TIPS/いつかの、誰かの記憶

TIPS 2【R】

         






 思い出した事がある。

 思い出した、と言うと語弊ごへいがあるかもしれない。

 なぜなら、それは一度たりとも忘れた事は無く、常に頭の片隅かたすみに冷たい影を落とす記憶のかたまりとなって存在していたからだ。

 だから厳密げんみつには思い出したわけではなく、忘れた振りから逃げられなくなったというのが正しい。







 ◆◇◆◇◆







 今日、学校でボヤ騒ぎがあった。

 場所は人気のない体育館裏。犯人は分かっていない。職員室の前で先生達の会話を盗み聞きしたけど、誰かが侵入してきた様子とかは微妙で、何が原因で燃えたのかも分からないみたいだった。

 走り去る生徒の姿を見たという証言もあるそうだけど、結局ハッキリした事は判っていないようだ。


「…ねえ、聞いてる?」

『えっ…? あ、ごめん、何だっけ』


 仲良しだったあの子がふくれっ面でこちらを見ていた。

 もはや日常となった、二人で並んで帰る放課後。クラスは進級の時に分かれてしまったけれど、それでも下校は相変わらず一緒だった。


「だから! すご…」


 ハッとして、小さい声で改めて言い直す。


「…だから、昨日すごい発見しちゃったんだってば…!」

『すごい発見?』


 声は小さくなったけれど、その分かえって興奮を抑えられなくなっているように見えた。


「そう、すごーーい発見。最初は信じられなかったんだけどさ。夢かと思ったんだよ? っぺたも何度もつねっちゃったし」


 確かに、向かって左の頬っぺたが赤くなっている気がする。

 昨日つねったんだとしたらどれだけつねったんだろう。伸びなかったのかな。


『で、なんなのそれ? 子犬? 子猫?』


 本当はそこまで大した興味はなかった。でもそれをそのまま表してしまったらきっと不機嫌にさせてしまうだろうから、感付かれないように適当に合わせた。我ながら嫌な子供だ。


「子犬や子猫で頬っぺたつねるわけ無いでしょ! そんなんじゃなくてもーーーっとすごい事だよ!」


 そんなんって、子犬や子猫に失礼だと思うけど。

 失言?はせっかく抑えられたテンションを再び復活させてしまった様だった。


「とにかく! 見たら絶対びっくりするから!」

『わかったから。じゃあ早くそれ見せてよ』


 すると、またしてもハッとして声をひそめる。忙しいな。


「今すぐにでも教えてあげたいんだけど…誰にも見られちゃいけないから、準備しないと」


 誰にも見られちゃいけない? それってやっぱり動物じゃないの…?

 と思わず口に出そうだったけど、間一髪かんいっぱつ飲み込むことに成功した。


「それに、まだちょっと自信無いから練習もしたいし…」

『練習??』


 あっ!って顔をすると、あわてて取りつくろう。


「とにかく明日! 明日見せてあげるから! 今から急いで準備してくるからさ!」

『手伝おうか?』

「そしたら何なのか分かっちゃうでしょ! 大丈夫、それに二人で歩いてると誰かに見られやすくなるかもしれないし、こういう時は慎重に行動しないと!」


 子供二人ならそんなに変わらないと思うけどな。


『分かった。じゃあ何だか分からないけど明日見せてね。楽しみにしてるから』

「うん! 絶対にビックリするからね! 見て驚かないでね!」


 そんな器用な事出来るかな。


「じゃあまた明日学校でね! バイバイ!」

『うん、バイバイ』


 そう言ってお互いに手を振り合い別れた。


『あんなに大騒ぎするなんて…何見つけたんだろう…』


 まあ、明日になれば分かるよね。

 家に帰って、ご飯食べてお風呂入って歯を磨いて寝る。それだけで明日は来るんだし。

 そう冷静に自分に言い聞かせたけれど、正直な所その日の夜はいつもより頭がワクワクしてなかなか眠ることが出来なかった。


 次の日、あの子は学校に来なかった。

 覚えている限り休んだ事など無かったからそれこそ驚いた。

 昨日のあの様子だと風邪引いてても来そうな感じだったし、さすがに不安になった。

 先生は休んだ理由を知っているだろう。思い切って隣のクラスへと向かう。先生は…いた。

 隣のクラスに入るというちょっとした緊張を感じながら、先生に挨拶をして本題を切り出した。


『先生、あの…』






 ◆◇◆◇◆








(TIPS 4へ続く)






       

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