08 少女と束の間の休息
「・・・・・うっ」
(腹部が痛い・・・それに両腕が動かない・・・私は・・・)
痛みによって意識を覚醒させ、ハルが目を開くとそこは見慣れた自室の天井であった。唯一異なるのは、いつも起床と同時に感じていた下腹部や腰、喉の痛みが無く、今は両腕両脚、そして腹部にズキズキとした外傷による痛みを感じる事だった。
「えっと私、イグテアを助けようとして・・・」
そこまで思い出し、自らの目の前に降り立ったセシリアの姿と、自身が助かった理由やこの部屋で寝かされている訳に思い至る。
(そっか、セシリア様に助けられたんだ・・・)
あの時、イグテアを死なせまいとクラーケンの口へ飛び込んだものの、ハル自身には勝てる算段などは一切無かった。しかし目の前で死なせる訳にはいかない、という思いに考えるよりも体が突き動かされ、無我夢中だった。それと同時に、必ずセシリアは助けに来るーーー決して彼女へ好意は抱いていなかったはずなのに、なぜかハルはそう確信していた。そして、
(本当に、来てくれた。)
意識が遠のく中で感じた白桃と洋梨を混ぜた様な香りと、温かく優しい腕の体温。なぜ氷の様に冷たく感じているセシリアに対して、温かいと感じたのかはハル自身にも分からなかった。しかし自分の窮地に助けに来てくれた事、状況の把握よりも第一にハルの身を案じてくれた事、その理由が例えハルの能力云々であったとしても、純粋に嬉しいーーーハルはそう感じていた。
(私、どれくらい寝ていたんだろう・・・?)
特に体力が落ちた感覚もなく意識もスッキリしており、お腹が空いたりしている訳でもない事、そして窓の外の空の色が恐らく朝と思われる事から、寝ていた時間は一晩程と思われた。
ガチャ
「起きたのね。」
突然扉が開かれ、正に意中の人、セシリアが普段通りの無表情で部屋に入って来る。
「の、ノックくらいして下さいよ!」
起きた直後の、しかも考えていた張本人の突然の登場に、思わずハルの心臓が飛び跳ねる。
(急に入ってこられたらびっくりしてドキドキするから!)
「自分の道具に指図される筋合いは無いわ。」
(初っ端からひどい!!!私のドキドキを返して!!!)
いつも通りのセシリアの様子に、ハルもすぐにいつも通りの態度になる。
そして部屋へ入って来たセシリアは真っ直ぐハルのベッドの側に立つと一言、
「脱ぎなさい。」
と言い放った。
「・・・・・はあああ?!」
突然の暴挙とも言える発言に、ハルは相手が四賢聖という事も忘れて声を上げる。
(まさかこの強姦魔、こんなボロボロの状態でも“条件が〜”とか言って襲いかかるつもり!?四賢聖節操なさすぎじゃない!?)
思わぬセシリアの言葉に、布団を目元まで引き上げ怯える猫の様にシャーシャーと威嚇するハルに、セシリアが心外だ、といった表情で言葉を続ける。
「安心して。病人を襲う程困ってないわ。それよりふざけてないで傷口を見せて。」
(困ってないって、いつもどんなにお願いしても許してくれないくせに!それにそんな事言われたら、私がそういう事ばっかり考えてる変態みたいじゃん!?)
ハルは心で悪態をつきながら、「わかりました」と力の入らない腕をなんとか動かして起き上がり、寝間着のワンピースシャツの前ボタンを上から一つずつ外そうとするが、そもそも腕に殆ど力が入らない為、指を動かす事ができない。
「腕どかして。」
悪戦苦闘するハルを見かねたのか、セシリアがハルの腕をどかし、上から一つずつボタンを外していく。
「・・・っ」
(なんかこれ、ちょっと恥ずかしい・・・)
服など散々毎日セシリアに脱がされているが、外はまだ太陽が元気に輝く朝、それもいつもの加虐的な笑みを浮かべた表情ではなく、無表情ながらも真剣な目をしたセシリアにじっと見られている状況に、これまで味わったことのない、羞恥心にも似た気持ちが湧き上がる。
(早く終わって〜〜〜!)
そう願い、セシリアの顔からベッドの脇へと目線を逸らしていていると、全てのボタンを外し終えたのかセシリアがハルのシャツをはだけさせ、
「ドキドキしてるのなら、お望み通りにしてあげようか?」
と、唐突に普段はあまり触らないハルの胸の先端を悪戯に引っ掻いた。
突然のセシリアの行動に全く身構えていなかったハルは「はぅっ」とあられもない声を上げてしまう。思わずセシリアを睨むハルであったが、その時にはもう先ほどの真剣そうな表情は欠片もなく、「どう甚振いたぶろうか」と頭の中で計算をしているいつもの獰猛な肉食獣の様な表情になっていた。
「結構ですから!!!」
(この人が真剣に人を脱がせたりする訳が無かった・・・!)
ハルの反応に満足したのか、セシリアはハルの体、腹部にできた大きな傷跡をそっとひと撫ですると、
「見た目は塞がっているけど内臓の損傷はまだ酷い状態ね。痕もこのままだと残りそうだから、今夜夕食前にノアの所に行きなさい。」
とだけ言ってハルから手を離す。
「セシリア様も人の傷跡の心配とかするんですね。」
「私をなんだと思ってるの?」
「・・・人の体を道具とか玩具としか思ってない鬼畜」
「そんなはずないでしょ。そう思ってるのはあなたに対してだけよ。」
そう言うとセシリアは部屋の扉の方へと歩き出し、「あなたは正真正銘、私の道具だから。道具に傷がつくのが嫌なの。」とだけ言って部屋を出て行った。
「やっぱり鬼畜だ!・・・ってえ、待って!これどうやってボタン留めるの!セシリア様ーーー!!!」
セシリアは閉じた扉の向こう、そんなハルの涙の叫びを聞くと、微かに頬を緩め、そしてまた普段通りの無表情に戻って執務に戻るのだった。
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