11 少女と嵌められた罠

 






「疲れたぁ〜」




 ハルが去った後、ノアが残りの業務を終えて自室に戻ったのは22時を少し回った頃だった。


 ノアの主な業務は比較的学園運営に関わる雑用が多かったが、その他にも学園内外の患者の治療やリューゲル魔法学術院との共同研究など、学園外での仕事も多く、その為か事務的な業務がすぐに溜まってしまう。なので仕事が23時、24時を越えることも珍しくはなかった。


 木製の家具とたくさんの観葉植物で飾られた部屋は、ノアの執務室とは対照的に整理整頓がされており、実に女の子らしい部屋になっている。


 ノアはふとテーブルの上に置かれた、ノアの従者が気を使って用意してくれた果物やキッシュ等を見て、「いらないって言ったのに」と頬を緩ます。




「明日の朝食べようかな。」




 そう呟いて、月の光が部屋いっぱいに差し込む窓の方へと近づき、そこからの景色をぼんやりと眺める。窓の外では木々の隙間から隣の建物がわずかに見え、部屋のカーテンは閉められているものの、その隙間からわずかに部屋の灯りが漏れていた。




「オーネットもまだ起きてるのね。」




 そう呟くと、ノアは自身の首から下げていたネックレスを取り出し、そっと握る。それは、ノアの瞳そっくりな藍色の小ぶりなタンザナイトが嵌められた、金色のチェーンのネックレスだった。




 ーーー私の事をわかった様な口を聞くな。




 目を瞑ると、どこか切迫したような表情でそう吐き捨てたオーネットの姿が瞼の裏に浮かぶ。




「わかるわ。あなたの事も、あなたが消そうとしている過去も、全部。でも、全部消した後に残るあなたは一体誰なの?オーネット・・・」




 ノアはただ、祈るようにタンザナイトのネックレスを握った。しかし天使の祈りは、林の奥に佇むカーテンが閉め切られた部屋の中までは届くことなく、煌々と輝く星空へと消えて行った。








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 結局、オーネットの変化の原因は分からず数日の日々が流れて行った。




「ぐぬぬぬ・・・わからぬ・・・」


「今日も頭悩ませてるねえ。」




 講義の合間も腕を組み頭を悩ませるハルに、リアが笑いながら言う。




「オーネット様の様子が最近変、って話だっけ?」


「うん。」




(別に私が調べる必要はないかもしれないけど、あんなノア様の哀しげな顔見ちゃったら、何もしないって訳いかないよね。セシリア様は関わる気無い様だし。)




ーーーそれに、何か今回の一件には見過ごすと大きなツケが回ってきそうな、そんな第六感的な何かをハルは感じていた。




「心理操作というか、洗脳みたいな魔法ってやっぱり強い人はかかりにくいの?」


「そうだねえ。」




 ハルの質問に、リアは紙の端っこに絵を描いて説明する。




「人の体内には、量はともあれ魔力が流れてる。そして流れる魔力は魔力の出入口を通して入ってきたり、出て行ったりしてる。そこまではいい?」


「うん。私はその出入口が殆どないって言われた事ある。」




「本当に不思議な体だよね」と、笑いながらリアは説明を続ける。




「ハルみたいな例外を除くと、普通この出入口の大きさは体内の魔力量によって自然に大きくなって行くから、魔力量が多い人、オーネット様みたいな人はこの出入口も大きい。心理操作系の魔法は、この出入口に入り込んで本人の魔力と結び付き、本人の意思を混濁させたり意図的に操ったりする魔法なんだ。」


「え、てことはオーネット様みたいに強い人はかかりやすいって事!?」


「技術的な話だけならそうなる。でも心理操作の魔法は、本人の魔力に働きかける必要があるから、かなり複雑で時間がかかる魔法なんだ。それに、心理操作の魔法をかける為には、本人の周囲を纏う鎧の様な魔力の壁を突破しなきゃいけない。多分オーネット様の外壁を突破するなんて普通の人じゃ無理無理。」


「なるほど・・・だからオーネット様が魔法によって操作されてる可能性は低いのか。」




(やっぱりまた振り出しに戻ってしまった・・・)




 そう思い、ハルがだらしなく机に突っ伏していると、リアが「コホン」とわざとらしく咳払いをして、急に胸を張る。




「そんなハルの為に、この親友リア様が一肌脱いであげました!」


「?」




 そう言うとリアは教室の入り口に向かって「こっちこっちー!」と手を振る。そんなリアに気付き、やって来たのは真っ赤な腰までの髪、そしてスラリとした長身と燃える様な瞳の、




「イグテア!?」




 驚くハルに、リアが話を続ける。




「イグテア、実はノア様の付き人志望だったって、知ってた?一昨日夕食でそんな話になって、ノア様が困ってるらしいって話をしたら力になりたいって言ってくれてさ。」




 リアが「でも誰にでも話してる訳じゃないから!」と補足する。リアに紹介されたイグテアは、以前に庭園であった際の様な強引さは一切ない様子で、




「勝手にお話を聞いてしまいすみませんわ。実は私の家系は代々、優秀な医師・薬師を排出しているラフィーネ家と懇意にしていますの。なのでその話をリア様から伺ったら、いてもたってもいられなくって・・・」




 と眉を下げながらハルに言った。




「ちょっとリア、私セシリア様との約束で・・・」


「まあノア様の一件が解決するまでくらいはいいんじゃない?このままだとずっと迷宮入りしそうだし、人は多い方がいいもん!」


「うぅ・・・」




 セシリアの命令によって、ハルが日中リア以外の生徒と会話できない事はやんわりとリアにも(「独占欲が強い恋人か!」と散々いじられたが)伝えていた。


 しかし結局何の糸口も掴むことが出来ない状況である事は事実であり、猫の手も借りたい状況である事に変わりはない。




「じゃ、じゃあお願いしようかな・・・あ、でもセシリア様がいない時だけね!あとこの件が解決するまでの間だけね!」




 ハルがそう言うと、イグテアはパッと表情を輝かせた。




「ありがとうございます!」




(うぅ・・・笑顔がめちゃくちゃ眩しい。もしかしてこの子普通に良い子なんじゃ・・・)




 そして3人で席に着くと、真面目に授業を聞きつつ推理を再開する。




「なるほど・・・確かにそう考えるとオーネット様の私物に対して何かしらの魔法がかけられているかも、という事になりますわね。」


「でもそもそもその目的って何?オーネット様も完全に操られてるって訳じゃないんでしょ?犯人はオーネット様に何をさせたいんだろう。」


「うーん・・・」




(目的・・・オーネット様をはじめとした四賢聖の殺害、とかでは無さそうだよね。)




「ちなみに、具体的にはどう言った所の様子がおかしいんですの?」




 イグテアがあごに手を添えてハルに尋ねる。




「オーネット様って確かに厳格で怖い方だけど、そこには信念があるって言うか、決して無闇に暴力を振るったり感情に任せて怒鳴りつけたりする様な人ではなかったんだよ。でもノア様の話だと、最近は街で捕まえた盗人を必要以上に斬りつけたり、認められていない教会敷地外で乞食を行った人怒鳴りつけたり、どんどん暴力的になってるらしい。」


「確かに。それは私の知るオーネット様とはだいぶかけ離れてるね。」




 リアがウンウンと頷く。するとイグテアが「そういえば」と切り出した。




「物に魔法をかけると、その物には対象者の魔力が宿るので、例え何かしらの方法で魔法をかける事に成功したとしても、普通であれば不自然な魔力で気づかれてしまうんです。なのでもしかしたら、今回の対象の物ははじめから魔力が宿った物、例えば魔法時計や魔獣の角を使ったアクセサリー等であれば多少は気付かれにくいかもしれませんわ。」


「魔法の時計・・・アクセサリー・・・」




 しかしオーネットは堅い服装を好み、少なくともこれまでハルが見た限りでは、時計やアクセサリー等の装飾品は身に付けていた印象が無い。




「ちなみにこの件はセシリア様もご存知なんですの?」


「一応伝えたんだけど、四賢聖なら自分の身は自分で守れるわ、の一点張りでした・・・。」


「セシリア様らしいね。」




 リアがケタケタと笑う。




「てか、魔力が宿ってるものが無いか気になるなら、直接確認してみればいいんじゃ無い?」




「直接?」と全くピンとこないハルに、リアがポケットから装飾された魔石に時計の針がついたの様な物を机の上に取り出す。




「これは私の魔力感知器なんだけど、要は魔力を察知するレーダーみたいなもん。魔獣討伐の時とかに魔獣を探すために使うんだ。もちろん人間そのものの魔力には反応しない。例えば今だと・・・」




 魔道具の針がくるくると回転すると、やがて一つの方向を指して止まる。




「ああ、ハルさんが今日付けている髪飾りに反応している様ですわね。」


「髪飾り?これって何か魔力が宿ってたんだ。」




 そう言ってイグテアが針の指し示した方向、ハルが頭に付けた小さな花の髪飾りを外す。




「本当だ針の向きが変わった!じゃあこれをオーネット様に使えば・・・?」


「もしかしたら魔法がかけられた対象物が分かるかもしれない!」








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 チャンスはすぐにやって来た。


講義終了後の1時間程度しか自由に活動できないハルは、リアに渡して貰った魔道具を持って、オーネットの住む建物の前をうろうろしていた、すると丁度外から帰って来たらしいオーネットと鉢合わせしたのである。


久しぶりに真っ正面から見るオーネットは、変わらぬ端正な顔立ちであったが、どこかその肌は青白く、薄っすら目の下にくまのような物ができていた。




「なぜ貴様がそこにいる?」


「あっ、あの、お話をさせていただきたい事があって。」


「話だと?」




 ハルが単身で乗り込む事に、リアやイグテアは当然猛反対した。しかしオーネットを足止めし、尚且つできればその部屋に入り込む為には、深い話題ーーー咎人の話を出すしか無い。そう考え、ハルは二人を置いてこの場所へやって来ていた。




「はい、あの、変わらず悪魔との契約に関しては身に覚えが無いのですが、幼い頃、今持っている力に似た事を、ある場所でお祈りしていた事があって、それが今の力と関わってるんじゃないかって思って・・・」


「ふん。あくまでシラを切るんだな。」


「ううっ」




(そうだった、私ものすごくオーネット様に嫌われてるんだった。)




 明らかに敵意むき出しの「今すぐにでもお前を斬り殺したい」と言う目でハルを見るオーネットに、やはり一人で来るべきでは無かったと後悔するハルであったが、意外にもオーネットはハルの申し出を承諾した。




「いいだろう。入れ。ただし怪しい真似をすればすぐにでも斬り殺すからな。」


「は、はい・・・」




 そうして曇り空の下、ずっしりと要塞の様に居を構えたオーネットの館に、ハルは足を踏み入れたのだった。








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 通されたオーネットの執務室は、想像通り最低限の物しか置かれていない、シンプルで無機質な部屋だった。部屋の隅には本棚が置かれているものの、魔法に関する本というよりは歴史や法律、そして剣術に関する本が多く、まさにオーネットという人物そのものを表していた。




「座れ。茶は用意する気はない。」


「はい・・・」




 ハルは部屋の真ん中に置かれた低いソファに恐る恐る腰掛ける。ハル個人としては、決してオーネットに対して特別嫌悪感などを抱いている訳ではない。しかし、裁判の際に最もハルを糾弾していた事、ノアから聞いた最近のオーネットの様子、そして何かしらの魔法がかけられている可能性がある事から、ずっと心臓の動悸が止まらず、全身を強張らせていた。




「あの、悪魔ってどのような姿なのでしょうか?」


「知らん。私は見た事も無いし、姿ならお前の方が詳しいだろう。」


「・・・・・・」




(やばい、想像していた以上に穏やかではない空気だ!この人コミュニケーション取る気無いじゃん!)




「私が祈っていたのは生まれ育った村の外れにある大樹だったんですが、大樹に悪魔が宿るとか、悪魔が大樹に化けるとかって事、あるんでしょうか?」


「大樹に宿る精霊がいるという話は聞いた事はある。だが悪魔が大樹などの聖なる力が強いものに、自ら近づくとは思えんな。」


「他の咎人はどこで悪魔と契約していたんですか?」


「その質問には答えられん。お前は罪人。悪用される可能性もある。」


「うぅ・・・・・・。」




(全然会話にならないし、リアの魔道具使える空気じゃ無いよ・・・。なんとかして少しの間だけでも、オーネット様に部屋から出て行って貰わないと。)




 必死にうまい口実を探す。何か物を取りに行かせるか?だが一切信用されていないハルを置いて、そう簡単にオーネットが部屋を出て行くとも思えなかった。




(うーん、こうなったら最終手段。なるべくこの方法は心臓に悪すぎるから取りたく無かったけど!)




意を決し、ハルは口を開いた。




「あの、すみません・・・私ちょっと緊張しちゃって、お手洗いに行ってきてもいいですか?」




 恐る恐るもじもじとした素振りをしながらハルが言うと、オーネットはあから様に嫌悪感を顔に出す。




「貴様、自分の立場がわかっているのか?」


「も、申し訳ございません・・・でもずっと我慢していたせいで、もう・・・」


「チッ・・・部屋を出て右の突き当たりだ。他の部屋には入るな。」


「ありがとうございます!!」




 ハルはお礼を言うと、慌てて部屋を出て行く。そして扉を締めて背中を付けると、「はぁ」と溜め息を漏らした。


 トイレを催したなんて事は、当然嘘である。目的は一つ。ハルはそっとリアから受け取った魔道具を取り出した。




(オーネット様の部屋には本棚くらいしか物がなかったから、魔力を持ってそうな物は無い。もしここで針がオーネット様の方を向けば、オーネット様が直接身につけている物と絞り込みできる!)




 魔道具の針はくるくると回りだし、数秒程でまるで力強い何かに引っぱられた様に震え、一点を指して微動だにしなくなった。




「強い力に魔道具が引っ張られてる・・・しかも、オーネット様の執務室じゃない!?」




 魔道具の針は、じっとトイレの手前の方の部屋を指して止まっている。




(行ってみよう!)




 ハルは針が指した方へ歩き出し、扉の前で立ち止まる。そしてゴクリと唾を飲み込むと、そっとドアノブを捻った。








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 ノアは執務室で、お茶を飲みながらセシリアの従者、現在はハルの付き人となっているオリビアに頼んで手配した書類に、目を通していた。


 その書類には、王国に運び込まれた品目の一覧や、学園を出入りした人物の記録が記されている。




「うーん、不審な人物はいないかぁ」




 そう言うとため息を吐き、ノアは肩をすくめる。




「・・・・うん?」




 しかし目の端に映った、書類の片隅に記載されたオーネットの名前を見て、ふとノアは違和感を覚えた。




(四賢聖が頻繁に外出するのは珍しい事じゃない・・・でも、これって・・・)




 そう思い、束ねられた書類にイチからまた目を通す。そして数枚めくったところでその違和感は確信に変わる。




(やっぱり。学園から出て行った記録はいくつもあるけれど、帰ってきた記録が殆どない。)




 学園の入退の記録は学園にある正門、そして東門と西門に置かれた専用の官兵が行なっている。しかし、正門が閉まる時間である18:00を過ぎると正門の官兵はいなくなり、20時以降は東門も西門も同様に閉ざされる。その為、その後に学園へ入ったものーーー例えば壁を飛び越えて入ってきた者の記録は残らない。




「一体夜、外で何をしてるの?オーネット・・・」




 ノアはそう呟き窓の外、今もカーテンが締め切られたオーネットの部屋を見つめた。








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 音を立てずにドアノブを回し、部屋に入るとハルは辺りを見渡した。この部屋はオーネットの自室の様で、簡素なベッドと小さなテーブル、そして様々な絵画や本が置かれていた。




「小説?」




 置かれている本は執務室のものとは異なっており、意外にも恋愛小説や物語などが多く、本棚の大半を占めていた。また、ハルは棚の中に置かれた写真に目を留める。




「これはオーネット様とノア様?それに・・・」




 その写真には、まだ8歳くらいと思われるオーネットがノアに手を引かれ、そしてもう一人の金髪の少女と3人でこちらに笑顔を向けている。




「こんな事してないで、早く探さないと!」




 一人でトイレへ向かわせてくれた事から、わざわざ探しにくる事はないと思われるが、それでも持って数分だろう。ハルは再度魔道具に目を見やる。


 針はくるくると回転し、また強く引っ張られる様に、今度は震えながらハルの左手、ベッドの方を指していた。


 ハルは足音を立てない様にそろりそろりとベッドの方へと近付く。手汗が止まらず、思わず魔道具を持った手に力が入り、自分の動機の音だけが耳に聞こえる。




 ーーーゴクリ




 ハルはベッドに近付くと、針がさす方、ベッドの下に手を入れた。




 ゴトッ




 何か指先が冷たく固いものに当たる。ハルは慎重に指先でそれを引き寄せると、ベッドの下から出てきたのは、重たく真っ黒な鞘が鉛色に光り、鍔にあしらわれた真っ赤な火山竜の爪が禍々しい魔力を発する一本の刀剣であった。




(これがオーネット様を!!!)




 確かに剣、それもドラゴンやクラーケンと並ぶ魔物である火山竜が素材として使われた代物であれば、かけられた魔法を容易に隠す事もできる。




(ひとまずオーネット様にかけられた魔法の対象物はわかった。解除方法はまたノア様やイグテア達に相談しよう。セシリア様にも話しておこう。)




 ハルは握った刀剣をまたベッドの下に慎重に戻すが、重たい剣はなかなか思う様に動かず、焦る。そして焦った勢いで、その先端がベッドの脚へと当たって音を立ててしまう。




 ゴンッ




(まずい!!!)




 思わず心臓が飛び跳ね、辺りを警戒するが、オーネットが物音に気付いてやってくる気配はない。




(よかった・・・)




 ハルがほっと胸を撫で下ろし、また剣をベッドの下に戻そうとしたその時、背後からハルの心臓を止める様な声が響く。




「やはり貴様に、自由など認めるべきでは無いと言ったんだ。」


「オーネット…様…」




 あまりの驚きで手から落ちた刀剣が「ゴトッ」と重い音を立てる。しかしそんな事はもう気にならず、ハルは飛び出そうな程バクバクと脈打つ心臓を抑え、恐る恐る振り返る。


 そこには「やっとこれで思いきり殺せる」と言わんばかりの顔でハルを見下ろすグラソンの守護神、オーネットが部屋を塞ぐ様に立っていた。








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 コンコンコンッ




 その後も部屋でずっと書類を調べるノアの部屋が、不意にノックされる。




「入ってください。」




 ノアがそう答えると、ドアノブを回して入ってきたのは最も意外な人物ーーーオーネット自身であった。ノアは慌てて立ち上がる。




「オーネットさん?どうしたんですか?」




 オーネットは黙ってノアの机の上に広げられた書類を一瞥すると、ノアの顔を見て答える。




「先日は酷い事を言ってしまい、すまなかった。少し反省したんだ。私は君の言う通り大切なものを忘れていた。」


「オーネット・・・?」




 突然のオーネットの思わぬ告白に一瞬目を丸くしたノアであったが、すぐにまた柔らかい表情となると、オーネットを優しくその腕で抱きしめた。




「私はどんなオーネットも大好きよ。」


「ああ、ありがとう。」




 そしてそっとノアの体を離すと尋ねる。




「あの少女、ハル=リースリングにも酷い事をしてしまったから、お詫びでは無いが少し魔法の手解きでもしてやろうと思ってるんだがいいか?」


「ええ。もうハルさんの治療は大方終わってますから。でもあまり無理をさせちゃダメですからね?」


「肝に銘じる。」




 そう言うとオーネットは部屋から出て行った。


 そんなオーネットの後ろ姿を一人見るノアは、机の上に置かれた書類ーーーオーネットの刀剣の修理記録と業者の一覧を見て複雑そうな表情を浮かべるのだった。








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 ハルが目を覚ますと、普段とは見慣れない天井と割れる様な頭痛に、意識を失う前の状況を一瞬で思い出す。


 オーネットへ心理操作の魔法をかけていた物、それはオーネット自身が愛用していた刀剣であった。




(でも、なぜベッドの下に隠していたんだろうか。)




 刀剣であれば、わざわざ隠す必要はない。それにオーネット自身は刀剣にかけられた魔法に気付いていないはずーーーそんな疑問が次々とハルの頭に浮かぶが、部屋に近付く足音、そして入ってきた人物の姿を見るや否や、




(とりあえず考えるのは後!先ずはどうにかこの状況から逃げないと!)




 という焦りに変わる。




「目を覚ましたか。早かったな。」


「離してください!」




 ハルはオーネットに見つかった後、一瞬で意識を失わされ、その間に両腕両足をフローリングの床の上に大の字になる様に魔法で拘束されていた。




(そろそろ拘束魔法コンプリートできそう・・・したくないけど・・・)




 ゆっくりとオーネットがハルに近付く。




「オーネット様!目を覚ましてください!貴方は魔法で操られているんです!」


「私が操られる?」




 オーネットはそう言うと、ハルの脇腹を思い切り蹴り飛ばした。




「ぐうっ」




 手足を伸ばした状態で拘束されている為に、一ミリも体を動かせない体がその衝撃をまともに受け、ミシミシと悲鳴をあげる。




(く、苦しいっ)




「私が操られる訳ないだろう。そんな言い逃れしかできないのか、貴様は。」


「それに、こんな事したら、セシリア様だって・・・がはっ」




 セシリアの名前を出した途端、今度は顔面を蹴られる。




「セシリア?咎人の癖によくセシリアの名前を呼べるな。これだからあいつは甘いんだ!こんな人間の屑に!情けなど!いらないだろうが!」




 ドスッガスッゴスッ




 オーネットは怒鳴りながら、何度もハルの足、腹、顔を思いきり蹴りつける。




「ぐあっ」




 ハルの唇は切れ、血が流れ出す。また、鼻の骨も折れたのか鼻血が絶えず流れ、真っ白なハルの顔を汚していく。


 オーネットはぐったりと呻きながら血を流すハルの隣にしゃがむと、ハルの真っ黒な髪を掴み、その血で汚れた顔を自分の方へと向かせて言った。




「甘やかすから自分にも人権があるって勘違いさせるんだ。貴様は道具だ。私の方が貴様の力を、セシリアより有効活用できる。」




 そう言うと、オーネットはハルに跨り、制服を乱暴に脱がし始める。痛みで意識が朦朧としていたハルであったが、オーネットのしようとしている事に気がつくと、少しも動かせない体を必死で動かし、叫んだ。




「やめて下さいっ!オーネット様!」




 しかし当然オーネットは止まらない。破るように制服と下着を脱がせると、いきなり乱暴に指をその中へと押し込んだ。




「痛い痛いぃっ!」




 途端に走る、体を内側から引き裂くような激痛に、ハルが涙を流して叫ぶ。




「煩い。」




 しかしそんなハルの必死の訴えも一切無視し、オーネットは指を乱暴に動かし出す。




「いだいっ、やだ、嫌っ!」




 性行為とも呼べない、苦痛でしかないその行為に、ハルが声を枯らして必死に叫んでいると、オーネットは僅かに血のついた指をそこから抜き、ハルの額を血で汚れた指でトンッと突き、魔法をかけた。


 すると途端にハルの口から音が消える。声を出せなくなったのである。ハルは必死に口を開けて助けを求める。しかしそこから一切の音は発されず、側から見ればただ口をパクパクと開けるだけである。


 ハルの絶望した表情に満足したのか、オーネットは再度指を無理矢理押し入れた。




「どうせ毎日犯されているのだろう、この淫女が。」




 しかし当然オーネットの行為は快楽ではなく、ハルから魔力が送り渡される気配もない。




「チッ」




 それに気付いたオーネットは、面倒くさそうに舌打ちをすると指を抜き、その上にある小ぶりな陰核へと押し当てた。




「っ!!!」




 途端に変わったハルの反応と目をギュッと瞑った表情に、オーネットは「ここがいいのか」と邪悪な笑みを浮かべると、突然強い力でそこを押しつぶした。




「っっっ!!!」




 突然の衝撃に跳ねる事もできない体を、ハルは精一杯震わせ、足の指をいっぱいに伸ばして手をギュッと握る


 そして僅かながら、自身の中の魔力がオーネットへと渡っていくのを感じた。




(だめ!待って!)




 しかしオーネットは自らの中にハルの魔力が流れこむ感覚を見過ごす筈もなく、ニヤリと笑うと更にハルの陰核を何度も何度も強い力で執拗に押しつぶす。




 グリッグリッゴリッ




「〜〜〜〜〜〜!!!」




 ハルはその味わった事がない暴力的な快感を逃がそうとするが、ピンと伸ばされて拘束された両手両足は少しも動かす事ができず、ただただ気が飛びそうな衝撃を真っ向から全身で感じるしかなかった。


 やがで押しつぶす動きは抓ったり引っ掻いたりとした動きに代わり、そのむき出しの神経を嬲る苦痛とも言える快感に、ハルは頭を真っ白にして達した。しかしそれでも、オーネットの動きは変わらない。




(無理、ダメっ、今は触らないでっ)




「っ!!!っ!!!」




 必死に声にならない何かを叫ぶハルに、オーネットは口角を上げながら、恐ろしい言葉を発する。




「どうしたんだ?まだ達してないだろう。普通は達したら全身を痙攣させると言うからな。」


「〜〜〜〜〜〜!」




 ハルの体は痙攣すら許さないほどにぎっちりと拘束されている。恐らくオーネットはそれをわかった上でハルを苦しめる為に言っているのだと思われた。また、達すれば大量の魔力がオーネットに流れ込んでいる筈。しかしオーネットは、わざとそれに気付かないふりをしてハルの敏感な陰核を容赦なく爪で引っ掻き続ける。




 ガリッガリッガリッ




「私はセシリアの様に甘やかさない。お前の魔力は全部私が貰う。私の役に立て。ハル=リースリング。」




 何度も意識を失い、その度に魔法によって強制的に覚醒される生き地獄の中で、ただハルは虚ろな瞳で真っ黒に染まったオーネットの瞳を見上げるのだった。








 ・


 ・


 ・


 ・


 ・








 オーネットに体の自由を奪われたまま魔力を吸い取られ、どれくらいの時間が経過したのだろう。


 廃人の様になったハルは、喘ぐこともできず、ただ涙を流すだけの人形と化していた。そしてあれ程暴力的に感じていた快感は麻痺し、今はただ、時折体が別の生き物になったかの様にわずかに震えるだけである。




(気持ち悪い・・・)




 今も尚、体の奥で乱暴に動かされる指がただただ気持ち悪かった。




(気持ち悪い・・・・・・)




 セシリアの毎日の行為も、確かに優しさの欠片もないものではあったが、そのどこかにはハルの体を思いやる部分や、何か心の奥底で交わったもの、「セシリアであれば魔力を渡しても良い」と思える信頼の様な物が確かにあった。


 しかし、今の行為にはそれがない。




(気持ち悪い・・・・・・助けて、セシリア様・・・)




 コンコンコン




 そう祈り、ハルの頬をまた涙が一つ伝った時、オーネットの部屋を急にノックする音が聞こえた。




「誰だ?」


「オーネット様、ソフィです。聖レヴァンダ学園より書類にオーネット様の印鑑を貰う様に、従者より言伝を賜りました。何でも急ぎとの事でして・・・」




 オーネットは、全身ドロドロに濡れたハルを一瞥すると、




「わかった。執務室で待っていてくれ。」




 と言って念の為ハルに目隠しの魔法をかけると、部屋を出て行った。




「〜〜〜っ!!!」




 立ち去ったオーネットの気配に、ハルが必死に助けを求めて叫ぶ。しかし当然声は発せない。それでもハルは、ただ必死に体を動かそうともがき、叫び続ける。




「うわーすごい姿。セシリアに見せたらどんな顔するかな。」




ーーー唐突にドアの方、ではなく窓があった方向から声が上がる。




(誰!?セシリア様じゃない・・・!?)




 すると急にハルの視界を遮っていた目隠しの魔法が消され、視界が広がる。


 相変わらず閉め切られたカーテンの手前、ハルの頭上で屈んで顔を覗き込んでいたのは、銀髪にツインテール、兎の様な真っ赤な瞳をした少女ーーークロエ=ウェストコリンであった。


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