46 少女と先手

 



「今日も良い天気だな。」

「ああ、こんな仕事で金貰えるなんて、リューグルも儲かってんなぁ。」


 ここはリューグル魔法学術院の正門前。人通りはそこまで多くはないが、整えられた大通りと両脇にそびえる巨大な石の柱が、公的機関としての厳格さを醸し出していた。

 その正門前を見張っているのは、20名程の騎士。

 見張りとはいえ、一つの教育機関に過ぎないこの施設に、果たしてこれ程の警備体制が必要なのか。騎士のうちの一人が欠伸混じりに愚痴をこぼした。


「にしても、暇すぎるのもキツいよな。何かボヤ騒ぎとか起きねぇかな。」

「お前、流石にそれは不謹慎じゃねぇか?」

「だってよー」


 男がそう言った直後、


 ドゴォォオオオオオオオン


 突如響き渡る轟音。その音と揺れはリューグル内にも轟き、振り返った騎士達は慌てて武器を構えると音の正体、土煙の中で地面にクレーターを作って落下してきたその人物を囲む。


「なんだ!何者だ!・・・ぐあっ」

「おい、大丈夫か!?あがっ」


 一瞬の間に包囲した筈の騎士が一人、また一人と血を流しながら宙を舞った。そして土煙の合間から、正に豪傑といった褐色の肉体美が覗く。


「おいおいおい、リューグルに骨のあるやつはいねぇのか?こんなんじゃグルゴだったら3日ももたねぇぞ。」

「あれはシオン=ディーツェル!?」

「構わん、侵入者だ!ククネロ様を呼べ!」


 シオンの雷を纏った拳が立ち塞がる男達の顎を砕き、次々とその身体を吹っ飛ばしていった。殆ど魔法は使っておらず、背中に携えた大剣を抜いていないにも関わらず、一方的に蹂躙していく圧倒的な力。


「ぐがぁっ」

「ひ、ひぃっ」


 そして数分も経たない間に、リューグルの正門前には数十人の意識を失った騎士達が積み上げられ、残った一人は恐怖で尻餅をつきながら後退りしていた。


「た、助けてくれっ、俺達は数日前から雇われただけなんだ!」

「雇われた?誰に?」

「それはククネロさ、あっがあっ」


 そう言いかけた男の皮膚が突如、全身の水分を失った様に萎れていきその場に音も無く倒れる。黒かったはずの髪は真っ白に変わり皮と骨だけの様になったその姿はまるで、数百年老いた人間の成れの果て、その様な姿だった。


「おい!?」


 突然の事態にシオンが男に駆け寄ると、男は小さくだがうめき声を上げている。


(まだ生きてる?なんだこの魔法は!?)


「近頃の若者は全く使えないねぇ。」


 それに答える様に真正面、正門の奥から人影が現れた。深く黒いローブを被った、小柄な影。やがてそれが腰の曲がった一人の老婆である事に気づくと、シオンは背中の大剣を抜き両腕両脚に身体強化魔法をかける。


「あんたがここを仕切ってるククネロって奴か。」

「ヒヒヒッ、裏切り者のシオン=ディーツェル。ついてるねぇ。お前を殺せばメティス様もアーテ様も歓ばれる。」

「ガイアとレーテって奴の事か。殺すなんて、随分と年寄りのくせに穏やかじゃねぇな。」

「ヒヒヒヒヒッ、年寄りを甘く見るんじゃないよ。」


 すると老婆の背後から真っ黒な八本の鞭が出現し、シオンの横に積み重なったリューグルの騎士達に襲い掛かった。


「おいおい嘘だろ・・・化け物じゃねぇか。」


 目の前の光景に思わず呟くシオン。そこでは倒れていた騎士達の身体が、先程の男と同様にみるみるとミイラの様に萎んでいく。そしてそれに比例する様に、目の前の老婆の曲がっていた腰が伸び、顔中にあった皺が消えていった。やがて騎士の全員が見るも無残な姿になる頃には、老婆は30代半ば程の女性へと変わっていた。


「素晴らしきゲーラス様の力で、お前も私の力の一部にしてやろう。」

「イザベルと同じタイプのやつか・・・これは骨が折れそうだな。」


(頼んだぞ、ノア。)


 一斉にシオン目掛けて伸びてくる8本の鞭。シオンは雷を迸らせる大剣を構えると、真っ直ぐククネロ目掛けて駆けて行った。




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 〜数時間前のグルゴ・パラン本殿広間〜



「最終確認をするわよ。アリス、クロエを起こして。」

「いだだだ」


 クロエを除いてどこか緊張した面持ちで集まった一同。

 セシリアの母親ナタリーは、ガイアへの扉を早急に開く為、本作戦には不参加としていた。

 セシリアは腕を組むと口を開く。


「まず、捕らえていたリリーの尋問は失敗に終わったわ。」

「・・・何があったんだ?」


 シオンの問いに、セシリアは無表情のまま答えた。


「私が氷魔法を解いた直後に意識を消失した。恐らく自白を防ぐ為に、何かしらの魔法が施されていたのね。今は信頼できるイスタニカ近郊の施設に移送してるわ。」

「そうか・・・何か分かると思ったが、やっぱり一筋縄じゃいかねぇな。」


 セシリアは水を一口飲むと、話を続ける。


「リューグルの内部構造に最も詳しいのはノア。情報が無い以上、勝敗の要はノアが握っているわ。」

「恐らくメティスが眠っているのだとすれば地下だと思います。私は地下1階までしか入った事がないので、地下2階もしくは地下3階と考えるのが妥当です。」

「地下には何があるんですか?」


 ハルの質問に、ノアは手を口元にあてて答えた。


「地下1階はグラソン王国の歴史や古い魔法関連の資料が保存された書物庫でした。地下2階へと続く扉には常に厳重な警備が敷かれていて、機密性の高い医療魔法の研究とだけ聞かされていました。」

「そこで咎人化の研究をしていたと考えるのが妥当ね。」

「はい。」


 するとオーネットがふとした疑問をクロノスに尋ねる。


「クロノス。眠っている神達というのは側にいけば分かるのか?」

「うーん、難しい質問だね。」


 イーリアの話では、ガイアとの長い戦いの後、力を使い果たした神々は眠りについたとの事だった。だがそれにしては十年近く前に既に目覚めていた愛欲の神アモルがいる一方で、未だに眠ったままの叡智の神メティス。常に暗躍していたと思われる記憶の神レーテなど、ばらつきがあった。

 クロノスはオーネットの質問に少し逡巡すると、口を開く。


「側に行ってもわからない、と考えた方が良いかな。僕を訪ねにきたクロエの様に、神が住まう世界に入る事が出来ればその実体は認識できる。でもそれ以外の場合は、知らずに契約していたハルの様にまず気付かないだろう。」

「神の住む世界・・・」

「僕の入り口は空間魔法だったけど、入り方はそれぞれ違う。ノアはリューグルの地下に行ったら、ひたすらその扉を探すしかないね。」


 クロノスの言葉に、ノアは黙って頷いた。

 扉と言ってもはっきりとしたドアの形をしている訳では無いのだろう。


(あれ、でもどんな形なのか分からないなら・・・)


 セシリアの隣に座っていたハルが口を開く。


「クロノスさん、未来が見えるなら扉の形とか、ノア様がメティスさんに会えるかとかって、見えないんですか?」

「ああ、いい質問だね。断片的にしか見えないから何とも言えないけど、恐らくノアはメティスに会えるよ。」

「よかった・・・」


 ほっとした表情を浮かべるハルに、クロノスは一瞬考え込む様な素振りを見せた後、「でも」と付け足す。




「でも、オーネット。君は死ぬ。」




 静まり返る室内。最初に口を開いたのはノアだった。


「そんなっ!?それじゃ、オーネットは」

「先の未来であれば変わる事もある。だが、これはそこまで先の未来じゃない。オーネットが死ぬ事は変わらないだろう。」


 その言葉に、珍しく感情的になったノアが立ち上がり掌を強く握って言う。


「なぜそんな大事な事を黙っていたんですか!?」

「未来は変わらないからだ。君はこの後、"それならオーネットを置いていこう"と言うだろう。だがそうするとノア、君はイザベルに連れ去られ、壊される。そしてその手でオーネットを手にかける事になるだろう。」

「そんなっ・・・」


 震えるノアの肩を、隣のオーネットが抱きしめた。


「イザベルが来るんだ。例えどんな結果になろうとも、私が行かない訳にはいかない。君がいるなら尚更だ。」

「でも、それなら、二人でっ」


(二人で逃げてしまえばいい。どこまでも。私達が戦わなければならない理由は無いのだ。ただ四賢聖というだけで・・・)


 だが、そんなノアの言葉を遮る様に、オーネットの優しげな茶色い瞳がノアの顔を覗き込む。


「私は逃げない。守りたいものがあるからな。ノア、君もそうだろ?」


(私は、私は・・・)


 ノアの瞳から涙が溢れ、頬を伝った。オーネットはその涙を指で拭うと柔らかく微笑みかける。


「大丈夫だ。私は君を守りたい。こんな所では死なない。」

「そんな事言われたら、何も言えないじゃ無いですか・・・」


 クロノスに見えた未来が事実かは分からない。だがどこまでも使命を全うし気高くあろうとするオーネットを引き止める言葉など、ノアは持ち得ていなかった。




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「先程のあの騒ぎ、本当にグラソンの絶零の魔女達なのかしら。」

「命令を疑う事は、教祖様を疑うのと同じよ。」


 石畳がずっと続く薄暗い廊下を、一定の間隔でランプが照らす。窓一つない、所狭しと本棚が並べられた廊下。その中央を2人の女性が歩いていた。

 2人が着る制服にはリューグル魔法学術院の紋章が刻まれている。


「でもどうしてグラソン学園がリー教に楯突くのよ。別に私達何も悪いことしてないじゃない。」

「そうね、まぁ私達は知らない事情がきっと上にはあるのよ。」

「ふうん・・・それより、ねえ。私達さっきからずっと同じ所を歩いてない?」


 1人がそう言うと、もう1人が辺りを見渡して言った。


「真っ直ぐ歩いてるんだからそんな訳ないじゃない。」

「嘘じゃ無いわ。だってさっきもこの本棚の前を・・・」


 そう言って本棚のうちの一冊を手に取った少女。するとその途端、立っていた足元の石畳がぐにゃりと歪み、一瞬にしてその姿が床に吸い込まれる様に消える。


「何っ!?」


 突然の事態に咄嗟に剣を抜き風魔法を宿す少女。すると目の前の暗闇から、一人の小さな少女が姿を現した。


「朝からこんな暗いところにいたら不健康だぞ。」

「お前はグラソンのクロエ!?ククネロ様に連絡をっ」

「さよなら〜」


 クロエがそう言った瞬間、魔道具を取り出そうとした少女は先程の少女と同様に一瞬にして姿を消した。


「セシリア、地下一階の掃除終わったよー。」

「・・・こういう時に空間魔法は便利ね。」

「ふふん、こっそり悪戯をするにはもってこい。」


 シオンを除く6人はリューグルの地下一階に来ていた。クロノスは実戦闘では役に立たない為、グルゴ・パランにて留守番中である。


「シオンが時間を稼いでいる間に探すわよ。」


 セシリアはそう言って厳重に塞がれた地下二階への扉を一瞬で破壊する。冷気が辺り一帯に立ち込める。


「なんかセシリアも血気立ってるね〜」

「当たり前でしょ。敵の増援はイザベル含め、何人来るか分からない。それに・・・」


ーーーオーネットが命を落とすなんて聞いて、冷静でいられる訳ないでしょ。


 不安気な表情を浮かべるノアの前で口に出す事は憚れたが、オーネットはセシリアにとってもかけがえの無い親友であった。冷静さを取り繕ってはいるが、その内心は気が気ではない。


「何、この部屋・・・」


 破壊された扉を先にくぐったアリスが呟く。

 その先に広がっていたのは先程の薄暗い石畳とは打って変わって、真っ白な無機質の壁に包まれた円形の空間だった。中央には何に使うか分からない巨大な装置が音を立て、左右の壁には等間隔に4つの扉がある。

 そして振り向く白衣姿の数人の男女。


「な、なんだお前達は!?」

「誰かククネロ様に報告を、ぐあっ」

「駄目。」


 装置を触ろうとした男を始め、全ての研究員らをたちまちアリスの土魔法が拘束していく。


「ここで何をしていたの?言わないと骨を折る。」

「ぐぐぐ、我々は、ハル、リースリング、を、、がはっ」


 そこまで言った所で、研究員達は次々と意識を失っていった。アリスが土魔法の拘束を解いて回復魔法をかけるが、彼らに意識が戻る気配は無い。


「リリーの時と同じね。脈はあるけど回復魔法をかけても意識は戻らない。」

「でも、なぜハルちゃんの名前を?」

「嫌な予感がするわね・・・。」


 セシリアとノアが話している傍らで、クロエが部屋の中央に設置された装置に近づく。


「なんだこの装置?」

「クロエ、不用意に触ると危ない。」


 アリスの静止を無視してクロエが一つのパネルに触れると、その上部にモニターの様な魔法が4つ展開された。そしてそれぞれは徐々にある光景を映し出す。


「これは・・・人?」

「酷い・・・」


 それはこの部屋と同様に無機質な真っ白な部屋で、両手両足を拘束され鎖に繋がれた人々が、幾つものチューブに繋がれながら所狭しと座らせている、異様な光景だった。

 人々の頬は痩せこけ、頭には一本の毛髪もなく男女を識別すらままならない。彼らは虚な表情でじっと姿勢を正したまま、1ミリも動かなかった。


「この場所ってまさか!?」


 クロエが咄嗟に風魔法で部屋の左右にあった扉の一つを切り刻む。忽ち扉は粉々に破壊され、崩れ落ちる。するとその先には、だった今モニターで見ていた非人道的な光景が広がっていた。



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