じっと手を見る厨二ポーズが意外に使い勝手が良くて困る

    






「ふふふ…今に仕事などと言っていられなくなるぞ」


 俺は観念かんねんした。そうだ、これは特殊なケースのトラブルシューティングみたいなものだ。そう割り切ってしまえば後は変な波風なみかぜ立てずに相手が満足するように振舞うだけだ。そう自分に言い聞かせ、差し出されたヤカンの底に両手を添えて受け取……重ッ!?

 なんなのこの人、こんな物背中に背負ってたわけ!!?


「そうしたら、ヤカンを火にかけて沸騰ふっとうさせるイメージを思い描くのだ」

「ら、ラジャー…」

「素直でよろしい!!」

 

 もうどうにでもなれ。

 俺は意識誘導イメージゆうどうされるがまま、脳内でガス台に乗ったヤカンをイメージした。火力はマックスだ。ちょっと大げさなくらいにヤカンが青い炎に包まれている。持ち手のプラスチック溶けないかしら?

 …などとよく分からないイメージが混ざり始め、イマジネーションが限界を迎えようとしたまさにその時───


 ピーーーーーー!!!


「うわっ!?」


 ヤカンの口から蒸気じょうきが勢いよくき出した。その音に周囲の客も、野次馬も、先輩でさえもこちらを見た。

 えっ、このヤカン、音が鳴るタイプじゃないでしょ?ってそんな事気にしてる場合じゃない。


「どうだ! お陰さまで熱いお茶が飲めるぞ! ありがとう!」


 艦長は目を爛々らんらんと輝かせ、嬉々ききとした表情で背中から急須きゅうすと湯飲みを取り出すと正座してお茶をれ、美人な見た目に不釣り合いなくらいにデカいすすり音を出して一服し始めやがった。

 もはや心の中のマサカズツッコミ役も品切れだ。


「なんで急須きゅうすまで…? いやそんなことより俺…!?」


 俺は自分の両手をまじまじと見た。まさか自分の人生においてこんな漫画みたいなポーズをする日が来るなんて思ってもみなかった。

 艦長の持つ湯飲みのお茶は紛れもなくお茶だ。まさに淹れ立ての。ヤカンに触れた時、ヤカンは確かにだった。

 それが、沸騰ふっとうした。この人は触れていない。俺の手の上で変化したのだ。そういえば熱さを感じなかった。水が沸騰ふっとうする程の温度のヤカンを持ってたのに?


「驚いたようだな。まあ無理も無いかもしれないが。しかし君も映画やゲームで超能力や魔法なんてものの存在は知っているはずだろう? なぜ今更動揺どうようする?」


 艦長は俺の心を見透かしたような眼差まなざしで問いかける。何を言ってるんだこの人…? いや、何を言おうとしてるんだ…?

 

「それは…あれはあくまで空想であって、」

「空想と、誰が決めたのかね」


 底の見えない瞳が俺を飲みこむ様な錯覚さっかくを覚えた。


「君がそう勝手に思い込んでいるだけではないのかね?」


 情報処理が追い付かない。脳が悲鳴を上げている。


「…ッ、誰だって普通そう思ってますよ!」


 俺とこのおかしな人のやり取りを、何を考えているのか分からないいくつもの目とスマホのレンズが取り囲んでいた。

 俺はなかば悲鳴のように叫んだ。


「あなた一体何者なんですか!? 警備呼びますよ!」


 警備というただならぬ単語に、水を打った様に周囲が静まり返る。

 筐体ゲーム機の奏でる呑気のんきなBGMだけが場違いなくらいに響いていた。

 

「ふふふ…、やっと私に興味を持ってくれたようだな…」


 なら怯んだりするはずの葵の御紋 警備 なのに、目の前の異質な存在は我が意を得たりといった表情で不敵に微笑ほほえむ。

 止まったかの様な時間が動き出し、再び周囲がざわめき出した。

 俺も置かれた状況のマズさに我に返る。


「おっと、少々騒ぎすぎたか…。青年よ、私の事と自分の力の正しい使い方を知りたければ、ここに書いてある場所に来るがいい。そして、君の人生もを迎える事になるだろう。それこそ───バイトだなんて言っていられなくなる程のな」


 押し付けられるように渡された紙きれを俺は思わず握り込む。


「変、化…?」


 またしても処理能力限界で沸騰ふっとうしそうな俺を見て、何かイタズラを思いついた子供の様な表情をすると、艦長はやおら大仰おおぎょうな仕草でのたまった。


「ではさらばだ! 願わくば再び相まみえん事を! ハッハッハッ、地球の戦士達よ、侵略者たちを蹴散けちらすのだ! 行けい! 波動砲発射! ちょっと何見てんのよ! あ、コラ、写真撮るなら許可取ってよね!」


 呆然ぼうぜんとする俺を遠巻とおまきに見る人、何か勝手に展開を勘違いして艦長を追いかけるスマホカメラ、興味を失い再びそれぞれの時間に戻る客。

 騒々そうぞうしさとざわめきの原因は間違いなく去っていったようだった。


「なんだったんだホント…」


 俺だけが、なんだか状況から取り残されていたような気がした。

 再び両手を見つめるあのポーズをしてしまう。そこに、もう早くも忘れかけていたメモ書きの存在。


「でも、夢じゃ、無い…?」


 非現実が、ある日突然、けたたましくやって来た。




 ───のかもしれない。






  ◆◇◆◇◆



  



 先輩がスケブ抱えて慌てて走り寄って来た。よく見ると【大丈夫か!?】って書いてあった。

 俺はスケブを奪い取ると先輩の背後に回り込み、シャツの首元からスケブを背中にねじ込もうとした。女性の背中でもヤカンとお茶セットが入るならば理論上可能なハズだ。

 唐突とうとつな衝撃にもだえる先輩。身悶にもだえする動作で偶然スケブのページがめくれると、そこには


【痛いて!!!!】


 と書かれていた。何なのこの人。


しゃべれや!!!」






(本編次話【死にたいマイレージとかあったら今日だけで貯まる。2回分は】へ続くッ!)






 

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