17 少女と迎合




 翌日、ハルは初めて学校を自主的に休んだ。




 昨夜のセシリアは、ただ涙を流す人形と化したハルを甚振いたぶると、渡された魔力の量に満足したのかハルの衣服も整えず、部屋から出て行った。


 残されたハルは、ただ絶望しかない世界の中で、ただ自分が寝ているのか起きているのかも分らない時間を過ごした。


 こんな日に限って、外は久方ぶりの快晴。部屋に差し込む朝日が眩しくてカーテンを閉めようとするが、体が自分のもので無い様に重たく、ハルには太陽から顔を背ける事しかできなかった。




 その後朝食を運ぶ為にやって来たオリビアは、そんなハルの姿に眉をひそめて「酷い…」と一言呟き、あられもなく乱れた衣服を整えると、優しく「本日は学校をお休みされますか?」と聞いて来た。しかし、ハルはその質問にすら反応する事ができず、ただただ視線を落とす事しかできなかった。




 その後、日中もオリビアは何度かハルの部屋へとやって来た。


 その度に「何か少しでも召し上がって下さい」と哀れんだ表情で、フルーツやスープ、甘味などを持って来たが、ハルはそのどれもを「すみません」と消え入りそうな声で断る事しかできなかった。


 空腹も痛みも麻痺した、ただただ消えてしまいたくなる様な悲しみーーーそんな中で、ハルはもう希望を失ってしまっていた。否、本来であれば希望などここには最初から無かった。もし、相手がセシリアで無かったのなら、とっくにハルは置かれた状況に絶望し、今の様な廃人になっていただろう。しかし自らの未来が何も見えない、気が狂いそうな程の孤独の中で、わずかな希望を見せてくれたのはセシリアだった。


 だが、それももう消えた。




 一瞬の様な、ずっと続く様な一日がただただ過ぎていく。




(リア、イグテア、心配してるかな。)




 ふとそんな事を思ったが、どうせハルは道具として使い潰される身、これ以上の心配をかけない為にも、もう接触しない方が二人の為、そんな気すらしていた。




(ああ、セシリア様が言っていた、道具が壊れない様にリアを置いておくって、こういう事だったのか。)




 確かにリアがいなければ、ハルの心が壊れる時間はもっと早かっただろう。またもや全てがセシリアの言った通りになっている状況に、悲しみを通して笑えてきた。




 外はすっかり夜。


 オリビアが置いて行った夕食のスープが冷たく冷えている事から、恐らく21時か22時は回っているのだろう。久しぶりに晴れた夜空には、憎らしい程の星空が広がっている。


 しかし、普段は綺麗だと見上げる夜空も、今はその手前で淡く光る魔法の格子が邪魔で、酷く滑稽な景色に感じた。




 そんな時、窓の外で小さく稲妻の様なものが音もなく光るのが見えた。




(・・・雷?)




 しかし、今日は晴天。雨雲一つない夜空。


 そして突然、低い女の声がどこからかハルに語りかける様に囁く。




「いい夜だな。」




 その声に驚いたハルが声のする方、窓の外を見やると、窓の外に現れた黒い人影が魔法の格子に指で触れ、一瞬にして音もなくそれらを消し去った。そして鍵がかかったはずの窓を外側から静かに開けると、その人物はそっと窓から部屋へと身を乗り入れ、ハルを真っ直ぐ見る。




「うわーあんた細いな、そんなんじゃすぐ死んじまうぞ?」




 そう言うと、侵入者は窓枠の上にどかっとあぐらをかき、淡く光る月を背後に、不敵に笑ってハルへと手を差し伸べて告げた。




「お迎えに上がったぞ。籠に囚われたお姫様。」

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