13 少女と弱気な少女

 




「んっ、ここは・・・」




 ハルが目を覚ましたのは、オーネットの一件が終わり部屋に運び込まれてから数時間後、夜中の1時頃であった。




「・・・・終わったんだ。」




 酷く扱われた為、体の下腹部は鈍く痛み、蹴られた様々な所は手当はされているものの、まだズキズキと痛んだ。恐らく薄い寝間着を纏った下は至る所が痣になっているのだろう、そんな痛みだった。


 静まり返った部屋の中で、ハルが眠っている間に降り始めたらしい雨が、葉や木々を濡らすシトシトとした音だけが聞こえる。




「喉、乾いたな。」




 あれだけ酷い扱いを受けたにも関わらず、どこか心は冷静だった。


既にハルの心は、連日の望まない行為や道具としての扱いによって、壊れてしまっていたのだろうか。不思議と屈辱や悲しみ、苦痛は湧き上がってこず、ただただ、まだ体に僅かに残る感覚が不快だった。


 オリビアが部屋に置いておいてくれた水を一杯注いで飲むと、いくらか思考がスッキリした。気を失ってしまった為、その後オーネットがどうなったのかまでは分からないが、ハルが解放されている事から考えると、きっとセシリアとノアが無事に心理操作の魔法を解いたのだろう。


 ハルはまたベッドに入って眠る気にもなれず、なんとなくザワザワとした気持ちを抱えながら、じっと窓の向こう、窓にぶつかる雨粒と、水を垂らす木々の葉をただ眺めていた。




「起きていたのね。」




 不意に背後、ドアの方からセシリアの声がしたが、ハルはなんとなくセシリアがやって来る気がしていた為、驚かなかった。




「はい。あの、ありがとうございました。」




 セシリアは、電気をつけずにそのまま真っ暗な部屋に入ると、ハルの隣にそっと腰掛けた。




「四賢聖が迷惑かけたわね。」


「・・・犯人、わかると良いですね。」




 そして訪れる沈黙の時間。外の雨音だけが聞こえる。


 思えばセシリアとは、条件が決まってからは魔力譲渡の為に一方的に襲われるか、何か命令をされるかのどちらかで、こういったただ二人並んで座るといった経験は一度もなかった。




「・・・今日はしなくていいんですか、魔力譲渡。」




(なんで私、自分からこんな事言ってるんだろう。)




 それを聞いたセシリアは、ちらっとハルを見た後、窓の外を見たまま無表情で答える。




「流石に今日はあなたの体もボロボロでしょう。明日からでいいわ。」


「・・・わかりました。」




 再びの沈黙。


 ただそれは気まずいというよりも、お互いわざわざ話をせず、黙っていたいという気持ちの方が多い気がした。恐らくセシリア自身も、長い間学友であったオーネットの、想像もしていなかった行動に困惑し、自分の管理の甘さが招いた失態や、今後どう対処していくべきか等に頭を悩ませているのだろうーーーハルにはそう見えた。


 時間だけが過ぎ、15分程そうしていただろうか、セシリアが不意に立ち上がって口を開く。




「明日の講義は休んでも構わないわ。しっかり休みなさい。」




 そう言って立ち去ろうとするセシリアに、考えるよりも体が勝手に動き、気付いた時にはハルは片手で立ち上がったセシリアの腕を掴んでいた。




「・・・・・何?」


「えっと・・・・」




 じっとハルを見下ろすセシリアに、自分でもなぜこんな行動に出たのかが分からなかった。ただ、オーネットに体を弄られ、無理矢理犯されている間、ずっと考えていた事があった。




「体が、苦しいんです。自分のものじゃないみたいに感じて。オーネット様に触られて、普段のセシリア様との時には感じなかった、どうしようもない気持ち悪さが、今も自分の中にずっとあって・・・だから、」




 セシリアは変わらず無表情で、たどたどしく話すハルをじっと見つめている。ハルは意を決して話す。




「だから、抱いて貰えませんか・・・」




 何が決定的にオーネットとセシリアで違ったのか、それはハル自身今も言葉にはできなかった。しかしオーネットに触られているあの拷問の様な時も、一人夜中にベッドで目が覚め、外を眺めていた時も、会いたいと思ったのはセシリア、ただ一人であった。そしてセシリアはいつも会いに来た。


 もしハルが寝ていれば、起こす事なく様子を見てそのまま立ち去るつもりだったのだろう。あるいはハルが寝てる間に、既に何度か様子を見に来ていたのかもしれない。その理由が優しさなのかは分からないが、ただ一人、痛めつけられ傷つけられていたハルにとっては、その事実だけがハルの心を優しく包んでくれた。




「無理はしない方がいいわ。」




 セシリアは一瞬驚いた顔をした後、一言それだけ答えた。しかし、掴んだハルの腕を振りほどこうとはしなかった。




「お願いします・・・苦しみを、忘れさせて下さい・・・」




 何故かは分からないが、途端に堰を切ったようにハルの目から涙が溢れ出す。怖かった、苦しかった、痛かった、辛かった、恐ろしかった、さっきまではとっくに忘れていたと思っていた感情が、何故かセシリアの琥珀色の瞳を見て、嗅ぎ慣れた柔らかな香りを嗅いでしまうと、まるでその優しさを思い出してしまったかの様に、押し込めていた感情が溢れ出す。


 そして急に泣きじゃくるハルの頬に、そっとセシリアの冷たい手が触れる。




「痛かったらすぐに言いなさい。」




 そしてハルがコクリと頷くと、ゆっくりとベッドの上へとハルを押し倒した。


 普段は条件の為と、殆ど愛撫というものをしないセシリアだったが、今日はいつもと違った。優しく、労わる様にハルの唇に口づけをすると、そっとシャツの下から手を滑り込ませ、撫でる様に胸に触れる。




「ふっ・・・」




 刺激自体は小さいにも関わらず、何故かセシリアが触れた部分がとろける様に熱く、感じた事がない程の快感が身体中に駆け巡る。




「・・・すごく流れ込んでくる。」




 セシリアはそう呟くと、ハルのシャツのボタンを外し、その胸の先にある頂きを優しく口に含む。




「ああっ」


「痛くない?」




 ハルが未知の感覚に流されまいと、その腕をセシリアの細い背中にしがみ付く様に回すと、セシリアがハルの潤んだ桃色の瞳をじっと見て尋ねる。


 ハルがセシリアを見上げ、黙ってコクリと頷くと、セシリアは空いた方の手で太ももを撫で、下に下にと手を伸ばしていった。








 普段とは異なる、まるで愛し合う二人かの様にベッドに重なりあう二人を、外の世界から隠す様に降りしきる雨は、朝になるまで降り続いた。








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「オーネット、経緯を全て話して貰えるかしら。」


「ああ。勿論だ。知っている事を全て話す。」




 オーネットへの事情聴取という名目の下、ハルがオーネットと直接会う事になったのは、事件から1週間後の事だった。


 遅くなった背景としては、かなり長い間心理操作の影響下に置かれ、無意識下でそれに抗い続けて多量の魔力を消費していたらしく、丸5日間オーネットが目を覚まさなかった事が理由として大きかった。


 また、この場にハルが同席したいと言った事に関しては、当然セシリアは反対した。理由は単純で「ハルがいるメリットが何もない」という一点だった。ぐうの音も出ないセシリアの言い分に同席を諦めかけたその時、思わぬ支援者が現れた。それはクロエ=ウェストコリンだった。


 クロエの「ハルも同席させて見ようよー魔法にかけられている間、一番オーネットと接触してたのこの子なんだし、何か分かるかもよ?それともセシリア、オーネットがハルの体を触ったから、嫉妬で会わせたくないとか?」という機転が効いたというより、ただただ悪質な一言に、セシリアは心底嫌そうな顔をした後、渋々了承した。




(セシリア様ってもしかして、意外と単純?クロエ様と相性最悪なのでは?)




 そんな不遜極まりない事を思ったハルは、また今夜もクロエによって与えられたセシリアのストレスのはけ口にされるのであった。




「だがその前にーーー」




 オーネットがその場から立ち上がり、その凛とした表情のまま一直線にハルを見る。




(これ、絶対何故お前がいるんだって初っ端からブチ切れられるやつじゃん!!!)




 しかし、オーネットはハルの予想に反し、そのままスッとハルへ頭を下げた。




「ハル=リースリング。申し訳ない事をした。操られている身とは言え、私は私の魔法を解こうとした貴方を傷つけ、悪戯に弄んだ。当然相手が咎人であったとて、とても許される行為ではない。許せないと言うのであれば、進んでこの首を差し出そう。」


「えっ首!?えっ!?」


「首!?いいじゃんハル!折角だし差し出して貰おうよー!」




 突然のオーネットの誠実さ100%の全力謝罪に戸惑うハルと、そんなオーネットの隣で横から茶化すのは当然クロエであった。


 そんなクロエの頭にそっと手を置く、ドス黒いオーラを放った人物がひとりーーーいや、その手は置いていると言うより、今にもその林檎のように軽そうなクロエの頭を握りつぶさんとばかりに、真っ白な手に血管を浮かせていた。




「クロエちゃん?今何か言いました?」




 その人物はそうーーーノア=ラフィーネであった。普段は天使の様な笑み浮かべている藍色の少女は、今も笑っているが何故か目元の涙袋のミステリアスな印象と合間り、悪魔の様にも見える。




「冗談だって、もうノアったら〜うわ目がマジじゃん怖っ」




 クロエはまさに脱兎のごとく、ハルの側へと逃げ帰る。




(クロエ様って変な人なのに変わりはないけど、結局私を助けてくれるしそんなに悪い人ではないのかな・・・?)




「あれ、そもそも何でハルがいるの?」


「え?」




(自分でセシリア様にちょっかい出して呼んでたじゃん!!!やっぱり頭おかしいわこの人!!!)




 そうやってクロエが場を引っ掻き回していると、ハルにちょっかいを出して遊んでいたクロエが一瞬で氷漬けにされる。




「ひっ!?」


「オーネット、あなたは四賢聖。その首を容易に差し出す事は認めないわ。まずは魔法をかけられるに至った経緯から説明してもらえるかしら。」




 セシリアが、ハルの隣で完全に氷の石像と化して凍りつくクロエをスルーし、オーネットに聞く。その隣ではノアがハルに「いつもの事だから大丈夫!」とグッドサインを出しているが、果たして本当にクロエは大丈夫なのだろうか。




 オーネットが、セシリアの言葉に頭を上げると席に着き、話を始める。




「わかった。だが経緯を話すためにまず、私、そしてノアの心に大きな傷を作った、私達の過去の過あやまちの話からさせて欲しい・・・いいか?ノア。」




 オーネットの言葉に、黙ってノアも頷く。


 そしてオーネットは語り出した。


 ずっとオーネット、そしてノアの二人だけの心に留めていた、まだ10歳にも満たない子供達の、悲しい冒険の話ーーー








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 それは今から10年近く前に遡る。


 グラソン王国の首都イスタニカにある街ボスティアは、交通の要所として栄え、軍人と商人を中心とした一大経済圏としてその機能を発達させていた。


 そして、そんな街の小さな訓練場で2人の少女が木製の剣を交え、その剣戟の音を青空いっぱいに響かせていた。


 一人は、藍色の短い髪に汗を滴らせ、軽快に身を翻して飛び回る蝶の様な8歳の少女。




「取ったぁ!」




 そしてもう一人は金髪の長い髪を頭の高い位置に一つに結び、悠然と剣を構えてその攻撃を受け流す9歳の少女。




「ノア、甘いよ。」




 金髪の少女はゆっくりと、しかし吸い込まれる様にノアの攻撃を交わすと、隙が空いた腹へ重い一撃を放つ。




「ぐぇっ」




 そして、そんなノアに駆け寄る緑色のロングヘアの少女が一人、2m程吹っ飛ばされたノアへと慌てて駆け寄る。




「ノア!?だだ、大丈夫!?」


「いててー・・・大丈夫だよ、オーネット。」




 そう言って悔しがりながら立ち上がるノアを、オーネットが心配そうにオロオロと見る。




「オーネットも次やるかー!」


「ええっ!いいよ私は、痛いの怖いし・・・」




 そう言ってノアの後ろに隠れるオーネットに、ノアが金髪の少女を指差して言う。




「オーネットは弱いからいいの!そんな事よりローラ、私ともう一戦だよっ!」




 そしてノアはまた、ローラと呼ばれた金髪の少女へ向かって木製の刀を握り、走って行くのだった。








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「もーまた負けたー!」




 訓練場から3人でノアの屋敷に帰り、泥だらけになったノアを見て家政婦が「このまま家にあげてもいいかしら」と困り果てていると、後ろから現れたノアの母親が呆れた様に笑う。




「ノア!またローラちゃんに何回も挑んだんでしょ!いつもうちの子がごめんね、ローラちゃん。怪我はない?」


「はい!一回も当たらなかったから大丈夫です!」


「あらあら、それじゃあこれで50連勝じゃない?すごいわ、ローラちゃん!」


「ムムム…」




 3人はテーブルに着くと、家政婦が用意したスパイスたっぷりの鶏肉に素手でかぶりついた。そんな子供達を見て、ノアの母親は穏やかに微笑む。




「ローラちゃんは本当に強いわね。将来はグルゴ・パランにも入れるんじゃない?」


「うーん…私、入れるならグラソン魔法学園に入りたいです!」


「グラソン?ローラちゃんは魔法が好きなの?」


「はい!魔法も使えて剣も強い、そんな騎士になってノアを守ります!」


「あらあら、お熱いわねえ。」




 そんな母親の態度に、ノアはぷくっとその頬を膨らます。1歳年上、かつ同年代よりもかなり大人びているローラの言った“グラソン”や“グルゴ”といった学園も、ノアにとってはまだ馴染みが無く、話について行けていない事も悔しかった。




「だったらノアもグラソン?に行くー!」


「え!?じゃ、じゃあ私も・・・!」




 そんなローラ、ノア、そしてオーネットの様子に、ノアの母親は「あらあら三角関係ねえ」と言って微笑むのだった。








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 ノアの家に言った帰り道は、必ずそれぞれの家へと続く別れ道まで、3人で歩くのが恒例になっていた。


 夕暮れになり、日がほとんど落ちた道を3人はたわいもない話をしながら歩いて行く。


 しかし、今日はいつにもなくノアが不貞腐れていた。




「ママはああ言ってたけど、ローラなんてすぐに追い越してやるんだから!」


「ふふふ、楽しみにしてる。」


「むうー!」




 ローラに負けて不機嫌なノアを、ローラが躱し、そんな二人が本当に喧嘩してしまうのではないかとオーネットがオロオロする。そんな光景は日常茶飯事だった。


 しかし、今日のノアは少しだけ違った。


ーーー後から思えば、きっとこの時少しでもノアの機嫌を取る事ができれば、あるいはノアがほんの少し大人びていれば、最悪の未来は防げたかもしれない。しかしもう、過去は変えられない。




(そうだ!お父さんが言ってた祠を使えば・・・!)




 ノアは名案が浮かんだ、とばかりに二人に向かって話を持ちかける。




「ねえ知ってる?この街の北の方に、滅多に人が近付かない林があるでしょ?その中に祠があって、そこには実は、ものすごーく強い武器が置いてあるんだって!」


「えっ、でもそこって、禁忌の林だよね?た、確か近づいちゃダメって・・・」


「ふふん、私、お父さんが話してるの聞いちゃったの。本当はとっても強い武器を隠してるから、誰も近寄らない様にって言ってるだけなんだって。」


「武器・・・剣かな?」




 武器が隠されている、という話を聞いたのは本当だった。ノアの両親は有名な医者と薬師であり、様々な貿易商や要人などとも頻繁に食事や社交の機会があった。そして自宅の客間でグラソン有数の商人と話をしているのをノアは盗み聞きしたのである。




「わかんないけど、きっと隠すくらいって言うならすごい武器なんだよ!」


「で、でもみんなが盗まないって事は、あ、危ないんじゃない・・・?」




 得意気なノアに、オーネットが怯えながら答える。そして「お願いだから行かないで」と言う様に、ノアの服の裾をギュッとつまむ。




「確かに。何か罠が仕掛けられてるかもしれないな。」


「ううう・・・」




 ノアの考えている事はこうだった。


 ローラをなんとかその祠がある林へ向かわせ、帰った後にこっそりとノアの母親にローラが禁忌の林へ入ったことを告げ口する。ノアは無理矢理ついて行かざるを得なかった体にすればいい。そうすればノアの母親も、手放しでローラを褒める事は減るだろう、そう考えていた。




「じゃあちょっとでも危なそうだったら引き返すってのはどう?それにボスティアの中だから魔獣もいないはずよ!ね、いいでしょ?」




 ノアがそうローラに提案する。正直、隠されている武器があるというのは本当なのか、本当なのであればどんな物なのか一目見たいという気持ちもあった。




「うーん、まあそれならいいかな。」




 ローラも渋々頷く。しかしその表情には、どこかお宝に期待する様な気持ちが見え隠れしていた。




「やったー決まりね!明日の12時にいつもの場所で待ち合わせ!」


「ええっ本当に行くの!?」




 喜び飛び跳ねるノアに、オーネットが泣きそうな顔で縋り付く。




「何よ。嫌なら付いてこなくてもいいのよ?」


「うえっ!?」


「その代わり、来なかったらオーネットが練習サボってる事、オーネットのお父様に言いつけるから!」


「そんなぁ」




 こうして少女たちは、ただちょっとした友達への嫉妬心から、ボスティアの内部、北の方に位置する禁忌の林への冒険を決めたのだった。








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 林の中は鬱蒼としているかと思いきや、意外と日が差し込み、穏やかな陽気に包まれていた。更に所々花が咲いているのもあり、気分は冒険というよりもピクニックに近い。


 自分から言い出したものの、万が一の事があったらと若干怯えていたノアは、その和やかな空気に安堵した。




「思っていたよりも普通の林だね。」




 ローラが3人の先頭を歩きながら言う。




「そうね。意外と大した事なさそうじゃない?」


「・・・・・・」




 その後をノアが続き、オーネットがノアの服の裾をつまみながら後ろを歩く。




「考えてたんだけど、武器がもし一つだったらどうする?」


「えーそれは困るなあ」


「ノ、ノアにあげる・・・」




 ローラの質問にそれぞれが答えるが、ローラはそっと空を見上げて言った。




「もし一つだったらさ、剣をお金に替えよ?それだったら3人で均等に分けられる。」


「えーお金ー?つまんなーい。」




 ローラはブーブーと文句を言うノアを困った様な、優しげな表情で見やる。




「それか私が使おうかな。二人のうちどっちかが私に勝てたら、剣を譲るとか。」


「それも絶対反対ー!!!」




 更に声をあげるノアに、ローラがケタケタと笑う。




「二人は剣なんて強くならなくていいのに。私が守るもん。」


「私だってもっと強くなるもん!オーネットも何か言い返しなよ!」


「えっ!?わ、私は・・・」




 その時、ずっと正面、ここから100m程先の距離に、何か動くものが映った。




「止まって!!!」




 目ざとくそれに気づいたローラが、すぐに二人に静止を促す。




「何?!」


「静かに。」




 100m前方に突然音もなく現れた、大きな物体。それは木々の隙間から一身に陽光を浴びて輝き、真っ白とも茶色ともつかない色で、微かに動いている。この距離からもかなりの存在感を放っている事から、恐らく実際には悠に高さ5mはあるのだろう。


 その物体はゆっくり動いている、否、振り向こうとしている様に見えた。




「逃げて!」




 ローラがそう叫ぶが、ノアもオーネットも足がすくんで動けない。


 ローラは腰に差した木刀を抜くと、グッと構えた。しかしその構えはいつもの様な優美なものではなく、緊張の走った硬い構えである。




「何、あれ・・・」




 ノアがそう呟く。その白っぽい物体はゆっくり体を動かすと、ついにこちらに振り向いた。それは大鷲のような外見の体と大きな二枚の羽、そして後ろ足は肉食獣の様に筋肉が隆起している、巨大かつ上級の危険度に分類される魔獣、グリフォンであった。


 グリフォンは銀色の鋭い鉤爪を輝かせて前脚を高々とあげると、甲高い鳴き声をあげて猛スピードでこっちへと向かってくる。




「逃げるよ!」




 先に動き出したのはオーネットだった。ぐいっと隣で動けなくなっているノアの腕を無理矢理掴み、走り出す。




「でも!!ローラが!!!」


「ローラならどうにか出来るかもしれない!!!それに、私たちがいても足手まといになるだけだよ!!!」


「・・・っ」




 そう言ってずっと後ろを振り返るノアを、半ば引きずるように走る。しかし、




「あああっ!!!!」




 後ろを見ていたノアが叫ぶ声に、思わずノアも振り返る。


 そこには、グリフォンの鉤爪をギリギリで交わし、確かに木刀の刃でグリフォン首を斬りつけたものの、その硬く剛強な皮に傷をつける事もできず、ローラの木刀が根元から折れる姿だった。ローラはそのままグリフォンに後ろ足で蹴り飛ばされ、血を吐き出す。




「ローラぁぁぁぁ!!!!!」




 ノアが必死に駆け寄ろうとするが、オーネットはその腕を離さない。




「ローラぁ!!!嫌っ、離して!!!」


「行っちゃダメ!!!死んじゃうよ!!!」




 泣きじゃくり、ローラの元へと駆け寄ろうとするノアだが、オーネットはそれを必死で止める。




(死んじゃう、ノアも死んじゃう!)




 しかしノアは力で思い切りオーネットの腕を引き剥がすと、ローラへと一目散に走り出す。




「待って、行かないでよ、ノアぁぁぁぁぁ」




 しかしノアが駆け出した直後、グリフォンは雄叫びを上げると鋭い鉤爪でローラの体を思い切り引き裂いた。


 その瞬間、オーネットの視界が突如白黒のスローモーションになる。


 ノアの向こうで、腹部を思い切り裂かれるローラ。それを見て、思わず走っていた足を止めるノア。そして、そんなノアの前では、ローラの下半身を失った上体が、宙を舞っていた。




「ああ…あああ…もうダメだよ、ノア、逃げよ、早く…あああ…!」




 さっきまで普通に会話をしていた幼馴染が目の前で真っ二つにされる。その地獄の様な光景に、オーネットは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で半狂乱になって叫ぶ。




 しかし足を止めていたノアは、振り返るとオーネットに言った。




「オーネットは、逃げて。」




 そして鉤爪を真っ赤に染め、ローラの下半身を貪るグリフィンへと木刀を携えて駆け出していく。




「うおおおお!!!!!」


「行かないでええええええ」




 ローラが「逃げろ」と言った際、オーネットは真っ先にノアを連れて逃げようとした。それは当然、ローラなら勝てるかもしれないという気持ちが大きかった為でもあるが、心のどこかに「これでノアと二人っきりになれる」という、どす黒く汚い感情が僅かに渦巻いていた。


 日頃からローラとノアを一番側で見ていれば、ノアがローラへ喧嘩を売りつつも憧れ以上の感情を抱いており、ローラもそれに応えようと、ノアを守るために練習に励んでいるのは明白だった。


 しかし、辛い事からいつも逃げ、騎士の一家の生まれにも関わらず、剣を握るとその重みだけで息切れして苦しくなるオーネットには、ローラの様に強い剣士になる事も、ノアの様に努力を続ける事も出来なかった。否、努力をすれば近付けたのかもしれないが、オーネットは常に自分に言い訳をして、現実から逃げ続けてきた。


 そしてここ1年は騎士である事に誇りを持つ両親からも見放され、ただただ隣で輝く友人二人を、毎日嫉ましく思うだけの日々だった。




 ーーーローラがいなくなれば、ノアを独り占めできるかもしれない。




 一瞬ふとそんな思いがよぎってしまったのである。しかし、自らの怠惰から目を背け、人を欺こうとした報いは、皆平等に訪れる。


 結果、オーネットは今目の前で、友人だけではなく、何者にも代え難い程愛おしく思い続けてきた最愛の人でさえも、喪おうとしているのである。


 しかし、例えそんな瞬間であっても、一度も勇気を出した事のない腕は動かず、逃げてしか来なかった足も微動だにしない。


 どんどんとノアとグリフォンの距離が近くなり、ノアが拙い剣技でグリフォンの背中を切りつけるが、当然傷一つつける事は出来ず、乱暴に後ろ足で払われ、それだけでノアの体が数メートル吹っ飛んでいく。




「ああ…ああ…」




 ぐったりとしたノアは地面に叩きつけられた衝撃で意識を失っているのか、ピクリとも動かない。




「私が…助けなきゃ…私が……」




 グリフォンがゆっくりノアに近づき、けたたましく鳴くと上体を仰け反らせ、その鉤爪をノアに振り下ろさんとする。




「あああああああああああ!!」




 瞬間、オーネットは地面を蹴り抜き、真っ直ぐに走り出した。




 その叫びにグリフォンが警戒して上げていた上体を下ろすと、上空に飛び上がり、一直線にオーネットに向かって滑空する。


 その鋭い眼光と近付いて分かる強大さ、刀など当たればすぐに折れそうな強固な肉体に、思わず脚がすくみそうになるが、オーネットは自らを鼓舞する様に叫び続ける。


 そしてグリフォンに極限まで近づくと、胴を狙って振り下ろされる鉤爪を掻い潜って交わし、木刀が折れぬ様にその鉤爪の力を受け流す。




 ーーーずっと見てきた。




 そして、更にオーネットを薙ぎ払う様にして繰り出されたもう一方の鉤爪を、ギリギリの所で宙へと飛び上がって回避する。




 ーーーそのしなやかな体捌きも、蝶の様に軽やかな攻撃も。




 そして、空中で体を180度捻ると、オーネットはグリフォンの頭部、その右目に木刀を思い切り突き刺した。




「死ねえええええええええ!!!!!!!!!」




 それは正しく、ローラとノアの剣技であった。


 オーネットの放った木刀はグリフォンの右目に直撃、そのまま手を離すと刺さったまま雄叫びをあげて暴れ出し、グリフォンはあっという間に猛スピードで上空へと飛び去って行った。




「終わった……」




 オーネットは足腰の力が抜け、放心した様にその場に崩れ落ちると、這いずる様にして進み、倒れるノアの側へと近寄る。ノアは頭を打ち血を流して意識を失っているものの、呼吸はしている様だった。ノアのその様子に胸をなでおろしていると、背後から、微かに消え入りそうな声が聞こえた。




「……ット」




 オーネットが声のした方を振り返ると、そこには上半身だけどなり、腹部から今も尚どくどくと大量に出血をするローラが倒れていた。




「ローラ!!!!!」




 オーネットは叫んでローラの方へと這いずって行く。


 そして真っ白で冷たくなった手を握って必死に声をかける。




「ローラ!ローラ!しっかりして!」


「オーネット…?ごめん…もう、何も、聞こえない…」




 オーネットはボロボロと涙を流し、ローラの手を握る力を強くして、青白くなったその顔を見る。




「オー、ネット……私はもう、死ぬ…だから…最後に…」


「ローラ!そんな事言わないで!私、私、いつも逃げてばっかりで…!」




 ローラは閉じていた目をうっすらと開ける。




「私のネックレスを…オーネットに……オーネットは強い、絶対に強くなる…だから、私の代わりに、ノアを…守っ…て……」




 そう言うと、薄く開いていた碧眼の瞳はゆっくりと閉じられ、もうその目が開く事は無かった。




「うあああああああああああああ!!!」




 林の中、オーネットの絶叫だけが響き渡る。




 手に入れた武器を売る事で、ローラが病気の母親を助けようとしていた事を、オーネットとノアが知るのはずっと後の事だった。


 これが、少女達の出来心が発端にしてはあまりにも酷むごい、とある冒険の結末だった。








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「その後私はローラとの約束を守る為、血を吐く程の努力をして剣士となり、そしてグラソン魔法学園へと入学した。」




 想像以上に凄惨なオーネットの過去に、ノアは黙って俯き、あの普段は無表情のセシリアでさえも、眉間に皺を寄せた。


 オーネットは話を続ける。




「そんな私に、いつも懇意にしているグルゴ・パラン御用達の鍛冶屋が、ある話を持ちかけてきた。イスタニカの北の街イリジオンに、強大な力を持つ魔剣があると。そしてその魔剣は持ち主の魔力を食べる代わりに、やがて死者を蘇らせる力を生む。」


「そんなっ!?」




(そんなの明らかに嘘じゃん?!)




「当然嘘だろうと思っていた。だが嘘でもいいとも思った。私の魔力量は人並みより多い。ローラを生き返らせる為ならいくらでも魔力なんてくれてやる、私はそう思っていた。」


「どうしてそこまで・・・」




 ハルが悲しい瞳でオーネットに尋ねる。




「どうしてだろうか・・・私の心は10年前に、とっくに壊れてしまっていた。ここにいるのはただ、どうしようもなく臆病で、自分勝手で、逃げる事しかできない、空っぽの器。そこに憧れた他人を詰め込んだだけのハリボテだ。そしてありのままの弱い自分でいる勇気もない。ノアを守ると言っておきながら、いつかローラに罵られ、罵声を浴びせられて、その手で殺される事をずっと望んでいた。なぜなら私が、ローラを殺したようなものなのだから。」




ーーーどんなに償っても償いきれない罪


そんな風にオーネットは思い、「なぜあの時助けに行かなかったのか」と、自分を責め続けて生きてきたのだろう。


自らを卑下するオーネットは、とても緑の麗君やグラソンの守護神とは思えない程儚げで繊細で、まるで少し強く触れれば粉々に砕けてしまいそうな、8歳の少女だった。




「ふざけないでよっ!!!」


 パァァァンッ




 暗澹とした空気に突如怒鳴り声を上げ、オーネットの頬を叩いたのは、じっと黙って聞いていたノアだった。




「今のオーネットが偽物って言うなら、血反吐吐くまで鍛えて、倒れるまでずっと剣を振り続けたあなたは誰!?あの日、私を守ろうと命懸けで戦ってくれたのは誰!?ずっと今日まで、私を守ってくれたのはローラじゃない!!ローラを失った悲しみで折れそうな私をいつも支えてくれたのは、あなたでしょうが!!!!!!」




 そして今度はグーで思いっきりオーネットの顔を殴った。しかしノアの怒りは止まらない。




「何が殺されるのを望んでいたよ!!あなたがいなくなった後の私の事を少しでも考えた事ある!?ローラが私の隣にいれば、それで私が笑顔でいるとでも思ったの!?そんな事を望んで、ローラはあなたに強くなれって言ったって、本当に思ってるの!?」




 そう言って立て続けにオーネットの顔をグーで何度も殴る。そんなノアの目からは止め処なく大粒の涙が流れていた。




「毎日変わっていくあなたが、どんなに怖かったか。あなたを失う事を、どんなに私が怖いと思っているか・・・大体、あなたが本当は弱虫で臆病で根暗で、本当は剣術よりも本や編み物が好きな事、私が気付いてないとでも思った!?一回守るって言ったからには、最後まで責任持って守り抜きなさいよ馬鹿!!!!!!」




 あまりのノアの激昂と、そろそろオーネットの顔が心配になるノアの殴りっぷりに、グラソンの平常心、セシリアが止めに入る。




「ノアストップ。そろそろ止めないと、いくら頑丈なオーネットでも死ぬわ。」




 ノアはセシリアの一言で頭が冷えたのか、「ごめんなさい…」と言いながら顔面を何発も殴られ、血だらけになったオーネットに、顔を真っ赤にしながら回復魔法を施したのだった。




「ふむふむ。死者を生き返らせるとオーネットを騙して心理操作の魔法をかけた刀剣を持たせた、という説が濃厚か〜」




 いつの間に脱出したのか、氷漬けにされていたクロエが何事も無かったかのようにハルの膝に腰掛け言う。




(いつの間に・・・ってなんで私の膝に乗ってるんですか!?)




「ハルちんの膝はすべすべだねえ」




クロエはそんな事を言いながらハルのスカートの下、太ももへと手を滑らせる。




「ちょ、ちょっと!?」




そんなクロエの蛮行に対して痺れを切らしたセシリアが、氷点下の様な声で一気に部屋の気温を下げる。




「クロエ、今すぐそこを降りなさい。」


「なんでー?」


「ハル=リースリングは私の所有物なの。あなたがその上に乗るのは不快。」




 クロエが「ちぇっ」と言いながらようやくハルの膝の上から消えると、一瞬で自分の椅子の上に座る。




(なぜいつも一瞬で移動できるの!?そしてなぜ毎回セシリア様を煽るの!?さては私への嫌がらせだな!?)




 そんな動揺するハルなど一向に目もくれず、クロエは話を続けた。




「気になるのは目的と犯人だけど、目的はなんとなく分かるから気になるのは犯人だよねー」


「へ?目的分かるんですか、クロエ様。」




 全く話について行けてないハルに、セシリアは「やっぱり連れてくるんじゃ無かった」とばかりにため息をつき、クロエはそんなハルに爆笑する。


 ますます困惑するハルに、優しく答えたのはノアだった。




「恐らく犯人の目的は、あなたですよハルさん。」


「え?私?」


「ええ。オーネットの刀剣にかけられた魔法は、恐らく“強さを欲しろ”と言う類の心理操作だったのでしょう。そんな魔法をかけられて、一番その被害を被るのは間違いなくあなたでです。ハルさん。」


「なるほど・・・」




 分かったような分からないような、そんな気分だったがこれ以上セシリアに呆れられたくないので黙っておくハルだった。




「うーん、オーネットにハルさんを襲わせてその能力を確認したかった、あるいは更なる心理操作を重ねて、やがてはハルさん自体を攫うように仕向ける予定だった、のいずれかの線が濃厚かなー」




 クロエが飽きてきたのか、今度はノアの回復魔法を手伝いながら言う。セシリアもその仮説には同感の様で、




「そうなると可能性が高いのは他の3校、もしくは他国・・・だけどハルの力が知られている所となると、魔法部繋がりで情報を入手した3校と言う線が濃厚ね。それにオーネットの10年前の話を知っていて死者蘇生の話をわざとオーネットの耳に入るように仕組んだ可能性が高い。オーネット、その鍛冶屋の住所は分かる?」


「ああ。イリジオンのメイリーン大通り、ポルトロ商店街から西に2本行った通りの、入って4軒目か5軒目の店だ。赤と白の看板が目印だからすぐに分かる。」


「クロエ、よろしく。」


「はーい。」




(よろしく?)




 ハルがそう思った瞬間にはクロエは姿を決していた。四賢聖達は全く気にせず話を再開する。




「オーネットの様子がおかしかった時に、オーネットの刀の修理や買付履歴をオリビアさんに調べてもらったんですけど、どれもグルゴ・パラン御用達の店でした。」


「となると、真っ先に怪しいと思うのはグルゴ・パランだけど、刀剣といえばグルゴ・パランだし、決定打に欠けるわね。」


「たっだいまー」




 と、先程姿を消したクロエがまた一瞬で現れる。クロエはギョッとしているハルをドヤ顔で見ると、セシリアの前に手の平サイズの本の様なものを置く。このわずか一瞬で、馬車では往復6時間はかかる距離を、クロエはたったの数秒の間に行ってきた様だった。




「残念ながらやっぱり店は逃げられた後で、廃墟になってた。でも中にこんな物が落ちてましたー」


「六芒星・・・リー教の教典の様ね。」




(リー教?初めて聞いた。明日にでもリアに聞いてみよっと。)




「リー教との繋がりとなれば、聖レヴァンダ学園か魔法部の繋がりが疑わしいわね。」


「でもリー教がハルさんを狙うなんて・・・あまりしっくり来ないですね。」




 推理の手がかりが無くなり、部屋の中に沈黙が続く。




「一旦今日わかるのはここまでの様ね。リー教の教典という手がかりはあったけど、あまり今の時点で無理に絞り込まない方が良さそうね。相手は手段を選ぶつもりは無い様だから、尻尾を掴むまではくれぐれも皆警戒して。以上よ。」


「ちょっと待て!」




 会議を締めようとするセシリアに、回復魔法によってかなり傷が回復したオーネットが声を上げる。




「私の裁きはどうなるんだ?私は法を犯した。ハル=リースリングが咎人とはいえ、自分勝手な思想で禁忌に手を染め、この身を操られ、蹂躙した。許されざる罪だ。」




 目を伏せがらオーネットはそう言うと、拳を強く握った。そんなオーネットをチラリと一瞥したセシリアは、いつもの様に無表情で答える。




「確かに、安易に禁忌である死者の蘇りに縋ろうとしたのは四賢聖としてあるまじき行為ね。もしその罪に対する罰を望むのなら、あなたの弱みに漬け込み、あなたを貶めようとした犯人、黒幕をその身をもって必ず突き止めなさい。それをあなたへの罰とするわ。」


「そんな・・・ハル=リースリングはそれでいいのか!?私はあんなに酷い事を・・・」




 突然自分に振られた事と、オーネットの茶色い瞳に真っ直ぐ見つめられた事で、思わずびっくりして心臓が飛び跳ねる。




「えっと、そうですね・・・操られてた事も分かってましたし、特に私は・・・あ、強いて言うなら」




 そう言って今も献身的にオーネットの傷を治療するノア(ただしノアが殴った傷である)を見ながら答える。




「強いて言うなら、絶対にノア様を、もう離さないで下さいね。」




 ノアの顔が、一瞬間を置いて、ハルの発した言葉の意味を理解するや否や、ゆでダコの様に真っ赤に染まる。そんなノアにオーネットは、




「ああ、今度こそ必ず。絶対にノア=ラフィーネは私、オーネット=ロッドが守る。」




 と答え、更にノアの顔を発熱しそうな程赤くするのであった。


 そしてそう言い切るオーネットの表情にはもう、8歳の自信なさげな少女の面影はどこにも無い。




(それでいいんだよ、オーネット)




 どこからか、そうオーネットに声をかける幼い少女の声が、ハルにも聞こえた気がした。






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