第26話 こっこ その6

 その次の日。今日はおーちゃんと女の子とも、法被姿だ。目の前の太鼓は二つ。

二人の髪は、一つに束ねられて、風に靡いていた。

 カメラのセットも慣れてきた。あとはボタンを押せばいいだけの状態で、携帯を動かす。お相手は、話に出ていたお隣の県の太鼓チーム。昨日のうちに、状況は説明してある。「毎日宣伝ライブ配信しているんですよ。良かったら見てみてください」メッセージを送信。

さも、広報担当者のように振舞った。太鼓をやっている人は、同志に優しい。二つ返事で、承諾してくれた。これで、視聴者数アップだ。

「こっこさん、何してるの?」

「なんでもない」

 ライブ配信の内容も、あくまで『祭の宣伝』のままだ。これは三人で話し合った結果だ。あくまでもこのゲリラライブの目的は、祭に参加させてもらうこと。いいや、そんな下手に出たのではあのクソジジイに勝てない。寧ろ出させてくださいと言わせてやりたい。息まくあたしに対して、二人は懐疑的だった。狸ジジイと名高い会長に、そこまでできると思っていないらしい。それでもとりあえず、目的を変えないまま活動続行だ。

 おーちゃんと女の子は、並んで太鼓の前に立つ。今年で一番と言われている真夏日で、二人に額には大粒の汗が浮かんでいる。それでも、表情は涼しげだ。冷たい風が流れているかのように、伏し目がちにバチを握って待機する。

 あたしはボタンを押した。画面の端に、ライブ中の文字が映る。

 二人が目を見開いた。

 掛け声を出さなかったが、太鼓を打ち付けたのは同時だった。腕の振り方は、少しだけおーちゃんの方が遅かった。でも、出た音は同時。女の子の腕の降り方は、まだ甘い。おーちゃんの方が太鼓歴は長いので、実力差は当然だった。

 ドン、デケデケ、ドン、テケテケ

ドン、デケデケ、ドン、テケテケ

 二人の音がどんどんずれていく。聞いていられない。気持ちが悪いと思うのは、あたしが元経験者だからか。それとも、ビデオに映った自分を思い出すからだろうか。

 相変わらず、おーちゃんの顔は険しい。心の底から太鼓のことが好きなのに、無理矢理その顔を見せないでいる。脆そうな仮面をつけている。

 そんなおーちゃんとは対照的なのが、女の子の太鼓だった。女の子があたしの太鼓姿を見たことがないように、あたしも今まで女の子の太鼓姿を見たことがなかった。

 笑顔だ。怖いくらいに飛び切りの笑顔。心の底から楽しんでいる。その感情を惜しみもなく出している。息を吸うのと同じように、太鼓を叩く。誰も邪魔なんてさせない。その瞳が、髪が、バチが、音が、全てがそう言っている。

 しかし残念なことに、気持ちが力量について行けてない。リズムは肩で大きく揺らしながらでないと取れていないし、振り遅れが何度もあった。ソロなら、アレンジなのかもしれないと思えたが、隣のおーちゃんが寸分の狂いもなく叩いているのだから、ミスはバレバレだった。唯一、褒められることは、どんな奏者よりも背筋がまっすぐ伸びていることだった。誰よりもまっすぐ、伸び続けている。タケノコよりもまっすぐだ。

 数年間でここまで打てるのは大したものだ。だけど、太鼓の神様に愛されていないことは確かだった。

 『楽器には、それぞれ神様が宿っている』。前会長の教えだ。同じだけ練習を積んだとしても、神様に愛されているものと、そうでないものには差が生まれる。それは人によって違う。技術であったり、人を魅了する力であったり、センスだったりする。要は、才能があるということだろう。神様に愛されるようになりなさいとは言わなかった。

「愛されるかどうかは、僕たち奏者が決めることじゃない。欲しがろうが、欲しがらなかろうが、容赦なくギフトは与えられるんだ。それも、本人の自覚があるように授けたり、ないように授けたり、様々なところがまた厄介だ。

 わしは、あろうがなかろうが、どっちでもいいと思っている。わしはギフトを貰えなかった側だからな」

 だから、会長は私のような下手の横好きも笑わなかったのだろう。寧ろ一生懸命に指導してくれていた。多分、センセーも同じだったのだろう。でないと、女の子はここまで楽しく太鼓を叩けていないし、あたしをしつこく勧誘しなかっただろう。

 看護師の才能はなかった。

 太鼓の才能もなかった。

 きっと仲居の才能もない。

 それでも構わないと思った。寧ろ、三つともなくてよかった。専門は辞めた。太鼓も一度辞めたが、なんの因果か、こうしてまたチームに関わっている。旅館は憧れだった。天職だと思ってやるしかない。

 テケテケテケテケカラカラカラカラ

テケテケテケテケカラカラカラカラ

 ドン

 最後の一音だけは、揃っていた。そこがまた、奇妙なところだ。センセー大好き人間とセンセー大っ嫌い人間でも、太鼓のウマは合うのかも。あたしはいっくんとおーちゃんの太鼓を思い出した。あの関係性とは違うけど、やっぱり太鼓はチームで叩くのが一番だ。人と人の気持ちが混じり合い、絡まり、音になる。一人でやるよりずっと面白い。それを知っているから、あたしはみんなと打てなくなった。

 二人は勢いよく一礼して、顔を上げた。さっきまでにっこにこだった方は仏頂面で。さっきまで仏頂面だった方はにっこにこだった。真反対なのが面白すぎて、笑ってしまう。マイクに、あたしの笑い声が入っちゃったかもしれない。声を押し殺すあたしの前にあるカメラに向かって、おーちゃんが手を振る。

「今日もありがとうございました。また見てくださいね」

 あたしは指を震わしながらカメラを止めた。

 おーちゃんと女の子は、あたしの後ろを見ている。振り向けば、いつの間にかオーディエンスが居た。五人ほど。

「よかったぞ~」

 『さざなみ荘』でよく会うじーちゃんがパチパチと大袈裟に拍手してくれる。おーちゃんは大仰にお辞儀をして見せた。

「なんで叩いてんだい、あんたら?」

「お祭りに出たくて」

「出ないじゃなかったのか?」

「勝手に出れなくされたんさ。でも、出たいからただいま交渉中」

「なるほどな」

じーちゃんは大げさに頷いた。頑張れよ、と去っていく。その遠くで、じっとやりとりを見つめているおじさんがいた。どこかで見かけたことがあると思えば、蟻早さんの旦那さんだ。軽く頭を下げられたので、あたしも慌てて頭を下げた。話しかけてくれたじーちゃんと一緒に去っていく。方向的に、『さざなみ荘』へ向かう途中だったようだ。

通りすがりの観光客は、「いいもの見られたね」と囁き合いながら去っていく。何かの催し物だと思われたようだ。

「ねえ、聞いた? 調子いいんじゃないの?」

「ねー」

 二人は仲よさげに頷き合っている。その様子だけを見れば、微笑ましい光景だけど、実は相反する思想の持ち主の二人だ。女って、こわーい。

 端末をちらりと見れば、視聴者数が十人に増えていた。ちょっとだけ嬉しい。

「明日も頑張るぞ~」

 おーちゃんは拳を突き上げる。

「おー」

 女の子も合わせるように手を挙げた。

 

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