TIPS/いつかの、誰かの記憶

TIPS 3ー1 【P】

         






 過ぎ去ったあの日はこの本の物語の様に鮮明で、

 訪れた現実はこの本の物語の様に欺瞞ぎまんに満ちていた。

 目に映るから実在しているという理由になるのか。

 目に見えないから存在していない理由になるのか。






 ◆◇◆◇◆






「ねえ、この学校にまつわる不思議って知ってる?」


 夕日が差し込み始めた人気のない図書室。個人ブースではなく簡素かんそ長机ながづくえを二つひっ付けただけのやや広い読書スペースで、向かいに座っている目隠れメカクレメガネ黒髪ストレートロングがそれまで読んでいた本から視線を外し唐突とうとつに話かけてきた。

 光が差し込む窓を背にした逆光ぎゃっこうのせいで表情はいまいち分からないが、薄赤い太陽光線を絡ませたカラスの羽色ばいろの髪がつやめいていていつ見てもうらやましい。ちくしょう。


迷信めいしんでしょ。ガキじゃあるまいし』


 自分のクセ毛を無意識にくるくるといじり、届かないアコガレに不貞腐ふてくされながら答えた。

 お互いに図書室の蔵書を好きに持ってきてだらだらと読みふけってはいたものの、その日はどこか集中できず、いつもならば邪魔すんなよと感じるわずらわしさは今日は無かった。


「まだ子供でしょ、お互い」

『はいはいそうでございますね』


 ほおふくらませて答えると、向こうもクスッと笑う。

 チッ、可愛いなコイツ。テンプレみたいなメカクレメガネしやがって、そのくせ前髪上げてメガネ取るとマジ天使と来たもんだ。少女漫画かよ。少女漫画だな絶対。うん。

 実際に彼女は隠れファンが多い。隠れ、って言うとなんかアレだけど、つまりは明らかに好意を持っているけどそこから先の関係へ進めないヘタレだらけってだけなんだが。むしろ我々の年齢でガツガツしている♂の方がSレアかもしれない。

 でもまあこの子の守備範囲を知ったら多分ほとんどの♂が撃沈げきちんされると思うが。ケケケ。

 …ん?

 直前の会話を思い出して引っかかる。


『はち不思議? なんで八? 普通は七不思議でしょ』


 どこの世界線のなのかは知らないけど。


「そう、そこがこの学校の不思議なの」

『八個目がある事が八番目の不思議! …とかっていうオチはやめてよ』

「それじゃつまらないでしょ。三文さんもん小説じゃあるまいし」


 珍しくノリノリだ。メガネの奥で目がキラキラしてる。見えんけど。


『別に七つの不思議が八つに増えただけでしょ。それが何か特別なわけ?』


 特に興味をかれないのは確かだけど、大好きなお喋りの時間を自らふいにするほど馬鹿じゃない。


「七不思議ってどういうものだと思ってる?」


 質問に質問で返すのは彼女の悪いくせだ。嫌いじゃないぜ。ヘヘ!(腐)


噂話うわさばなしの延長。話を作った奴が、自分が特に怖いという苦手意識を持っている場所に対して、他人の同意や同調を得るために脚色した創作。その集合体』


 素直な回答をオブラートに包まずに並べる。人によっては私の夢も幻想も無いつっけんどんな返しに冷たい奴だという印象を持つかもしれないけれど、別に他人にどう思われようが気にはしないし、そもそも目の前の人物はこの程度の返しで私への評価を変える事など無いと分かっていた。


「そうだね。私もおおむねその通りだと思う」


 あれ、意外な反応。違うと思ったのに。


「いろんな学校で、いろんなバージョンの怪談がささやかれていて、その場所独自の決まりの様なモノに守られていて、全てを知るとどうなるのかも違う。事実をもとに語られているのかそれとも創作なのか、見た聞いたっていう人が沢山いると言うけれど、じゃあそれは誰?ってたずねるとみんな言葉をにごす。存在しているか本当は分からない絵空事えそらごとをみんなが存在していると信じる事で、この形の無い物語達はどこにでも存在出来ている。まるで怪異かいいの様に」


 どこぞの誰かの小説の一節をぎんずるようにスラスラと彼女はつぶやく。

 私を見ているのか、はたまた何もない中空ちゅうくう霧散むさんさせているのか。前髪で目元が見えにくいせいで真意が分からない事がよくあるけれど、彼女との朗読劇のような言葉の交換が私は好きだった。


『それで? レディー、話はそこで終わりじゃないだろう?』


 私もつい台詞掛せりふがかった物言いで続きを催促さいそくしてしまう。


勿論もちろんです、ミスター。大事なのは " 七 " という数字。どうして学校というローカルなスポットにおける都市伝説的物語は七という制約に縛られているのか?」

『そりゃあ、最初に作った奴が七つで設定したからじゃないの?』

「なぜ、七つなの?」


 テーブルを挟んだ向かい側から身を乗り出しズイっと顔を寄せてくる。

 ふわっといい香りがただよった気がして思わずスンスンと鼻をヒクつかせてしまった。変態か私は。変態だな、うん。


『なぜって…』


 私は秘密裏ひみつりHEMTAIクンカクンカしていた事がバレない様に、狼狽ろうばいする演技に全力を注いだ。

 彼女は前髪でおおわれた赤いハーフフレームのメガネをクイっと上げると続ける。


「七という数字は日本だけじゃなく世界的に意味があるの。幸運、大罪たいざい、曜日、海と陸、音階おんかい、福の神、正七角形、仏教、その他いろいろ。世界の七不思議、と呼ばれるものもやっぱり七。人は無意識の内に七という要素に縛られている。呪いの様に」


 長い毛先が、風も無いのにらいだ気がした。


「呪い、とは言ったけれど、実は安定とかかもしれない。不確かなモノを七という文字の縛りをもって安定させているのか、もしくは本当に隠さなければならない何かを封印する条件が七という数字なのか」

『ちょっとちょっと…、話が飛躍ひやくし過ぎじゃない? 中二病っぽいよ』


 私は背筋にうっすら浮かんだ鳥肌サブイボを否定するかのように茶化した。


「いいでしょ、実際に中二なんだから。中学二年生も年齢的には大抵十四歳。七の倍数だよね。いろんな事に感化されるのも七と関係があるのかも」

『わーーーったよ、私の負けだ! それで、七不思議とこの学校の八不思議とどう関係してくるのさ』


 彼女は一呼吸置き、ニコッと笑みを浮かべると、テーブルを回りこんで私の隣の席にスッと座った。先程感じた彼女のいい香りが強く漂い、慣れているはずの心臓が高鳴った。百合かこれは。百合だな、うん。

 しかし彼女は私が脳内で楽しい妄想にふけっている事などつゆ知らず、静かな声でつぶやいた。


「…この学校の八不思議は、もともと七つだった物がある日突然八つに増えたの」

『へっ…?』


 香りの余韻よいんがぶっ飛んだ。増える物なのか??


「あなたは興味無いだろうから知らないかもしれないけれど、実はこの学校の七不思議って他の学校の物に比べるとハッキリしてて、生徒の間ではそれなりにメジャーなんだよ」


 彼女は自分の学生カバンから大学ノートとペンを取り出し、適当なページを開いてペンを走らせる。


「他の学校の七不思議は大抵は四つか五つくらいがハッキリしてて、残りはあやふやだったり話の展開が分岐してたりするんだけどね…」


 ノートに次々と書き出されていく不思議物語のタイトル。ていうか相変わらずキレイな字と指だな。完璧超人か。


「【立ち入ると締め出される校門】、【宵闇よいやみに増える存在しないクラスの下駄箱】、【二回通り過ぎる職員室前廊下】、【姿の映らないC階段三階踊り場の鏡】、【音楽室の音が遅れるピアノ】、【時間の巻き戻る理科準備室】、そして…【過去を放送する放送室】、これで七つ」


 何て言うか、よくもまあ集めたもんだな。考える方も考える方だ。それぞれにエピソードがあってそれを考えた者がいるなら今頃作家志望にでもなってるだろうか。


『私はひとつも知らなかったけど、これみんな知ってるって言うワケ?』


 彼女はコクンとうなづいた。


「みんなが知っている内容もほぼ一致してる。そして何よりもなのは…順番」

『順番…? どゆ事…?』


 私は無意識に生唾を飲み込んだ。


「お話が七つもあるんだよ? それなのに…みんな、上に、が…同じなの」


 全身が総毛立そうけだった。

 七つのシナリオを誰もが諳記していて、語る順番がみんな同じ?

 何人に聞いて回ったのかは分からないが、彼女の事だから検証するために決して少なくはない人数からリサーチしている事だろう。

 その全ての人間が、七つある事柄ことがらを諳記した上に同じ順で答える確率が一体どれほど天文学的な数字か───。


「そしてこれも同じく、【七つの話を知るとどうなるか】っていう結末が、ある日を境にして変わった」


 何となく相槌あいづちを打つ程度で始まったこの二人だけの雑談が、いつの間にか異様な幾何学模様きかがくもよう警戒色けいかいしょくまとったミステリーへと変化していた。


『結末が変わった、って…』

「そもそも七不思議だった時、結末だけはあやふやだったの。それだけじゃない。順番もそう」

『つまり、ウチの学校の七不思議も本来は他所よそと大して変わらなかったって事?』


 コクンとうなづく。こんな時ですらその仕草に萌えを感じてしまう自分の暗黒面が憎い。


『じゃあその、 " ある日 " ってのは?』


 一瞬みょうな間をはさんで彼女は口を開く。


「それは、私が───」

『…?』


 ここに来て初めて彼女の言葉が途切とぎれた。


「ううん、多分これは違うかな」

『なにそれ』

「これかな?って予想してた事はあるんだけど、それだとどうしても辻褄つじつまが合わないから…」


 取りつくろった笑みを見せると右手で長い黒髪の毛先をいじる。

 …なるほど。まあいいか。


『 " ある日 " がいつなのかはとりあえず置いといて、その変わったっていう七不思議を知った場合の結末ってのは何なの?』

「うん…」


 再びノートにペンを走らせる。


『【八番目が分かる】…? どゆこと??』


 なんでここでクイズ形式になるんだよ不思議コンチクショウめ。


「七不思議を八番目の不思議───【八不思議】に辿たどり着くって意味だと思う」

『なんじゃそりゃあああああ!! すでに理解不能じゃ!!!』


 私は性格的に複雑怪奇なメンドクサイ話が苦手だった。

 いや待てよ? 何も私が理解してなくても精通せいつうしている人間がいるじゃないか。ここに。かわいいのが。


『…もしかして、知ってる?』

「…うん。分かっちゃった」

『さっすがミステリヲタク!』


 どさくさに紛れて横から抱き着く。うわっ、細っ、やわらかっ、いいニオイ!!

 オヤジかよ私。オヤジでいいや、うん。


「ヲタクじゃないよ…ミステリーでもないし…」


 照れ笑いかと上目うわめで表情をうかがった。

 あれ…?

 嬉しそうには見えない、複雑な顔をしていた気がした。それもすぐにかき消えてしまったが。はて?


「八番目の不思議、それは…【とびらのむこうがわ】」


 平仮名のみのそれを、サラサラっと書く。

 うん…?


『七番目までに比べると…何というかアッサリしてるね』


 これまでは場所と内容がある程度ハッキリしていたタイトルだったのに、いきなり抽象的ちゅうしょうてきになった気がした。


「…これ見て、何か感じた?」

『へっ? 何を?』

「…ううん、何でもない」


 なんだなんだいきなり。今度は不思議ちゃんモードか? 今の私はなんでもいけるぞ!


「暗くなってきたね。そろそろ帰ろうか」

『え…あ、うん、そうだね』


 さっきまであんなに目を輝かせながら喋っていたのに、不自然な切り上げ方だった。









 (TIPS 3-2 【P】へ続く)







       

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