《幕間》少女と解毒
グラソン学園から戻った頃にはもう夜中の午前3時を回っていた。
全身をぐったりとさせたままのノアを、3人はノアの部屋のベッドへと運ぶ。
「ごめん、なさい…きっと、そのうち治ります、から…」
ノアが申し訳なさそうな顔をするが、その姿はあまりに痛々しい。
「毒って言ってましたが、回復魔法は効かないんですか?」
「ああ。普通の毒であれば効くが、これは魔力を奪って体を動けなくさせる、恐らく普通の毒ではないものだ。何度か私も試みているが、進行を食い止めるだけで回復の為には数週間は必要だろう。」
「そんなっ・・・」
(数週間もこのまま。自分を助けに来たせいで、大好きだったノア様がこんなに苦しんでいる。)
ハルはそう思うとじっと俯いた。
「魔力を失えば人は死ぬ。だがどうやらこの毒は、体の自由を奪うようにしか作用しないらしい。このまま魔力が回復するのを待つか、あるいは微力だが魔力を回復できる薬を調達してーーー」
ーーー魔力を回復できる薬。魔力を体内に流し込む薬。魔力を外部から体内に注いで魔力量を回復させる。
そこまで考えて、「あれどっかでなんか聞いたことあるな?」とハルは思った。
どっかの誰かがそんな力を持っていたようなーーー
「「あ」」
セシリアとオーネットが、同時に声をあげて顔をあげ、じっとハルを見つめる。
ものすごく嫌な予感が走ったハルは、ジリジリと後ずさった。たらたらと顔を汗がつたう。
「えっ、なんか、ちょっともう夜も遅いですし、一回そろそろ皆さん寝た方がいいかなーって」
しかしすぐに背中が壁にあたり、逃げ場を失った。そんなハルに近づいてくるセシリア。その顔は一瞬見せた優しい表情は完全に消え、普段の冷たい無表情に戻っている。
「ハルはノアを助けたいとは思わないの?」
「ゔっ・・・いや、それは思いますよ!でもそんな無理ですって!しかも体動かせないじゃないですかノア様!なんか色々アウトですから!オーネット様もほらなんとか言って下さい!!!」
(こんな状態のノア様と私で一体何をしろって言うのデスカ!?)
しかし助けを求めて縋り付いたオーネットも、腕を組んだまま神妙な面持ちでハルを見て言う。
「・・・そうか。ノアが良いと言うのなら構わん。だが、生半可な気持ちで私のノアに触れれば殺す。」
「この人の方がもっとやばかった!!!」
圧をかけて迫るセシリアと不思議な方向に解釈してしまっているオーネットに、ハルが最後に縋り付いたのは本件の張本人、グラソンの聖母ことノアだった。
ノアの枕元にかがみこみ、そっと苦しそうに薄く閉じられた藍色の大きな瞳を覗き込む。
「ノア様は・・・そんなの嫌ですよね・・・?」
ーーーそんなの、それはつまりハルとノアが体を重ねる事。そしてハルの魔力をノアの体へと流し込むという荒治療。
体が動かない状態で、恋人でもない人とそんな事をするなんて、そんなの側から見れば強姦に近い。そう考えてハルはノアに聞くと、ノアは小さい声で、
「お願い、ハルちゃん」
とだけ言った。
(え?嘘でしょ?いやいやいやそんな無理ですって!聖母を貶めた罰で今度こそ地獄に落とされますって!!!)
「観念しなさい、ハル。」
ノアの枕元で蹲るハルにセシリアが追い討ちをかける。
「体が動かせない事はそれだけ苦しいのよ。それに敵が明確になった以上、数週間ノアが休むのは痛手だわ。」
(めちゃめちゃど正論言うじゃん・・・)
しかし、ノアが苦しんでいるのはハルにとっても辛い事だった。
「・・・い、嫌だったら、やだって言って下さいね?」
ノアがほんの僅かにコクリと頷く。
それを確認すると、泣きそうな顔をしたハルが恐る恐るノアが寝るベッドへと上がった。ベッドのギシリと軋む音にすら、心臓が跳ねる。そして、意を決してノアの上にまたがると、その愛らしい顔の横に手をつく。
「・・・うっ」
自らの下、薄く瞳を閉じているノアの顔を思わず見つめる。長く下を向いてゆるくカールした睫毛。真っ白で陶器の様な肌。そして薄紅色の薄い唇。ただの美少女でしかない光景。
ハルは覚悟を決めた様にギュッと瞼を閉じると、唇を恐る恐る重ねた。
「んっ」
ノアの鼻から小さく息が漏れる。それすらもハルの中にある“こんなに美しく高貴な少女に覆いかぶさっている”という心の中の背徳感に突き刺さる。
(早く終わらせないと罪悪感で死ぬっ・・・!)
焦る様に顔を傾けてより唇を密着させると、そっと舌をノアの唇の隙間に滑り込ませる。そしてお互いの舌先が触れ合う、ぬるっとした柔らかく暖かい感触。その耽美な感触にハルの心の奥、沈んだ魔力の塊の表面がざわざわと動きだす。
魔力をノアに渡すためには、ハルが感じる必要がある。接吻で足りなかった場合の事は、なるべく考えたくは無かった。
「んん・・・ふっ・・・」
必死でノアの動けない舌を絡めとり、一生懸命に舌で愛撫するハルに、徐々にハルの中の魔力がノアへと流れ込み始める気配がする。
段々と動き出すノアの舌。やがてノアの声よりハルのあげる嬌声の方が大きくなるのに時間はかからなかった。
「ふぅ・・待っ、息が・・・んあっ」
やがてノアは自身に覆いかぶさるハルの頭を掴むと、そっと唇を離した。
二人の間にかかる唾液の糸を、艶めかしくノアが舐めとる。その普段の聖女の様なノアから想像もつかない淫らな雰囲気にハルの頬がカッと熱を帯びる。
「あの、ノア様・・・?もう腕も動かせていますし、これでオッケーという事で、ね?」
しかしそんなハルの懇願に、ノアは悪戯っぽく微笑んで言った。
「ごめんなさいね。一度空っぽになった四賢聖の魔力はこれくらいじゃ埋まらないの。」
(えっ?)
天使の様なノアの言い放った悪魔の様な言葉の意味がわからずハルが呆然としていると、突然視界がぐらりと回り、一瞬にしてノアを見下ろしていた筈のハルはノアを見上げる形となる。
「もうめちゃくちゃ元気じゃないですか!?」
しかしそんなハルの叫びにノアは「ふふふ」と笑みを浮かべるだけでその手をハルの肌着の中へと滑り込ませる。
「せ、セシリア様!ノア様がご乱心です!」
「セシリアさん。ハルさんをもう少しお借りてもいいですか?」
(いや絶対ダメでしょ!セシリア様、ついさっき私から離れるなって言ってたじゃん!)
しかしセシリアは無表情のまま圧の籠もった眼差しでハルを見据える。
「ええいいわ。ハルは私でしか気持ち良くなんてならないから。」
「セシリア様!?」
(絶対わざとだ!!!知ってるじゃん私がそこの操られた緑の頭の人に滅茶苦茶にされたの!!!)
しかし、その緑の頭の人物ことオーネットも、必死に助けを求めるハルを冷たく切り捨てる。
「ハル。そんなに私のノアに触れられるのが嫌なのか?」
「いや気にする所絶対にそこじゃなくないですか!?」
ハルの肌を遊ぶ様に撫で回していた手が、目的を持った様な手つきに変わる。
「ちょ、ちょっと本当にこれはっ・・・!」
本気でその手を止めようとするノアだったが、その手はあっさりとセシリアの一言によって止められた。
「ハル、私の言う事が聞けるわよね?」
「・・・・・はい。」
一人の天使と二人の悪魔によって、ハルはまた逃げ場のない快楽の袋小路に追い込まれたのだった。
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その後のハルの身は散々だった。
やっとノアが「回復した〜」と風呂上がりの様なツヤツヤした表情で伸びをした頃には、ハルはベッドの上で屍の様になっていた。
「・・・もう、無理・・・」
「うふふ、ありがとうね、ハルちゃん。」
「天使の様に輝いているのが憎めない・・・。」
完全復活したノアはベッドから起き上がって立ち上がる。
「オーネットもありがとう。助けにきてくれて。」
「ああ、疲れただろうから先に寝ていてくれ。私はちょっとやらなければならない事ができた。」
そう言ってオーネットはなぜか左手に炎を纏ってハルへと近づいてくる。
「待って、なんか不穏なんですけど!?オーネット様が断るなって言ったんじゃないですか!セシリア様助けてっ!!!」
「あなた、最後は随分とよさそうだったわね。」
「あれ、なぜか私の足が凍って行く!?しろって言ったのセシリア様じゃん!!!」
夜明け前のグラソン学園の空に、久しぶりにハルの悲鳴が響き渡った。
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