36 少女と大遠征(7)

 



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「安心して、すぐに殺してあげるから。」


 クロエまで数メートルの距離に近づいたクリアナは、緑と紫の長い髪をかき上げるとクロエに左手を翳した。その手の平からは黒い光が迸る。


「・・・くそっ」


 クロエの腹部に開いた穴からは未だ絶えず血が溢れ出し、回復魔法をかけているものの塞がり切るのにはまだ時間を要した。大量の出血のためか指先は冷え切り、気を抜けば意識を失いそうな程、傷口が燃える様に痛む。


「お前、なんでアリスから母親を奪ったんだ。ただ力が欲しいだけなら、他にも方法はいくらでもあっただろ。」


 呻く様なクロエの問いかけに、クリアナは笑みを浮かべて答えた。火傷を負った顔半分に引き攣るようなしわが寄る。


「あら、自らの手で母親を殺した貴方からそんな言葉が出るなんて意外ね。でも答えは簡単。母親なんて単なる幻想よ。ただアリスを産み落としただけの存在に過ぎない。アリスは私の計画に必要だった。だから奪った。それだけの話。」

「計画・・・?」

「ええそうよ。私はこの神の力とアリスを使って、私を認めなかったグラソン学園、そしてあの憎き女の娘、セシリアを滅ぼすの。」

「・・・そんな、そんなクソみたいなものの為に、アリスから母親を奪ったのか。」


 クリアナの言葉にクロエは指を強く握る。そして震える腕になんとか力を込めると上体を起こした。塞がりきっていない傷口からはゴポリと血が漏れ、口から吐き出す様に溢れた血が制服を真っ赤に染める。だがそれでもクロエは奥歯を噛み締め、よろけながら立ち上がった。


「立ったら死ぬわよ?どっちにしろ私が殺すから構わないけど。」


 クリアナが嘲笑う様にして言うが、クロエはそれでもしっかりと地面を踏み締め、真っ直ぐクリアナを睨みつけた。


「母親を失う気持ちが・・・わかるのか?自分の信じてた母親が、信じられなくなる気持ちが、お前に、わかるのか?」


 血を吐き出しながら叫ぶクロエに、面倒くさいとばかりに指先で髪をいじりながらクリアナが答える。


「そんな事知らないわ。だって私はいつも奪う側。奪われる弱者の気持ちなんて分からないし、この先も一生わからない。」


 そう言うとクリアナはわずかに右手の人差し指を動かす。


「ぐああっ」


 すると忽ちクロエの足元から数本の土の棘が出現し、左足を貫通した。その痛みにクロエの表情が歪むが、それでもクロエは立ったまま、再度目の前のクリアナを睨みつける。


「お前はっ、お前だけは許さねぇ!!!」


 クロエはそう叫ぶと、両手を体の前で握りしめた。


「何をするつもり?」

「元々天国に行けるなんて思ってないからな。一緒に地獄に落ちようぜ。ーーーアエテルタニス!!!!!」


 それは、理論上でしか存在しない古の空間魔法。膨大な魔力を代償に、対象と術者自身を永遠に亜空間に閉じ込める魔法。太古の昔、強大な悪魔を封印する為に使われたとされている、高位の空間術者と一部の魔法師のみが知っている魔法であった。


「やめなさい!」

 危険を察知したクリアナが叫び、止めようとクロエへ幻術をかけるがすでに遅く、クロエとクリアナの足元の地面には一瞬にして真っ黒な正方形が現れ、足元から二人を飲み込まんと徐々にせり上がる。


「何よ、これっ、くそ、くそっ」

「無駄。一回飲み込まれれば誰も出てこれない。お前も、私も。」


 クリアナは必死に黒い呪縛から逃れようとするが、魔法を使ってもどう足掻いても足が動かない。それどころか、徐々に体は黒い箱に飲み込まれていき、足、腰、やがて肩が黒い魔法に包まれていく。


「おのれぇぇぇぇ、クロエぇぇぇえええええ!!!」


 絶叫しながらクリアナの姿が真っ黒な空間魔法に飲み込まれ、そして姿を消した。やがてクロエの体もまた、肩まで真っ黒な魔法が差し迫る。クロエは抵抗する事もなく、じっと自身の身体がその真っ黒な闇の中へと飲み込まれるのを待った。


「クロエ!!!」


 意識を取り戻したアリスの叫び声が森の中に響く。


(・・・洗脳が解けたのか。)


クロエは頭部が呑まれる直前、アリスの方を振り向き叫んだ。


「アリス!!!私が死ぬのは別にお前の為じゃ無い!嫌がらせだ!ずっと一人で、死にたそうな顔してた、お前への!だから生きろ!アリス!!!」


 そしてクロエの姿も闇に飲み込まれ、地上に出現した漆黒の立方体は一瞬で姿を消す。


「クロエ・・・」


 残されたアリスは、クロエが姿を消した場所まで這いつくばると、その場に縋りつく様にして地面を掻きむしり何度もクロエの名前を呼んだ。



「クロエ、クロエ・・・」


 だが、そこにはもう銀髪の少女の姿も、長きに渡って自身を貶めたクリアナの姿も無い。

 クリアナの精神魔法が解けた事で、数百倍速で見せられる映画の様に蘇る記憶と感情。そして自身の行ったノアへの仕打ちに、アリスはただ蹲ってこの身が消えて無くなる事を願い続けた。




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(ここが亜空間か・・・)


 ただどこまでも続く闇の中でクロエは横たわったまま漂っていた。自身の持つほぼ全ての魔力を消費したのか、全身の感覚は失われ、腹部の傷へ回復魔法を施す事も叶わない。それどころか無理をして展開した魔法によって傷口は更に開き、意識も朦朧としていた。


(何も、見えない・・・)


 目を開いているのか閉じているのかすら分からない程の暗闇。失った全身の感覚と合わさり、もうどこまでが体でどこからが闇なのかすら分からなかった。


(ここで、死ぬのか・・・)


ーーー残されたアリスはどうなるんだろう。そのうちセシリア達に見つかるだろうけど、操られていた事をちゃんと弁明できるんだろうか。ノアに手をかけたのだから、オーネットに殺されかねない。それに、本来は正義感の強い人間だったんだろう、自分の犯した罪の意識で早まった事をしなきゃいいけどーーーふと、そんなアリスの事ばかりを考えている自分に、クロエは呆れた様に笑みを浮かべた。


(私も他人ひとの事、考えられるんだ。)


 人間らしさなんて、6歳になったあの日に全て失ったと思っていた。何もかもを信じられず、ただ孤独でいる事を愛する様になったあの日から。四賢聖の面々も、そんなクロエの過去を知りわざと一定の距離を保って接してくれていた。そんな日々は心地よかったが、それと同時にどこか虚しくもあった。ーーー何の為に自分は生きているのか?ーーーそう自問する夜も少なくは無かった。だが、クロエの知らない所で、クロエにも大切な人が何人も出来ていたらしい。


(あー息苦しくなって来た、そろそろ死ぬのか。)


 目を閉じると浮かぶセシリアやハル、オーネット、ノア、そしてアリスの顔。きっと勝手に死ぬ事をセシリアは許してはくれないだろう。クロエが死しても尚怒りそうなセシリアに、ふっと笑みが漏れた。もしまたあの日々に戻れるのなら、もう少しまともに生きようか。否、きっとまたオーネットに悪戯をして、セシリアに怒られてノアに慰めてもらう、そんな日々が良い。


(幸せって、こんな気持ちの事なのか。)


 死の間際という状況にも関わらず、不思議とクロエの心は波一つ無い湖畔の様に穏やかだった。そこで漸く気づく。自らが何年も執着し欲していたものは孤独や愛情などではなく、常に奪われてきた人生の中で、何かを奪い返す事だったと。そしてその願いはきっと叶った。自身の命という大き過ぎるものを犠牲にして。

 クロエはそう思考すると満足そうに微笑み、闇の中で死の訪れをじっと待った。


ーーーだが、訪れたのは意外にも死ではなく、何者かの声だった。


「君、ここへ死ぬ為に来たの?」

「・・・・誰?」


 突如聞こえた謎の声に、なけなしの力で再び瞳を開くと、仰向けに寝転がったクロエの前方遠くに人の様な人物がうっすらと立っているのが見えた。


「誰って、知らないでここに来たの?」

「なんで、この空間に人が・・・?」


 一瞬クリアナとも考えたが明らかに声が異なる。クロエがそう呟くと、声の主は「ああそういう系の人か」と言って持っていた本の様なものを閉じた。


「君が僕への扉を開いたんだよ。クロエ=ウェストコリン。」

「・・・扉?それに私の名前をどうして知ってるんだ?」

「そう、君は時の扉を開いたんだ。ここに人が来たのは何年ぶりだろう。この前は確か・・・っと、それは言わない約束だったね。」


(何これ、死ぬ前の幻覚?)


「幻覚じゃ無いよ。」

「心読めるのキモい。」

「ひどいなぁ。」


 声の主はそう言って笑うと、ゆっくりとクロエへ歩き出した。近づいてはいるが、その姿はぼんやりとしていてよく見えない。


「さぁ、あんまり時間はないようだ。君の願いを言いな。」

「・・・願い?」

「そうだ。君の願い。代償はちゃんと受け取るけど、こう見えて僕はメティスに次いで優しいと評判なんだ。何が欲しい?あの悪趣味な紫と緑の女を滅ぼす力かい?」


(やっぱり幻覚か?)


「だから幻覚じゃ無いってしつこいなー。早く願い事を言わないと、クリアナに開けられたお腹の傷で君、死んじゃうよ?」


 その言葉に、クロエの眉がピクリと動く。


(クリアナの事をなぜ知っている?やっぱり死ぬ前の幻覚?でも、それでも、もし本当に願いが叶うんだとしたらーーー)


 クロエは仰向けのまま叫んだ。


「もし、願いが叶うなら力をくれ!いつも奪われるのは決まって弱い者ばっかりだ。家族も、仲間も、生まれた意味も、何もかも。なのに奪うやつは変わらない。ずっとそうだった。だから、この世界の全部を変えたい。力をくれ!どんな未来も変えられる、力を!!!」


 クロエの咆哮に、声の主は楽しそうに笑って答える。


「随分と漠然としているが、僕はそういうの嫌いじゃない。でも未来を変える力、代償は大きいよ?」

「構わない。私のあげれるもの全部くれてやる。だがら、力をくれ!!!」


 クロエの言葉を聞くや否や、声の主は高い笑い声をあげて言った。


「はははっ、好きだよ。君みたいな子。いいね、丁度久しぶりに世界の様子を見たいと思っていたんだ。代償に君の肉体を貰おう。」


 そう言うと一気に真っ黒だったクロエの視界が白く眩い光に包まれる。


「せっかくだし、さっきの女もどっかの空間に飛ばされてるみたいだから地上に戻しておくよ。存分に僕の力で遊ぶと良い。ああ、でも代償は先に貰うよ。」

「ぐああああああぁっ」


 そう言うなり、クロエの右腕が肩から弾け飛ぶ。あまりの痛みに顔を歪めて叫ぶクロエだったが、のたうち回る時間も無く忽ち視界は見慣れた森の中、まさしく先程クロエが空間魔法を行使した場所に引き戻されていた。


「クロエっ!?」


 突然現れたクロエを見るや否やアリスが這い寄り、その小さな体を胸に抱いた。その表情は記憶が戻った為か、それとも失われた右腕を見た為か悲痛そうにひしゃげている。


「お、アリスじゃん。はは、その感じだとクリアナの魔法解けたんだ。」


 クロエはそう言って何でも無い様に笑うが、アリスは回復魔法を施しながら涙を零した。


「クロエ、私のせいで右腕が、ああ、ノア様を、ノア様を今呼ぶからっ」

「はは、ノアってさっきアリスが切ったじゃん。それにこの腕は大丈夫。これで借り二つだね。」


 クロエはそう言ってアリスに向けて指を二本立てる。


「あらあら、私の事、まさか忘れてないわよね?」


 そんなクロエと、クロエを胸に抱くアリスの背後からクリアナが現れた。亜空間から必死に脱出しようともがいたのか、その長い髪は乱れ、心なしか足取りはフラついている。


「一時は閉じ込められたかと思ったけど、どうやら魔力が足りなかったみたいね。」

「しぶとい野郎だなー」


 心配するアリスに「大丈夫」と言ってクロエは立ち上がった。アリスの回復魔法のおかげか腹部の傷は塞がっている。それに、不思議とクロエの身体中には普段以上の魔力が満ち溢れていた。


(右腕が持ってかれてるって事は、さっきのはただの夢じゃなかった様だな。)


「今度こそきっちり殺してあげるわ。親殺しのクロエ=ウェストコリン!」


 クリアナがクロエへと手を翳し、再度大小様々な真っ黒な球体を出現させる。その数、数十個は下らない。


「死になさい。」


 そしてそれぞれの球体はまるで消えたかの様なスピードで一斉にクロエへと襲い掛かる。だが、クロエはすでに違和感を感じていた。


(遅くなった?いや、違う。見えるんだ、軌道が。何がどこへ動いているのかが。)


 飛び交う球体はまるで映画のコマの様にその先の動きを映し出してクロエの元へと襲いかかる。完全に軌道が読めている以上、躱す事は容易でその隙間を縫う様にクロエは瞬間移動を繰り返した。


「くっ、ちょこまかと!」


 苛立った様にクリアナが言い放った瞬間、クロエの頭の中にアリスが地面から突き出した棘によって突き上げられ、囮の様にクリアナに捕われる場面がよぎる。


「危ないっ」


 クロエは一瞬でアリスの側に移動すると、状況が読めないアリスの体を片腕で脇に抱え、宙に飛び上がる。そしてその数秒後、予感通りに出現する土の棘。


「そういう事か。という事はーーー」


 クロエは状況を理解した。そして理解した瞬間に予想通り木の影から一人の人物が出現する。


「誰っ!?」


 突然の知らない人物の登場に、クリアナは警戒した様に言った。

 現れたのは一人の少女。長い薄紫色の髪を後ろで三つ編みにまとめ、執事の様な服を着て眼鏡をかけている。想像よりも小柄であるものの、その少女こそが先程クロエに語りかけ、その右腕を奪った人物である事はすぐに分かった。


「さっきぶりだね、クロエ。どうだい?僕の力は。慣れるまでは大変かと思ったけどーーーやっぱり君はいいね。その様子だとすでにかなりモノにしているようだ。」

「これで右腕があれば尚よかったんだけど・・・」


 クロエはそう言うと離れた場所へアリスを下ろし、クリアナへと駆け出した。当然クロエの行手を阻む様に幻術魔法と無数の黒い球体がクロエに襲いかかるが、今はもうその動きの全てがクロエにとっては予定調和であった。


「あいつが誰って聞いたか?」

「ぐあっ」


 クリアナの攻撃と防御、その全てを予見し躱したクロエの拳が、風魔法を纏ってクリアナの腹部に入る。クリアナの体がくの字に折れ曲り、内臓を殴られたかの様な衝撃に血を吐き出した。


「それは教えない。お前は知らずに死ぬんだ。なぜ負けたのか。なぜ勝てると思っていたこの私に命を奪われるのか。死因を知る権利すら、お前には与えない。」

「あがっぶぐっ」


 立て続けに腹と顔面を殴ると、クロエはクリアナの体を蹴り飛ばした。吹っ飛ばされたクリアナの体には風魔法によって至る所に細かく斬撃が入り、血に塗れている。


「ぐ、ぐぞおぉぉお」

「無駄。」

「がはっ」


 起き上がったクリアナが必死で繰り出した幻術ですらクロエにはハリボテのお遊戯にしか見えない。

 仕返しとばかりにその腹部へ風魔法をぶつけ、肉を抉った。


「お前は奪った。アリスの親も、私の仲間も。強者である事は奪って良い理由にはならない事を私は知ってる。私にはセシリアっていう、うるさい友達がいるからな。でも、お前は違った。お前は力を理由に、私の仲間の命を弄んだ。絶対に許さない。」

「ぎゃ、あぐっ、ぶばっ」


  何発も殴られ、蹴られ、また吹っ飛ばされたクリアナの顔は、原形が分からないほど腫れ上がり、至る所から出血している。


「だ、だずげで、アリス、アリスぅ」


 クロエから逃れる様に地面を這いつくばり、アリスに向かって血塗れの腕を伸ばして命を乞うクリアナ。

 そんなクリアナに、クロエは攻撃の手を止めてアリスの方を見た。アリスは血を吐きながら惨めに縋るクリアナを離れたところから一瞥すると、口を開く。


「私は、長い間眠ってた。でも、深い眠りの中でもずっと感じていた強い思いがあった。それは、貴方が私の母を貶め、咎人として母に何百人もの人を殺させた事。そんな貴方を絶対に許さないという事。だからーーークリアナを殺して、クロエ。」

「アリズゥゥゥァアアアアア」


 ドゴォォオオオオオオオン


 アリスの言葉にクロエは頷くと、クリアナへ風魔法を放つ。クリアナをはじめ、周囲の木々や地面を大きく抉る強大な嵐。それはクリアナの体を無数に引き裂き、両手両足の肉を抉って潰した。やがて風が治まる頃にはクリアナの体はいくつもの岩に押し潰され、その隙間からジワリと血が滲み出す。そして岩と岩の間から出ていたクリアナの腕は、最初こそピクピクと痙攣していたものの、やがて微動だにしなくなった。


「・・・・ふぅ」


(終わった。全部が、終わった。)


 長い戦いが終わった安堵とともに、クロエは力尽きた様に膝をついた。そんなクロエの体をアリスが後ろから支え、傷口を優しく回復魔法で塞ぎながら言う。


「・・・クロエ、ありがとう。私の罪は、許されるものじゃない。私のせいで、クロエの腕も、ノア様も・・・」

「あーノアはきっと大丈夫。最後までセシリアが来なかったって事は多分そっちに加勢してるんだろうし。あいつ大分ブチギレてたからなー。そんな事より疲れたーーー」


 クロエはそう言うとアリスの膝の上に頭を乗せ、仰向けに寝転がった。


「クロエ?」

「ごめん、ちょっと寝る・・・」


 そう言うや否や、寝息を立てて本当に熟睡してしまったクロエ。その顔はつい先程の激戦が嘘の様にあどけなく、アリスはその頬を優しく撫でた。


「・・・本当に、ありがとう。クロエ。」


 そう言って慈しむ様にクロエを見るアリスの背後から、三つ編みの少女が歩み寄る。


「僕の力は強い分、使うと結構体力持ってかれちゃうんだよね。」

「・・・貴方は誰?貴方がクロエを助けてくれたの?」


 先程の、まるでクロエの知り合いかの様な口ぶりから敵ではない事は分かっていたが、そのどこか得体の知れない雰囲気にほんの少し警戒しつつアリスが問いかける。


「私の名前はクロノス。クロエの腕をもらう代わりにさっきの力を渡した。まぁ今じゃクロエの友達かな。」

「友達・・・?」


 何を言っているのかさっぱり理解が出来ないアリスであったが、ひとまず頷き、また膝の上でぐっすりと眠っているクロエに視線を落した。


「ふふ、春の訪れってやつだね。いつの時代も愛は素晴らしい。アモルがいたら喜びそうな光景だ。」


 クロノスはそう言うと、クロエの隣に並んで寝そべり、やがてクロノスも寝息を立て出した。静まり返った森の中で、安心しきった様にぐっすりと眠りこける二人の少女。そしてその数分後、急いで駆けつけたセシリアとシオンに、クリアナの亡骸とアリスの膝で片腕を失ったまま眠るクロエ、そしてその隣で爆睡している謎の少女をどのように説明すれば良いのか、アリスは頭を悩ますのだった。


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