22 少女と譲れない戦い

 


「・・・なるべく目立たない様にって、あいつが言ってなかったか?」


 本殿の前で巨大な氷の礫となり壁に突っ込んで行った友人の姿を見て、オーネットが呆れた様に嘆く。


「まあ学園全体を氷漬けにしなかっただけマシか。」

「意外とそういう所ありますからね、セシリアさん。」


 そう言ってノアは優しく笑うと、地を蹴って上空へと天使の様に舞い上がった。

 敵の動きを把握する為である。

 しかし事前に立てた作戦通りに動く二人に対し、あの少女が従順に従うはずもなかった。


「なんかあっちから大きめの魔力感じるー!」

「おい待てクロエっ!」


 クロエはそう言うと、オーネットの制止を振り切って走り出してしまった。


「褒美で釣ってるからこうなる予感はしていたが・・・」


 これで万が一、クロエの予感が外れた場合には3人をノアとオーネットで相手をする事になる。


「まあクロエの勘が外れた試しは無いからな。」


 そしてすぐに答えを示すかの様に、真っ直ぐ前方、道の奥から向かってくる人物。

 それは一人だけだった。


「早速お出ましか。」


 オーネットは静かに腰に携えた刀剣を抜いた。




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「帰るわよ。ハル。」


 そう告げたセシリアは、今まで見たことがない程冷たい目でハルに覆いかぶさる褐色の豪傑、シオンを見やる。


「おいおい、今一番良い所だったのにひでえじゃねえか。」


 シオンはそう言うと、セシリアに見せつける様にハルの太腿を撫で回した。


「ひっ・・・・・」


(セシリア様がそんな煽りに乗るわけーーー)


「グラン・バール」


 するとその瞬間、高速で巨大な氷の塊がセシリアから放たれ、シオンを貫く様にして壁へ激突する。


ズドォォォォォォォン


「せ、セシリア様!?」


 セシリアの攻撃はそれだけでは止まらない。シオンごと壁にのめり込んだ氷の塊に向けて手を翳すと、その一帯を一瞬にして分厚い氷で包み込んだ。


(えっこれシオン死んでない!?大丈夫!?)


 しかし当然グルゴ・パランの首席は不意打ち程度でやられる様な人間では無い。

 氷で覆われた壁にヒビが入り、そこから蹴破る様にしてシオンが現れる。しかし完全には防ぎきれなかったのか、その左腕は今も尚、氷漬けになったままだった。


「いきなり随分とぶっ放すなあ。左腕が逝っちゃったじゃねえか。」

「私の前で私のものに触れるからよ。次は右腕を貰うわ。グレース・ピア!」


 セシリアの前に現れた魔法陣が無数の氷の槍を出現させ、それらが一斉にシオンへと襲いかかる。その速さはドラゴンと戦闘した際よりも格段に早く、大きさも一回り以上大きくなっていた。


バギバギバギバギッ


 しかし風を切ってシオンへと真っ直ぐ襲いかかる氷の槍は、天井から振ってきた雷によって全て砕かれる。


「おいおい、話くらいしようじゃねえか。」

「私とあなた、話すことは何もない。」


 続けざまに放たれた数百もの氷の刃も四方八方からシオンへと迫るが、その全てが雷によって粉々に粉砕される。


「すげえな。これが魔力譲渡の力か。」


 シオンはそう言って自らの握った右の拳を見つめて満足そうに笑うと、その手をセシリアへと翳す。


「グラナータ」


 するとシオンの周囲に雷を帯びたテニスボールほどの球体が数十個出現し、それらが曲線を描いてセシリアへと遅いかかる。

 そのどれもをセシリアは身を翻して交わし、最後の一つを防御魔法で防ごうとするが、雷の球は防御魔法に触れた瞬間爆発する様に弾け、セシリア含め、周囲へ電撃を放った。


「一つしか当たらねえとは、やっぱりあんたは強えな。」

「・・・・・っ」


 弾かれた衝撃で後方へと飛んだセシリアは、制服の袖が僅かに焦げる程度で目立った外傷は無い。


「そういえばハル、あたしと賭けをしてるんだったよな?」

「えっ」


 突然出てきた自分の名前に、ハルがシオンを見る。


「ふふふ。どんな賭けかセシリアに教えてやれよ。」


 シオンが考えている事がわからずハルが困惑していると、話す事はないと言ったはずのセシリアが口を開く。


「ハル、何を賭けたの?言いなさい。」

「えっと・・・セシリア様が勝ったら、シオンさんがいい事を教えてくれるそうです。」

「・・・・・私が負けたら?」

「・・・・・・。」


(これ言っていいやつ?!どうせセシリア様は何も思わないだろうけど、なんとなくものすごく言わない方が良い予感がする!!!)


「ハル。言いなさい。」

「・・・・・私はシオンさんの物になって、一生抱かれます。」


(シオンが振ったんだからね!?しかもセシリア様が聞いてきたんだからね!?)


 その言葉を聞いた瞬間、セシリアの中で何かが切れる音がした。




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 本殿の前では、オーネットと前方から現れた少女が向かい合い、睨み合っていた。


「オーネット・ロッド様ですね。」


 オーネットの前に現れたのは、茶色い腰まである長さの髪をふわふわとカールさせた少女。しかしながら少女の上背はオーネットよりもひと回り大きく、180cmは越えていそうな程であった。


「そうだ。お前の名を聞こう。」

「私の名前はユバ。ラストネームはディーツェル。」

「・・・・・妹か。」


 シオン=ディーツェルには血が繋がっていない妹がいる。その話はいつか耳にした事があった。そしてその属性は確かーーー


「会えたのがあなたでよかったです。私は第四位。でも、水の扱いなら負けませんから。」


 そう言って抜いたのは、二本の短剣。その刃を青い光がたちまち包む。


(クロエを行かせたのは失敗だったか。)


 オーネットが構えた刀剣にも、忽ち灼熱の業火が宿る。

 そして一分の隙なく構えたオーネットに向かって、ユバが走り込んだ。


「プルマーレ」


 ユバの背後に出現した魔法陣からいくつもの水流が放たれ、うねりながらオーネットに向けて伸ばされる。

 それらはただ放たれるだけではなく、ユバの身のこなしと併せ、オーネットが身に纏う炎を掻き消す。その動きは魔法の威力・スピード・反動を全て緻密に計算した、珠玉の技であった。


「ただの接近戦では勝ち目がありませんから!」

「これはなかなか・・・やりづらいっ」


 オーネットが水流の攻撃を身を低くして避け、すかさずそこに振るわれたユバの短剣を体を逸らしてギリギリのところで交わす。そして更にもう一撃と迫った2本目の短剣を、屈んだままの姿勢で背中に刀剣を構えて防ぎ、そのままユバの体を熱気で吹き飛ばした。


「噂では聞いていましたが、本当に人間離れした動きですね。」

「それはどうも。」


(高威力な魔法でまとめて吹き飛ばしたいが、そうなるとこの少女の命も学園も消し炭になるな。)


 オーネットも隙を見て魔法を放つが、すぐにそれらは水の壁によって消し去られる。オーネットの魔力量は並大抵のものではないが、繊細な扱いは苦手とする事が、完全に仇となっていた。


「こんなにお強いのに、私欲の為に学生を襲い、貪ったという話は本当ですか?」


 緩急をつけた遠距離攻撃と近距離攻撃を繰り返しながら、ユバが煽る様にオーネットに尋ねる。


「・・・ああ、本当だ。」

「私欲の為なら手段は選ばない。それではまるで咎人と同じですね。」

「お前の言う通りだ。私は弱かった。開き直るつもりはない。生きているのなら、過去、現在、未来、その全てが今の自分の情けなさ、やるせなさ、つまらなさを責める時もあるだろう。こんな筈では無かったと夜な夜な自分を責める夜もあるだろう。だが今は違う!!!」


 オーネットが防御魔法で水流を弾きながら、地鳴りの様な音を響かせて一直線にユバへと切り込む。


「今の私に、欲しいものは何もない。全ては最初から己の中にある事を知った!!!」

「ぐっ!!!」


 その速さに水流も追いつかず、咄嗟に両手の短剣でその刃を止める。


(重すぎるっ・・・!)


 しかしオーネットの剛腕から繰り出される斬撃は、防いだはずのユバの両手を伝ってその骨にビリビリと響いた。


(このままじゃ腕がっ・・・!!!)


「ニア・セルーユ!!!」


 ユバが叫ぶとオーネットの足元に青い魔法陣が出現し、忽ち水の柱がユバの体を宙へと押し上げた。


「なんて馬鹿力なんですか。」

「あいにく力しか取り柄が無いからな。」

「もう終わりにしましょう。私はお姉様の所に行かなくてはなりません。あなたはあの少女を守りたいのでしょうが、私にも守らなくてはならないものがありますから。」


 ユバはそう言うと、持っていた短剣を捨ててオーネットへ両手を翳す。


「全てを飲み込みなさい。イノンダシオン」


 途端、ユバを中心として幅数十メートル程の巨大な魔法陣が現れる。そしてそこから、幅20メートル、高さ10メートルはあろう巨大な波が、オーネットもろとも目の前の木、柱、その全てを飲み込まんと迫り来る。


「あなたの負けです。オーネット・ロッド。」


 迫った波は轟音を響かせ、オーネットに覆い被さった。

 そして丸ごと飲み込むと更に本殿の方へ流れ込み水面を荒立てるが、突如その動きがピタリと止む。

 濁流に走る、斬撃の様な衝撃。ユバの目の前で大海の様に広がったはずの水は、瞬く間に亀裂が走り、霧散していく。


「そんなっ・・・水を、魔法を、切るなんて・・・」


 しかし唖然としてそう呟いた時には、すでにオーネットはユバの背後にまわり、その頭上に刀剣の柄を振り下ろしていた。


「すまないが、ここで負けたらノアのせいになってしまうからな。」

「ぐあっ・・・少女は、取り返せませんよ・・・後の二人は私よりも遥かに強い、今頃もう一人の四賢聖と戦ってるわ・・・二人とも、化け物よ・・・・」


 そう言って意識を失ったユバの言葉に、オーネットが呟く。


「そうか。グルゴにも化け物がいるのだな。だがあいつは化け物のレベルを超えている・・・あれは厄災だ・・・」


 オーネットは気絶したユバを道の脇に寝かせると、まだまだ夜明けが遠い空を駆ける。


(応援が来なかった・・・という事は他にも敵がいたのか?)


ーーーノア。今行く。




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「敵ってやっぱりあの攫った少女を取り返しに来たのよね?」

「そうね。殆ど魔力は感じなかったけど、すごく可愛かったわもの。噂ではあのグラソンのセシリア様も彼女にご執心らしいわよ。」


 夜道、ユバとは別ルートで本殿へと進む二人の少女がいた。


「ユバ、あのオーネットとぶつけるんでしょ?大丈夫かしら。」

「どうかしら。それよりも私達の相手の心配をした方がいいわね。」


 彼女達は、このグルゴ・パランでシオンに次いだ実力を持つ生徒。当然、先のユバよりも格段に強く、強力な魔法の使い手であった。そして決してその気持ちには油断はない。


ーーーしかしながら、相手がクロエ=ウェストコリンとなった瞬間からもう勝負はついていた。


「お母さん、お母さんどこぉ・・・」


 夜道の先に、突然響く幼い子供。そして蹲る人影。


「子供?こんな時間に迷い込んだのかしら。」

「しっ!迂闊に近づかない方がいい。第二位のクロエ=ウェストコリンは幻術や空間魔法の使い手よ。」


 警戒し、50メートルほどの距離を置いて二人は立ち止まる。


「お母さん、お母さん、お母さん」


 しかし、少女は泣き止まない。


「どうする?攻撃してみる?」

「そうね。明らかに様子がおかしいし。」


 しかし、異変を感じた時にはもう遅かった。





「お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん」




「まずい、私が魔法を!!!!」

「距離を取るわよ!!!」


 一人が蹲る幼い少女の影に向かって巨大な風の刃を放つ。豪速で刃はその少女へと向かい、やがて首が撥ねられ、飛んだ。


 ブシュッッッ


「なっ!?」

「そんな、私は首なんて狙って、」


 幻術かもしれないと分かっていても、あまり直視したくない光景に、二人が顔を青ざめさせると、そのすぐ背後から、不快で不気味な赤子に無理やり人語を喋らせた様な声が響く。




   「おカアさン、見ィつケタ」





「くそっ!!!」


 一瞬で振り返り、声のした場所を地面からせり上がった巨大な土の棘で突き刺すが、そこに突き刺さっていたのは、


「アリー・・・何で、わだじ、を・・・」


 隣に立っていたはずの第三位、サンドラだった。


 自らの土魔法が突き刺さった腹部には直径20cmはあろう穴があき、そこからはドクドクと止まる事なく赤黒い血が溢れ出ている。そして棘によって引き裂かれた内臓が、見せつける様に自身、第二位であるアリーの足元に「ベチャッ」と音を立てて落ちた。


「ああっああああああっ、サンド、ラ、あああああっ」

「アリー!!!しっかりして!!!!」


 突然頬が叩かれ、目の前にあったサンドラの内臓、土の棘に突き破られたアリーの体が霧散して消える。


「私はここにいるわ!今のは幻術よ!」

「さ、サンドラ・・・?」


(そうか、今のは幻術、サンドラは死んでなんか、)


 そう思った瞬間二人の目の前、地上3メートルほどの所に、銀色の美しいツインテールを靡かせ、真っ赤な大きな瞳を月に光で輝かせながら、チェシャ猫の様にニッコリ笑う少女が現れた。



「サンドラちゃんのお腹大丈夫?味方のはずの土の棘に刺さって痛くなかった?」



「お前ぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!」


 その言葉に、先程までの幻術は全て目の前の少女のものであり、彼女こそがグラソン学園の第二位クロエ =ウェストコリンである事を二人は一瞬で悟った。

 そしてその言葉に、アリーが土の壁を作りその周囲を一瞬で包囲する。しかし当然その速さはクロエにとってはあまりにも遅くーーー


「私の世界にようこそ☆」


 そう囁いた瞬間には、周囲の夜空や道路、道を囲む植木などは一瞬で姿を消し、気づけば二人はその全てをピンク色の絵の具で塗りつぶされた様な空間に飛ばされていた。


「ここは!?」

「どこに消えたの!?」


 状況が分からず動揺する二人に、アナウンスの様なものが響き渡る。




<<<マーダーマザールームへようこそ。ここは皆さんが立派なマザーになる為の部屋。あなたは271人目のマザーです。>>>


 ドサッ


 その放送とともに、上部に真っ黒な穴があき、そこから一体の人形が落とされる。

 そして流れる場違いなほど陽気な音楽。


<<<悪い子にはお仕置きを。いい子にはご褒美を。怠惰なマザーには死を。>>>


 落とされた人形は落下の衝撃でチグハグな向きになった関節をギギギギギ…と不気味な音を立てて無理矢理立ち上がる。そして「お母さん…」と呟きながら、真っ直ぐ二人の方を見て歩き出す。

 それは5歳ほどの少女の様な操り人形だった。


<<<悪い子にはお仕置きを。いい子にはご褒美を。怠惰なマザーには、死を。>>>


「な、何なの一体・・・」

「とりあえず倒しましょう。」


 アリーが風の魔法で竜巻を発生させ、人形を粉々に破壊しようと手を翳す。しかしーーー


「魔法が使えない!?」

「えっ!?」


 その言葉にサンドラも土魔法を発動させようとするが、少しもそこに土の戦士が現れる気配はない。


「くっ・・・しょうがない、直接叩くわ!」


 そう言ってサンドラが近付く人形の顔面に回し蹴りを入れて叩き割る。すると人形は甲高い悲鳴をあげて砕け、中から血の様に真っ赤な液体が吹き出し、サンドラに降りかかった。


<<<悪い子にはお仕置きを。いい子にはご褒美を。怠惰なマザーには、死を。>>>


「本当に悪趣味ね・・・!」


 しかし自分達に向かって歩みを進めていた不気味な人形自体は消えた。その事にホッとし幻術の出口を探そうと歩き出したその時、



 ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトッ



 背後からする嫌な音に恐る恐る二人が振り返ると、そこには上空に再度出現した穴から、数百体もの人形が落ち、その全てがじっと二人を見つめる。


<<<悪い子にはお仕置きを。いい子にはご褒美を。怠惰なマザーには、死を。>>>


 人形達はぐにゃりと関節を回して立ち上がると、ゆっくりと二人へ向かって進み出した。




 お母さん遊ぼお母さん抱っこお母さんお母さんおんぶお母さん遊ぼお母さん鬼ごっこしよお母さんお腹すいたお母さんお母さんお母さん遊ぼお母さんの指食べたいお母さんお母さん逃げちゃだめお母さん遊ぼお母さんかけっこお母さん隠れんぼお母さんお母さんの裸見たいお母さんお母さん見つけたお母さんお母さん遊ぼお母さん可愛いお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん




 悪夢をそのまま具現化した様な姿に、グラゴ・パランが誇る最高峰の二人はただただ膝をつく。そして見せつけられた圧倒的実力差にただ震えながら涙を流すのだった。


<<<悪い子にはお仕置きを。いい子にはご褒美を。怠惰なマザーには、死を。>>>




「沢山遊んで行ってね。ここよりも100倍は早く時間が流れるから。」


 クロエははしゃいだ声でそう言うと、絶えず悲鳴が響き渡る異空間に繋がる扉を閉ざしたのだった。




 ・

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 ・

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 上空に待機していたノアは、一瞬で二人を消し去ったクロエの様子を見ていた。


「風魔法に地魔法。あれが主属性の可能性が高そうね。」


 という事はオーネットと斬り合っている少女は水属性で確定ーーーそう思い助けに入ろうとしたそのとき、


「行かせないわ。」

「・・・・・だれっ!?」


 気配もなく忍び寄った何者かに背後から抱きしめられ、首元に濡れた短剣が押し付けられる。そして声の主は蛇の様にその身をノアに絡ませると、ノアの耳元に口を寄せて囁いた。


「嬉しいわぁ〜あなたみたいな可愛い子をこれから滅茶苦茶にできるなんて。」

「離してください。」


 ノアが背後に向けて落雷を落とすが、女は余裕の笑みを浮かべて宙を舞い、しなやかな動きで着地する。そして真っ黒でウェーブかかった艶やかな髪の先を指先でくるくると遊びながら、淫美に笑った。


「んん〜雷を使うのねえ。ますます気に入ったわぁ〜。」

「あなたもグルゴ・パランの生徒ですか?迎撃は1位〜4位のみと読んでいたのですが。それにその服はグルゴ・パランの制服ではありませんね。」

「うふふふ。私も見ているだけにしろって言われてたんだけど、こんなに美味しそうな子が宙に浮んでいるんですもの。」


 そう言うと得体の知れない黒い女は短剣を持ったままゆっくりとノアの方へ歩き出す。


(初めて見る顔。そしてセシリアの話から推測すると、彼女は第5位。どうにか私が抑え、オーネットの救援に行かないと。)


 そして雷撃魔法を放とうと両手を構えた瞬間、ゆっくりと近付く女に、ノアの第六感がこれまで感じた事のない程の身の危険を察知する。


 ーーー逃げなきゃ死ぬ!!!


 理由はわからない。しかし全身の神経がゾワリと逆立ち、目の前にいる女をこのまま攻撃してはいけないと警告していた。そして咄嗟に飛び上がって背後へとジャンプをすると、今までノアが立っていた場所から突然、真っ黒な煙が立ち上がっていた。


「あらあら逃げられちゃったわぁ〜もう少しであなたの美味しそうな体を堪能できたのに・・・」

「これは、神経毒ですね。」


 立ち上がった黒煙を僅かに吸ってしまったのか、右腕の指先が動かず、ピクピクと痙攣している。恐らくあのままあの場にいれば、全身に毒が回り一瞬にして体の自由は奪われていただろう。そして女が持つ紫色の濡れた短剣には、同様に毒が塗ってある事は明白だった。


(自由自在に毒を生み出す魔法なんて聞いた事ない・・・)


「うふふふ、でも逃げ回ってくれた方が嬉しいわぁ。私、獲物はゆっくり楽しみたいタイプなの。ゆっくり体の自由を奪って、一枚ずつ爪を剥いで、一本ずつ骨を折って、あなたみたいな可愛い子が、ゆっくりゆっくり壊れて発狂していくのを見るのが堪らないのよねえ。」


 そう言って黒い女は恍惚とした表情で身をくねらせ、太腿を擦りあわせる。


(狂ってる・・・何者かは分からないけど、少なくともここの生徒では無さそうね。)


「あなたはグルゴ・パランの生徒では無いようですね。どちらにせよ、あなたはここで捕まってもらいます。」

「それじゃあ私はあなたの体に、色んな初めてを教えてあげるわぁ。」

「それは遠慮させていただきます。メテオ・トネル!」


 ノアの上空に一瞬にして巨大な魔法陣が出現し、そこからいくつもの雷撃が隕石の様に黒い女めがけて降り注ぐ。


 ドゴォォォォォォォッ


 そして嵐の様な雷撃の雨が止むと、そこにはもう黒い女の姿は無かった。


「ハァ・・・ハァ・・・地面に落ちた?手応えは確かにあった。」


 消えた女の姿に、肩で息をしながら地上にその行方を探すノアだったが、その姿はどこにも見当たらない。あまりにあっさりとした決着に「逃げたのかしら」とも思うノアだったが、


「快感♡」


 再度ノアの体は背後から抱きしめられ、その首に短剣が突きつけられる。


「そんなっ確かに攻撃は当たったはずっ・・・!」


 そう言って抱き締める腕を振りほどこうとするが、その腕を見てノアは愕然とした。

 確かにノアの攻撃は直撃していた。その証拠に、その腕は至る所が真っ黒に焼け焦げ、ところどころその肉体は欠損している。ーーーしかし、その欠損は瞬く間に塞がり、何事もなかった様に修復していっているのである。

 その異様な修復速度は、どう見ても回復魔法などというものでは無い。


(この女、本当に人間なの!?)


「ビリビリきて感じちゃったわぁ。クセになりそう・・・。」


 そう言って黒の女が顔を寄せ、ノアの首筋にじっとりと舌を這わせて甘い息を吹きかける。


「・・・・くっ」


 ノアは明らかに異常な女の能力。そして自身の置かれた危機的状況を感じ取りわ四方へと雷撃を発散させ、黒い女を体から引き剥がす。しかしーー!


「うふふふふ。いいわぁ。今夜はすごくいい夜だわぁ。」


 ーーーノアの電撃をまともにくらい数メートル弾き飛ばされた女は、その腕や胴、顔の半分に焼けた様な傷を受けているものの、それらの傷も数秒で塞がれたちまち元どおりに修復されていく。


「うぐっ・・・毒が・・・」


 そして離れた瞬間に浅く切られたのか、ノアが頰から血を流し、がくりと膝をついた。


「うふ。どう?私の毒のお味は。すぐにあなたの魔力は吸い尽くされて、指一本うごかせなくなるわ。そうしたら私が大切に大切に壊してあげるから。ああ考えただけで濡れてきちゃうわあ。」


 女は夢心地といった表情を浮かべて膝をつくノアの頰から流れる血を湿った舌で舐める。


(回復魔法を使っても解毒が追いつかないっ・・・このままじゃ!!!)


 黒い女の毒によってついていた膝の感覚も無くなったそのとき、


 ドゴォォォォォォォンッ



 突然響き渡る、大地を叩き割る轟音。そして巻き上がる豪炎。そして巻き上がる火の粉。

 その音にノアが顔を上げると、耽美な表情を浮かべる女の腹部を、炎に包まれた剣が真っ直ぐつき刺していた。それはまるで、突き刺した本人の信念を表すように。もう大切な物を守る為の道を違う事がないように。ただただひたすらに真っ直ぐとーーー


「ノアから離れろ。」


 その後ろには、灼熱の業火を身に纏ったオーネットが、大罪人をこの手で燃やし尽くさんと、月を背後に立っていた。


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