TIPS 4【R】

         






 ◆◇◆◇◆






 何が何だか分からなかった。頭が真っ白だった。

 説明すればするほど先生には変な顔された。隣のクラスだったから良く知らない生徒達からもおかしい奴だと注目された。

 混乱したままクラスを飛び出した。

 そうだ、あの子の家に行こう。それが一番早い。きっと何か理由があって先生もあんな風に言ってるんだ。

 そう、思いたかった。

 無茶苦茶な理由付けだってくらい分かっていた。先生はともかく、同じクラスの子達までもがあの子を知らないふりをする理由が無いもんな。

 行けば分かる。

 本当に?

 行っていいの?

 分からない。

 だけど行かなければ一生分からないまま終わる気がした。それだけは、嫌だった。


 何年も通っている学校。

 先生達の目の届かない外への抜け道はいつからか自然と知っていた。

 ランドセルも教科書も全部教室に置きっぱなしにして抜け出してしまった。きっと大騒ぎになってるだろうな。

 後で怒られる事を想像して背中がゾクッとした。でももう遅い。

 何度も遊びに行った事のあるあの子の家に到着した。

 おばさんとも話した事はあるけど、こんな時間に行ったらおどろかれるだろうな。もしかしたらおばさんにも怒られるかもしれない。

 でもどうしても何があったのか、何が起こったのか知りたかった。

 ドキドキしながらチャイムを押し、その下に付いているカメラのレンズをじっと見つめる。


「…はーーい」


 玄関の扉の向こう側から声が聞こえた。

 …あれ? おばさん、こんな声だったっけ?

 ガチャっと扉が開き、声の主が顔を見せる。


「あら?」

『───え?』


 建物を見る。表札ひょうさつを見る。間違いない。間違っていない。

 でも、

 頭の先っぽから足の爪の先まで鳥肌トリハダが立った。


『あ…ご、ごめんなさい! 家、!!』


 一方的にそう告げるとに向かって慌てて頭を下げ、良く分からないとにかく怖いナニカから逃げるかのようにその場から駆け出した。


「えっ、ちょ、君───」


 背後から呼びかけるような声が聞こえた気がするけど、自分が望む言葉ではない事は何となく分かった。

 何で? 何で? 何がどうして? 何で???

 走りながらガタガタふるえていた。分からなさ過ぎて今にも泣きそうだった。

 もしかしたらあの人はおばさんじゃなくて親戚しんせきの誰かだとか都合良く考える事も出来たかもしれないけれど、その時の自分にはそんな思考の脇道を探すだけの余裕は無かった。仮にそれが出来たとしても、直後に徒労とろうで終わっていた。




 自分の家に転がる様に飛び込むと、最初に出迎えてくれたのはお母さんの強烈なビンタだった。

 あまりの衝撃に星がたくさん飛んだ。

 …それからの事はボーっとしてて良く覚えていないけど、つまり、学校は予想通り大騒ぎになり、学校が警察に通報し、あの家の人も警察に通報して、その知らせを聞いたお母さんが発狂寸前になって、そこにのこのこと自分が帰ってきました、と。

 しかもどんな言い訳をするのかと思ったら " 知らない子 " の話ばかりする。で、おかしくなったと泣き出してしまった。

 お母さん、泣きたいのはこっちだよ。

 でも " 知らない子 " の為に泣いたらみんなもっとぐちゃぐちゃになるだろう。

 だから、今は我慢した。我慢して我慢した。

 いつもよりもずっと早く帰ってきたお父さんにも激烈なビンタをされた。

 もう、ごめんなさい以外の言葉を言うのをやめた。





 この世界は、たぶん、僕を信じてはくれない。





 学校から帰るひとりの時間、あの子と遊んだ場所を覚えている限り全部まわった。

 僕達は遊ぶ場所に何かと秘密基地を作るのが好きだった。

 そして、時間をかけて歩き回りやっと分かった。

 あの子は、この世界からいなくなった。

 死んでしまったとかじゃない。

 最初からいなかった。そうだったんだ。

 僕はひとりで、ふたり分の記憶を遊んでいたんだ。秘密基地を作った記憶も、毎日一緒に帰った記憶も、良くしゃべるあの子に冷静にツッコんだお喋りの記憶も。僕の頭の中の世界だけの出来事だった。

 あの子の痕跡こんせき。影も形も。

 最初からいなかったんだ。きっとそうだ。そうじゃないとおかしいじゃないか。

 …そうじゃないと…、おかしいじゃないか…。


 " いない誰か " が悲しくて───涙が止まらないなんて。






 ボヤ騒ぎがあったという体育館裏でひとりの時間を過ごすのが日課になった。

 その事件を覚えている人はもういなかった。

 からだ。

 つまり…あの子と一緒に消えてしまった。それはあのボヤ騒ぎがあの子と関係があったという事。




『あの子…、きっと魔法が使えるようになったんだな…。羨ましい』










(TIPS【R】 END)




         

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