第24話 こっこ その4
次の日から、作戦が実行された。会館の前、表通りに面したスペースは、広場のようになっている。アスファルトの照り返しが目に痛い。
『碧楼閣』に入ってきた新人は「性に合わない」とすぐにやめてしまった。お陰であたしの仕事がなくなってしまった。丁度いいから、しばらくの間休暇をくださいと言ってみた。悲しいかな、すんなりとその要求は通ってしまった。
そのため、お盆前の普通の平日に、あたしは炎天下の中、カメラを持ってスタンバイしているのであった。
女の子は、あたしの前で太鼓をセットしている。数は一つ。傍らには、本番用の法被を着たおーちゃんがいる。頭には鉢巻き、足には足袋。
「今日から毎日ゲリラライブを行います」
「誰が叩くんですか?」
そう発言したおーちゃん。女の子は冷ややかに笑った。
「まずは人を犯人扱いした、おーちゃんから行きましょうか」
そんな昨日のやり取りで、今日の役割が決まったのであった。あたしは「まずは」のフレーズが気になっていた。もしかして、あたしもやるのではないか……。恐る恐る聞けば、女の子はきょとんとした顔をしている。
「当然じゃない」
「いや、あたしは太鼓叩くのが得意じゃなくて……」
「できないとは言わせないわよ。私を無理矢理引き入れた癖に」
返答ができない。あたしは過去のあたしの言動を呪った。
「私はこっこさんと入れ替わりでチームに加入しました。なので、こっこさんの太鼓姿を知りません。こっこさんの音色、楽しみです」
舌なめずりをする女の子。
「もしかして、あんたって性格悪い?」
「おーちゃんほどじゃないですわ」
女は強かに笑った。よっぽど、犯人扱いされたことに腹を立てているらしい。隣でおーちゃんが両手を合わせてすみませんの合図。何故か、三人衆の仕切り役は女の子だ。
「それで、あたしはどうすればいいの?」
「おーちゃんの様子を撮影して、ライブ配信してください」
「……何かの意味があるの?」
「宣伝です。私たちが祭に参加することを表明すれば、さらに外堀を埋められます」
「おーちゃんが高校でやった大規模版ってことか」
「そういうことです。まあ、中庭ライブの方が、見ていた人は多いと思いますが」
女は用意していた端末とカメラを繋ぐ。セット完了らしい。はい、カメラマンさん、と肩を叩かれた。
「あんたはお仕事いいんだ?」
「しばらくお休み貰いました。……職場でも、先生のことは周知の事実なので」
先生の不祥事は、この町中に広まっていることを再認識してしまう。
「さっさとライブ始めよう。おーちゃん」
悪い空気を払拭するように、おーちゃんにバチを手渡す女の子。おーちゃんの表情がサッと変わった。おーちゃんのスイッチはここにあるらしい。太鼓の前に移動する。法被の袖をぱっぱと払い、バチをカンカンと叩く。どこかで見覚えがある行為だった。おーちゃんの様子を、じっと女は見つめている。あたしは、ライブ開始のボタンを押した。
ハッ
鋭い掛け声と共に、おーちゃんは太鼓を叩き始める。
堅い表情のまま、太鼓を打ち込んでいく。
室内で打つのと、屋外で打つのは全然違う。部屋の中だと、床、壁そして天井の全方向から音が跳ね返ってくる。だが、外ではどこまでも遠くへ音が響いていく。ただ、ここでは会館が後ろにある。反響した音は二重になって、響いていく。窓ガラスが微かにびりびりと振動する。それだけ、大きな波ができているのかもしれない。
視聴人数は一人となっている。笑ってしまう。女三人で何をしているのか。それでも真剣にだ。真剣に、チームが無くなってもいいと覚悟しているおーちゃんと蟻早さん。先生のためだけに行動する女。そして、なぜか加勢しているあたし。
人生は何が起こるか分からない。
この状況がいいとは言えないが、悪くはない。問題は、あたしの太鼓姿もカメラに収められるかもしれないということだ。それだけは、何とか回避しなければならない。あの女は怖い。あたしの心を見透かしたのか、ちらりとあたしの方を見遣ってくる。
そんなやり取りも目もくれず。おーちゃんは淡々と太鼓を打つ。規則正しい六拍子。
道行く人は誰もいない。こんな真昼に、出ているものはいない。
ドンッツクツクドンツクツク
カッ
両バチが縁を叩いた。
次の瞬間。
ドンツクツクドンツクツクドンツクツクドンドンドンドンドンドンドンドン
目にも止まらぬ速さで、高速に打ち付けられていく。まるでドラムを叩くかのように行っているが、バチは太いし、太鼓の反動はすごい。軽々やるには相当な練習が必要だ。そして、それをやれるだけの技術を、おーちゃんは持っている。
恋する乙女になると、変貌するけど。
ドン
長いようで短いような三分間だった。右手を掲げて、終了のポーズ。おーちゃんは先ほどの表情とは打って変わって、にこやかな笑みを浮かべる。太鼓の横を通り抜けて、カメラの前へと躍りでる。
「初めましてぇ、チーム『さけ太鼓』です」
結んでいた髪を解いて、おーちゃんはひらひらと右手を振った。柔らかな顔は、年相応の女子高校生だ。
「お祭りのステージに出ます。県内の人も、県外の人も、こいっしゃ~」
「はい、おっけー」
あたしはカメラを止めた。途端、おーちゃんの顔から感情が消える。いつものクールなおーちゃんだ。
「かっこよかったよ~」
女はパチパチと拍手をしている。
「この調子でやっていけば、太鼓の宣伝にもなるし、お祭りの来場者もアップでしょ」
それで本当にうまく行くのか。能天気がウリのあたしも、不安に思えてきた。
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