10 少女と学園の守護神
ハルがノアの住む建物に辿り着くと、日は殆ど沈み、辺り一体は薄暗くなっていた。今回の外出はセシリア自身が下した命令の為、夕食に遅刻しても罰を受ける心配はないが、恐らくこうしている間も律儀なオリビアは夕食の支度をして待っているだろう。そう考えるとなるべく早めに切り上げて部屋へ戻ろうと考えるハルだった。
しかし、ノアの部屋の付近まで着くと、その扉の奥の方から聞こえる穏やかでは無い会話に、ハルの足が一瞬止まる。
「そんな勝手な事許されませんよ!」
「許さない?誰が許さないんだ?セシリアか?」
「そう言うことではなくっ!」
「今のこの学園のやり方は生温すぎる!あの咎人、ハル=リースリングに対する扱いだってそうだ!」
突然聞こえてきた自分の名前に、ハルの心拍数が一気に高まる。
「オーネット、最近少し変ですよ!?」
そう言っているのは恐らくこの建物の主、ノア=ラフィーネと思われる。そしてノアと言い争いをしているのは、ノア、セシリアと同じく四賢聖。その中でも最も厳格で暴力への抵抗の無い人物、グラソンの守護神にして剣神オーネット=ロンドであった。
「私の事をわかった様な口聞くな!」
オーネットはそう怒鳴ると、部屋を出るのかドアノブがガチャリと音を立てる。
(まずい・・・!)
しかし、ハルがそう思った時にはもう既に遅かった。来た道を引き返すべきか、それとも堂々と何も聞こえていない様に振舞うべきか、一瞬狼狽えてる間にドアが乱暴に開かれ、裁判ぶりの緑の麗君、深碧の一つに束ねられた髪を靡かせたオーネットがハルの前に姿を現す。
「貴様・・・盗み聴きとはいい身分だな。」
「いや、これはあの、偶然で、セシリア様に言われて・・・」
オーネットはハルとキッと睨むと、一瞬でハルの胸ぐらを掴んで後方、ノアの部屋の方へと片手で投げ飛ばす。
「うぐっ・・・」
「私は貴様が嫌いだ。ノア、お前の言っていた客人だぞ。」
そう言うとオーネットは足音を立てて立ち去った。
ハルは投げ飛ばされた際に打ち付けた背中を摩りながら立ち上がると、扉が開き、ノアがハルに駆け寄ってくる。
「オーネットがごめんなさい!ハルさん大丈夫?立てる?」
「大丈夫です、最近よく吹っ飛ばされるので・・・」
そう言って笑いかけると、ノアは心配そうな顔をしながらハルへ「入って」とハーブの香りが漂う自室へ促す。
促されるままハルが執務室に入ると、ノアは部屋の中央に置かれた簡素な木製の四人がけの机の椅子にハルを座らせた。セシリアの執務室とは全く異なり、ノアの部屋は大小様々な植物や花が置かれた温室の様になっており、ガラス張りの天井からは夜空に輝く星が瞬くのが見える。恐らく日中は燦燦と陽光が差し込み、暖かい陽気に包まれより一層幻想的な空間になるのだと思われた。
また、植物の他に、部屋には大量の書物や薬品と思われる試験管やビーカー、謎の包みや水槽、測りなどが無造作に置かれており、一見すると乱雑そうに思えるがどこか落ち着く、不思議な空間であった。
「いつもの事だけど、散らかっててごめんね。」
「全然!落ち着きます、ノア様の部屋。」
ノアはそう言うと、薄い青色の紅茶の様な飲み物を差し出す。
「リラックス効果が高いハーブで作ったお茶よ。口に合わなかったらお砂糖もどうぞ。」
「ありがとうございます!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そして流れる気まずい沈黙。先程の明らかに穏やかではない空気に、どう声をかければいいのか、そもそも突っ込んでいいのかハルは思案していた。しかし、そんなハルを気遣ったのか、先に切り込んだのはノアだった。
「見苦しい所を見せちゃったね。」
そう言って笑うノアの表情はどこか哀しそうだった。
「オーネットはね、実は私と幼馴染なの。昔はあんなに強情じゃなかったんだけど、いつの間にか法の番人みたいになって、今ではグルテアの守護神なんて呼ばれてる。幼い頃は私に守られてばっかりだったのに。」
「オーネット様が幼い頃・・・」
(だめだ。仁王立ちでたどたどしい口調で「断固とちて反対ちゅるー!」とか言ってる緑の髪の幼児しか想像できない。)
そう考えて笑いそうになるのを必死で堪えるハルに気づいたのか、ノアも鈴蘭の様に微笑む。
「根は悪い人じゃ無いのよ。その・・・ハルさんにこう言うと失礼かもしれないけど、自分が全部守らなきゃって、ただ必死なだけなの。少し頑固すぎるところもあるけど。」
そこまで微笑みながら話したノアであったが、「でも」と声をワントーン下げ、表情を少し曇らせる。
「でも、最近のオーネットは様子が変。確かに前も頑固だったけど、その奥には誠実さがあった。でもここ2週間くらいは、法や規則の為って言うより、自分の中で決めたルールだけの為に動いてる気がするの。」
「確かに・・・さっき私も感じました。」
オーネットは確かに頑固で命より規範を重んじる傾向がある人物だ。それをハルはその身をもって知っていた。しかし先程のオーネットはハルに対して「嫌い」と言っていた。それはただの感情の話。以前セシリアに判決を言い渡される直前、僅かながら言葉を交わしたオーネットは「個人的な恨みがあるわけでは無い」と言っていた。ノアが言っていたここ何週間の間に、オーネットの中のハルに対する印象が変わったのか、それともーーー
「あの、極端な話で違ったら大変失礼なのですが、洗脳というか心理操作みたいな魔法がかけられてるって可能性は無いんですか?」
「そうねぇ、まず四賢聖、それもオーネットにそんな高度な魔法をかける事は、よっぽどの技術が無いと難しいわ。それも周りにいる私たち四賢聖すらも気付かない魔法ともなると。セシリア程の魔法士なら可能かもしれないけど、まずその可能性はないし。後は周囲の物に術をかけて徐々に対象者を術にかけていく方法・・・」
「周囲の物、ですか?」
「ええ。それもなるべく側にあるもの。でも例え物に対して魔法をかけるとしても、それなりに時間がかかるわ。」
「それなり、というとどれくらいですか?」
「そうね・・・最低でも3、4日くらいかしら。」
身近にある物を数日でも盗めば、それこそあのオーネットが気付かない筈がない。
「それと、仮に魔法をかけられたとしても、対象の物には魔力が宿るから、まず気づくと思う。」
「うーん・・・」
あと一歩で何か掴めそうだが、その何かが分からない。
(オーネット様め・・・こんな天使みたいなノア様の頭を悩ますなんて絶対天罰が当たるよ!)
しばらくお茶を飲みながらうんうんと唸っていたノアとハルであったが、結局結論は出なかった。
「ま、この辺にしておきましょう。今日はハルさんの傷の治療がメインだから、ちゃんとしないとセシリアに怒られちゃう。」
停滞した空気に、ノアがそう手を叩いて言う。確かにハル自身ももうこれ以上考えても何か思いつく気はしなかった。
「もう少しオーネットの周りで2週間前に変わったことがないか、調べてみるね。」
「はい!私もオーネット様と話す機会があった時は少し気にしてみます!」
「ふふ、ありがとう。」
そう言うとノアはハルに手をかざし、回復魔法を流し始めた。
・
・
・
・
・
「中の方の傷は治したけど、まだ傷跡は少し残ってるから、明日か明後日も来てね。」
「はい!ありがとうございます!」
治療が終わった頃には19:00を少し過ぎていた。きっとオリビアも待っている事だろう。ハルはずっと優しくたわいもない話を聞いてくれたノアに御礼を言ってお辞儀をする。
すると急に、そんなハルの様子を見たノアの顔が曇った。
「それと・・・ごめんなさいね、あなたをこんな目に合わせて。」
「へ?」
(こんな目・・・?)
ハルは不思議そうにノアを見た。こんな目、と言っても魔力量測定会の一件からドラゴンの襲撃、毎日のセシリアの一方的な辱めにクラーケンの一件、クラスメイトからの謎の嫌がらせと思い当たる節があり過ぎた。
「オーネットがあなたの魔力量が異常値になると予測できたのは私の作った魔道具のせいなの。」
「予測・・・?そういえば確かに、オーネット様が予測がどうとか言ってましたね。」
確かオーネットは、危うい予測が出たからハルの測定の順番を最後にして欲しいーーーそんな事を言っていた。
「あの魔道具によって結果が変わる訳ではないだろうけど、それでも私のあの魔道具がなければ、もしかしたら結果は少し、変わっていたかもしれない。」
(ノア様、そんな事気にしてたんだ・・・)
ハルはなんとなく目の前で眉を下げ、もの悲しげな表情をしている藍色の天使、ノアの言わんとしている事を理解した。そしてそんな彼女の手を両手でそっと握ると、ハルは言った。
「全然気にしないで下さい。きっとその魔道具をオーネット様に渡したのは、ノア様の優しさですよね?例えもし、その事で私の運命が変わってしまったんだとしても、私、ノア様のその優しさが大好きですから、絶対に気にしません。それにそのお陰で今、こうしてノア様と話が出来ていて、私は幸せですよ?」
ノアはハルのその言葉にびっくりした表情でハルを見るが、その桃色の瞳からハルの言葉が嘘や痩せ我慢ではないと分かると、慈しむように柔らかく微笑み、優しくハルの手を握り返した。
「ありがとうハルさん・・・これから先、私は絶対にあなたの味方だから、困った時はいつでもここに来てね。」
「ありがとうございます!」
温かな空気に包まれた温室を、夜空の月がそっと見守る。そこはまるで、学園という狭い世界で様々な思惑が蠢いているのとは全く対照的な、ただただ穏やかな時間だけが流れる世界だった。
・
・
・
・
・
「セシリア様。」
「何?」
「オーネット様ってどんな方なん・・いだっ!!!」
ベッドの上、先ほどの儚げな天使とは対照的に、冷徹な無表情でハルの服を破る様に脱がせる悪魔ーーーセシリアに、ハルはふと浮かんだ疑問を訪ねたが、その声は鎖骨へと強く噛み付いたセシリアによって遮られる。
「人に脱がされてる時に呑気に質問なんて、しかも他の女に関する質問とは随分と図太くなったのね。」
「他の女って、それならどっちかって言うとノアさ・・・いだいっ!!!」
セシリアが今度はハルの小振りな胸の先に噛み付く。
「うぅ・・・ノア様が、最近のオーネット様の様子がおかしいって悩んでらっしゃって・・・」
「ふぅん。」
セシリアはそれだけ言うと、興味がないとでも言う様にハルの脚を広げる。
「え、ちょ、待って下さいっ!人の話聴いてます!?」
「聞いてない。」
当然セシリアはハルの静止などでは一切止まらない。開かれた足を必死で閉じようとするハルの脚の間に膝を割り入れると、その上、小ぶりで震える陰核に人差し指の爪を立て、下から上へと優しく、しかし力強く引っ掻く。
「ひぁぁっ」
それだけで腰を浮かせて手をぎゅっと握り震えるハルであったが、当然それだけで終わるはずもなく、セシリアの指はより早く激しく、逃げようと左右に動く腰を片手で押さえつける様に持つと、徐々に固くなったその突起を何度も引っ掻いた。
「だ、め・・・やっ・・・あぁっ・・」
(オーネット様のこと、セシリア様に、聞きたいのに、指が、)
必死でハルは両手でセシリアの腕を離そうと掴むが、それを邪魔に思ったのかセシリアの指が完全に蕩けきった中へと入り込む。
「ひっ・・まっ、てぇ・・・」
すでにハルの弱点を完璧に熟知したその指遣いに、ハルが長く抗えるはずもなかった。腰を無理矢理押さえつけられたまま満足に動くことも叶わず、ハルは強引に高みへと連れていかれる。そしてしっかりセシリアの指を咥え込んだまま、何度も中を締め付けて震え、やがて脱力するようにシーツへとその身を沈めた。肩で息をするハルに、漸くセシリアが口を開く。
「いいわよ。オーネット様の事を知りたいのなら、あなたが達する毎に1つずつ教えるわ。30回目くらいにはあなたの知らない情報が聞けるかもしれないわね。」
「あ、悪魔・・・」
「せいぜい頑張りなさい。」
ハルからの魔力の譲渡を受けた為か、先程よりもより強い魔力のオーラを発しながら、悪魔の様に意地悪く、そして淫美に微笑むセシリアに、ハルは自らのどんな行動もセシリアを愉しませる結果にしかならない事を、思い知ったのであった。
「お、お手柔らかにお願いします・・・」
「私、ドラゴン以外には手加減しないの。」
「あああっ」
そしてまた動き出す2本の指に、今夜もまた必死にセシリアの肩にしがみ付くだけのハルであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます