05 少女と作られた日常

 18時ぴったりになると、セシリアの言った通り、オリビアが豪華な食事をワゴンに乗せて運んで来た。




「本日の夕食はセモール鶏のコンフィとムン芋のポタージュ、温野菜のサラダです。」


「うわ美味しそう!しかもセモール鶏だ!」




 オリビアは慣れた手つきで部屋の窓側のテーブルまでワゴンを運ぶと、机にテーブルクロスをひいて料理やカトラリーを並べて行く。




「オリビアさんは食べないんですか?」


「私は後ほどいただきますのでお構いなく。」




 そう言うと、「こちらへ座って下さい。」と椅子を引く。


 言われるがまま、椅子に腰掛けるとグラスへ薄いピンク色の透明の液体が注がれた。




「これは?」


「シトラ草を浸して作った痛みを和らげる薬水です。セシリア様から残さず飲ませる様にとご用命いただいていますので、全部飲んで下さい。」




 ハルは、薄桃色に染まった液体が入ったコップを持つと、そっと鼻を寄せて香りを嗅ぐ。




「初めて見た・・・木苺みたいな香り。」


「お砂糖で少し味をつけているので、ほんのり甘くて飲みやすいですよ。」


「本当だ!美味しい!」




 目を輝かせて感想を述べるハルに、少しだけオリビアが表情を和らげる。


 そんなオリビアの姿に、




(これからずっと面倒を見てもらうなら、もっとオリビアさんと仲良くなりたいなあ)




 と思うが、表情を和らげたのはほんの一瞬で、またワゴンを下げたり、食後の紅茶の用意をしたりと忙しなく動き回るオリビアの姿に、仲良くなるにはしばらく時間がかかりそうだと思うのだった。




「そういえば、もし他にセシリア様から言われている事があれば、なるべく協力するから遠慮なく言って下さいね。」


「それは助かります。では早速ですが、そちらの夕食は全て残さず食べて下さい。ハル様に体力をつけさせる様に、とも言われていますから。」


「はーい、ってえ、これ全部!?」




 どう見ても机の上に並べられた料理は1.5人分はありそうだ。リアなら平気で平らげる量だが、元々華奢で食の細いハルにとっては、半分でも限界な量であった。




「ちなみに、もし残したらどうなるんですか・・・?」




 ハルが恐る恐る伺うと、オリビアはまたほんの僅かに微笑みながら、




「最初から完食できるなんて、きっとセシリア様も思っていませんよ。少しずつ食べれる量を増やして、力をつけていって下さい。」




 と答え、また給仕に戻った。








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 夕食の時間は驚くほど穏やかに進み、このまま一日を終えるのかとも思ったハルであったが、やはり現実はそう甘くは無い。


 夕食を済ませ、そのまま椅子に腰掛け3日分の穴を埋めるべく、教材を読んで勉強していると、部屋の扉がノックされた。




 コンコンコンッ




「オリビアです。ハル様、入浴の準備ができましたのでお迎えに上がりました。」


「ありがとうございます。」




(わざわざ入浴の準備なんていいのになあ)




 そう思うハルであったが、そもそもどこの浴場を使えばいいのかも分からないのではどうしようもない。大人しくオリビアが呼びに来るのを待っていたのである。




「えっと服とかタオルを持っていけば大丈夫ですかね?」


「お召し物もタオルも、全て用意は整っていますので、ハル様のその身お一つで十分かと。」


「ええと、もしかして下着も?」


「はい。僭越ながら、ハル様が運ばれました下着と洋服は、セシリア様の指示の下、全てこちで回収させていただきました。今後はこちらで用意した衣服・下着を着用していただきます。」




(いつの間に!?最近のメイドって怖っ!いやオリビアさん以外のメイドなんて会話したこともないけど。)




 オリビアの用意周到さにビビるハルであったが、郷に入れば郷に従えって事か、と前向きに捉え言われるがまま何も持たずにオリビアの後へと続く。


 ハルが利用する浴場は、セシリアが部屋を構える建物の1階の最も奥にあった。差し詰め、セシリア専用の浴室という事である。




(そりゃそうか。寮生が使う風呂にセシリア様が入って来たら文字通りみんな凍り付くよね。)




 浴室は、一人用にしてはあまりにも広すぎるという点を除けば一般的な風呂とさして変わらない作りになっていた。




「?ハル様、早くお召し物をお脱ぎ下さい。」




 てっきり浴室の前まで案内をすれば立ち去ると思っていたオリビアは、どうやら浴室の中までも付いて来るつもりらしい。


 薄々そんな予感はしていたものの、いざ目の前にすると恥ずかしい。当然何度かリアや寮の友人と一緒に風呂に入る機会はあったが、その際はノリというか、そういう自然さがあった。


 しかし今目の前にいるオリビアは、メイド服をかっちりと着こなしたまま、ただ直立不動でハルが洋服を脱ぐのを待っている。




「ええと、オリビアさんは入らないんですか?」


「私は講師用の寮に住んでますのでそちらで入浴します。」


「じゃあ外で待ってていただくというのは・・・」


「浴室でもしっかりハル様を見ておく様、セシリア様より申し遣っておりますので致しかねます。」


「ですよね・・・」




(浴室で見るものって何もないでしょ!嫌がらせか!これは私への嫌がらせなのか!)




 1日も早くオリビアの信頼を獲得して、お風呂への立ち入りを遠慮いただこうと決意しながら、ハルは意を決して衣服を脱ぎ去るのであった。








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 何とか入浴を終え、ハルはベッドの上でぐったりと寝転がっていた。


 セシリアが用意したという服は、質の良さそうな生地で出来た膝上丈の無地のワンピースシャツと、これまた無地の真っ白の下着であった。


 大の大人が3人は寝れそうなベッドは、華奢なハルが寝転がる事によって更に広く感じられた。




「今日も色んな事があったな・・・」




 そう呟いて目を瞑る。




 ーーーリア、ちゃんと眠れてるかな。




 ふと思い出すのは昼間、洋服がぐしょぐしょになるまで抱き合って泣いていた親友の顔。




「まあ日中は話せるんだから、明日話せばいっか」




 そう言ってハルは自分ももう寝ようと、電気を消すために部屋の隅へと向かう。




「なんか色々条件とか言われたけど、豪華な部屋に美人なメイド、友達とは毎日会えるし意外とやってけそうな気がするな。ご主人様が傍若無人な氷の様な悪魔な事を除けば。」




そう呟いて、ふと違和感を感じる。




ーーー投獄の方がマシだったと思える程の地獄




 セシリアが今日、執務室で言っていた言葉が気にかかる。半分は脅しだろうと、そこまで間には受けていなかったが、そこでふと条件に関する話を思い返す。




ーーー1日1回以上、セシリアへ魔力を渡す。




(これっていつからなんだろう?本来なら今日から投獄されるはずだったから、今日からなのかもって思ってたけど何もなかったな。)




ーーーセシリアは、夕食と入浴を済ませたらもう寝ていいと言っていたはず。




(本当に寝ていいと言っていた?確かセシリアは・・・)




ーーー夕食を済ませ、その後は入浴し、布団に入る様に。




(布団に入る様に、としか言っていない)




 そこでクロエの声が蘇る。




 ーーー同衾って言うのはね、つまり性行為って事だよワンちゃん。




(まさかそんな・・・でも今逃げないと何か取り返しのつかない事になる様な、物凄く嫌な予感がする。)




 図らずして繋がった点と点に、まさかと言う思いと、何とかして逃げなくては、という思いが交錯し、慌ててドアノブを捻るが外側から鍵がかけられている様でビクともしない。




(となると残るは窓?でも窓には確か魔法の格子がかけられていた。どうにかして外せないか。)




 窓に近付いて見るが、淡い光を放つ魔法の格子はどれも均等の太さで人が通れる様な間隔ではない。しかし隅の方に、わずかながら他の箇所よりも格子の間隔が広い所を見つける。




(あそこから身体を横にして窓の縁に立てばギリギリ・・・)




 そう思い、窓枠に立って窓の上部の僅かな出っ張りを掴み、バランスを取りながら格子の隙間から身体を通そうとしたその時、背後、それもハルのすぐ側から最も聞きたくなかった声がする。




「こんばんは。こんな時間にどこへ行くのかしら?」




 思わずハルの心臓が飛び跳ね、ブリキ人形の様にギギギ…とゆっくりと後ろを振り返ると、ハルのすぐ目の前には星の光に淡く照らされた、怖い程の美貌で微笑む青い悪魔が立っていた。




「えっと、その、これは違くて、ほら月が綺麗だなって!」


「今日は新月よ。」




 ハルの苦渋の言い訳を呆れた様に一刀両断すると、セシリアは瞬きする間にハルの腕を掴むや否やベッドの上に仰向けでハルを縫い付ける。




「ま、待って、これには深い訳が!」




 逆転の道筋が全く見えないまま、ハルは必死にセシリアの拘束から何とか抜け出そうともがくが、身体強化の魔法を使っているのか、体格的にもハルを上回る上背のセシリアの身体はビクともしない。


 それどころか、仰向けのままのハルの脚の間に自身の膝を割り込ませ、片手で余裕いっぱいにハルの顎を掴んで、獲物を得た狼の様に口角を上げる。




「逃げようとしたって事は、漸く自分の役割に気づいたんだ。」


「そんな役割なんて知らないし!」




 セシリアは確かに微笑んで入るが、その目は全く笑っていない。




「これから行うのは、あなたの想像している通りの事よ。幸いな事に私はとても強いから、好きなだけ抵抗してもいいわ。」


「お気遣いなく!」




 必死に顔をそむけようとするハルであったが、それはセシリアの顎を掴む片手によって叶わない。そしてゆっくりセシリアの顔が近付いたかと思うと、唇が触れる。




「・・・んっ・・」




 長い口付け。漸く離して貰えたかと息を吸い込もうとした瞬間に、またより深く口付けられる。




「・・・ふぁっ・・・待っ・・んっ・・・」




 セシリアの柔らかい舌が、息継ぎしようとしたタイミングを狙ってハルの口内に侵入してくる。差し込まれた舌が、歯列をなぞり、逃げ惑うハルの舌を弄ぶかの様に追いかけ絡め取る。




「ふっ・・はぅ・・・んんっ・・・」




 たっぷり時間をかけてハルの口内を蹂躙し満足そうに唇を離した頃には、ハルは頬を紅色させ、耳まで真っ赤にしながら肩で荒く息をする程、すっかり乱れていた。


 体制はそのままに、セシリアは「やっぱり…」とつぶやきながらゆっくりと顔を離す。




「前回よりも流れてくる魔力量が少ない。触れる時間との依存関係、みたいに安易なものでは無いみたいね。」


「これでもう満足しましたか・・・」




(条件は1日1回の魔力の譲渡だったはず・・・!)




 ハルは息を整えながらセシリアを上目遣いに見上げる。セシリアはそんなハルを無表情で一瞥すると、顎を掴んでいた手をハルの太ももに沿わせながら言う。




「満足?残念だけど、これは愛し合った恋人達のそれとは違う。あなたは私の道具で、私はその使い道を探しているだけ。次はーーーそうね。譲渡される魔力量があなたの感じる身体的興奮の量に比例すると仮定して、あなたが意識を失うまで指で愛撫させて貰うわ。」




 そう言うと、太ももを弄っていた手の平が、脚の付け根を伝い、誰にも触られた事の無い秘部へと上がって行く。




「離してッ!!」




 必死に身体を這う手から逃れようと身を捩よじるが、手は下着ごしにハルの陰部に触れると、引っ掻く様に爪を立てる。




「・・・んんっ」




 途端に全身に走る電流の様な快感に、ハルは身を悶え、目の前で無表情のまま身体を弄ぶ青い悪魔を睨みつける。




「安心して。痛みはないから。痛みは感じない様に薬水を飲ませてある。」


「・・・っ!?」




(夕食の時のーーー)




 しかしハルの思考は、セシリアの段階を無視した暴力的な行為によってすぐに絶たれたのだった。








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「・・・・・うぅ・・・痛っ!」




 微睡みの中、寝返りをうとうとして全身に走る激痛に、意識が一気に覚醒する。ガラガラと枯れた喉、そして背中や腕、下腹部など全身に走る痛みに昨夜の情事を思い出す。




(私、気を失ってたんだ)




 あれからのセシリアは、文字通り道具を扱うかの様にハルを徹底的に甚振った。泣きじゃくり、もう無理だと縋るハルにも一切の容赦はせず、途中で気を失ったハルはその情事がいつまで続いたのかも分からなかった。




 しかしワンピースの前はきちんと締められ、清潔な下着を身に纏っている事から、どうやら最低限のマナーはセシリアも弁えているらしかった。




(綺麗にしてくれたのがオリビアさんだったら大分死にたい案件だよこれ…)




 何とか痛む全身に力を入れて起き上がろうとするも、力が入らず諦める。




(こんなのが毎日なんて死ぬ…)




 だらりとベッドの上に四肢を投げ出し、部屋の窓から外を見やる。外には朝日に照らされ、2羽の鳥が大空を自由を謳歌する様に飛んでいるが、ハルからは魔法の格子ごしにしかその景色を見る事すら出来ない。




(苦しいなぁ…)




 昨夜散々泣かされた為か、涙は出なかったが胸が痛む。


 そして思い出すのは星の光に照らされ、その長い指でハルの中を掻き回し、声を枯らして乱れるハルをじっと見つめる翡翠の様な瞳と、うっすら汗ばんだ青藍色の長い髪。




ーーー綺麗。




 何度も高みに連れて行かれ、許容量をとっくに越えた快楽に、ハルは必死にセシリアの細い肩にしがみつきながら、意識を失う直前ふとそんな事を思った気がした。




(恐怖がキャパシティーを超えると正常に物事を考えられなくなるって話、本当だったんだ…)




 とハルは思い出したくもない自身の醜態に蓋をする。


 そうしてベッドに沈みながら全身を貫く痛みに耐え、瞼を閉じていると、




 コンコンコンッ




「オリビアです。ハル様、ご朝食をお持ちしました。」




 と言ってオリビアが朝食のフルーツやパンを乗せたワゴンを引いて部屋にやって来た。




 オリビアは夕食同様、窓側に置かれたテーブルへお皿を並べながら、未だベッドの上から動けずにいるハルを横目で見やる。その表情は昨日と変わらない、無表情に近いものであった。




「お加減はいかがですか?」


「・・・・オリビアは知っていたの?」




「・・・・はい。」




 オリビアの眉がほんの少しだけ申し訳なさそうに下がる。




「ですが昨日の薬水も、度重なる治癒魔法でハル様の体にこれ以上負担がかからない様にする為かと思います。どんな事情なのかまでは伺っておりませんが、恐らくセシリア様も・・・」


「大丈夫、わかってますから。」




 オリビアのセシリアを擁護する発言に、「それならどうしてあんなに泣き叫んでも止めてくれなかったのか!」と叫びそうになるが、きっとそれはオリビアに言っても仕方がない事なのだろう。


 グッと堪えて弱々しく微笑みながら、ハルはオリビアの手を借りてテーブルに付くのだった。








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 朝食ーーーといっても殆ど喉を通らなかったがーーーを済ませると、セシリアはオリビアが運んだ制服に袖を通し、身なりを整える。




「もっと食事をちゃんと摂っていただかないと、ワンサイズ小さいものを仕立てないとですね。」


「頑張ります・・・」




 時刻は9:00少し前。そろそろ部屋を出ても良い時間である。


 日中は通常通り他の学生と同様、講義に出ても構わない、そういう取り決めだ。但し会話が許されるのはリアのみ。




「よしっ」




 久しぶりの登校を前に、鏡の前でその姿を確認する。全身の痛みは今朝も飲まされた薬水によって、大分軽快していたものの、全身の気怠さは消えない。


 それを払う様に、制服のスカートを軽く叩くと、側で見守っているオリビアに告げる。




「それじゃあ行ってきます。」




 そして鞄を持ち、部屋のドアノブを捻ると、ドアノブはあっさり回った。


 どうやらオリビアが室内にいるタイミングでは、鍵は開いているらしい。




(オリビアが鍵を閉めてたんだーーー)




 ふとした気づきに、思わずネガティブな思考になってしまうが、考えてもどうしようもない事は考えない。それがハルの強さでもある。暗い気持ちを払拭する様に扉を開いた。








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 3日ぶりの教室に入ると、一斉に20人程の生徒たちがハルの方を振り向いた。


 当然それは英雄の帰還の様に歓迎されたものではなく、口々に小声でヒソヒソとささめき合う。




ーーーハル=リースリングだ。


ーーー確か禁忌を犯して処刑されたって噂の?


ーーーなんでそんな奴が戻ってきてるのよ。


ーーーオーネット様に殺されるの、私見たわ!


ーーーじゃああれは亡霊!?




(やっぱりすごく良くない方向で噂されてるぅー!)




 悪い予感が的中した結果に、肩を落としていそいそと空いている座席に座る。


 すると隣に、当たり前の様にリアが駆け寄り、腰を下ろす。


 そして先日廊下で見た時とは見間違うほど、天真爛漫な笑顔でハルを見て言った。




「おかえり、ハル!」


「うん。ただいま。」




 漸くハル=リースリングの学園生活が、今始まったのである。

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