襲いかかるが、セシリアの防御魔法にはヒビ一つ入っていなかった。
「ハル、貴方の魔力量には限界はある?」
唐突なセシリアからの質問に、ハルは少しばかり思案して答える。
「多分、無いと思います。一時的に魔力切れに近い状態になる事はありますが、すぐに回復しますし。」
ハルの回答にセシリアは満足気に頷くと、抱き寄せる手に力を込めた。
「それじゃあ、ありったけの魔力をククネロへ注ぎ込みなさい。」
「えっ」
その言葉にハルが不可解な表情を浮かべる。
だがセシリアの表情は真剣そのものだった。
「ククネロの力は他人の魔力を吸い取る力。いわばハルとは真逆の力。そしてその副産物として若返りの効果がある。」
その事は何となくククネロの先程の話と、ここに着くまでに倒れていたリューグルの生徒達の姿からハルも察していた。
まさにハルの魔力譲渡とは真逆の、魔力を略奪する力。だがそれに伴う若返りは、ゲーラス唯一の弱点になりうる。
「ククネロは永遠の若さを手に入れる為、貴方を欲した。だから逆にそれを与えるの。人間の体って、一体どこまで若返るのかしらね。」
(悪役の表情だ・・・)
だがハルの頭に一つの疑問が浮かぶ。
「でも私の魔力を与えれば、それだけククネロの力も・・・」
セシリアはハルの疑問に微笑んで答えた。
「ええ。でも1だったものが2になろうと、1000の前では同じよ。」
そしてハルの唇へそっと口づける。
甘い甘いセシリアの口づけは、一瞬にしてハルの苦痛や不安を吹き飛ばした。
そしてセシリアはハルの唇をひと舐めすると、悪戯っぽく笑う。
「ふふ、さっきよりも魔力が伝わって来たわ。」
「〜〜〜っ」
顔を真っ赤にしているハルを庇うように、セシリアは一歩前に出ると言った。
「行くわよ、ハル。私に流していた全ての魔力をククネロに渡しなさい。」
セシリアが展開していた防御魔法が解け、漆黒の鞭が二人へと襲い掛かる。
だが、ハルは怯まなかった。
「はいっ!」
迷う事なく、両手をククネロに向かって翳す。
そして全身の魔力に語りかけた。セシリアに向かって流れ込んでいた魔力がハルの体を蠢き、ククネロめがけて注ぎ込まれる。
その異変に、ククネロもすぐに気がついた。
「イヒヒヒヒッ、聡明なセシリアが考えつきそうな事だねッ」
バギバギバギバギバギバギッ
ハルの魔力はみるみるとククネを若返らせ、地響きの様な割れる音を響かせながらその背後に更に16本の鞭が出現する。
そして真っ直ぐセシリアの頭上から、合計32本の鞭が伸びる。一本一本は光を遮断する様に黒く、セシリアとハルの周囲は闇に飲み込まれた様に真っ暗に染まった。
ズドドドドドドドドォッ
単純に手数が倍になった事に加え、その早さも威力も格段に上がっている。
セシリアの防御魔法ですらも数撃で打ち砕かれ、咄嗟に放つ数多の氷魔法によって、ハルの後ろ盾を無くしたセシリアの魔力はみるみると消費されて行く。
(もっと、魔力をククネロへっ!!!)
セシリアの背後に守られる様にして立つハルは、目の前のセシリアの魔力の減少を感じ取りながら、必死にククネロへ魔力を送り込んだ。
何としても、セシリアが倒れる前にククネロを弱体化させなくてはならない。
「ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉぉっ」
瞳を充血させて叫ぶククネロの体から、更に魔力が溢れる。
だが未だその姿は十数歳程の肉体を留めていた。
セシリアを叩き潰す様にしなる鞭を、地中から出現した土の棘が止める。だがそれは瞬時に他の鞭によって破壊され、また新たな攻撃が繰り出される。
徐々にククネロの攻撃がセシリア達へと差し迫っていた。
「あああああああああっ!!!!」
苦しみ悶えるククネロの肉体はすでに8歳程度。
そしてその肉体に反比例する様にして、また新たに16本の鞭がククネロの背後に出現し、一直線にセシリアへと襲いかかる。
「くっ・・・」
セシリアはその全てを氷の壁によって弾き、そして炎の雨を降らせてその全てを焼き尽くした。だが鞭の再生スピードはセシリアの攻撃を上回り、忽ち周囲を覆う様にして漆黒の鞭が取り囲む。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!」
幾重もの防御魔法を破壊し、叫びながら襲い来る攻撃。
ドガガガガガガァッ
その反則級の力の前ではセシリアの魔法すら殆ど意味をなさず、ついに最後の防御魔法を破って合計48本の闇の大群が押し寄せた。
魔力が殆ど尽きたセシリアはレイピアを抜き、たった一人で迎え撃つ。
その琥珀色の瞳は澄み渡り、迫る目前の闇にも決してたじろぎはしない。
全ては、後ろに立つハルを守る為。倒れたシオンやリューグルの学生を、グラソン最高峰の魔法師として、取り戻す為。
「死ぬのは貴女よ。ククネロ。」
セシリアは真っ直ぐ踏み込むと、握ったレイピアに持てる全ての力を乗せ、闇を切り裂く。
その体を押し潰そうと、飲み込む様に迫る無数の鞭。
そして、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
セシリアのレイピアが貫いた場所から、ボロボロとククネロの鞭が崩れ落ちた。
そして、覆う様に蠢いていた闇の間から光が差し込む。その光は徐々に広がり、みるみると鞭の牢獄が崩れ去る。
やがて拓けた視界の先、地面に転がる赤黒い塊。
それは震える様に脈打ち、 ゴポリと血を吐き出している。
「・・・はっ」
背後で力が抜けた様に倒れるハルを、セシリアが優しく抱きとめた。
セシリアは赤黒い肉の塊に近づくと、手を翳す。
「燃え尽きなさい。イグニート。」
震える肉の塊から炎が燃え上がり、一瞬にして灰となっていく。
そして孕んでいた膨大な魔力が、放たれる様にして噴出し、リューグル中を駆け巡った。
やがてそれは瓦礫の片隅、倒れていたシオンへも降り注ぐ。
「セシ、リアか・・・勝ったんだな・・・・。」
「ええ。全部終わったわ。」
遮るものが無くなった大通りで、沈みかけた夕日がセシリア達を照らしていた。
・
・
・
・
・
「リバイア。」
セシリアがそう唱えると、倒壊した門や柱、道路や街路樹が忽ち修復していった。
ハルから失った分の魔力を受け取ったセシリアは、疲労を感じさせない程に完全復活している。
「セシリア様にそんな事出来たんですか!?」
「私は四賢聖よ。これくらい当然。」
「それじゃあ何で私の部屋修復してくれなかったんですか!!!」
「次は向こうね。」
不満の声をあげるハルから視線を逸らしながら、セシリアは修復作業を続ける。
シオンは負傷した騎士達に回復魔法を施すと、ククネロとの繋がりを尋問する為にその身柄を拘束した。本来であれば当然それらは騎士団の仕事。だが現状、ガイアの手先やリー教の信者がどこに潜んでいるのかすら分からない。彼らの命を守る為にも騎士団に預ける事は出来なかった。むしろ、騎士団が到着するよりも早く撤収する必要すらある。
クロエはアリスによって救助されると、ハルの魔力譲渡によってすぐに意識を取り戻した。だがクロノスの力を使った反動によってその体は満足に動かせず、今もアリスに背負われている。
「クロエ、無事でよかった。」
「これが無事に見えるのか・・・。」
「普段もこれくらい大人しい方が私は良い。」
「お前な・・・。」
そして最も状態が深刻なのは、ノアであった。
アリスに続きオーネットに背負われて現れたノアは、外傷は全て魔法によって塞がれているものの、意識が戻る気配は無い。
「メティスと契約を結んだようだ。その力によって、死の淵を彷徨っていた私は助かった。だが、メティスの話では2-3日は目を覚まさない。」
オーネットの言葉に、ハルが冷たいノアの手を握る。
「魔力は回復させました・・・ですが・・・」
(体力や魔力ではなく、もっと奥底の何かが失われている感覚がする。それはまるで、命を直接削られた様な・・・)
だが、ハルは口に出さなかった。
何となく想像ができてしまったのだ。ノアの結んだ契約と、死に際から息を吹き返したオーネット。
もしハルがノアの立場でも、同じ事をしただろう。
(ノア様は、オーネット様を守ったんですね。)
力なく背負われているノアの姿に、心が痛む。
するとセシリアがハルの腕を引き寄せて耳元で囁いた。
「・・・オーネットも気づいているわ。」
その言葉にハルが顔をあげると、セシリアもまた哀しそうな表情で、瞳を閉じているノアを見つめている。
ハルはセシリアの手をぎゅっと握り、答えた。
「必ず、ガイアを倒しましょう。こんな悲しみの連鎖、絶対に断ち切るべきです。」
「・・・ええ。私も同じ気持ちよ。」
そして、繋いだハルの手を強く、握り返したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます