38 少女と宴
会議後はそれぞれ思い思いに過ごしていた。
夕刻過ぎになると、ハルとセシリアは街中の屋台で軽食を購入し、宿の部屋の机の上に広げながら向かい合って座る。
「こうして落ち着いて過ごすの久しぶりな感じがしますね。」
「そうね。行きは色々と慌ただしかったから。」
セシリアはそう言って紅茶が注がれたマグカップに口をつける。
「アリスさん大丈夫ですかね。」
「大丈夫かは分からないけど、アリスの事はクロエが何とかするでしょう。私達は手を出さない方が良い。」
「クロエ様が、ですか?」
(あのクロエ様が他人の心の傷を癒すなんて全く想像がつかない…むしろ喜んで傷口を広げそうだけど…)
するとハルの心を読んだのか、セシリアがふっと笑って言った。
「クロエはいつもあんなだけど、根は優しいの。ちょっと子ども過ぎで手加減が分からないだけで。」
「何回かあの人に殺されかけてますけどね・・・」
そうは言うものの、セシリアの言わんとしている事は何となくハルにも分かった。
ただ何故か異様にハルに執着してくるだけで…
(いや、やっぱりやばい人だよな・・・)
ハルが悶々としていると、セシリアは持っていたコップを置き、珍しく悔しげな表情を浮かべて呟く。
「この私が記憶を改竄されるなんて、四賢聖として恥ずかしい。」
「ま、まぁでもオーネット様なんて精神操作されて私を襲って来ましたし。」
「そこであの件を持ち出すあたり、相変わらずあなたは空気が読めないのね。」
「ええっ」
どうやらセシリアの中では、オーネットがハルを襲った一件はかなりタブーになっているらしい。恐らくそれは、四賢聖の失態という体裁的なものではなく、友人に自身の所有物を一瞬でも奪われたという、嫉妬に近い感情的な理由であった。
(でも当事者の私もあっさり記憶を消されてたからな…)
それも、消されていたのはハルの中で大切に仕舞っていたはずの記憶。イーリアとの思い出は、まるで失った姉との思い出の続きの様で、思い出す度に優しい気持ちになれた。そんな大事な記憶をあっさりと忘れてしまっていた事実に、罪悪感を抱かない訳では無かった。だが、今はそれ以上に大切な記憶を取り戻せたという安心感の方がハルの中では大きかった。
今なら細部まで思い出せる、イーリアの優しく頭を撫でてくれた手、少しおどけた様に笑う表情。だが本当のイーリアとは、一体何者なのだろうかーーー
ーーール、ハル?
「・・・イーリア」
気がつくと勝手に口がその名前を呟いていた。そしてハッとする。それ自体は何でもないただの呟きであるが、一瞬にして冷え切った体感温度と、それが気のせいでは無い事を知らしめるように音もなく凍りついたコップの中の紅茶が、とんでもない地雷を踏んでしまった事をハルに知らしめた。
「えーっと、なんか寒いですね・・・」
恐る恐る顔を上げると、目の前のセシリアはハルの想像通り、にっこりと笑って頬杖をついている。その表情は正に見る者の心を奪う程の完璧な笑みであったが、ハルには悪魔の微笑みにしか見えない。
「セシリア様、これは、あの、ちょっと考え事をしていまして・・・」
悪い予感しかしない状況に思わずイスを引いて目の前の悪魔から後ずさるハルだったが、
「あれっイスが動かないぞ!?」
「私といる時に他の女の事を考えるなんて、随分と良いご身分なのね。さっきからアリスにオーネット、そして今度は別の女。少し目を離していた間に私の事なんて忘れてしまったのかしら?」
「いや、違います、違いますから!ってなんで拘束魔法かけるんですか!?いや、理由は聞きたく無いなあ!?」
慌てて逃げようともがくハルにセシリアが手を伸ばそうとしたその時、突然部屋の扉がノックされた。それは今まさに捕食されようとしていたハルにとっては神の福音。
コンコンコンッ
「セシリアとハルはいるか?オーネットだ。」
「います!セシリア様も私もいます!」
セシリアは、助けを呼ぶ様に大きな声で返事をするハルをジロリと一瞥すると、渋々立ち上がり部屋の扉を開けた。そして扉の前に立つオーネットと何やら会話をし、ハルの方を振り返る。その口から発せられたのは、意外な申し出であった。
「ハル、オーネットの買い物に付き合ってあげて。」
「買い物、ですか・・・?」
(オーネット様と二人で買い物?)
「ええ。でも必ず21時間までには戻りなさい。いいわね。」
「は、はい!」
(よく分からないけど助かった・・・)
ハルは元気よく返事をすると、オーネットの後をついて行くように部屋を出て行った。
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ハルが連れられるまま、オーネットとやって来たのは街の中心部。と言ってもイスタニカと比べるとその規模はかなり小さく、大通りの端から端までは30分もあれば歩ける程の大きさだった。だが小さいながらも所狭しと小規模のお店が軒を連ね、中には冒険者向けなのか一見すると何を売っているのかよく分からないような怪しい店まで混在している。そんな街の中を、ハルとオーネットの二人は制服を覆い隠す様なローブを羽織って歩いていた。理由を聞くと、あまり目立つ格好では行きたくない場所らしい。
「買い物って、どうして私なんですか?ノア様の方が適任では?」
ハルの質問に、オーネットは真っ直ぐに大通りを歩きながら答えた。
「実は、ノアが最近どうも落ち込んでいてな。恐らくイザベルに自分が目をつけられたせいで私を巻き込んでいるとでも思っているのだろう。元気づける為にも、何かお守りの様なものを渡したいんだ。だが生憎私は人の嗜好に疎い所がある。それに、セシリアはこの後レヴァンダの事後処理があるらしくてな。だから申し訳ないが、君に頼ませて貰った次第だ。」
そうしてオーネットはある一軒の店の前で立ち止まった。
「ここだ。」
「素敵なお店ですね。」
そこはやや年季の入った重厚な雰囲気のヴィンテージショップであった。店内に入ると、カランカランと鈴が鳴り、髭を蓄えた小柄な老人が小さく会釈をする。店中の棚には小さな魔獣の角を削った置物や、宝石で彩られた上品な杖など、大小様々な優美な商品が所狭しと並べられており、他の客は誰もいない様だった。
「すまないが、ここにカーバンクルの指輪はあるか?」
「あなたは・・・オーネット様ですね。制服を隠されていても分かりますよ。少々お待ち下さい。」
老人はそう言うと店の入り口の立て札を「CLOSED」に変え、魔法を唱える。そして現れた小さな扉の中に入ると、小さな箱を5つほど持ってオーネットの前へ戻って来た。
「カーバンクルの指輪には、死から人を守るという言い伝えがあります。しかし、それは当然迷信です。それでも宜しいのですか?」
「ああ。最初から言い伝えは当てにしていない。」
「承知致しました。」
老人はそう言うと、木の箱を一つずつ開く。
その中に鎮座しているのは、金銀の金具に彩られた色とりどりの宝石。
「すごい・・・」
初めて見る様な深い輝きを放つ指輪に、ハルが思わずそう呟くと老人は目を細めた。
「カーバンクルの指輪は不死の言い伝えを抜きにしても、一級の代物です。わざわざ目立たない服装でいらっしゃって下さったので疑ってはいませんが、どうかここで取り扱っている事は内密にしていただけますと。」
「ああ。分かってる。」
オーネットはそう言うと指輪の一つを手に取った。その宝石は夜空の様に濃紺に輝いている。
「ノア様の瞳の様ですね。」
「・・・どう思う?」
ハルはオーネットからその指輪を受け取ると、老人に断って右手の薬指にそっと嵌めてみた。指の上で輝く宝石は、強い輝きを放ちながらもどこか上品さを纏っている。そしてその色合いは正にノアの瞳そのものの様で、まるでノアと共にあるかの様な思いを抱く。
「そうですね、確かに素敵です。ただ、ノア様にお渡しするのならこちらの方が良いかと思うのですが、いかがでしょうか?」
ハルはそう言って一番端に置かれた指輪を手に取った。
「少し、地味じゃないか?」
ハルが手に取ったのは、煌びやかに輝く数々の宝石の中では一見地味だが、重厚で温かい光を放つブラウンの宝石。それはまるでオーネットのノアを見る時の瞳の様に、優しい光を放つ。
「恐らくノア様は、こちらの方が喜ぶと思いますよ。」
「そうか。ハルが言うのならそうしよう。これを頼む。」
「かしこまりました。」
オーネットはそう言うと、支払いを済ませて店を出た。
「オーネット様って、お金持ちなんですね・・・」
盗み見たわけではないが、チラッと目に入ったその金額はハルがこれまで手にした事すらない程の金額であった。
「何を今更。四賢聖はグラソン学園の運営の他にも様々な仕事をしている。ノアはリューグルや諸国との共同研究。セシリアは魔法部関連の仕事。クロエは・・・私もよく知らないが教会や孤児院の修繕事業をしているらしい。私も日中の殆どは騎士団と共に魔獣討伐や罪人探し、国境警備の仕事をしているからな。ある程度の金はある。」
「とてもじゃないですけど、同じ学生とは思えないですね・・・でも、ノア様、リューグル魔法魔術院と関わる仕事をしていて平気なんですか?グルゴもレヴァンダも敵なら、リューグルも。」
グルゴのシオンは人質の為とは言え、一度はハルを襲撃した。聖レヴァンダに至っては学長・第一位共に咎人化しており、敵の手の内であった。となると残るリューグル魔法魔術院も同様と考える方がシンプルだ。
「その点に関しては我々も同意見だ。敵の素性を暴くまでは、ノアもリューグルとは最低限の干渉しかしないだろう。それより、何故グラソン学園にはずっと手を出せずにいたのか。その点の方が私は引っかかるな。グルゴの様に手荒な真似を仕掛けて屈服させに来てもおかしくないはずだ。」
「確かにそうですね。」
単純にセシリアの戦力を警戒していた為なのか。だがそれだけが理由なのであれば何かしらの手段でセシリアを排する事も出来たはずだ。四賢聖でさえずっと尻尾を掴めていなかったという事は、長期に渡って一切グラソンには手を出さずにいた事になる。言われてみればあまりに違和感があった。
「だが考える事は四賢聖の仕事だ。それよりも買い物に付き合って貰った礼がしたい。この近くに変わった店があるんだが少し食事でもどうだ?」
「行きたいです!」
オーネットの言葉にハルは目を輝かせた。夕食を取ろうとしたタイミングでのオーネットの来訪であった為、確かにお腹は空いていた。門限の21時まではまだ2時間程時間がある。ハルは喜んでオーネットの後へと続いたのだった。
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「本当にこれ全部食べて良いんですか!?」
ハルの目の前に並ぶいくつもの料理。それらはセモール村でも、グラソン学園でも見た事が無いような麺類や揚げ物など、どれもが新鮮で食欲を掻き立てるような香りを放つ。
「こういう冒険者が来る様な店はセシリアやノアとは来れないからな。好きなだけ食べるといい。」
「お言葉に甘えて!」
そう言ってハルは並ぶ料理の一つに手をつけながら、ふと湧いた疑問をオーネットへ投げかける。
「そういえばノア様は夕食どうされるんですか?」
「ノアは宿で寝ている。一度は死にかけた体だからな。完全に回復するにはもう数日はかかるだろう。そんな事より、セシリアの話ではハルもかなりダメージを負ったらしいが、もう何とも無いのか?」
「私の場合は肉体的な傷を負ったわけでは無かったですから。未だにちょっと体の感覚がおかしい所はありますけど、セシリア様の魔法でかなり回復しました。」
そう言ってハルは手をグーパーして見せる。そんな話を交わして食事を楽しんでいると、何やらオーネットとハルの周囲が騒がしくなり始めた。どうやら奥のテーブル席で何か揉めているらしい。
「おいお前、約束が違うじゃねぇか!」
「約束?フン、どうせそっちがズルでもしたんだろ?詐欺師相手に払う金なんてないね。」
「詐欺師はてめえだろ!」
声を荒げて言い争っているのは大柄の男と、飄々とした態度の金髪の細い男。机の上に広げられたトランプから、何か賭け事をしたにも関わらず約束通りの賭け金を払わなかった事で揉めているらしい事が分かる。
怒った大柄な男が金髪の男に掴みかかろうとその太い腕を伸ばす。だがその腕は男に届く直前に火花を散らして弾かれた。
「ぐっ・・・雷魔法かっ」
「そんな汚い手で触らないで貰えるか?服が汚れる。俺の名前はレモンド。この名前くらいは知ってるだろう?」
金髪の男はそう言うと長い前髪をかき上げた。男の言葉に、周囲がざわつく。
「おい、レモンドってあの雷使いのレモンドじゃねえか?」
「男なのに魔法でフェンリルを倒したって噂の・・・」
どうやらここら一帯では、レモンドという男はある程度有名らしい。だが大柄の男は「そんなの知るか!」と声を荒げると殴りかかる。
「魔法が使えるから何だってんだよ、ちゃんとケジメつけて貰うぞ!」
だが男の振るった拳は再度電撃によって弾かれ、反動で男が尻餅をつく。その衝撃で机の上の酒が溢れ、金髪の男の衣服を僅かに濡らした。
「おいおい。適当にこの辺の汚いゴロツキから金巻き上げようと思ったのに、俺の服が汚れちゃったじゃねえかよ。それこそどう落とし前つけてくれんだ?」
そう言うとレモンドと名乗った男は片手に電撃を纏い、振り上げる。
「お前らみたいに素手や剣しか取り柄のない奴らは出来損ないなんだよ。俺の服を汚した罰と、俺を詐欺師呼ばわりした罰だ。」
そう言って火花を散らしながら振り下ろされた男の腕から、細い電流が放たれる。蛇の様に迫る青白い電流。だがレモンドには不幸な事が二つあった。一つはこの店にオーネットが来ていた事。そしてもう一つは、オーネットの前で剣を侮辱した事。
バチィィィィィィ
金髪の男の攻撃を、間に入ったオーネットが右腕で受け止めた。
「この程度の雷魔法か。ノアの足元にも及ばないな。」
その腕には防御魔法は展開されておらず、正に素手の状態。オーネットの羽織っていたローブと制服が破れ、その下の皮膚までもがバチバチと音を立てて焼け焦げた。
「何だお前は?女か?邪魔するならお前も同罪だぞ?」
そう言って放たれる二撃目の攻撃。先程よりも更に威力を増した電撃がオーネットの顔に向かって伸びるが、オーネットは目にも止まらぬ速さでローブの中に隠していた剣を抜くと真下に振り下ろし、その雷撃を真っ二つに切り裂く。その動きで留め具が外れ、ハラリと床に落ちるローブ。中からふわりと広がる、束ねられた鮮やかな緑色の髪。そして露わになる、グラソン魔法学園の生徒であることを示す制服ーーー
「ーーー先程お前は、この男を『剣しか取り柄のない』と愚弄していたな。どうだ。見下した剣にお得意の魔法を切られる味は。」
「お、お前は、グラソン学園の・・・・」
流麗な所作で剣を仕舞うオーネットに、周囲の男たちが口々にオーネットの名前を囁き出す。そしてその顔を見た瞬間顔色を変えたレモンドは、
「ぐっ、こ、これでいいだろ、さっきの賭け金だ!釣りはやるからいいだろ!」
と言って懐から何枚かの銀貨を置き、逃げる様に店を出て行った。
「すまない。突然割り込んでしまった。追った方が良ければ追うが?」
オーネットはそう言って尻餅をついたままの男を振り返ると、男は両手を床につき、震えながら声を発する。
「そ、そんな、オーネット様に追っていただくなんてとんでもございませんっ、そ、それより本物のオーネット様ですか・・・」
体格に似合わず少年の様に目を輝かせた大男にオーネットが頷くと、周囲で囁いていた男達の声が歓声に変わる。
「オーネット様だ・・・本物だ・・・」
「あのシオン様に並ぶ剣神と噂の!」
どうやらこの酒場に来ていた冒険者達はその剣の腕一本で日銭を稼ぐ者達で、その中でもオーネットの名はかなり知れ渡っているらしい。忽ち店中の冒険者達がオーネットを囲い出す。
「そうか、お前達も剣の道を歩む者か。」
「そんな、俺たちがオーネット様と同じ道を歩くなんてとんでもない!」
オーネットが冒険者達に囲まれているのを遠巻きでハルが見ていると、聞き覚えのある声が店の中に響いた。
「お!ハルじゃん!それにオーネットも!なんだ宴か?」
そう言って現れたのは紫の短髪といくつも開いたピアス。そして見るからに武闘派という印象を与える出で立ちのシオンだった。
「シオンか。この店はどうやら剣を嗜む冒険者が多い様でな、少し談笑していた所だ。」
「楽しそうだな!あたしも混ぜろ!」
突然現れたもう一人の剣豪に、更に周囲の冒険者達が沸き立つ。そして何故かシオンによってハルもその輪の中に連れ去られ、たちまち始まった宴の中に放り込まれるのだった。
「オーネット様まさかお酒飲んでないですよね!?顔真っ赤になってますよ!?」
ハルの隣で冒険者と談笑しているオーネットの頰はほんのり上気しており、どこかその呂律も怪しい。焦るハルに、反対に腰掛けるシオンが笑って言葉を掛けた。
「ははは、そいつは酒じゃねえよ。
そう言ってシオンに差し出されだジョッキに口をつけるハル。
「本当だ!美味しいですね!」
口の中に広がるフレッシュな柑橘系のフルーツの味。初めて味わう独特の味わいに感動するハルを、シオンが楽しそうに見つめる。
そうしてハル自身も普段は交流が無い冒険者達としばらくその場を楽しんでいたが、突然隣で立ち上がったオーネットの声で我に返った。
「居合術は実用性が無いと言う輩もいるが、居合と剣術とは本来同一のもの。居合を極めればこの世に切れない魔獣はいない!」
「オーネット様!その状態で抜刀は絶対ダメですから!」
そう言って剣を抜こうとするオーネットをハルが慌てて止める。その瞳は完全に据わっており、ハルはこれ以上は危険だと、店に残り続けようとするオーネットを引きずってシオンと共に外に出た。
「すみませんシオンさん、お会計していただいて・・・」
「はは、この前はかなり迷惑かけたからな。気にすんな。」
やはり
「すまない、羽目を外しすぎてしまった。」
「あんたもたまにはこれくらい息抜きしねぇと、セシリアの側は息が詰まるだろ。」
シオンの言葉に、オーネットがハッとした顔でハルを見る。
「そういえばハル、セシリアの門限は大丈夫なのか?」
オーネットの問いかけに、ハルは自信満々に頷いた。
「もちろんです!門限を破ったらどうなるか、考えただけで恐ろしいですから!」
店の中でもハルはずっと時計を見ていた。いまの時刻は20時半過ぎの筈。もう間も無く宿へたどり着くので、完璧な計画だ。それにしても、まだ20時半にしては閉まっている店が多いがーーー
「ははーん、そう言うことだったのか、ハルがチラチラ店の時計を見ていたのは。」
シオンの楽しそうな声に、ハルは嫌な予感がした。
「な、なんですか・・・?」
「あんまりにもあんたがビクビク時計ばっかり見てたから、面白いと思って店の針を何度か止めたんだ。もちろんあたしはクロエみたいな器用な魔法は使えねぇから、時間の流れはそのまんまだけどな。」
そう言って楽しそうに笑うシオンの言葉に、みるみるとハルの顔が青ざめる。そしてそんなハルに追い打ちをかける様にしてオーネットが呟いた。
「時計の針が止まっていたの、気付かなかったのか・・・今、もう23時前だぞ。」
「えっ!?シオン様、オーネット様匿って下さい、殺され、ぐあっ」
言葉の途中で突如走る体への衝撃と一瞬にして宙に浮いた体。そして揺れる視界に、自分の体が何者かに抱き上げられた事を理解する。そして両手両足にはご丁寧に、先程ぶりの拘束魔法までもがかけられる。
「今晩は良い夜ね。シオン。オーネット。」
「セシリアさ、んぐっ」
咄嗟に弁明しようと開いた口すらも魔法によって塞がれる。そんなハルに、オーネットは申し訳なさそうに視線を逸らし、シオンはニタニタと笑みを浮かべていた。
「ああ、素敵な夜だな。ほろ酔いのハルは可愛かったぞ?」
シオンの煽る言葉にセシリアのハルを掴む腕の力が増し、氷がバキバキと音を立てる。
「それは良かったわ。きっとハルも楽しかったのよね?時間を忘れるくらいに。」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
リリーと対面した時以上の命の危機を感じながら、ハルは必死に声にならない声で叫ぶのだったーーー
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