《幕間》少女と悪戯

 



 それはある日の午後の事だった。

 講義の無い休日。特に予定も無いハルは、部屋で本を読みながらぼんやり外を眺めていた。


(暇だなー。リア達も今日は街に行ってるし、ノア様の所でも行こうかな。)


 外の天気は快晴。絶好のお出かけ日和である。


(きっとこんなに晴れてたらノア様の執務室も綺麗だろうな。よし!)


 ハルは読んでいた本に栞を挿むと、椅子から立ち上がった。そして部屋を出ようとした所で、外からオリビアの珍しく必死に何かを話す声が聞こえる。


「ーーー下さいっ!クロエ様っ!」


(ん?クロエ様?)


 その名前にちらっと嫌な予感が頭をよぎるハルであったが、考えるよりも前に開こうとしていた目の前の扉が外側から勢いよく開かれる。


「うわっ!?」

「いえーーーいハルゲットー!」


 目の前に立っていたのは異様に上機嫌のクロエ。その様子に更にハルの中の嫌な予感が膨れ上がるが、そんなハルの様子など全く意に介さず、クロエはハルの腕を掴んで強引に歩き出す。


「えっあの、ちょっとどこ行くんですか!?」

「すぐそこだよ〜あ、オリビアはステイね。」


 クロエがそう言った瞬間、追いかけて来ていたオリビアの脚が植物の様なものに絡め取られ、忽ち身動きが取れなくなる。


「クロエ様!ハル様をどこへお連れするおつもりですか!」

「すぐそこだよ〜」


 そう言ってクロエに引っ張られるまま連れて来られたのは目と鼻の先。セシリアの執務室であった。


「クロエ様!?セシリア様は四賢聖なので今も仕事中ですよ!?」

「おいおいまるで私が四賢聖じゃないみたいな言い方だなー」


 クロエはセシリアの執務室の扉を乱暴に足で蹴破ると、「たのもー」と言いながらハルをその中へと連れ込む。するとハルの予想通り、セシリアが心から不快だといった表情で書類から顔を上げた。


「ノックくらい出来ないのかしら。」

「ノックしたら入れてくれないじゃん〜」

「よく分かってるわね。」


 セシリアはそれだけ言うと何事も無かったかの様にまた筆を取り、書類へと目を落とす。


(そ、それだけ!?)


 するとクロエはまた強引にハルの腕を引っ張り、執務室中央、セシリアの座る場所から真っ直ぐ見えるソファへと腰掛けた。


「セシリア、ちゃ〜んとグルゴの時の約束、覚えてるよね?」

「・・・そろそろ来る頃だと思っていたわ。」


 クロエがにやにやと意味深な表情で言うが、セシリアは顔も上げずに答える。一人会話についていけない哀れな少女、ハルだけがその間でオロオロしていた。


「ふふん、そんな態度とってられるのも今の内だからな!」


 そう言ってクロエが指を弾くと、突然ハルの体が一瞬で消え、気がついた時にはソファの上で仰向けにひっくり返っていた。そして視線の先、見上げる正面にはクロエがハルを相変わらず悪戯っ子の様な笑みを浮かべて見下ろしている。


「え?え?グルゴの約束?」


 訳も分からずハルが戸惑っていると、セシリアが溜息をつきながらハルへ手を翳す。するとハルの横へ現れる砂時計。


「ハルには申し訳ないけど、シオンの元から貴方を救出する時、クロエと約束したのよ。」

「約束?どうしよう物凄くその先が聞きたく無いです!」


 そう言って暴れるハルであったが、頭上のクロエはより一層口角を上げながら、最も聞きたく無い言葉を口にした。


「1時間、ハルに何してもセシリアは止めないんだよ〜☆」

「・・・・セシリア様ぁ!!!」


 咄嗟にセシリアの方へ縋る様な視線を送るハルだったが、セシリアは「諦めて」とでも言う様に、また書類へと視線を落とすのだった。




 ・

 ・

 ・

 ・

 ・




「ひゃっ、ちょ、クロエ様っ!?」

「んー何?まだちょっと触ってるだけじゃん。ふーんセシリアにされる時もこんな感じなんだ。」

「そんな事・・・んんっ!?」


 体中を弄られ、拒む声を上げる口を、突然クロエの柔らかい唇で塞がれる。


「んん、んんんー!!!」


(絶対セシリア様を嫉妬させる為だ!!!)


 クロエはわざと、セシリアに見せつける様にハルの体に手を這わし、息する間も与えず唇を奪う。

 だがセシリアはそんなクロエの作戦など完全に見透かした様に、顔色一つ変えずに書類を次々とめくっていた。


「待っ、クロエ様っ、本当にこれ以上はっ」

「ぐぬぬ、セシリアめ・・・それならこれはどうだ!」


 そう言ってクロエが再び指を弾くと、今度はクロエの肩を拒絶する様に掴んでいたハルの腕が、クロエの背中へ抱き締める様に強制的に回される。


「え、ちょ、ちょっと!?」

「ふふん、まるで愛し合う恋人同士だね?」


 クロエの手がハルの衣服の下、下着の更にその内側へ滑り込む。徐々にくすぐったさより、別の感触が体の中へ広がっていく感覚に、これ以上は本当にまずいと必死で体を捩るが、クロエはその動き全てを魔法で悉く封じる。


「んんっ、だめです、クロエ、様っ・・・やぁっ」

「ふふふ、まだまだ、もっと沢山鳴かせてやる。」

「セシ、リア様っ・・・!」


 思わずセシリアに助けを求めるが、相変わらずセシリアは視線を落としたまま。書類に筆を走らせる手が止まる事は無かった。


「むむむ、もっと私に集中しろっ」

「いやあっっ!」


 ハルに出来る事は、強制的にクロエの背中に回された腕で必死にその体にしがみつく事だけであった。


(セシリア様の薄情者!!!)




 ・

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 ・

 ・




(セシリア様・・・酷い・・・)


 1時間経つ頃には、ハルの体力は限界を迎え、息も絶え絶えになっていた。

 それでも相変わらずセシリアは顔色一つ変えずにただ机に向かっている。


(セシリア様・・・酷い・・・)


 クロエのセシリアを嫉妬させる為だけの乱暴な行為に、ついにハルの意識が飛びそうになった頃、突然ハルに覆いかぶさっていた重みが消えた。


 バゴォォォンッ


「・・・へ?」


 何が起きたのか分からず、一瞬にして飛びそうだった意識を取り戻したハルが弱々しく顔を上げる。

 するとそこではセシリアが立ち上がり、開かれた扉の奥にクロエが吹っ飛ばされているのが見えた。


「セ、セシリア様?」

「一時間経ったわ。オリビア、クロエを部屋まで連れて行って頂戴。」

「かしこまりました。」


 部屋の外からは吹っ飛ばされた衝撃の為か、意識を失ったクロエがオリビアに引きずられる音が聞こえる。

 そして立ち上がったセシリアがゆっくりとハルの方へと歩いて来た。何故かその周囲ではパキパキと空気が音を立てて凍りつき、どうもハルにはその背後に禍々しい空気を感じる。


「えっと、あの、ありがとうございます・・・」


(どうしよう全然助かった気がしない!?)


 救われた筈にも関わらず、何故か全身が命の危機を感じ警鐘を鳴らしている。ハルは必死で乱れた衣服を掻き集めると、震える足腰で懸命に立ちあがろうとするが力が入らない。


(動け足!今動かないでいつ動くんだよぉぉぉ)


「あら、助けてあげたのになぜ震えているのかしら?」

「ひっ!?」


 ハルの熱を帯びた肩に触れるセシリアの冷たい手。思わず背筋に悪寒が走る。


「ちょっと体が冷えてしまって、だからお風呂であったまって来ますね、失礼しますーーーっ!」


 何とか立ち上がりその場から逃げ出そうとするハルであったが、当然そんな抵抗などセシリアに意味をなす筈も無く、一瞬にしてその身体はセシリアに捕らえられ、抱え上げられる。


「そうね。汚れてしまったのなら洗わないといけないものね。隅々まで。当然貴方は私のものなのだから手伝うわ。」

「自分で洗えますからっ!それに絶対何か怒ってますよね!?」

「あら、なぜ私が怒るの?他人に自分の最愛の人が触られて、満更でもなさそうな反応を目の前でされて、怒る訳ないじゃない。」

「絶対怒ってるやつだ!元はと言えば変な約束をクロエ様としたせいじゃ無いですか!」

「あら、主人のせいにするなんて。随分お仕置きされたい様ね。」

「このご主人様理不尽すぎる!!!」





 そして浴室へと向かう道のりを刑場に連れて行かれる死刑囚の様な気持ちで運ばれながら、ここまで全てを含めてクロエの悪戯だったのだろうと悟るのだったーーー








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