第13話 啄木鳥くん その3

 数日経って、夏休みに突入した。補習という名の強制参加の授業後も、僕たちは生徒会室に入り浸っていた。夏休みだと現を抜かしている場合ではない。秋の休み明けテストが終われば、いよいよ生徒会の募集が始まる。ここで希望者が一人もこなかった場合、僕たちは卒業まで生徒会を続けなければならない。それどころか、自分たちの代で歴史が終わってしまうことになる。不名誉な話だ。

 そんな中、僕はあることを実行に移した。

「いいよ」

 会長の返事はあっさりしていた。あまりにもさっぱりしすぎていて、そっけなく太鼓を「やめた」と言い放った猪野くんの姿とダブって見えた。一世一代の大決心をした告白は、そんな形でオッケーが出た。え、嘘でしょ? たじろぐ僕に、会長は眼鏡をずり上げながら笑った。

「女に二言はないわよ」

 そこらへんの男よりもずっとカッコよく見えた。惚れっぽいのは、僕の悪いところだ。

「いや、でも、会長はてっきり……猪野くんが好きなのかと」

「好きよ」

 じゃあなんで返事をくれたんだ! 両想いじゃないか! つまり、僕は二人にからかわれたというわけだ。憤慨する僕に、まあまあ、と会長は両手を出してひらひらと振った。連動して、長い黒髪も動く。

「うち、いっくんに好きな人いるの知ってんさ。もちろん、うちじゃないよ」

「え?」

「え? 知らなかったの。鈍ちんさねぇ」

 べえ、と会長は舌を出す。今、僕はとっても報われていない状況下にあることを理解した。じゃあなんで、会長は僕と付き合ってくれるのだろうか。

「いっくんを困らせたいんさ。勝手に太鼓辞めやがったから。生徒会まで抜けたら承知しないんだから」

 太鼓を辞めたことを根に持っているらしい。猪野くんは、会長にもやめてほしいと言っていた。そのことを伝えてもいいのだろうか。判断に迷って、結局僕は口をつぐんだ。

二人しかいない生徒会室は妙に広く感じる。猪野くんがいないタイミングを狙って告白したのは僕なのに、早く来てくれと願う気持ちが強くなっていく。

「じゃ、じゃあ僕とはお遊びってこと? 会長?」

「その会長呼びもやめようよ。ほら、みんなみたいにさ、おーちゃんって呼んで?」

 ブラックコーヒーを振りながらお願いをする会長……おーちゃんは一際、魅惑的だ。

 もたもたしている僕に、おーちゃんは更なる追い打ちをかけてくる。

「ついでに、いっくんのこともいっくんって呼んであげなよ。いまだに苗字はよそよそしくない?」

「……いっくん?」

 ガタン! ものすごい音がした。出どころは入り口付近だ。猪野くんが聞き耳でも立てていたのだろう。そして、会長はそのことを知っていてあえて一連のやり取りをしていたのだ。

「猪野くんのことをからかうのに、僕を巻き添えにしないでよ」

「うちら付き合ってんだから、なんでもヨシでしょ」

 あはは、と笑って、帰ろうか? と促してくる。手を差し出してくる感じは、めちゃめちゃやり手の彼女だ。

 思考が断線寸前のまま、僕たちは連れ立って下校した。下校と言っても、ものの三分だ。会長が住んでいるのは、学校のすぐ脇の寮だし、僕は駅まで歩く必要がある。

「じゃあね、啄木鳥くん」

 人には呼び名を強要する癖に、自分は呼び方を変えない会長だった。

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